目標と方針

量子力学を学ぶときに劣等感を感じないために。

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ラグランジアンとは何なのだ

 学生の多くがここでつまづく。突如導入されるラグランジアンという謎の量。つまり、初めの一歩からすでにつまづいているということである。そして気が付くとそれがハミルトニアンに姿を変えており、ここで学生が付いて来ていないことを知った教官は正準方程式が普通の運動方程式になることを示して何とか納得させようとする。

 学生だって努力しないわけではない。なんとか理解しようと思って図書館へ行くのだが、これまた難解な教科書ばかりが並んでいる。それで、「授業が理解できないのは教官の教え方のせいではなかったのか・・・やはり解析力学は難しいものなのだ。」ということを再確認して帰ることになる。

 学生たちは、「せめてラグランジアンの意味だけでも納得することが出来ればあとは何とかなるかも知れない」という思いを卒業するまで持っていたりするわけだ。そして最期に後輩に言うセリフはこうである。「ハミルトニアンさえ受け入れれば解析力学が分からなくても量子力学は何とかなるよ。」うう、知った振りをして何を偉そうに。

 こんなつまらないことがあっていいだろうか。ラグランジアンは解析力学の基礎の基礎に過ぎないのだ。こんなものでつまづいていてはいけない。

 安心して構わない。これは大して悩むような話ではないのである。大学の先生というのは自分が簡単に理解できたせいか知らないが、困ったことにこの初めの、学生にとって大事な説明を軽くすっ飛ばしてしまったりするのだ。

 さらに安心していいことに、私も授業は分からなかった。だから学生が何につまづいていて、どうすれば納得できるようになるかはある程度知っていると思う。なぜ導入されたのか?その物理的意味は何なのか?といった事に注意しながら説明するつもりである。

 しかし初めから一言でラグランジアンの物理的意味を説明することはできない。もしここで一言で言い表したとしてもその意味は理解できないだろう。理由はすぐに分かるだろうが、考慮すべき事柄が多いのである。これは単なる計算テクニックの一つとして導入される量であるように見えるし、物理的に意味があるのかどうかさえ怪しく思えるかも知れない。しかし色んな問題に当てはめて考えてゆくうちにその意味が見えてくるようになるものである。


目的

 これまで力学や電磁気学の記事を書いてきて、今度こそ量子力学の記事を充実させて行こう、と思ったとき、自分の弱点を思い出した。私は「解析力学が分からないままハミルトニアンを受け入れて量子力学を何とかしてきた人」なのだ。これは恥ずかしい!!

 いや、ある程度の意味は理解しているつもりなのだが、解析力学の全体像を掴んでいないために「これでいいのだ」と言い切れない部分がとても不安なのだ。

 また私はかつて「量子場の理論」を学んだことがあるが、そこでは何の前置きもなしにいきなり「荷電粒子のハミルトニアンは次のように書ける」というところから説明が始まる。当時の私は解析力学を「あまり重要でないくせに面倒なもの」と考えて避けていたために、このことが解析力学から得られる結論だとは気付かず「そういうものなのか」という感じで受け入れるしかなかった。

 こういう恥ずかしい勘違いをしている学生は私だけではないはずで、解析力学に対する抵抗感を無くして、さっと中を見て通り抜けることの出来る道を作る必要を感じている。

 とにかくこのサイト全体の大きな目的が、素粒子論を理解して扱える高校生を育てることなので、どうしても解析力学を避けて通るわけにはいかないのである。まぁ、ハミルトニアンとは本来何なのかという部分が正しく分かってもらえて、荷電粒子のハミルトニアンを導くところまで説明できれば先へ進むための準備としては十分なのではないかと軽く考えている。


方針

 以上のような理由で、私はあまり細かいことにまで関わるつもりはない。位相空間がどうだのエネルギー面がこうだのとかいった話は解析力学で必ず出てくるものではあるが、ここではそれらの話題に触れるつもりがない。リウビユの定理、相空間分布関数も多分やらない。ハミルトン・ヤコビの方程式はやらないといけないのだろうか?難しそうだ。現時点ではなんとも言えない。

 また、この分野は多様体という数学を使うことで非常にエレガントに表現できるらしいのだが、私に知識がないためにそのような高そうなレベルの話をするつもりもない。このサイトで学んで勉強の時間を大きく節約できた読者には是非ともそのレベルにまで行って欲しいものだ。

 なんだかんだ言っても、これは予定なので、いずれ必要が出てこればやらざるを得ないであろう。なるべく近道で量子色力学までたどり着きたいものだ。

 やらないことについての断り書きのようになってしまったが、こんな感じでいくので過度の期待はしないように。足りない部分は自分で補うことが求められる。