襲撃

それがやつらとのファースト・コンタクトだった。


 1988年9月某日。

 私は机に向かって夜遅くまで勉強していた。

 階下で母の呼ぶ声が聞こえた気がしたが無視した。

 しばらくすると、ギシッ、ギシッという音を立てながら、 ゆっくり階段を登ってくる足音が聞こえた。  足音は階段を登りきったところで止まった。

 当時の私の家は、祖父が見様見まねで建て増しを続けた一風変わった家で、 全体的に暗い感じが漂っていた。  家の奥に位置する急な階段は忍者屋敷のようであり、明かりがなかった。  階段を登りきると人がやっと二人ぐらい立てるくらいの踊り場があり、 開き戸がひとつだけあった。  それが閉じていれば、ほぼ暗黒である。

 私はその扉に背を向けるようにして机に座っていた。

 しばらくしても扉が開く様子がないので、 一体そこで何をやってるんだろうと気になって振り向こうとした、その瞬間。

 首が動かない!

 後ろに誰かが立っているのが分かった。  私はとっさに腕を使って確かめようとした。

 腕も動かない! 上半身が回らない。  後ろにいるのは真っ黒な影だった。

 もう足しかない。 蹴りだ! 攻撃だ。

 しかし足さえ椅子に凍りついたようだった。

 次の瞬間、全身に衝撃を受け、 私は椅子に座っていたのと同じ姿勢でベッドの上にいるのに気づいた。

 そうだ。 こっちが現実だ。 俺は寝ていたはずだ。  しかしこれまでのが全て夢だったと分かったところで、安心してはいられなかった。

 やつはまだそこにいたのだ。 私の上に。  その黒い男は私に覆い被さって息をしていた。  信じがたい力で頭から足の先まで私を押さえ込んでいた。  首筋に生ぬるい感触が伝わる。

 人が感じ得る最大の根源的な恐怖。

 「滅ぼされる!」

 これが・・・金縛りなのか? これが悪霊なのか?  このままじゃやられる。  どうしたらいい?

 私はとっさに祈ることを思いついた。  神の助けがいるとしたらこの瞬間しかない。  宣教師に教えてもらった手順を慌てて頭の中で手繰り寄せた。

 まず、神の名を呼ぶ!

 「天のお父様!」

 次に感謝していることを言う!

 「福音を知らされたことを感謝します! 祈りを教えてもらったことを感謝します!」

 そして、願っている事を言う!

 「たすけて!・・・、助けて! 助けて! 助けて! 助けて!!」

 まさに緊急事態。 それ以外の言葉を作っている余裕などなかった。  心の中で出せる限りの大声を張り上げた。  きっと神様には聞こえていらっしゃるはずだと感じた。

 最後にイエスキリストの名前によって祈りを閉じる。

 「イエスキリストの御名によってお祈りします!」

 この瞬間、私を覆っていた暗黒は消えた。 私の体は突如開放された・・・。  やっと声が出た。 私は少し呼吸が速いのを感じながら、つぶやくように祈りを終えた。

 「・・・アーメン。」

 窓の外が少しだけ明るかったので朝方になっているのが分かった。  私は恐る恐る、体が動くことをゆっくり確かめた。

 イエスキリストの御名前にこんなに力があるとは・・・、 一体、どんな方なのだろう。

 私はこれまで心の中で迷っていたが、もはや知ってしまった。  これは教会に入るべきだろうな。  この教会に悪いものは感じない。  ただその良い感覚に背を向けようとしたために、 今回のような、悪霊に付け入る隙を与えてしまったのかも知れない。

 しばらく考えた後、まだ怖かったので、静かにもう一度寝ることにした。


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