力とは何か



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 力学は、簡単だ。要は、止まっている物体はいつまでも止まっている。動いている物体は、摩擦などがなければいつまでも同じ速度で動いている。これが「慣性の法則」。

 止まっている物体は力を与えられると動く。動いている物体は、力を与えられると速さを変える。うまく行けば止まることもある。私たちの身の周りには「摩擦」があるので物体が止まるのは日常茶飯事だが、もし摩擦がなければ物を止めるのは非常に難しい作業なのである。

 次に、力とは何かということだが、これを深く突き詰めれば哲学的になる。
哲学のページへ。後で読んでね。)

 物理なんて、視点を変えればいくらでも別の議論ができるものだ。現に私はこれから普通の教科書とは違うアプローチを取ろうとしている。科学的な議論には定義が大切だ。違う土台に立って話し合うと混乱が生れる。時々その土台をコロコロと変えて議論する人がいるが、そういう人の議論は怪しい。疑ってかかった方がいい。

 ここでは、「物体が運動を変化させる時、そこには力が働いている」と考えることにしよう。「物体の運動を変化させるもの」それが力だ。

 力には大きさがある。力の大きさはどうやって決めようか?物体の運動がどれくらい変化したかで決めることにしよう。では、物体の運動っていうのは何だろう?速さのことか?速さだけではいけない。同じ速さでも重いものと軽いものがある。重いものを動かすのに強い力がいることは日頃の経験で分かる。

 例えば・・・、速いボールを止めるよりも、ゆっくりと動く列車を素手で止める方が疲れる。・・・はずだと思う。こんな経験はしたことないからな。車くらいなら、エンジンを止めた車を押したことがある。動き始めた車を止めるのはなかなか手ごたえがある。蒸気機関車をターンテーブルの上で人力で反転させるのを見たことがあるが、あれも大変そうだ。

 そこで、重さと速度を掛けることにする。これは物理の世界で「運動量」と呼ばれている。重いほど運動量は大きいし、速いほど運動量は大きい。

\[ \begin{align*} p = m v \end{align*} \]
( \(p\) : 運動量\(m\) : 重さ\(v\) : 速さ)

 この式を見ると、例えば重さが 2 で速さが 1 の物体の運動量と、重さが 1 で速さが 2 の物体の運動量は同じだと言える事になる。本当にそうなっているのだろうかという疑問を持って考えるのは素晴らしいことだが現段階ではあまり意味がない。ただそう言えるように「運動量」という量を定義しただけであって、うまく行かなければその時にはもっと便利な量を考えればいいだけのことである。物理はそうやって発展してきたわけだ。実際、このように定義した「運動量」はとてもうまく行く。この「運動量」の概念は自然を矛盾なく単純に理解するための大きな助けになるのである。

 力とはこの運動量がどれだけ変化するかを表すものである。しかし、同じ力を長い時間かけているのと、短い時間かけているのとでは結果が違ってくる。当然、長い時間力をかけていた方が、同じ力でも大きな変化をもたらすことになる。そこで、時間と力を掛けて「力積」と呼ぶことにしよう。力積は運動量と等しい。いや、言い方を変えた方がいい。「力積は運動量と等しい」と言えるように力の単位を決めることにしたのだ。

\[ \begin{align*} p=Ft \end{align*} \]
 この式はつまり\( m v = F t \)ということであり、言葉で表現すれば力の単位を次のように決めたことに相当する。「 1 s の物体を 1 秒の内に秒速 1 m の速さにまで加速できるだけの力を 1 ニュートンとする。」

 こいつを変形してやれば、

\[ \begin{align*} F=mv/t \end{align*} \]
となって、\(v / t\)は加速度を意味するので、それを\(a\)と書いてやれば
\[ \begin{align*} F = m a \end{align*} \]
という、高校で習う式を得ることができる。

 学校の教え方ではわざわざ運動量を持ち出さないでいきなり「 1 s の物体を 1 \( \mathrm{m/s^2} \)で加速する力を 1 ニュートンとする」と定義する。この教え方に反対するつもりはなく、直接的な分かりやすい方法だ。しかし、その後で習うことになる運動量とは全く別個の概念であるかのような印象を与える可能性がある。

 物理にはいろんなアプローチがあって、それぞれ利点欠点があるものだ。生徒がそれぞれの違いを理解できた時、本当に分かったと言えるのだろう。