ボソンとフェルミオン

そしてエニオンも少々。

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波動関数は実在か

 波動関数は実在だろうか?原子核の周りに作られる波動関数の振る舞いは、電子そのものの振る舞いであるようにも思える。しかし観測の瞬間に波束が収縮する過程が物理的ではないため、波動関数を実在だと考えることには問題がある。

 いや、しかし!実在とまでは言えないかも知れないが、これは我々が知覚するこの空間に存在する何かをかなり近いところまで表しているのではないだろうか。

 これまで強くそう信じさせるような説明をしてきたわけだが、その期待を打ち砕くようなことをして見せよう。次のような方程式を立ててみる。

\[ \begin{align*} \frac{\hbar^2}{2m_a} \nabla_a^2 \psi \ +\ \frac{\hbar^2}{2m_b} \nabla_b^2 \psi \ +\ V \psi \ =\ E \psi \end{align*} \]
 これは 2 粒子のシュレーディンガー方程式だ。ここで使った\( \nabla_a^2 \)\( \nabla_b^2 \)というのは、
\[ \begin{align*} \nabla_a^2 \ &=\ \pddif{}{x_a} \ +\ \pddif{}{y_a} \ +\ \pddif{}{z_a} \\ \nabla_b^2 \ &=\ \pddif{}{x_b} \ +\ \pddif{}{y_b} \ +\ \pddif{}{z_b} \end{align*} \]
であり、\( ( x_a, y_a, z_a ) \)\( ( x_b, y_b, z_b ) \)というのはそれぞれ粒子\( A \)\( B \)の座標である。ポテンシャル\( V \)の形によっては、この方程式は解けることもあるし、解くのが難しいこともある。それは 1 粒子の場合よりも複雑ではあることだろう。そして粒子\( A \)\( x_a \sim x_a + \diff x_a \)の範囲に、同時に粒子\( B \)\( x_b \sim x_b + \diff x_b \)の範囲に見出される確率は、
\[ \begin{align*} \diff P \ =\ \psi^{\ast}( \Vec{x}_a, \Vec{x}_b )\ \psi( \Vec{x}_a, \Vec{x}_b ) \diff \Vec{x}_a \diff \Vec{x}_b \end{align*} \]
のようにして計算できる。ここで出て来た波動関数の変数は 6 つである。
\[ \begin{align*} \psi( x_a, y_a, z_a, x_b, y_b, z_b ) \end{align*} \]
 つまりこれは 6 次元空間内に存在する波であり、現実とは掛け離れている。つまり抽象的な計算結果に過ぎないのではないだろうか。考える粒子の数が増えるほど、こんな風に波動関数の次元は増える。これでも波動関数自体が実在に極めて近い何かだと信じていられるだろうか。

 もしできるなら、粒子の数が増えても次元を増やさないで済むような理論が欲しいところだ。


多粒子系の量子力学

 上で考えたような「複数粒子の波動関数」はヘリウム原子や水素分子などの状態を計算するのにも役に立つ。これまでは電子のことばかり考えてきたが、波動関数は電子を表すためだけに使われるわけではない。

 例えば原子核を、電子と同じような 1 つの粒子として扱ってやる事も出来るのである。方程式の上では原子核と電子の違いといえば質量くらいのものでしかない。そしてその振る舞いはやはり波で表される。シュレーディンガー方程式の守備範囲は結構広くて、質量を持ついろんな粒子に適用できる。

 応用には深入りしないという方針なので、この辺りの計算の実例については各自で経験を積んでもらうことにしよう。1 粒子だけを扱うのが量子力学の主流なのだと思い込んではいけない。1 粒子は基礎だから多く説明してきただけだ。量子力学は多粒子についても応用の広い学問なのである。


同種多粒子系

 ところで、同種の粒子が多数ある場合には面白いことが言えるので、そこだけ軽く紹介しておこう。

 \( N \)個の同種の粒子があるとする。これら全ての粒子の状態を表す波動関数は、

\[ \begin{align*} \psi \ =\ \psi( \Vec{x}_1 , \Vec{x}_2 , \cdots , \Vec{x}_N ) \end{align*} \]
のように多数の変数で表す事が出来るわけだが、ここで 2 つの粒子の座標値を入れ替えたら波動関数にどんな変化があるだろうか。同種の粒子であるというのだから、2 つの粒子を区別することは出来ない。シュレーディンガー方程式には各粒子を区別するようなパラメータは質量くらいしかなくて、今はそれも同じものを使っているのだから、理論上も区別できるものはない。しかし、この入れ替え操作によって波動関数には何の変化も起こらないと言い切れるだろうか。

 例えば位相には変化が起こるかも知れない。式の全体に\( e^{i\theta} \)を掛けても確率には影響が見られないのだったから、もしそのような変化が起こっていたとしても、観測上はあたかも何も変化していないかのように振舞うだろう。この考えは、少しだけ当たっている。しかし事実はもっと単純だ。

 一組の粒子を入れ替えて、さらにもう一度同じ操作をすれば、先に入れ替えた粒子の組が元に戻る。つまり初めと全く同じ状態だ。だからたとえ粒子の入れ替えで位相の変化が起こるのだとしても、同じ操作を 2 度行うと元に戻るような変化であるはずだ。それはつまり、波動関数の全体にマイナスが付くか、あるいは、初めから一切変化しないかのいずれかしかない。

 さて、変化するのかしないのか、どちらが正しいと言えるだろうか?実は両方ともあり得るのである。世の中には、粒子を入れ替えた時に、波動関数の符号が逆転するタイプの粒子と、符号が変化しないタイプの粒子の 2 種類が存在する。前者を「フェルミオン(フェルミ粒子)」、後者を「ボソン(ボース粒子)」と名付けよう。名前の由来は後で説明する。

 ボソンを表す波動関数は「粒子の入れ替えに対して対称」であり、フェルミオンを表す波動関数は「粒子の入れ替えに対して反対称」である、という表現がよく使われる。


性質の違い

 フェルミオンとボソンを見分ける方法はあるだろうか。波動関数の全体にマイナスが付くか付かないかというだけでは、観測上、何の違いも見出せないような気がする。

 しかし、たったこれだけの違いによって、明らかに見分けの付く性質の違いが生まれているのである。ここでイメージを助けるために数式を持って来よう。同種多粒子系の方程式は次のように表される。

\[ \begin{align*} \hat{H} \psi = E \psi \end{align*} \]
 ここまでは 1 粒子系と同じ形である。ただし、ハミルトニアンとして
\[ \begin{align*} \hat{H} \ =\ \sum_i \left\{ \frac{\hbar^2}{2m} \hat{p}_i^2 + V(x_i) \right\} \end{align*} \]
を採用すれば多粒子系を表せる。このハミルトニアンの意味を電子に例えて説明すると、各々の電子は原子核のポテンシャル\( V(x) \)の影響下にはあるが、電子間に働くポテンシャルは考えないとしているようなものだ。ここでそれぞれの粒子は相互作用しないという仮定をしているのは理解してもらいやすくするためでしかない。本当は相互作用していてもこの先の結論は変わらないので、後でこれを元にイメージを膨らませて考えてみて欲しい。

 上の方程式の解はどうなるか。1 粒子の波動関数を\( \varphi_n(\Vec{x}) \)だとすると、\( N \)個の粒子全体の波動関数は

\[ \begin{align*} \psi \ =\ \varphi_{n_1}( \Vec{x}_1 )\ \varphi_{n_2}( \Vec{x}_2 )\ \cdots \varphi_{n_N}( \Vec{x}_N ) \end{align*} \]
のように積で表す事が出来る。この式が意味するのは、1 番目の粒子\( \Vec{x}_1 \)が状態\( n_1 \)にあり、2 番目の粒子\( \Vec{x}_2 \)が状態\( n_2 \)にあり・・・ということである。もちろん複数の粒子が同じ状態に入っていることもありうるだろう。これと同じ状況を表す解はこれ以外に幾らでもある。本当は何番目の粒子なんて区別はないのだから、\( i \)番目と\( j \)番目を入れ替えた次のような式も同じ意味である。
\[ \begin{align*} \psi \ =\ \varphi_{n_1}( \Vec{x}_1 ) \cdots \varphi_{n_j}( \Vec{x}_i ) \cdots \varphi_{n_i}( \Vec{x}_j ) \cdots \varphi_{n_N}( \Vec{x}_N ) \end{align*} \]
 あらゆる入れ替えを考えると\( N\,! \)通りの式が同じ状態を表している事になる。

 しかし入れ替えで生まれた多数の式のどれを見ても、それが粒子の入れ替えに対して対称か反対称かなんて意味は含まれていそうもない。そこでちょっと工夫して次のような表現に直してみよう。

\[ \begin{align*} \psi \ =\ \frac{1}{\sqrt{N\,!}} \left| \begin{array}{cccc} \varphi_{n_1}( \Vec{x}_1 ) & \varphi_{n_2}( \Vec{x}_1 ) & \cdots & \varphi_{n_N}( \Vec{x}_1 ) \\ \varphi_{n_1}( \Vec{x}_2 ) & \varphi_{n_2}( \Vec{x}_2 ) & \cdots & \varphi_{n_N}( \Vec{x}_2 ) \\ \vdots & \vdots & & \vdots \\ \varphi_{n_1}( \Vec{x}_N ) & \varphi_{n_2}( \Vec{x}_N ) & \cdots & \varphi_{n_N}( \Vec{x}_N ) \\ \end{array} \right| \end{align*} \]
 これを「スレーター行列式」と呼ぶ。行列式というのは展開してやるとプラスが付いたりマイナスが付いたりする項が全部で\( N\,! \)通り並ぶことになるわけだが、そこで現れる項の一つ一つが、上で考えた\( N\,! \)通りの波動関数と同じものになっている。だからこの行列式も先ほどの方程式の解の資格があるのである。\( \sqrt{N\,!} \)が先頭に付けてあるのは規格化のためである。

 この行列の 2 つの行を入れ替える事は粒子を入れ替えることに対応するが、行列式の性質により、全体の符号が変わることが明らかである。つまりこの行列式は、先ほどの方程式を満たす幾つもの解の内、フェルミオンを表す唯一の表現になっているのである。

 この表現の中に重大な秘密が隠されている。行列式には 2 つ以上の行が同一だと全体が 0 になるという性質があるのだった。上の行列式を見ると、2 つの行が一致するのは、ある\( n_i \)と別の\( n_j \)の値が一致する時である。これは、一組でも同一の状態が式の中にあるとその波動関数は 0 になってしまうということである。つまり、フェルミオンは同じ状態に 2 個以上は存在できないことを意味しているのである。フェルミオンは全ての粒子が異なる状態を取らなくてはならない。

 まぁ、こんな大道具を持ち出さなくても理屈はもっと簡単だ。同じ状態にある粒子を 2 つ入れ替えても波動関数の上では全く変化がないはずだ。しかしそれら入れ替えたものの関数の符号は互いに逆になるのだという主張を通すためには、その関数自体が 0 だと結論するしかないというだけのことだ。

 ところで、電子は一つの状態に一つしか入れないという性質があったのを思い出そう。それは「パウリの排他原理」と呼ばれていたのだった。その性質はこのような事情の現れだったのである。電子というのはフェルミオンに分類される粒子の一つであると言える。

 フェルミオンの場合にだけスレーター行列式のようなものがあるのは不公平に思うことだろう。ボソンの場合にも同じように、粒子の入れ替えに対して関数が対称である事をはっきり表す方法がないだろうか。まぁ、それは簡単な事である。スレーター行列式を展開した時に現れるマイナス符号の項を全てプラスに置き換えたものを使えばいい。行列式を英語では「デターミナント」と呼ぶが、これはそれに対して「パーマネント」と呼ぶ。それは次のように表される。

\[ \begin{align*} \psi \ =\ \frac{1}{\sqrt{N\,!}} \left[ \begin{array}{cccc} \varphi_{n_1}( \Vec{x}_1 ) & \varphi_{n_2}( \Vec{x}_1 ) & \cdots & \varphi_{n_N}( \Vec{x}_1 ) \\ \varphi_{n_1}( \Vec{x}_2 ) & \varphi_{n_2}( \Vec{x}_2 ) & \cdots & \varphi_{n_N}( \Vec{x}_2 ) \\ \vdots & \vdots & & \vdots \\ \varphi_{n_1}( \Vec{x}_N ) & \varphi_{n_2}( \Vec{x}_N ) & \cdots & \varphi_{n_N}( \Vec{x}_N ) \\ \end{array} \right] \end{align*} \]
 これがボソンを表す唯一の表現ではあるのだが、フェルミオンとは違って同じ状態に幾つの粒子が入っても関数は 0 になったりはしないので、場合によってはかなりの数の項がまとめられることになるだろう。例えば全ての粒子が同じ状態にあれば、全ての項が 1 項だけにまとまってしまう。

 波動関数をこのようにデターミナントやパーマネントで表すことでどんな利点があるかという具体例はここではやらない。ただこの形式で計算すれば、排他原理が自動的に理論に盛り込まれることになって便利な事がある、とだけ書いておこう。


命名の理由

 統計力学によれば、同じエネルギー状態に一つしか粒子が入る事が出来ず、粒子が増えるほど高いエネルギーを取らざるを得ない場合には、「フェルミ・ディラック統計」という確率分布の計算手法に従うのだった。一方、そのような制約がない場合には、「ボース・アインシュタイン統計」という手法に従うのだった。

 フェルミオン、ボソンの名前の由来はここから来ている。フェルミ統計に従うものをフェルミオン。ボース統計に従うものをボソンと呼んだのが始まりだ。

 「フェルミオンであるかボソンであるかの違い」については今後もいろいろな場面で議論することになるだろう。そのたびに「フェルミオンであるかボソンであるか」と繰り返すのは面倒であるから、代わりに「統計性」という用語が良く使われる。この単語が出てきたら、それを「フェルミオンであるかボソンであるか」と読み替えてやれば意味が繋がるはずだ。


思うこと

 さあ、今回の話によって何か謎が解けたことになるだろうか。とりあえず、粒子はフェルミオンとボソン以外にはありえないことが分かったのは大きな収穫だ。

 ボソンは同じ状態に無限に入ることが出来て、フェルミオンは同じ状態に 1 個しか入ることが出来ない。では同じ状態に 2 個までは入れるが 3 個以上は入れない粒子とか、3 個までは入れるが 4 個以上は入れない粒子などといった中間的な存在はないのだろうか。これらは「パラ統計」と呼ばれており、かつては理論的に熱心に調べられたこともあった。しかし何しろそれに対応するものが現実に存在しなかったために次第に顧みられなくなってしまったのである。

注:ところがフェルミオンでもボソンでもない不思議な粒子が見付かったのだ。それは「エニオン」と呼ばれている。通常の 3 次元空間の理論ではありえないことだが、2 次元空間に限定したような特殊な量子力学ではそのようなものが出てくる。なぜなら、2 次元の世界では粒子を交換する時に右回りで交換したのか、左回りで交換したのかに差があるため、2 回の交換で元の状態に戻らなければならない必然性がないからである。( 3 次元では右回りは反対から見れば左回りでもあり、同じ操作であると見なされる。)よって粒子交換の時の位相変化は 1 や -1 である必要はなくて、任意の値を取る事が出来る。このことから「any-on」と名付けられたのである。
確かにこれはボソンでもフェルミオンでもないが、パラ統計とも違う複雑な振る舞いをするようである。(分数統計と呼ばれるものに従うらしいが私はそれがどんなものか知らない。)最近では精密加工技術の進歩によってそのような理論が現実に適用できるような状況も作り出せるようになってきた。
しかし今は量子力学の建設期の気持ちで書き続けよう。そのような粒子のことは無視することにする。

 さて、他には、パウリの排他原理のようなことが起きていてくれないと辻褄の合わない事情があるということも分かった。つまり、複数の粒子が同じ状態を取るような事は解としてありえないから起きないでいるわけだ。ある電子が、「自分は本当はあのエネルギー状態に入りたいけど、先客がいるからここで我慢しよう」とか考えているわけではない。また、何かの大きな力が働いて、同じ状態に 2 つの電子が入らないように保っているわけでもない。ただ複数の粒子全体として、そういう状態を実現することが合理的な解なのである。

 しかし、なぜ粒子を入れ替えると全体の波動関数の符号が入れ替わるのか、という根本的な問いについてはまだ説明されないままだ。「論理的に許されていることはどんなことでも起こり得るから」なんて答では私は満足できない。なぜ全ての粒子がボソンではいけないのだろう。なぜ全ての粒子がフェルミオンではないのだろう。ボソンとフェルミオンにどんな仕組みがあってこの差を生んでいるのだろう。

 実は粒子の「統計性の違い」はスピンと深い関係があって、粒子のスピンが\( \hbar/2 \)の奇数倍であるとき、粒子はフェルミオンになり、偶数倍のとき、ボソンになることが知られている。これについては「狭い意味での量子場の理論」つまり、相対論を取り込んだ高度な素粒子論を使わないとうまく説明できない。いつか説明できるところまでたどり着きたいと思う。

注: 先ほどの注で話した「エニオン」はこのルールを壊さない。  2 次元の量子力学では角運動量の交換則が複雑でないために、 スピンの値は 3 次元の場合のような制限を受けないからである。
 今回は 1 粒子を考えていただけではたどり着けない概念があるのを知った。ボソンかフェルミオンかというのは、複数の粒子があって初めて意味を持つ。1 つの粒子が他から切り離されて独立して存在すると考えるのは正しくないかも知れない。複数の粒子の集まりを 1 つのものとしてとらえることによって、この宇宙の仕組みが本当に理解できるのかも知れない。

 この私の言いたいニュアンスがうまく伝わっているだろうか。粒子というのは大きな「全体の状態」を決めている要素ではなく・・・つまり個々の粒子が集まって全体を決めているというのではなく、その「全体の状態」が結果として粒子たちを生み出しており、粒子というのは錯覚のようなものに過ぎないのではないかという意味だ。まだ憶測でしかないが、この考えが正しいかどうか確かめてみたい。


複合粒子

 もう少し追加。

 複数の粒子が固く結び付いてあたかも一つの粒子のように振舞うことがある。このとき、その中に偶数個のフェルミオンが含まれるなら、これは全体としてはボソンとなる。フェルミオンが奇数個の場合には全体としてはフェルミオンとなる。例えば陽子も中性子もフェルミオンであるが、これらが2個ずつ集まって出来たヘリウム 4 の原子核はボソンである。中性子の一つ足りないヘリウム 3 の原子核はフェルミオンである。

 ボソンの個数は関係ない。ボソンだけをいくら組み合わせてもフェルミオンにはならない。(実は光子はボソンであり、光子の組み合わせで電子などの粒子を作れるのではないかというアイデアはここでも否定されるのである。それなら光子は複数のフェルミオンから出来ているのでは・・・と考える人が私は好きである。)

 なぜこんな事が起こるのだろうか。簡単な話だ。偶数個のフェルミオンが集まって出来た複合粒子 2 つを交換するというのは、その中に含まれるフェルミオンを偶数回交換したのと同じことになる。それで波動関数の符号はもとのまま変わらない。これはボソンの性質だ。

 これは先ほどの「スピンと統計性の関係」とも辻褄が合う。例えばスピン\( \hbar/2 \)が 2 つ合成されるとスピンは 0 か\( \hbar \)になるから、スピン\( \hbar/2 \)の粒子が二つ合わさるとボソンになるというのは先ほどの関係を崩さない。例外のないルールというのは気持ちいいものだ。