原子核

いよいよ素粒子論に近づいてきた。

[
前の記事へ]  [素粒子論の目次へ]  [次の記事へ]


原子の構造の予想

 原子の内部がどんな構造になっているかについては色々な説が出されていた。原子の質量に対して電子の質量が 1/1840 ほどしかないのは分かっていたので、質量の大部分を占めるプラスの電荷と小さな粒である電子がどういう関係にあるかという話だ。

 長岡半太郎によるモデルは、電子が正電荷の塊のまわりを衛星のように回っているというものだったが、電荷を持つ粒子が回転運動のような加速をすれば電磁波を放射してすぐにでもエネルギーを失ってしまうので、現実的ではない話だった。

 また J. J. トムソンは、レーズンパンの中のレーズンのように、電子が正電荷の雲のような中に包まれて存在しているモデルを考えたのだった。どうしてそんなことがあり得るのかなどと、あまり詳細について論理的な説明を期待してはいけない。電子が運動しないでも安定して存在していられることを重視していたようだ。

 色んな人が少しずつ違ったそれぞれの説を提案して、それまでに知られていた原子の性質を何とか説明しようと努力していたわけだが、だいたいこんな感じであった。


原子には核がある

 1909 年にはラザフォードの助手であったガイガーと、学生であったマースデンが行った実験により、驚くような結果が得られた。アルファ線を金属板に当てたときに、ごくごく少数だが、跳ね返ってくる場合があるのが見付かったのである。これにはラザフォードも非常に驚いた。

 なぜって?全くの予想外だったからだ。彼は長年の経験によってアルファ線を知り抜いていたことだろう。真空中ではまっすぐなアルファ線のビームを作れるのに、薄い膜を通過させるとビームが僅かに広がってしまい像がぼやけることも知っていた。だからこそ、この数年前からはそれがどれくらいの角度になるのかを助手のガイガーに測定してもらっていたのだった。ガイガーはアルファ線が物質に弾かれる角度の分布を調べ、「その数は角度が大きくなるにつれて急激に減少して、2、3 度を越えるところには散乱されない」という結果を報告したばかりだった。

 ガイガーによるその報告は理にかなっていた。猛烈なエネルギーで突き進むアルファ線が、それと比べてほぼ静止しているだろうとみなせるほどの物質中の電子と衝突することを考えてみよう。この一度きりの衝突によって最大でどれくらいの角度の進路のズレを生じるかは高校生だって計算できるくらいの問題だ。電子とアルファ線との質量差を考えれば、それは極々微小な角度でしかない。そんな衝突を物質中で何千回、何万回と繰り返すわけだが、毎回同じ方向へ逸れるわけではないので、ガイガーの報告の通りになる。

 しかし物質の中にあるのは電子だけではない。プラス電荷を持った何者かの影響も受けるだろう。J. J. トムソンのレーズンパンのようなモデルを考えるなら、電荷は原子の大きさ一杯にまで広がってぼんやりと分布しているのであり、その影響は大したものではない。J. J. トムソン自身がそういう計算を論文にしている。その点では長岡半太郎のモデルにしたって、中心のプラス電荷はかなり大きなものだろうと想定していたので、大差ないものであろう。

 そこで彼らは、これについての詳しい実験を数年に渡って何度も行った。教科書に載っているような金箔にアルファ線をぶつける話はかなり後になってからのものである。ラザフォードはこれらの実験結果を説明するための理論を提案し、それはやがて「ラザフォード散乱」と呼ばれることになった。ラザフォード散乱の理論は素粒子論に関係するとても重要な概念を提出しているので後ほど別の記事で数式を使って詳しく説明しようと思う。ラザフォード自身はこれらの実験は行っていないのだが、ラザフォード散乱があまりに有名なので、ラザフォードの実験と呼ばれることも多い。しかし正式には「ガイガー・マースデンの実験」である。

 ラザフォードはこの結果から、原子の中心には、正電荷の集中した核があると確信するようになった。その核には原子の質量のほとんどが集中しており、その周囲を電子が回っているという考えだ。長岡半太郎のモデルにも似ているので「長岡・ラザフォードモデル」と呼ばれたりする。しかし実験によれば、その直径は原子の直径の 10000 分の 1 に過ぎないのである。誰もそんな小さな核があるなどとは想像もしなかった。


人工の原子転換

 しかしまだ、原子の中心にある核がどんなものであるかははっきりしていなかった。さらに実験を重ねて、その正体を探って行くのである。

 1919 年になると、ラザフォードは窒素ガスにアルファ線をぶつけることで、酸素に変換できることを発表した。現代の知識によれば、実際には次のような反応が起こったのである。

\[ \begin{align*} ^{14}N \ +\ \alpha \ \rightarrow\ ^{18}F \ \rightarrow \ ^{17}O \ +\ p \end{align*} \]
 彼は 1917 年から約 3 年かけてこのことを慎重に調べてきたのだった。そしてこのとき、水素の原子核と同じものが飛び出してくることも発見している。上の反応式で\( p \)と書いた粒子である。

 ラザフォードは 1920 年には水素の原子核のことを「陽子(プロトン)」と呼ぶことを提唱している。この頃から、複数の陽子が集まって原子核を構成していることを強く確信し始めたのだろう。そして同時に、「陽子とほぼ同じ質量の電荷を持たない粒子」もなければならないはずだと予言している。原子番号と電荷は比例しているが、原子番号と原子の質量は比例していないからである。これは「中性子(ニュートロン)」の存在を予言しているのだが、それが発見されるのは 10 年近く後のことであった。

 中性子の存在は誰もが必然だと考えていたわけではないらしい。原子の質量を陽子だけで説明しようとすると電荷が多過ぎることになってしまうが、電子が原子核の中にも入っていて余分な電荷を打ち消していると考えればいいのである。わざわざ中性子のようなものを導入する必要はない。理論家たちの多くはそういう考えだったようだ。

 1925 年に量子力学が生まれた頃の背景はこんなものだった。当時知られていた素粒子と言えば、まだ電子と陽子、・・・それくらいだったのである。


中性子の発見

 理論家たちは、中性子のないモデルでは説明出来ないことが多くあるのに気付き、今更ながらに騒ぎ始めた。もし原子核が陽子と電子だけの集まりで出来ているのだとすれば、その合計のスピンが観測と合わないこと。電子が原子核のような狭い範囲に閉じ込められているときのエネルギーが、量子力学から考えても理屈に合わないことなど。

 そしてついに 1932 年、中性子はチャドウィックにより発見、命名された。彼はラザフォードの弟子であり、中性子が必ずあるに違いないと教え込まれてきたのであった。

 発見の決め手となる実験よりも以前の 1930 年に、ヒントとなる実験結果がボーテとベッカーにより発表されていた。アルファ線をリチウムやベリリウム、ホウ素などの軽い元素に照射すると、極めて透過性の強い放射線が出るというのである。しばらくの間、これはベリリウム線と呼ばれていたが、これこそ中性子だったわけである。

 ベリリウム線の正体はガンマ線なのではないかという説もあった。チャドウィックは水素を多く含むパラフィンにベリリウム線をあてることで、水素、つまりは陽子を弾き出させ、その陽子が気体中で電離を起こす度合いを調べて、そのエネルギーを測定したのだった。その結果、ベリリウム線は、陽子と同程度の質量の粒子でなければならないと分かったのである。


中性子の性質

 中性子は、アルファ線に比べてはるかに原子核と反応し易かった。というのは、アルファ線はプラスの電荷を持っているため他の原子核の電荷と反発して近くに寄れないが、中性子は電荷を持っていないために何の苦も無く他の原子核に入り込むことができるからである。こうして、色んな元素に中性子を打ち込むことにより、地球上にはあまりないような人工的な原子核がたくさん作られることになった。その多くは不安定で、すぐに崩壊する。言い換えれば、強い放射能を持つということだ。

 中性子線は物質を容易に通り抜けることができる。電荷がないために物質に影響を与えることなく、それゆえ自身もエネルギーを失うことがないからである。だからと言って安心はできない。中性子を受けた原子核は、別の物質に変化するからである。大量の中性子を浴びて、その原子核に中性子を吸収した物質というのはそれ自身が放射能を持つことになる。そのような意味で人体に危険性があると言える。

 原子炉から出る中性子を漏らさないようにするのは一苦労だ。これを遮断するためには、なるべく軽い原子核に衝突するようにして、効果的にエネルギーを奪うのがいい。水素を多く含む物質なんかがいい。身近な物質は「水」だ。しかし高エネルギーの中性子は小さな原子核にはなかなか当たってくれないので、まずは密度の高い物質で減速してからの方がいいだろう。

 原子炉の内壁の材質は中性子を防ぐために色んな工夫がされているが、中性子を受けて変化し、すぐにボロボロになる。なるべく長持ちし、それ自身が放射性物質になりにくい材料が研究され続けている。このあたりの話は原子核物理や原子核工学といった広大な応用分野で議論されることなので深入りしないでおこう。


核力

 中性子が見付かったことで、何が原子核を小さな範囲に固く結びつけているのかということが急に問題になり始めた。もちろん、電磁気力だけでは説明できないという意見はずっと以前から出てはいたが、原子核の中で電子と陽子が組み合わさって、何とかうまくまとまっているのだろうという楽観的な考えがあったようだ。

 しかし今や、原子核の中にあるのは陽子と中性子だけだということになった。それらを結びつけているのは、陽子どうしの電荷の反発力に打ち勝つほどの力である。電荷を持たない中性子さえもが、何らかの未知の力で束縛されているのである。それは「核力」と呼ばれることになった。

 この時点では人類はまだ自然界の基本的な 4 つの力のうちの、「重力」と「電磁気力」しか見付けていなかった。この他には「強い力」と「弱い力」がある。あまりかっこよくない名前だがこれで定着してしまったので仕方ない。核力というのは、陽子や中性子の内部にあるクォークの間に働いている「強い力」の一部分が漏れ出して生じている力なのである。

 あまり話を未来へ進める前に、ここまでの話の範囲でまだ説明し足りないことがあるので、それを先にやってしまうことにしよう。