ハミルトン・ヤコビの偏微分方程式

実用性では今ひとつ。

[前の記事へ]  [解析力学の目次へ]  [次の記事へ]


由来

 せっかく正準変換というものを手に入れたのだから、これを利用して、複雑な問題を一定の手続きで解く手法が作れないかを考えてみたい。

 少し考えれば分かることだが、正準変換によって作られた新しいハミルトニアン\( K \)が 0 となるような変換をしてやれば、変換後の新しい変数\( Q_i \)\( P_i \)は、

\[ \begin{align*} \dot{Q}_i\ &=\ \pdif{K}{P_i}\ =\ 0 \\ \dot{P}_i\ &=\ - \pdif{K}{Q_i}\ =\ 0 \end{align*} \]
を満たすのだったから、\( Q_i \)\( P_i \)も定数だと言えることになる。いや、実は\( K \)は 0 でなくとも、\( Q_i \)\( P_i \)を含まないような・・・つまり\( t \)のみの関数であれば同じことが言えるのだが、今の場合、話はなるべく簡単になった方がいいので、\( K = 0 \)となるような正準変換を探してやることにしよう。

 そのような正準変換を実現するような母関数\( W \)を探すための良い方法、機械的な一定の手続きなんてものはあるだろうか。ハミルトニアンの変換\( H \rightarrow K \)は、

\[ \begin{align*} K = H + \pdif{W}{t} \end{align*} \]
という式で表されたのだから、今の目的のためには
\[ \begin{align*} \pdif{W}{t} + H = 0 \end{align*} \]
という関係を満たす\( W \)を見つけてやれば良さそうだ。ところが\( H \)というのは旧変数\( (q, p, t) \)で表された関数であり、一方、\( W \)というのは、旧変数と新変数の関係を表す関数でなければならないから、\( W(q, p, t) \)という形で求まってもそれは意味がない。つまりこの式はこのままではそれほど役に立たない。

 せめて旧変数と新変数の間の変換が分かっていれば役に立つ式になりそうだが、そもそも今は、そういった変換が最も都合の良い形になるように\( W \)を決めようとしているのだから、変換が最初に分かっているならばもはや\( W \)を探す必要はないではないか。本末転倒である。

 何とかならないか考えてみよう。\( H( q, p, t ) \)のうち、とりあえず、\( p \)を排除してみよう。正準変換では\( W \)の変数の選び方にもよるが、次のような関係が使える場合があるのだった。

\[ \begin{align*} p_i = \pdif{W}{q_i} \end{align*} \]
 この関係式をここで使うということは、\( W \)は少なくとも\( q_i \)の関数だという縛りを置いたということだ。これを先ほどの関係式に当てはめてやると次のようになる。
\[ \begin{align*} \pdif{W(q,t)}{t} + H\left( q, \pdif{W}{q}, t \right) = 0 \tag{1} \end{align*} \]
 要するに、旧ハミルトニアン\( H \)に含まれる\( p_i \)\( \pdif{W}{q_i} \)に置き換えたことで、全体としては関数\( W(q,t) \)についての偏微分方程式になったわけだ。これを「ハミルトン・ヤコビの偏微分方程式」と呼ぶ。

 ところで、ここでは\( W \)\( W(q,t) \)と表しているが、母関数というのは旧変数と新変数の仲立ちをしなくてはならないので、この場合、\( W(q, Q, t) \)\( W(q, P, t) \)という形のいずれかでなくてはならないのではなかっただろうか?その心配は要らない。今は\( K = 0 \)となる変換を探しているのであり、その変換が見つかった状況では、\( Q_i \)\( P_i \)も定数となるのだと最初の方で説明したではないか。だからここではそれらを変数として書くのを省略しているのである。

 後はこの偏微分方程式を解いてやれば、望んでいた変換が見つかるというわけか!


解くのは楽じゃない

 ところがこの方程式はそう簡単に解けるとは限らないのだ。1 階の偏微分方程式といっても色々あって、その中で、解くための一定の手続きが確立されている形のものを標準形と呼ぶ。今回の方程式はそのままでは標準形にはなっておらず、\( H \)の形をある程度制限することで標準形になる場合もある。そんな状況だ。

 丸善のパリティ物理学コース「解析力学」(並木美喜雄著)では、「この方程式を解くためには定石に従って特性方程式を作って解く必要があるが、それが旧変数での正準方程式と同じものになるので、この方法は問題を簡単に解くための助けにはならない」というような内容のことが書かれている。それで、\( H \)の形に制限を加えることなく、いつでもこの形の方程式に当てはめることのできる定石というものがあるのだろうかと調べてみたが、私には探し当てることができなかった。

 (後日談)いや、とうとうそれを見つけたぞ!世に偏微分方程式についての教科書が少なくて探すのに苦労したが、「シャルピー(Charpit)の方法」というものがあるらしい。これを説明するのは長くなるので省略するが、確かにこの方法を使う過程で正準方程式を解く必要が出てくるのが確認できた。

 そうなると、この「ハミルトン・ヤコビの方程式」ってものは一体どれほどの価値があるのだろうか、という疑問が生じてくる。実はこの方程式は問題を解くために実用的に使われるというよりは、理論をまとめ、新しい視点を与えるという点で真に重要なのである。

 量子力学に触れたことがある人は、この方程式がシュレーディンガー方程式にどこか似ていると気付くことが出来るだろう。実はこの方程式がその元になっているのである。しかしそれは量子力学のページで説明することになるだろう。その為の理論の準備がもう少し必要なので、これからしばらく説明を続けよう。


解いた後でどうするか

 実際に解くのは難しいことが多いかも知れないが、とにかく (1) 式の\( W( q, t ) \)についての方程式が解けたとしよう。ここでは\( q \)という記号で代表して書いてはいるが、実際には\( q\sub{1}, q\sub{2}, \cdots, q\sub{f} \)という多数の変数を含んでいると考えてほしい。

 偏微分方程式を解く過程についての詳しい話はここでは省くが、この解は\( W \)\( f \)個の任意定数を含むことになる。いや、正確には\( W \)にどんな定数を加えても方程式が成り立つので任意定数はもう一つ別にあることになるが、これは理論には影響が無いので無視することにする。とにかくそれらの\( f \)個の任意定数を\( a_i \)と表すことにしよう。それで、母関数を\( W( q, a, t ) \)と書くことにする。

 今は正準変換後の\( P_i \)\( Q_i \)が定数となるような変換を探しているのだから、ここに出てきている定数\( a_i \)こそが\( P_i \)のことなのだと解釈してやろう。まぁ、別に\( Q_i \)のことだと解釈してやってもいいのだが、\( P_i \)だとしておいた方が、次に出てくる正準変換の式にマイナスが付かないので、ややこしさがほんの少し軽減されるではないか。

 正準変換に、\( W(q, P, t) \)という形の母関数を使用したときには、

\[ \begin{align*} p_i &= \pdif{W}{q_i} \tag{2} \\ Q_i &= \pdif{W}{P_i} \tag{3} \end{align*} \]
という関係が使えるのだった。この (3) 式の右辺の\( P_i \)というのは、今は\( a_i \)と表しているもののことだし、左辺の\( Q_i \)というのも定数のはずなのだから、\( b_i \)と表してやろう。
\[ \begin{align*} b_i &= \pdif{W(q, a, t)}{a_i} \tag{3'} \end{align*} \]
 この式を使えば、\( b_i \)というのは\( ( q, a, t ) \)の関数として表せるはずだ。いや、\( b_i \)というのは定数であるべきはずなのに、なぜここで\( t \)を含むような関数として導かれてくるのだ、と思うかもしれない。しかし、次のように考えてほしい。関数\( b_i( q, a, t ) \)に含まれている\( q_i \)というのが時間によって変化する量なので、その効果と打ち消しあって\( b_i \)は時間によって変化しない量となっているのだと。

 この関係式を\( q_i \)について解けば、各\( q_i \)\( ( a, b, t ) \)の関数として表すことができるだろう。\( a_i \)\( b_i \)は任意定数だから、これは\( t \)に依存する関数だということだ。この式が欲しくて計算していたのであり、目的は達せられたことになる。

 \( p_i \)については (2) 式を使えばいい。\( W \)の変数は\( (q, a, t) \)だから、(2) 式を使った結果として\( p_i \)\( (q, a, t) \)の関数として求まるが、その\( q_i \)の部分に今求めた結果を代入すれば、こちらも\( ( a, b, t ) \)の関数として得られることになる。

 このようにして\( q_i \)\( p_i \)の両方を任意定数を含む解として導くことができて、めでたしめでたし、というわけだ。理論上はこういうストーリーが成立するわけだが、それもこれも、もしうまく偏微分方程式を解くことに成功すれば、という前提での話だ。

 ハミルトニアン\( H \)が時間を含まない場合という制限を課せば、この偏微分方程式を解くことはもっとずっと簡単になる。次回はそれについて説明しよう。まぁ、簡単になるとは言っても、その分だけより具体的な話に踏み込むことになるわけだから説明は少々面倒になるわけだが。