物体は外力がなくても回転できる

猫が空中で回れる理由。

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外力がなければ動けない?

 中学生の頃、「物体は外力がなければ運動が出来ない」と友人から聞いて、何でこいつこんなこと知ってるんだ?と妙に感心したものだ。確かに車はタイヤと地面の摩擦力で進むし、人間も地面をけって進む。ロケットだって燃料を後方へ押し出した反動がなければ前に進めない。

 ではブランコはどうなのだろう?内力だけで運動を始めることが出来るではないか、と不思議に思って友人と議論したりしたものだが、結局うやむやになっていたようだ。そして大した検証もないまま、「外力がなければ運動できない」という考えは私の常識の一部となり、そのまま「外力無しには回転も出来ない」とまで信じ込むに至ったのであった。

 しかし、同じ常識を持っている人は意外に多いようである。最近、掲示板で議論していてそう思った。


椅子の上で回転が出来る

 このような間違った考えを常識として受け入れていた私にとって、すべりのいい回転椅子の上で腕を振ることで回転できることが不思議であった。時々キャスター付の椅子に座ったまま床をけらないで体をゆするだけで器用に移動する人がいるが、あれは摩擦によって地面との間に外力を働かせて移動しているものである。それはこの場合、問題ではない。回転椅子の上で回転するときでも摩擦による同様の効果で外力が働いているのだ、という人がいる。そのような効果もないではないのだが、実はそれだけではない。大変すべりがよくて摩擦が小さい回転椅子でも、内力だけで回転が出来るのである。

 やり方を説明しよう。まず、腕を左右に思い切り広げる。次に、その腕を振り、振った腕を戻さないで、その場で静かに下ろす。腕を下ろした状態で元の姿勢に戻して、同じ事を繰り返す。急いでやるとボート漕ぎのオールのような動きになると思う。これでその場で回れるのである。

 これで回れる理由は、次のようである。腕を広げることによって回転半径を大きくし、上半身の慣性モーメントを大きくする。この状態で上半身をひねることによって、下半身は反動で大きく逆方向に回転する。次に腕を下ろすと慣性モーメントは小さくなり、その状態でねじった上半身を元に戻しても下半身は少しだけ元に戻るように回るだけであり、体全体は初めの位置からいくらか回転した状態となる。この過程のいずれにおいても全角運動量は保存している。何も物理法則に反したことはやっていない。

 この方法は、支えも摩擦もない宇宙空間でも使える。


 追記 (2008/6/12)

 2000年12月に私が初めてこの記事を発表した頃、「そんな馬鹿なことがあるものか」とあちこちから叩かれ、あれはトンデモではないかとそこらの掲示板で議論されたものだ。
最近ではそんな批判はほとんどなくなったので、今さら証拠を示す意味はないのだが、これを実際にやっている面白い動画を読者から教えて頂いたので、紹介しておこう。

 日本が作った国際宇宙ステーションの実験棟モジュール「きぼう」が無事にドッキングした時のものである。4'00" 〜 4'40" くらいと、5'00" 〜 5'30" くらいのところに注目。(注意、音が出ます。)


猫も使っている

 猫は逆さまに落ちても空中でうまい具合に体をひねって回転し、足を下にして着地するという技を見せてくれるが、この時この同じ原理を使っているのである。しかし、猫はそんな難しい理屈を考えながら落下しているわけではないであろう。理屈など知らなくとも柔軟な体でありさえすれば割と簡単に実現できるのである。

 まず、空中に逆さまに放り出された猫は上半身が下を向くように体をひねる。その結果、下半身は反動でおかしな方向を向くだろうが構わない。ここで前足を着地に備えて下に出すことで無意識に上半身の慣性モーメントは増加しており、この後下半身のねじれを戻す時に上半身はあまり反動を受けない状態になっている。さらに、後ろに投げ出された状態の後ろ足は回転時に振り回さなくて済むので上半身の向きにあまり影響を与えることなく下半身だけを正しい向きに戻すことが出来るのである。そして、万事、着地体勢が整ったところで後ろ足も着地に備えて下に出す、という具合である。これを「猫ひねり」と呼ぶらしい。

 しかし、さすがの猫と言えども全角運動量が 0 の状態でこの技を行うのであって、初めから勢い良く回転がかかっていたならばその回転を打ち消すことは出来ないであろう。全角運動量は常に保存するのである。しかし、猫に回転をかけて放り出すなんて、そんな実験は可哀想すぎて私にはとても出来そうにない。頼むから誰もやらないであげて欲しい。


ローターを回せば

 難しいことを考えなくても、物干し竿を持って椅子に座り、頭の上でヘリコプターのようにぐるぐる回せば、その反動で自分は反対向きに回転することが出来るし、回転を止めれば好きな位置で止まることが出来る。

 全角運動量さえ保存していれば、内力だけで回転することは何の問題もないのである。外力無しに出来ないのは重心の移動だけだったのだ。

 この原理を宇宙船の姿勢制御やスペースコロニーの自転速度調整に使えないだろうか?実際可能であろう。スラスターなどで外部に噴射しなくても回転は作り出せるのである。しかし、外部からの何らかの力で強い回転力がついてしまったものを止めるにはかなりの速さでローターを回す必要が出てくることになる。この場合、ローターを高速で回し続けるよりスラスターの噴射などで外力を作って一瞬で回転を止めた方がメンテナンス上、楽かも知れない。


 追記 (2008/6/12)

 この装置については、かなり前から実用化されており、「リアクションホイール」として知られている。私はこの記事を書いた時点では知らなかったが、その少し後でこのサイト(の 5 番目の話)を読んで知って、とても嬉しかった覚えがある。 何しろ、この記事のために「トンデモ」だと叩かれていたので、味方を得た気分だった。
しかし最近ではもう当たり前になってきた。2005 年に日本の小惑星探査機「はやぶさ」が小惑星「イトカワ」から表面のサンプルを採取するというので世間の注目を浴びた。この探査機のリアクションホイールが故障したことがニュースでも採り上げられ、この時、誰もが知る装置となったのだった。