プランク単位系

え、プランク長さって、コスモメートルと同じなの?!
いえ、少し違います。

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物理定数を全て 1 にするような単位系

 私はもう何年も前に、物理定数が全て1になるような単位系を探そうという試みを記事にしたことがある。その中で、新しく導入した単位に「コスモメートル」や「コスモ時間」などというふざけた名前を付けて喜んでいたのだった。

 ところがこれと同じことはもう百年近く前にプランクによって行われており、「プランク単位系」という名前までが付いていたのだった。お恥ずかしいことに、私があの記事を書いたとき、そんなことはまだ知らなかったのである。

しかし、知らずに同じことを試みたというのは誇らしかったりもするのだ。
 ただしプランクはプランク定数\( h \)が1になる単位系ではなく、ディラック定数\( \hbar (= h/2\pi) \)が1になるような単位系を探したようである。また、真空の誘電率\( \varepsilon\sub{0} \)を1にするのではなく、クーロン力の係数である\( 1/(4\pi\varepsilon\sub{0}) \)が1になるように設定したようである。

 このような微妙な違いがあるものの、やっていることはほぼ同じであり、結論の式も私がやったのと似た形になっている。例えば長さの基本単位の大きさは次のような式で表される。

\[ \begin{align*} l_p \ =\ \sqrt{\frac{\hbar G}{c^3}} \ =\ 1.6162 \times 10^{-35} [\mathrm{m}] \end{align*} \]
 私の以前の記事では「1メートルが何コスモメートルになるか」を考えたので、これとは分子分母が逆になっているし、\( \hbar \)のところが\( h \)になっている。それくらいの些細な違いだ。

 この長さ\( l_p \)は「プランク長さ」あるいは「プランク長」と呼ばれている。「コスモメートル」などというふざけた呼び名ではなく、いかにも物理用語っぽい。

 同様に「プランク時間」「プランク質量」「プランク温度」「プランク電荷」などというものが求められる。表にしておこう。

プランク長さ\( l_p \ =\ \sqrt{\frac{\hbar G}{c^3}} \)\( 1.62 \times 10^{-35} \, [\mathrm{m}] \)
プランク時間\( t_p \ =\ \sqrt{\frac{\hbar G}{c^5}} \)\( 5.39 \times 10^{-44} \, [\mathrm{s}] \)
プランク質量\( m_p \ =\ \sqrt{\frac{\hbar c}{G}} \) \( 2.18 \times 10^{-8} \, [\mathrm{kg}] \)
プランク温度\( T_p \ =\ \sqrt{\frac{\hbar c^5}{Gk^2}} \)\( 1.42 \times 10^{32} \, [\mathrm{K}] \)
プランク電荷\( q_p \ =\ \sqrt{4\pi\varepsilon\sub{0} \, \hbar c} \)\( 1.88 \times 10^{-18} \, [\mathrm{C}] \)

 プランク電荷は\( 1/(4\pi\varepsilon\sub{0}) \)を1にしようとして作ってあるので、それはつまり\( 4\pi\varepsilon\sub{0} \)が1になるように作ってあるのと同じであり、私の以前の記事の計算に出てくる\( \varepsilon\sub{0} \)の部分を\( 4\pi\varepsilon\sub{0} \)に置き換えるだけで同じものになる。計算方法や考え方は本当に何も違わないということだ。

 このように物理定数を基準にして定めた単位系のことを「自然単位系」と呼ぶ。プランク単位系は自然単位系の一種である。素粒子論では\( c=1 \)\( \hbar=1 \)\( \varepsilon\sub{0}=1 \)とすることが多いのでプランク単位系とも少し違っているが、上の表ではプランク電荷に違いが出るだけである。


物理的意味は?

 私の以前の記事では単位系を計算するところで満足してしまっていた。「実用的ではなく、骨折り損だ」と結論したのだった。

 しかしプランクはそれより先に考えを進め、このように求められた値に物理的な意味があるかどうかについて考えてみたのである。とは言っても、プランクがこのような単位系について考えたとき、まだ量子論も相対論も完成していなかった。だから意味を考えられるようになったのはずっと後のことである。

 はっきりとした資料が見つからないのだが、プランクによる最初の文献が1899年頃にあるらしい。 しかしその頃にはまだディラック定数の方を1にする強い根拠はなかったし、色々と変遷があったのだろう。 プランクより前の1881年に、ジョージ・ストーニーによって同様の試みは成されており、ストーニー単位系と呼ばれている。 もちろんまだプランク定数は発見されていないので考慮に入れられてはおらず、 光速度、万有引力定数、クーロン定数(\( 1/4\pi\varepsilon_0 \))、素電荷が使われていた。
 とりあえずプランク長さについて考えてみよう。これはディラック定数\( \hbar \)と万有引力定数\( G \)と光速度\( c \)との組み合わせで表されている。既存の物理法則を当てはめて何か意味が作り出せないだろうか?

 質量\( M \)の物質のシュバルツシルト半径\( a \)は次のようだった。

\[ \begin{align*} a \ =\ \frac{2GM}{c^2} \end{align*} \]
 \( M \)なんて今は余計だし、\( \hbar \)が出てこない。質量\( M \)\( h \)の関係なら、コンプトン波長\( \lambda_c \)というものがあった。
\[ \begin{align*} \lambda_c \ =\ \frac{h}{Mc} \end{align*} \]
 コンプトン波長の意味を説明するのは後にしよう。これらはどちらも長さを意味しているので等号で繋げてしまおう。
\[ \begin{align*} \frac{2GM}{c^2} \ =\ \frac{h}{Mc} \end{align*} \]
 残念ながら\( M \)は消えない。むしろ、次のようにして\( M \)の値が求められる。
\[ \begin{align*} M^2 \ =\ \frac{hc}{2G} \\ \therefore\ M \ =\ \sqrt{\frac{hc}{2G}} \end{align*} \]
 これは何だかプランク質量に似ているが、今は置いておこう。この\( M \)をシュバルツシルト半径\( a \)の式に代入し直したらどうだろう?
\[ \begin{align*} a \ &=\ \frac{2G}{c^2} \, \sqrt{\frac{hc}{2G}} \ =\ \sqrt{\frac{4G^2}{c^4}}\, \sqrt{\frac{hc}{2G}} \\ &=\ \sqrt{\frac{2hG}{c^3}} \end{align*} \]
 プランク長さに似た形になってくれた。これは当たり前と言えば当たり前かもしれない。基本的な物理定数だけの組み合わせで長さの次元の量を作り出しているのだから、この形しかないのだ。ただし定数倍だけずれており、これをどう調整したら良いかが問題だ。

 この式の中の\( 2h \)\( 4\pi \)で割ってやりさえすればぴったり一致するようになるのだから、コンプトン波長\( \lambda_c \)とシュバルツシルト半径\( a \)を直接イコールで結ぶのではなく、「コンプトン波長を\( 4\pi \)で割ったものとシュバルツシルト半径が同じになる」という条件を採用すれば良さそうだ。

 コンプトン波長とはコンプトン効果に関連して出てくる量である。静止している質量\( M \)の粒子に光の粒をぶつけると、光のエネルギーが粒子に受け渡されて運動エネルギーとなり、エネルギーを失った光の波長は元よりも長くなるという分かりやすい現象がある。これがコンプトン効果であり、光が粒子性を持つことの重要な例である。光を粒子だと扱って、静止した別の粒子との衝突を相対論的に考えることで計算が可能である。この時の波長の変化は次のように表せる。

\[ \begin{align*} \Delta \lambda \ =\ \lambda' - \lambda \ =\ \frac{h}{Mc} (1-\cos \theta) \end{align*} \]
 \( \lambda \)がもともとの波長で\( \lambda' \)が変化後の波長だ。\( \theta \)は光の粒の進む方向が衝突によってどれだけ変化したかを表している。\( \theta = 0 \)なら衝突せずに素通りしたようなものだから\( \Delta \lambda = 0 \)である。光が衝突で 90°進路を変えられたときには\( \cos \theta = 0 \)となり、その時の波長の変化の大きさがコンプトン波長である。
 実際のコンプトン効果の実験ではX線を結晶に向けて反射させることが多いのであり、 X線には波の性質もあるから、ブラッグ条件を満たすような幾つかの角度にのみ強く反射が起こる。 このような状況の中で、電子が結晶に強く束縛されていなければ、同時にコンプトン効果が起きていることが分かるのである。 逆に電子が束縛されていれば、質量の小さな自由な粒子と衝突したとはみなせないので、コンプトン効果は起きにくくなる。
 以上の話からプランク長さの意味を何とかしてひねり出すことが出来るだろうか?


おかしいぞ?

 とりあえずコンプトン波長を\( 4\pi \)で割ってシュバルツシルト半径と結んでみた。しかし\( 4\pi \)というのはそれなりに大きな値である。そこまで値を変えてしまっても成り立つような解釈ができるだろうか?確かにコンプトン波長そのものに厳密な意味はない。光子の波長の変化は散乱する角度に依存しているから、おおよその目安を与える代表値くらいの意味合いのものだ。それにしても\( 4\pi \)は大きすぎる。

 質量\( M \)の微小なブラックホールに向かって光をぶつけることでその性質を探るという設定を考えてみよう。コンプトン効果によって光の波長が変化するが、それがこのブラックホールと同程度に小さいので、ブラックホール周辺の時空の歪みによって狂ってしまい、正確に検出することが出来なくなってしまうだろう。

 いやいや、待て待て。この設定には無理がありすぎだ。ブラックホールに光をぶつけて普通の衝突が起こるものだろうか?そもそも吸い込まれて跳ね返ってこないような気もするし、わざわざコンプトン効果を利用して性質を探ろうとするのも効率が悪すぎる。質量が大きすぎるから、波長の変化は小さすぎる。いや、これは言う必要がなかったかもな。そもそも波長の変化は対象となるブラックホール程度だという設定なのだった。そんな小さ過ぎる長さの変化を検出できる手段があるのなら、この小さすぎるブラックホールの大きさを測る手段は別にあるだろう。

 コンプトン効果なんぞを使わずとも、普通に光をぶつけるだけでも、一般相対論の知識を使って、ブラックホール周辺のことはあれこれと分かるのではあるまいか。しかも対象の質量がもっと小さければブラックホールにすらなっていないわけだから、以上の話に観測の物理的な限界なんてものはどこにもなさそうである。


光子による観測の限界

 それがそうも行かないのだ。光には波の性質もあって、どうしても波長程度の広がりを持ってしまう。今考えているような微小なブラックホールを狙うにはそれなりの短い波長を持った光を使わねばならない。そのためには光子のエネルギーを極端に高くする必要がある。どれくらい高くすればいいだろうか。

 光子のエネルギーは\( E = h\nu = h c/\lambda \)と表される。この波長\( \lambda \)がコンプトン波長程度だとして計算してみよう。

\[ \begin{align*} E \ =\ h\nu \ =\ h\frac{c}{\lambda} \ =\ hc \frac{Mc}{h} \ =\ Mc^2 \end{align*} \]
 あれれ?なぜか\( E = Mc^2 \)が出てきてしまった!しかしこれはアインシュタインの有名な関係式とは関係ないし、コンプトン効果とも直接は関係ない。たまたまそうなったのであり、文字通りの意味しかない。「コンプトン波長と呼ばれる波長と同じ光子のエネルギーは、コンプトン波長の式に出てくる質量のエネルギーに等しい」と考えてもらいたい。

 こんなにエネルギーの高い光をこんなに狭い領域にぶつければ、調べる対象が元々ブラックホールでなかったとしても、この光子自身がブラックホールを作り出してしまう可能性が高くなりそうだ。ブラックホールというのは静止した球対称な質量についてアインシュタイン方程式を解いて導いたものだから、進行する光自身がブラックホールになるわけではない。この光が何かと反応して大きな質量を持つ粒子を生成した時にブラックホールになってしまう可能性が出てくるわけだ。

 このような理由で、プランク長さ以下の領域を調べるには大きな困難がありそうである。

 以上の話をきれいに短くまとめるにはどうしたらいいだろうか。結局はあまり関係のなかったコンプトン効果やコンプトン波長という言葉は使いたくないものだ。自分なりに計算してあれこれ試してみた結果、次のような表現になりそうだ。

 プランク長さ程度の波長を持つ光のエネルギーは、プランク質量のエネルギーの\( 2\pi \)倍であり、一方、プランク質量のシュバルツシルト半径はプランク長さの2倍である。よって、この光のエネルギーがもしもそっくり質量に変わることがあればそのシュバルツシルト半径はプランク長さの\( 4\pi \)倍であり、結局は直径がプランク長さの\( 2\pi \)倍のブラックホールにすっぽり覆われることになる。それでプランク長さ以下の波長の光を使った測定は極めて困難になる。


物理的意味はないのでは?

 既に見たように、プランク長さの発想の原点は幾つかの基本的な物理定数の値を1にする単位系を作るというものであり、その物理的意味は後付けに過ぎない。その意味というのは要するに、現在知られている物理法則に頼る限りはプランク長さ以下の領域の測定は原理的に困難に直面するだろうというものだった。それすらも、かなり大雑把な考察に過ぎない。

 しかし啓蒙書ではプランク長さの元々の意味には触れず、あたかも背景に深い理論的考察があるかのような印象で書かれていることが多い。難しそうな表現を持ち出して読者を煙に巻くのだ。確かにそうした方が読者が未知の世界にワクワクしそうである。

 例えば「コンプトン波長を\( \pi \)で割ったものとシュヴァルツシルト半径とが等しい長さとなる質量をプランク質量と呼ぶ」と言った具合の表現が使われていたりする。先ほどは\( 4\pi \)で割ったりしていたが、プランク長さではなくプランク質量に注目して定義を考えれば調整は\( \pi \)だけで済むのである。ちなみに、\( \hbar=1 \)にするのではなく\( h=1 \)にするように単位系を作っておけばこの\( \pi \)も出てこなくて、もう少しマシになったことであろう。(その点、コスモメートルの方が優秀じゃないか?)

 この定義からは正しい関係が導き出せるが、物理的にはあまり意味のある表現ではない。しかも残念なことに、この定義の中で述べられている「長さ」というのはプランク長さとは一致していない。少しずれてしまうのだ。プランク質量がブラックホールになったときのシュバルツシルト半径の「半分の長さ」がプランク長さである。このことにも物理的に深い意味はない。

 もしも人間に、半径のさらに半分の長さを常用するのが自然だと感じる感性が備わっていれば、 『シュバルツシルト半半径』なる奇妙なものを違和感なく受け入れており、 このような半端な数字合わせは必要なくて、何もかもピッタリだと思えたのかもしれない。 いや、しかしそんなものを自然だと感じる道理もなさそうだ。


伝言ゲーム

 プランク長さが我々の手に届くどんな物理現象とも掛け離れた極微のスケールなので、誰もまだ検証しようもないし、神秘性を帯びてしまって、話にどんどん尾ひれが付いてゆく。例えば次のような具合だ。

 「プランク長さ以下の領域では、重力と量子論的効果によって、もはや時間と空間が入り混じっており・・・
ブラックホールの話と光子の波動性の話から空想が膨らみ過ぎてしまったのだろう。しかし観測のために用いた光子がブラックホールになる可能性があるだけであり、何もしないのに普段から特異なことが起こっている世界だという証明は今のところは何もない。

 「プランク長さ以下ではもはや距離という概念が存在しない
プランク長さ程度より小さなスケールで起きていることを観測することが困難だという話から連想したのだろう。人類が観測できないことには物理的な意味はないとする意見は確かにある。しかし現時点で言えるのは、現在知られている物理的手段では人間には直接的な観測ができそうにもないというだけであり、このスケール以下で起こる現象に距離の概念がないという証明はない。そもそも人類はまだこの領域で起こる現象を何も知らないのだ。

 「プランク長さは、この宇宙の長さの基本単位とも呼べる量であり、時空はこの単位から構成されている
時空すらも粒のようなものから出来ているのではないかという説は確かにある。しかしプランク長さがそれであるという証明は今のところはない。既に分かっていることのように書いてしまうのは感心しない。

 「プランク長さ以下では時間と空間が泡のようになっており・・・
この宇宙がビッグバン以前の量子ゆらぎの中から誕生したという説があり、そこで語られるイメージと繋がってしまったようだ。

 「プランク長さとは通常の時空概念が壊れる大きさの限界である
ここまでの集大成のような、なんとも好奇心を掻き立ててくれる大げさな表現である。

 「光がプランク長さを横切る時間をプランク時間と呼び、それより短い時間を考えることにはもはや物理的な意味がない
前半は正しいが、光速\( c \)が1になるように調整したのだからそうなっているのは当然である。プランク時間というのは、プランク長さ以下の領域にはもう距離の概念が存在しないというような考察から生み出された概念ではない。プランク時間より短い時間に意味がないわけではないだろう。

 「プランク温度はこの宇宙で意味のある最高温度である
確かにプランク温度は常識外れな高温である。現在理論的に推定されている初期宇宙の温度がビッグバンから\( 10^{-35} \)秒後に\( 10^{28} \mathrm{K} \)くらいだったというから、それよりもまだ数桁大きい。確かにこの温度以上の温度を使う機会はなさそうだ。しかしプランク温度が物理的に意味のある最高温度であるかどうかは分からない。プランク温度を解釈してやると、粒子の集団がプランク質量と同等の平均エネルギーを持って運動しているような状態である。とは言うものの、これだけの情報では、この粒子の集団がブラックホールを形成してしまうかどうかもよく分からない。初期宇宙に充満していた粒子がどんなものだったか分からないが、まだ4つの力が別れる前の光子のように振る舞う何かだったかもしれない。だとすれば、この温度以上ではいたるところでブラックホールができてしまうという想像もありかもしれないが、ブラックホールが出来たからと言って、物理的に意味がなくなるほどのことだろうか?

 「プランク温度とはビッグバンから1プランク時間後の温度である
これも根拠がはっきりしない。あちこちで言われているようだが、誰が言い始めたのだろう?膨張宇宙論では、過去に遡るほど宇宙の密度や温度が高くなっていき、大きさ0にまで遡れば密度も温度も無限大である。しかしそんな素朴な考えでは何の解決にもなりそうもないから、無限大にまでは遡らず、宇宙は微小な量子的ゆらぎから始まったのだとかいう理論があれこれ考えられている。プランク時間やプランク温度が物理的に意味のある最小時間、最高温度だと信じていれば、意味のある最小の時間が経過した時にはもう宇宙はこの状態になっており、そこからが真の始まりだ、というイメージになりそうだ。そういう単純思考の表明に過ぎないように思えるのだがどうなのだろう?


最先端の努力

 啓蒙書でまことしやかに語られているプランク長さやプランク時間やプランク温度についてあれこれ批判的なことを書いてしまったが、それらが絶対にそんな大それた物理的意味を持たないというわけでもない。超弦理論や各種の量子重力理論は今まさにこのスケールで起きる現象について熱心に探っているところであり、それらの理論とプランク長さの関係が出てきたりもしている。

 あるいはこの神秘的なスケールを理論に取り込めば世界の記述がうまく行くのではないかという発想からの努力も多数ある。宇宙は本来3次元よりずっと大きな自由度を持っているのだが残りの次元はこのサイズにコンパクト化されていて見えないのではないかとか、通常の距離の概念のないこのスケール以下でのネットワークが時空を形成しているのではないかとかいうものだ。啓蒙書に書かれているのはこの辺りの発想の受け売りだったりする。

 ただ、いずれも未完成な理論であり、啓蒙書が語るような神秘的なことが既に分かっているわけでもないのである。

 現在模索中の最先端の理論にはプランク長さより小さな値が出てくることもあり、おそらくプランク長さがこの宇宙の長さの下限だという共通認識は科学者の中にはないだろうと思う。


神秘の無次元数

 プランク電荷についても少し話しておこう。これは電荷の値についての物理的限界を表しているわけではなさそうだ。というのも、素電荷はこれより小さな値だからである。素電荷というのは電子の持つ電荷のことだが、なぜかプランク電荷に非常に近い値であり、約 0.08542 プランク電荷である。

 これを 2 乗すると 1/137 という値にかなり近い値となるので、多くの科学者がここに何か大きな宇宙の秘密が隠されているのではないかと注目している。この値を理論的に導き出すことができれば万々歳だ。

 現時点の宇宙ではたまたまこの値になっていて、時間とともに変化しているだけなのかもしれないし、ひょっとしてこの宇宙の他にも多数の宇宙があって、そこではそれぞれ異なる値になっているのかもしれない。それが分かるだけでも大発見である。

 この約 1/137 という値は「微細構造定数」呼ばれており、次のような式で表されるということになる。

\[ \begin{align*} \alpha \ =\ \frac{e^2}{4 \pi \varepsilon\sub{0} \hbar c } \end{align*} \]
 これは無次元量だから、どんな単位系を使っていたとしても、この式を使えば同じ値になるのである。以前の私の記事で素電荷を「コスモクーロン」で表した時に 2 乗してから 2 で割ったりという小細工が必要だったのは、\( \hbar \)ではなくて\( h \)を使っていたせいで\( 2\pi \)のずれがあったのと、\( 4\pi \varepsilon\sub{0} \)ではなく\( \varepsilon\sub{0} \)を使っていたせいで\( 4\pi \)のずれがあったのが打ち消しあって、この式と比べて 2 倍の違いが出たせいである。

 微細構造定数という名前が深遠な気がするが、この名前のそもそもの由来は時空構造の探求とは何の関係もない。この値自体は水素の放電実験のスペクトルにも隠されていて、初期の量子論にも出てくるのである。放電の光をプリズムで分解してスペクトルを観察した時に細い線が密集した部分が見える。電子が軌道を遷移する時に出す光のエネルギーが僅かに分裂しているわけだ。この部分のことを「微細構造」と呼び、さらに細かく分かれた部分を「超微細構造」と呼ぶ。それらが生じる理由を理論的に解明する必要があったのである。

 微細構造や超微細構造は 結局は電子の「スピンと軌道角運動量の相互作用」や「スピン同士の相互作用」によって生じると理解され、 今ではディラック方程式を使って説明されるようになった。 難しすぎるのでこの話は初歩の教科書にはほとんど出てこなくなってしまった。
 この定数はその後、小さな実験室で行われるくらいの多くの現象にも関係していることが分かってきたし、素粒子論にも出てくるようになったのである。
 単純にシュレーディンガー方程式を使って解いた 水素のエネルギー準位の式の中にもこの定数に近い組み合わせが含まれているくらいなのだから、 今となってはあまりこの定数を水素の微細構造と関連付けて話す必要もないだろう。 歴史的な経緯でそう呼ばれているというだけの話だ。