遅延ポテンシャル

意外なことに先進波の意味まで説明できてしまった。

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 電荷が運動した時にどのような電磁波が発生するのかを知っておきたい。数式としてはすでに導かれてはいるのだが、そこからどのようなイメージを思い描いたら良いものだろうか。ローレンツゲージを紹介したのはそのような話をする為である。

 ローレンツゲージでのマクスウェル方程式は非常に簡単だった。

\[ \begin{align*} &\left( \triangle - \frac{1}{c^2} \pddif{}{t} \right) \phi = - \frac{\rho}{\varepsilon\sub{0}} \\ &\left( \triangle - \frac{1}{c^2} \pddif{}{t} \right) \Vec{A} = - \mu\sub{0} \Vec{i} \tag{1} \\ &\Div \Vec{A} + \frac{1}{c^2}\pdif{\phi}{t} = 0 \end{align*} \]
 一番目の式の意味から考えてみよう。もし右辺がなければこれは波動方程式であり、\( \phi \)の変化が光速度\( c \)で移動することを表している。ところが右辺に電荷密度が入っていると少し状況が変わって、変化が移動して行かないような解も存在できるようになる。\( \phi \)が時間的に変動しなければ左辺第 2 項は 0 であるが、そのときは左辺第 1 項と右辺だけで釣り合ってしまうのである。

 もし左辺第 2 項がなければ、これは静電場の方程式、すなわちポアッソン方程式と同じものである。ポアッソン方程式の解は、\( \phi \)が無限遠で 0 になるという条件で解いた時には

\[ \begin{align*} \phi(\Vec{x}) = \frac{1}{4\pi\varepsilon\sub{0}} \int \frac{\rho(\Vec{x}')}{|\Vec{x}-\Vec{x}'|} \diff\Vec{x}' \end{align*} \]
となる。これはすでに静電場の話のところで出てきたものと変わらない。あらゆる地点に分布している電荷がそれぞれに作る電場を重ね合わせたものである。

 ところで、もっと別の状況も考えられるのではないだろうか。場所による\( \phi \)の変化がなくて時間的変動だけがあるような解も許されそうである。この場合には左辺第 2 項と右辺が釣り合うことになるが、これは全宇宙に一様に分布した無限の広がりを持つ電荷が一斉に増えたり減ったりするイメージだろう。その場合の電荷は一体どこから湧いてどこへ消えるというのだろうか。このような非現実的な解には興味がないので排除することにするのである。

 電荷分布に変動があると、それによって\( \phi \)も変化するだろうから時間微分の第 2 項が効いて来る。左辺第 1 項と右辺だけで取っていたバランスが崩れて、その変化が波動方程式の性質に従い、光速度で伝わるわけだ。それで、解として次のようなものを想像してみる。

\[ \begin{align*} \phi(\Vec{x}, t) = \frac{1}{4\pi\varepsilon\sub{0}} \int \frac{\rho(\Vec{x}', t-\frac{|\Vec{x}-\Vec{x}'|}{c})}{|\Vec{x}-\Vec{x}'|} \diff\Vec{x}' \tag{2} \end{align*} \]
 \( \Vec{x}' \)の点にあるそれぞれの電荷からの影響は\( \Vec{x} \)点に達するまでに\( |\Vec{x}' - \Vec{x}|/c \)秒の遅れがあるだろうことを考慮した式だ。\( \Vec{x} \)点では色々な時間、色々な地点にある電荷から届いた影響が足し合わされる。

 ベクトルポテンシャル\( \Vec{A} \)についても式の形は同じなので、イメージは同じだ。ある点で電流密度が生じたとすればその影響は光の速さで伝わるだけの遅れが生じる。

\[ \begin{align*} \Vec{A}(\Vec{x}, t) = \frac{\mu\sub{0}}{4\pi} \int \frac{\Vec{i}(\Vec{x}', t-\frac{|\Vec{x}-\Vec{x}'|}{c})}{|\Vec{x}-\Vec{x}'|} \diff\Vec{x}' \tag{3} \end{align*} \]
 これらを微分すれば電場\( \Vec{E} \)や磁場\( \Vec{B} \)が求まるのであり、定常電流の場合にしか使えないという条件がついていたビオ・サバールの法則も各点からの影響の遅れさえ考慮すれば使えることになる。

 こんな単純な考察だけで新しい式を作って、それを確認もせずに使ってしまっていいものだろうかと不審に思うだろう。説明が遅れてしまったが、根拠なくやっているわけではない。何と、これらの式はちゃんと (1)式 の 3 つの方程式の解になっているのである。このことを確認するのはかなり面倒な手続きが要るのでここでは省略する。気になって仕方ないという人は専門の教科書を調べてもらいたい。

 影響が光速で伝わることによる時間的な遅れを考慮して導かれるというので、(2)、(3) 式で表される電磁ポテンシャルを「遅延ポテンシャル」と呼ぶ。なぜわざわざこんな呼び名が付いているかと言えば、この他の解として、

\[ \begin{align*} \phi(\Vec{x}, t) &= \frac{1}{4\pi\varepsilon\sub{0}} \int \frac{\rho(\Vec{x}', t+\frac{|\Vec{x}-\Vec{x}'|}{c})}{|\Vec{x}-\Vec{x}'|} \diff\Vec{x}' \\ \Vec{A}(\Vec{x}, t) &= \frac{\mu\sub{0}}{4\pi} \int \frac{\Vec{i}(\Vec{x}', t+\frac{|\Vec{x}-\Vec{x}'|}{c})}{|\Vec{x}-\Vec{x}'|} \diff\Vec{x}' \tag{4} \end{align*} \]
というものも存在するからである。この式が表す電磁ポテンシャルを「先進ポテンシャル」と呼ぶ。遅延ポテンシャルとの違いと言えば、影響が遅れて伝わることを表すために付け加えた部分の符号が反対になっていることだけである。つまり、電荷が動くよりも前になぜかその動きを知っていたかのように存在していて、それが周囲から電荷に向かって集まってくるイメージである。

 まるで、電荷分布、電流分布の影響が過去に向かって広がりながら伝わることを表しているかのようだ。それでアニメや SF などでは「過去との通信機」や「ワープ」などを実現する架空の理論としてよく登場するのである。「先進波」と呼ばれることも多い。しかしこんな現象は現実には観測されたことがない。他の物理的ではない解と一緒にして捨て去ってしまうのが無難である。

 ここまでごちゃごちゃと話して来たが、要するに (1) 式の方程式の物理的な解は (2)、(3) 式であると言いさえすれば済む話であって、こんな説明にわざわざページを割こうとしないさっぱりした態度の教科書は数多い。式から多くの事を読み取って自分独りで楽しむことが出来る人にとってはそれで十分なのだが、そうでない人に対して考える楽しさを伝えることはできていないと思う。


先進ポテンシャルとの付き合い方

 先進ポテンシャルの解を物理的でないからと言って一言で捨ててしまうと、「まったく物理学者は自分たちに都合のいいように勝手なことをする」と言って怒り出す人が現れる。また、「この解の持つ重大な意味を物理学者たちは気付くことなく無視してしまった」と心の底から信じ、「過去との通信機」が実際に作れるはずだと真剣に考えて、研究資金を募る人もたまに現れる。

 しかしこの解にわざわざ名前が付いているのは、過去に学者たちがこれについて熟考した証なのだ。その多くの議論の末に、後世に伝えるだけの価値のある内容を要約した言葉が、「捨てておけ、それが無難だ」というものなのだろう。一応ここに「ne plus ultra(この先なし)」という立て札を立てておくが、その先へ踏み込むのはもちろん自由だ。あまり遠くへ行く前にその立て札の意味に気付いて帰ってきてほしい。

 電磁気学で有名な砂川重信先生の教科書には、「(先進ポテンシャルは)物理的に意味を持たないように思えるが、じつはそうではない。先進ポテンシャルは次のような物理的意味をもっている。」として、続けて説明が書かれている。しかし私はその考え方も初学者にはあまりお勧めしない。その説明を軽く読んだだけでは誤解する可能性が高いからだ。

 少なくともその説明の真意は、「予め先進ポテンシャルを用意しておけば、遠く離れたアンテナの中に望む通りの電荷分布や電流分布を惹起できる」というものではない。そのように読めてしまうが、そうではない。ある条件の元ではそういうことが出来ることもある・・・くらいの意味である。

 そもそも、電荷は電磁波の影響を受けて運動を変化させるが、どんな場合にでも同じ変化が起きるわけではない。その電荷を持つ物体の質量の違いによって、反応して動く度合いに差があるだろう。だから全宇宙の電流分布と電荷分布の初期条件と、電磁ポテンシャルを決めてやったくらいではその後の変化は計算できないのである。

 しかし質量なども全て考慮すれば予測は可能である。そして、綿密な計画によってちょっと変わったエンターテイメントを用意することができる。そのためには、(4) 式で求められる先進ポテンシャルと、それと完全に矛盾のない動きをするような、質量まで考慮した電荷と電流の初期配置とを実現してやる必要がある。こうすれば、先進ポテンシャルのように、あたかも一点に向かって集まるが如く振舞う波が実現できるだろう。そしてちょうどその時その場所に狙ったように電荷が来て、波は奇麗に電荷に吸い込まれていくように見える。全て計画通りだ。人為的だが、法則を破ってはいない。おお、何ということ!先進ポテンシャルは原理的には現実のものとして作り得るのである!

 要するに (1) 式の波動方程式は時間反転に対して対称だから、ビデオを逆回しにしたものを観察しても成り立っていますよ、ということである。先ほど、砂川先生の考え方はお勧めしないと書いたが、前言撤回。予想外に分かり易く説明できたので初学者にもお勧めすることにする。

 これで先進ポテンシャルがアニメや SF の範囲の話ではなく、特殊な設定の元で現実に起こり得る解の一つを言い表しているに過ぎないという事が明らかになっただろう。ああ・・・夢を奪って申し訳ない。


点電荷の作るポテンシャル

 次に、移動する点電荷が周囲にどのような電磁場を作るのかを考えてみよう。電荷の大きさを\( q \)、その軌道を\( \Vec{S}(t) \)という位置ベクトルで表すことにすると、電荷密度、および電流密度は次のように表すことができる。
\[ \begin{align*} \rho( \Vec{x}, t ) &= q\ \delta( \Vec{x} - \Vec{s}(t) ) \\ \Vec{i}( \Vec{x}, t ) &= q\ \dot{\Vec{s}}(t) \ \delta( \Vec{x} - \Vec{s}(t) ) \end{align*} \]
 これを遅延ポテンシャルの式 (2)、(3) 式に代入して計算してやればいいだけの話である。計算は次のように簡単に済む。
\[ \begin{align*} \phi(\Vec{x}, t) &= \frac{1}{4\pi\varepsilon\sub{0}} \int \frac{\rho(\Vec{x}', t - \frac{|\Vec{x}-\Vec{x}'|}{c})}{|\Vec{x}-\Vec{x}'|} \diff\Vec{x}' \\ &= \frac{q}{4\pi\varepsilon\sub{0}} \int \frac{ \delta( \Vec{x}' - \Vec{s}(t - \frac{|\Vec{x}-\Vec{x}'|}{c}) ) }{|\Vec{x}-\Vec{x}'|} \diff\Vec{x}' \\ &= \frac{q}{4\pi\varepsilon\sub{0}} \frac{ 1 }{|\Vec{x}-\Vec{s}|} \end{align*} \]
 要するに、2 行目のデルタ関数は\( \Vec{x}' = \Vec{s} \)となるところ以外では 0 となるので、3 行目ではそこだけ残した格好だ。位置\( \Vec{s} \)にある電荷から発した影響はそれより後の時刻\( t \)に位置\( \Vec{x} \)に伝わり、ポテンシャルはその影響の飛行距離\( r \)の分だけ\( 1/r \)の形で減衰しているという意味である。わざわざ計算するまでもなかった。電荷は移動しながらも常に自分のいる位置についての「更新情報」を光速度で周囲に送り続けているようなイメージだと考えられるわけだ。

 ところが上の計算は数学的には大間違いなのである!  それどころか物理的にも現実と合わない!一体、この計算のどこがまずかったというのだろう!?

 それはデルタ関数の扱い方である。デルタ関数の中に\( \Vec{x}' \)が含まれている時、このような積分には特別に気をつけてやらないといけないのである。デルタ関数というのは積分すると 1 になるような分布関数を、その分布の幅を 0 にまで縮めた極限として実現しているような特殊な関数であるから、そのような扱いをしてやらないと論理が破綻してしまう。

 しかし数学的にはともかく、物理的イメージに間違いがあったとは思えない。計算結果までが現実と違うとなると、これまで考えてきた物理的イメージにも何か修正が必要なのだろうか?それについてはあまり心配は要らない。思わぬ秘密があるのである。詳しくは後で説明しよう。

 この計算を数学的に正しく行う過程は少々複雑なので、興味のある人には教科書を調べてもらうことにして、ここでは結果だけを示すことにする。

\[ \begin{align*} \phi(\Vec{x}, t) &= \frac{q}{4\pi\varepsilon\sub{0}} \frac{1}{|\Vec{x}-\Vec{s}(t')| - \Vec{\beta}(t')\cdot(\Vec{x}-\Vec{s}(t'))} \\ \Vec{A}(\Vec{x}, t) &= \frac{\mu\sub{0} q}{4\pi} \frac{\dot{\Vec{s}}(t')}{|\Vec{x}-\Vec{s}(t')| - \Vec{\beta}(t')\cdot(\Vec{x}-\Vec{s}(t'))} \\ \end{align*} \]
 これは「リエナール・ヴィーヒェルト・ポテンシャル」と呼ばれている。式を簡単に見せるために少し略記号が使われているが、例えば、
\[ \begin{align*} t' = t - \frac{|\Vec{x}-\Vec{s}(t')|}{c} \end{align*} \]
は、電荷が情報を発した時刻を表しているし、
\[ \begin{align*} \Vec{\beta}(t) = \dot{\Vec{s}}(t)/c \end{align*} \]
は、電荷の速度を光速度との比で表したベクトルである。

 つまり、この式は前から話している物理的イメージとそれほど変わるところはなくて、相変わらず電荷からの情報は光速度で伝わることを示している。違いと言えば、分母の第2項がおまけに付いて来たことくらいだ。これにより、ポテンシャルの減衰の度合いが\( 1/r \)の形ではなくて、なぜか電荷の速度によって影響を受けることが表されている。電荷の進行方向の前方では強く、後方では弱くなっていることが読み取れるだろう。


デルタ関数の秘密

 なぜ点電荷を考えるとこんなことが起きるのだろうか。そろそろ種明かしをしておこう。

 それはデルタ関数の積分をするとき、「電荷の広がり」を考慮に入れているせいである。意外に思うかもしれない。デルタ関数というのは電荷が一点に集中しているイメージを表すものだった。しかし、考え直す必要がある。一点だけで電荷が無限大というイメージを持っているわけではあるまい。これは電荷密度を表しているのである。積分して初めて電荷は\( q \)になるのだった。

 粒子に大きさがあり、電荷が広がりを持って分布すると考えよう。すると、粒子のある部分から発した情報と別の部分から発した情報とで、伝達時間に差が生まれることになるだろう。この粒子が移動するとき、先に後方から発した影響と、遅れて前方から発した影響とが同時に到達するようなことが起こる。このようにして異なる位置から発した影響が強め合うこともあれば「影響力の密度」が薄まることも起こる。

 デルタ関数というのはこのような広がりを0に近付ける極限の関数であるので、このような効果は消えてしまう気もする。しかし広がりが 0 となる極限を取るとその分、集中した電荷の効果が増す。積分の中で起こっていることなので、うまい具合に消えないで残ってしまうのである。

 この論理で導かれた結果が現実とぴったりと合ってしまうことは、良く出来ているというか、まさに数学の勝利であるという感じだ。