偏微分方程式を概観する

作戦会議、その 2。

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線形と非線形

 前回はいきなり横道にそれた結果、まずは簡単な偏微分方程式を解けるようにするという方針を固めるに至ったのだった。「簡単な」というのは、物理でよく使う偏微分方程式のことである。しかしそれらが簡単だと言われても、どれくらい簡単なのかという説明がまだである。全体から見た位置を把握しておきたいことだろう。そこで今回は、偏微分方程式の全体をざっと分類して、この分野の広さを確認するとしよう。ついでに大雑把に成り立つ話もしておこうと思う。

 偏微分方程式は大きく二つに分けられる。「線形」なものと「非線形」なものだ。

 未知関数どうしの積、あるいは偏微分された未知関数どうしの積、あるいは未知関数と偏微分された未知関数との積、そのようなものを含む項が 1 つでもあれば、その偏微分方程式は「非線形」であると言われる。

 簡単に言い直せば、どんな形であれ一つの項の中に未知関数が二つ以上あれば「非線形偏微分方程式」と呼ばれる。2 乗で表現されていてもだめだ。それは 2 つの積だとみなされるから非線形だ。未知関数の平方根を含む場合も、その平方根を外そうとすれば他の項が2乗されたりすることになるのだから、非線形である。

 非線形以外は線形である。本当は線形がどんなものかをきっちり定義して、線形以外はみんな非線形だと言った方がいいのかもしれないが、非線形の例を挙げる方が伝わりやすそうだったのでそうしてみた。

 非線形な偏微分方程式はたとえ単純な形のものであっても複雑な振る舞いを見せることが多い。厳密な解法が知られている例は僅かしかない。ほとんどの場合はコンピュータによる数値計算に頼ってグラフを描かせるようなやり方で調べることになる。そのため、私は非線形の場合についての説明を諦め、以降は線形な偏微分方程式のことだけを話すつもりでいる。もし余裕があれば追加で説明を始めるかもしれないが、ずっと後になりそうだ。
 前回の記事で名前だけ出て来た「ナビエ・ストークスの式」は非線形である。 これは流体の運動を記述する方程式で、未知関数として圧力と速度の二つを含んでいる。 未知関数が二種類あるから非線形というのではなく、 速度が 2 つ含まれる項があってそのために非線形に分類されている。 速度が遅い場合はその項が無視できるので線形方程式になるが、相変わらず未知関数は二つである。
 以降は線形な方程式について、しかも式の中に含まれる未知関数が 1 つの場合だけに限って話をしていきたい。


線形な方程式の分類

 ここまでの話で、線形な偏微分方程式の形というのはかなり限定されてくることが分かっただろう。例えば、2 変数\( (x,y) \)を使った未知関数\( \phi(x,y) \)についての 1 階の線形偏微分方程式は次のように書ける。
\[ \begin{align*} s(x,y) \, \pdif{\phi}{x} \ +\ t(x,y) \, \pdif{\phi}{y} \ +\ v(x,y) \, \phi \ =\ w(x,y) \tag{1} \end{align*} \]
 \( s,t,u,v \)\( (x,y) \)を使って表された既知の関数である。この形以外の状況はなくて、これであらゆる場合が表現できている。

 2 階の線形偏微分方程式の場合は次のように書ける。
\[ \begin{align*} &p(x,y) \, \pddif{\phi}{x} \ +\ q(x,y) \, \frac{\partial^2 \phi}{\partial x \partial y} \ +\ r(x,y) \, \pddif{\phi}{y} \\ &\ \ \ \ +\ s(x,y) \, \pdif{\phi}{x} \ +\ t(x,y) \, \pdif{\phi}{y} \ +\ v(x,y) \, \phi \ =\ w(x,y) \tag{2} \end{align*} \]
 \( p,q,r,s,t,u,v \)\( (x,y) \)で表された既知の関数である。これもこの形以外の状況はない。

 右辺にある\( w(x,y) \)は未知関数\( \phi \)と全く関わりのない項であり、\( w(x,y) = 0 \)の場合を「同次」あるいは「斉次」と呼び、それ以外の場合を「非同次」あるいは「非斉次」と呼んで方程式を分類する。これは常微分方程式のときと同じである。
 この用語の由来については常微分方程式の記事の方に書いておいた。
 式がごちゃごちゃして分かりにくいので、もう少しすっきりした記法を考えよう。まず、既知関数の変数は省略してしまおう。また、偏微分については次のような表記を取り入れることにする。
\[ \begin{align*} \phi_x \ \equiv\ \pdif{\phi}{x} \ \ \ , \ \ \ \phi_{xx} \ \equiv\ \pddif{\phi}{x} \ \ \ , \ \ \ \phi_{xy} \ \equiv\ \frac{\partial^2 \phi}{\partial x \partial y} \end{align*} \]
 こうすれば (1) 式は次のようにすっきり書ける。
\[ \begin{align*} s \, \phi_x \ +\ t \, \phi_y \ +\ v \, \phi \ =\ w \tag{1'} \end{align*} \]
 (2) 式もずっと分かりやすくなるだろう。
\[ \begin{align*} p \, \phi_{xx} \ +\ q \, \phi_{xy} \ +\ r \, \phi_{yy} \ +\ s \, \phi_x \ +\ t \, \phi_y \ +\ v \, \phi \ =\ w \tag{2'} \end{align*} \]
 線形な偏微分方程式の複雑さは大まかに二通りの要素で決まる。「最大で何階の偏微分までを含むことにするか」と「変数は幾つにするか」というものだ。どちらも、増やせば増やすほど話はややこしくなる。

 変数が 3 つの場合を考えるともっと項の数が増えるだろう。変数が 3 つ以上の状況はあまり考えたくない。具体例として一般的な式をここに書くことすら避けたい気分であるが、記法を簡略化しておいたので書けないほど面倒なわけでもない。
\[ \begin{align*} &p \, \phi_{xx} \ +\ q \, \phi_{yy} \ +\ r \, \phi_{zz} \\ &\ \ \ +\ a \, \phi_{xy} \ +\ b \, \phi_{yz} \ +\ c \, \phi_{zx} \\ &\ \ \ \ \ \ +\ s \, \phi_x \ +\ t \, \phi_y \ +\ u \, \phi_z \ \ \ +\ v \, \phi \ =\ w \tag{3} \end{align*} \]
 変数を増やした場合をどう説明したらいいのか、まだ良くわからない。とりあえず 2 変数の場合を説明しておいて、「変数を増やしても同様である」という感じで済めばいいのだが、やってみないと分からない。

 物理では 3 つの空間成分と 1 つの時間成分を使うものが大半であるから変数は最大でも 4 つである。変数はいつも 4 つ使うわけではない。空間の次元を減らしたものを考えることもよくあるし、時間を含まないこともある。想定される変数の数に上限があることはありがたいが、それでも 4 つは多い気がする。複数の式に分けて変数を減らす計算テクニックがあるので何とかなるだろう。

 偏微分の階数については、物理に話を限ると、2 階の偏微分まででほとんどカバーできてしまう。3 階以上の方程式は全くないこともないがほとんど需要がない。しかし工学系への応用の場面では 3 階以上の方程式も割りと出てくるし、そういうものに立ち向かわねばならぬ場合に備えて、対処法くらいは知っておきたい気がする。余裕があれば考えてみよう。


物理の偏微分方程式は簡単

 前回紹介した「物理によく出てくる方程式」を思い出してみよう。例えばポアッソン方程式を簡略化した記法で書けば次のようになる。
\[ \begin{align*} \phi_{xx} + \phi_{yy} + \phi_{zz} \ =\ w \tag{4} \end{align*} \]
 これと (3) 式とを比較すると分かるが、既知関数の部分のほとんどが 1 あるいは 0 になっているのがこの式だ。他の方程式も似たようなものである。既知関数の部分が 1 や 0 でない方程式もあるが、それでも関数ではなくほとんどが定数である。むしろポアッソン方程式は複雑な部類であるかもしれない。(4) 式の右辺に既知関数が関数として残っていて非同次形になっているからだ。他の方程式は同次形ばかりだった。

 ここでまた、今後の説明の方針について悩む。線形偏微分方程式の中でも相当に単純だと言える「定数係数偏微分方程式」のことを一通り説明してしまってから物理に出てくる方程式の数々を説明した方が楽になるかもしれない。しかし物理に出てくる式はそれよりもさらにずっと単純な形をしているものが多いのだ。そんな遠回りをする必要があるだろうか?

 この辺りは臨機応変に進むのがいいかもしれない。つまり、「定数係数偏微分方程式」を一気に説明するのではなく、説明に役立ちそうな簡単な知識だけをかいつまんであらかじめ説明しておいて、物理に出てくる式の説明に使う。飽くまでも物理に出てくる式の説明を優先する。それが終わってから再び「定数係数偏微分方程式」の詳しい説明に戻り、それも無事に終われば定数係数以外の一般的な話に広げる。そんな具合でどうだろうか。


境界条件

 ある偏微分方程式に対して、その解の候補として当てはまる範囲はかなり広く、常微分方程式のように具体的な関数としては定まらないことがほとんどである。数学的にはこのことを「解空間が広い」と言ったりする。偏微分方程式以外の条件を追加することでようやく具体的な関数が定まることになる。

 追加する条件というのは、考えている領域の一番端のところでの関数の値が幾つであるかだとか、端のところでの関数を微分した値が幾つであるかとかそういうものであり、「境界条件」と呼ばれる。また、ある時刻での関数の値が幾つであるかだとか、微分した値が幾つであるかというのは「初期条件」と呼ばれる。

 物理学的には「境界条件」と「初期条件」はイメージがかなり異なるものであるが、数学的には両者を区別する理由はない。ただその条件に使われる変数が空間の位置を表しているものなのか時刻を表しているものなのかの違いでしかなく、数学はそんなことにはお構いなしだからである。だから両者をひっくるめて「境界条件」と呼ぶこともあるし、本当に空間についてだけの条件を指して「境界条件」と呼ぶこともある。前者を「広義の境界条件」、後者を「狭義の境界条件」と呼ぶ。「境界条件」という言葉がどちらの意味で使われているのかは文脈で判断して欲しい。

 このように境界条件によって解の形が大きく違ってくるような状況だから、偏微分方程式では境界条件がかなり重要な意味を持ってくる。いや、状況はもっと深刻である。ある境界条件を考えた時、それを満たす解が存在するかどうか、もし存在したとしても解が 1 つに定まるかどうかすら自明ではないことが多いのだ。つまり、関心はどうしても「どのような境界条件を定めたときに解を 1 つに定めることが出来るのか」という点に向かう。偏微分方程式の全体像を理論的に調べるときには境界条件もワンセットにして議論する必要がある。これが偏微分方程式の教科書が分厚くなる理由だ。

 私の解説の目的は、偏微分方程式を物理のために応用的に使うことにあるので、話をあまりややこしくしたくない。偏微分方程式そのものと境界条件とを不必要に絡めないようにしたいところだ。ところが話はそう甘くはない。次にその事情を話しておこう。


一般解

 常微分方程式の一般解には方程式の階数と同じ数の任意定数が含まれるのが普通だった。微分方程式を解くというのは積分するのと同じようなものであり、積分するたびに積分定数が現れるのと関係している。

 ところが偏微分方程式の一般解に現れるのは任意定数ではなく、任意関数なのである。方程式の階数と同じ数の任意関数が含まれることになる。この事情を簡単な例で説明しよう。

 次のような偏微分方程式を解いてみる。
\[ \begin{align*} \pdif{\phi(x,y)}{x} \ =\ 1 \end{align*} \]
 微分されているものは積分してやれば元に戻る。微分方程式の解法の本質は積分することである。\( x \)で積分してやるのだ。次のような解であればいいことはすぐに確かめられるだろう。
\[ \begin{align*} \phi(x,y) \ =\ x \ +\ p(y) \end{align*} \]
 変数が一つしかない関数の積分なら任意定数の\( C \)を付けておけば良かったのだが、この場合には任意関数の\( p(y) \)が付いて来る。変数が\( y \)だけの関数であれば\( x \)で偏微分したときにすっかり跡形もなく消えてしまうから、どんな形の関数を付け加えておこうとも与えられた偏微分方程式を満足させることが出来るのである。事情はこれで分かってもらえただろう。

 さて、今の例はとても簡単で解きやすいものだった。偏微分方程式の一般解がいつでもこのような形で求められるのならそれほど問題ではなかったのだ。我々は一般解を求めることに集中して、その解に対してどのように境界条件を定めたらいいかは別問題として議論すればいいのである。ところが偏微分方程式では多くの場合、一般解を求めることは容易ではない。そこで最初から境界条件をあてはめて解の条件を制限しながら解くという手法がよく使われる。このように境界条件が解法と密接に絡んできてしまうことがよくあるのだ。そうなると、どんな境界条件を課した場合に解ける保証があるのかなどを論じる必要が出てくる。この問題はとても難しい。

 偏微分方程式を解く方法は幾つかある。うまい具合に一般解を導ける運のいい場合もあるし、任意関数を含んだ形では導けないものの、多くの問題で手軽に利用できる便利な手法もある。意外な別解法があるのは数学の常というものだが、偏微分方程式の場合、どの方法を定番と呼んでいいものか判断が難しい。それぞれに長所短所がある。おそらく今後の解説においても複数の方法を紹介するだろうし、解き方によって解の見た目が違ってくることもある。

 一般解が得られるような問題に対して、わざわざそれ以外の方法を使って解くのを見るのは面倒かもしれないが、そこは諦めて欲しい。幾つかの方法を見比べるのは勉強になる。説明する私の方だって面倒でうんざりだ。

 偏微分方程式の教科書が分厚くなるのも当然である。