マクスウェルの方程式は
なぜ解けるのか

div B = 0 も div D = ρ も初期条件を与えているに過ぎない

[前の記事へ]  [電磁気学の目次へ]  [次の記事へ]


未知数がやたら多い

 前回でようやくマクスウェルの方程式が勢揃いした。早速これらをいじり回してどんなことが言えるかを調べてゆきたいところではあるのだが、少し考えただけでいきなり大きな問題にぶつかりそうである。この方程式は式の数に比べて変数の方がやたら多い気がする・・・。この方程式は本当に解けるのだろうか。まずこの問題についてすっきりさせておこう。

 ここまでじっくり読んで理解された方にはもう説明は要らないかと思うが、マクスウェルの方程式は表向き 4 つの式に見えるが実は 8 つの方程式の集まりである、ということは前に概観のところでも説明した通りである。

 しかし一方この方程式の中に含まれる未知数は電荷密度\( \rho \)と電流密度\( \Vec{i} \)の 3 成分、さらに\( \Vec{E} \)\( \Vec{B} \)\( \Vec{D} \)\( \Vec{H} \)の 4 つがそれぞれ 3 成分を持つベクトルなので合計 16 の未知数が存在することになる。

 16 の未知数を 8 つの式だけで決定できるだろうか?普通の代数方程式の場合には明らかに不可能である。しかし、微分方程式の場合にはどういう事になっているかというとなかなかイメージしにくいのである。微分方程式が解けるかどうかが式の数と未知数の数によって決められるかどうかさえ私には良く分からない。私の経験ではそのような便利な法則はなかったように思う。微分方程式と言ってもそれはもう色んな種類のものがあるので一まとめには議論できないのである。さらに、ここまで未知数と書いてきたが、実は知りたいのは「未知関数」であって、やたらややこしい話になってきてしまった。

 しかしとりあえず、少しでも問題を簡単にすることを考えよう。未知関数の数を減らす方法がある。\( \Vec{E} \)\( \Vec{D} \)の間には\( \Vec{D} = \varepsilon \Vec{E} \)という関係式があるし、\( \Vec{B} \)\( \Vec{H} \)の間にも\( \Vec{B} = \mu \Vec{H} \)という関係式があったことを思い出そう。これらを使って\( \Vec{E} \)\( \Vec{B} \)だけの式にしてやれば未知関数を 6 つも減らすことが出来て残りは 10 になる。

 今使ったこれらの式は真空での場合を除いては近似的な関係に過ぎず、そのようなものを代入して使うのは気持ち悪いと思うかも知れない。(少なくとも私は美しい理論式に実験的な近似が混じることに非常な気持ち悪さを感じている。)しかしもっと正確で複雑な関係式を適用する場合でもこの手法で未知変数を減らせることには変わりない。

 今は式が複雑すぎて解けないのではないかということよりも、原理的に解けるかどうかということの方が大きな問題なのである。

 未知関数 10 に対して方程式は 8 になった。もう一歩だ!


div B = 0 は初期条件を与える

 しかし、実はもう一歩どころではなくて、さらに別の問題が存在するのである。それについて説明することにしよう。

 ファラデーの電磁誘導の方程式を見てみよう。

\[ \begin{align*} \Rot \Vec{E} + \pdif{\Vec{B}}{t} = 0 \end{align*} \]
の両辺の\( \Div \)を計算してやると、前にもやったように\( \Div\ \Rot \)の形式をもつものは必然的に 0 になるのであった。それで第 2 項だけが残り、
\[ \begin{align*} \pdif{}{t} ( \Div \Vec{B} ) = 0 \end{align*} \]
となる。これを\( t \)で積分してやれば
\[ \begin{align*} \Div \Vec{B} = X \end{align*} \]
という形になる。ここで\( X \)は時間で積分したときの積分定数なので、時間に依存しない任意の形の関数だということになるのだが、これは 0 になることがこれまでの議論によりすでに分かっている。この\( X \)は時間に依存しない関数なので、ある時点で 0 であることが分かればどんなに時が経とうとも 0 のままである。

 以上のことで分かることは、\( \Div \Vec{B} = 0 \)という式はこの\( X \)を 0 にするためだけに存在している条件であって、この\( X = 0 \)というのは方程式を解いた後に入れる初期条件くらいの意味しかないということである。


div D = ρ も同じ

 上と同じように、次のアンペール・マクスウェルの方程式についても行ってみよう。
\[ \begin{align*} \Rot \Vec{H} - \pdif{\Vec{D}}{t} = \Vec{i} \end{align*} \]
 この式の両辺について\( \Div \)を計算してやれば、\( \Div\ \Rot \Vec{H} \)の項は消えて、
\[ \begin{align*} -\pdif{}{t} ( \Div \Vec{D} ) = \Div \Vec{i} \end{align*} \]
となり、ここで\( \Div \Vec{i} = - \pdif{\rho}{t} \)だという事実を当てはめてやれば、
\[ \begin{align*} \pdif{}{t} ( \Div \Vec{D} - \rho ) = 0 \end{align*} \]
となる。これを先ほどと同じように時間で積分してやれば
\[ \begin{align*} \Div \Vec{D} - \rho = Y \end{align*} \]
となるのだが、この時間に依存しない関数\( Y \)が 0 であることは\( \Div \Vec{D} = \rho \)という条件から分かる。

 つまり、\( \Div \Vec{B} = 0 \)\( \Div \Vec{D} = \rho \)もその形式だけは残りの式の中に含まれており、これらの式が新たに追加しているのは、\( X \)\( Y \)が 0 であるということだけなのである。

 これが意味しているのは、モノポールはもし無いということであればこの先もずっと無いであろうし、同じように電荷の数もこの先ずっと変わらないということである。もしこれらの数が変化するならば、ここに出てきた\( X \)\( Y \)も時間に依存しない定数ではありえない。

 よってこれらの式は電荷の保存則、磁荷の不存在を規定しているだけであって、電場や磁場の形を決めるのに間接的に関わっているだけであると捉えることが出来る。

 もとの話に戻ろう。この話が意味するのはつまり、方程式は 6 つに減ってしまったが未知関数は未だに 10 だということだ。


他に何か忘れていないか

 何とかして未知関数の数を減らせないだろうか。我々は電荷密度と電流を式の上で別々のものとして扱っているが、電流は電荷の流れであって電荷密度が時間によってどう変化するかさえ分かれば電流密度はそこから求められるのではないだろうか?

 私はしばらくの間このような勘違いをしていたが、少し考えればこの考えが間違っていることが分かる。例えば、一定の電流が流れている状況では電荷密度は変化していないがそれでも電流はそこに存在するのである。電流密度と電荷密度の間には前に書いたように電荷の保存則

\[ \begin{align*} \Div \Vec{i} = - \pdif{\rho}{t} \end{align*} \]
の関係があるだけである。


これが限界だ

 どうやらここまでのようである。これ以上の簡略化は思いつかない。つまり、マクスウェルの方程式は解けないのであろうか?確かに完全に解くためには条件が足りないのである。

 しかしこれは逆に好都合だと言える。条件が足りない分だけ、人の手で付け加えてやる余地が残されているということだからだ。実際、マクスウェルの方程式を解く時には初期条件を付け加えなければならない。例えば真空中の電磁波について考えるときには「電荷は存在しないとする」という条件を付け加えて電荷密度も電流密度も考えないようにするし、アンテナの中を電荷が運動する時に発生する電波について計算するときには電荷密度、電流密度の変化を初期条件として与える。

 もちろん、電荷や電流についての条件だけ与えれば解けるというものではなく、他にもいくつかの条件を付け加えなくてはならない場合が多い。これは静電場の方程式に境界条件が必要だったのと同じである。もともと微分方程式を解くためには幾つかの条件を追加してやることが必要なのである。

 もしこれらの初期条件が入る余地が残されていなかったら、この方程式は非常に応用性のないものになってしまっていたことであろう。しかし、少しの初期条件を与えてやりさえすればこの方程式は解けるのである。

 ああ、これでひと安心。