ド・ブロイ波

ド・ブロイ氏はこれ以外に何をした人なのだろう?

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ド・ブロイ氏の考え

 前に出てきた光の「エネルギーと周波数」「エネルギーと波長」の 2 つの関係式
\[ \begin{align*} E &= h \nu \\ E &= c p \end{align*} \]
を少しいじってやると
\[ \begin{align*} E &= h \nu \\ p &= h / \lambda \end{align*} \]
という関係式を作り出せる。いや、別に何も難しいことはしていない。\( c = \nu \lambda \)という関係を使ったのみである。

 これらは粒子性の特徴である「運動量\( p \)、エネルギー\( E \)」と、波動性の特徴である「周波数\( \nu \)、波長\( \lambda \)」を結ぶ関係式である。

 この関係を光だけでなく物質にも当てはめてみようと考えるのは自然な成り行きであろう。光だけでなく、物質にも波の性質があるのではないか、というのである。私はこういう類推はとても好きだ。これはド・ブロイ氏が提案したので「ド・ブロイ波」とか、あるいは「物質波」とか呼ばれている。

 当時としてはそんな波に何の意味があるのだと思える考えだったかも知れない。ところが・・・・


電子は粒子だと信じていたのに、波なのか!?

 ド・ブロイ氏の提案から数年後、それまで粒子だと信じて疑わなかった電子が波としての性質を持つことを認めざるを得ない実験結果が発表され始めた。デビソンとガーマーの実験が有名である。ニッケルの単結晶に照射した電子が、ある方向に強められて散乱されるのだ。これは波が干渉してある角度に強く跳ね返る様子に非常に似ている。(後で図を載せることにしよう。)これはド・ブロイ氏が予言した波と同じ波長の波を考えれば説明が出来る。


それで結局、ド・ブロイ波の正体は何なのだろうか?

 多くの教科書ではこういった部分の説明が省略されている。それは、はっきりしないことには触れないでおこうという冷静さや、事実のみを述べて正確さを大切にしようという慎重さから来るものであろう。

 こういったはっきりしない部分では研究者個人により見解が異なるので議論の火種にもなりかねない。議論だけならいいのだが、見解の相違は時に争いの原因になったりもする。だからこういう部分を書くときは同僚に配慮して慎重にならざるを得ないわけだ。

 しかし初学者にとって分かりにくい原因は、こういった人間臭い思想の部分が教科書から省略されているためだと思われる。そこでこれから「本当はよく分かってないんだ」という部分を皆と共有することにしよう。これによって自然の不思議さを皆と一緒に感じられるかも知れない。また、「よく分からない」という気持ちは研究者でさえ同じだということを知ってもらいたいと思うのである。

ここからは私の個人的な見解であるので、鵜呑みにしないよう注意して読んで頂きたい。

 ド・ブロイ波が何なのかということについては、今まで何度も議論が交わされてきたはずである。ある人はド・ブロイ波は物質を運ぶ波である、と考えている。物質はド・ブロイ波に「波乗り」をして運ばれるのではないかという考えだ。それに対して、物質そのものがド・ブロイ波なのだ、という人もいる。しかし言うだけなら簡単だが、そのモデルでうまく計算が出来ることを示さなければならない。この議論は解決されないまま量子力学に持ち越され、波動関数とは何なのかという別の問題に置き換えられて今も続いている。

 奇妙なことに、波動関数の絶対値の 2 乗を粒子の存在確率だと解釈することで計算が事実とうまく合うことは分かってきてはいるのだが、なぜそうなのかということになると、やはり分からないままなのである。モデルより先に計算がうまく出来てしまったという変わった状況である。

 「もはやミクロの世界の現象は人間の想像できる範囲を越えていて、直観が通用するようなモデルを考えることは意味がない、そこでは数学的なルールこそが全てだ」という考えも増えてきている。そういう人には、分かりやすい直観的モデルを考える努力が、宇宙をバネやぜんまい仕掛けの機械的仕組みとしてとらえた中世の時代に似た古典的なものに映るのであろう。

 とにかくこれまで、数学に頼る手法は現に成果をあげてきていて、発展を続けている。第 2 量子化という数学的手法で、波を粒子的に取り扱うことが出来るのだが、それで解決したと納得する人もいれば、何か騙されたような気分になっている人もいる。そんな状況だ。

 さて、ド・ブロイ波の正体に話を戻そう。もともとド・ブロイ波は光の粒子性と波動性の関係から類推されたものであった。光の場合、波動性の部分は電磁波として完全に説明される。同じ計算式から導かれたのだから、ド・ブロイ波の正体も電磁波かそれに非常に関わりのある何かではないかと考えたいところである。しかしながら、そう単純には言うことが出来ない。問題はド・ブロイ波の速度である。周波数と波長を掛け合わせれば波の速度が求められるのだが、ド・ブロイ波の速度は光の速度にはならない。つまり、光の速度で進む「電磁波」と同じものとは考えられないのである。

 しかし、まだ逃げ道はある。波には「うなり」と呼ばれる現象があるのだ。周波数の違う二つ以上の波が合わさった時、波は「うなり」を生じる。

(ここに絵を入れようと思う。うなりはゆっくり進む。)

 二つの周波数の和の周波数で高速に振動しながら、二つの周波数の差の周波数でゆっくり振幅が変化するのである。その振幅の変化が移動する速度は「群速度」と呼ばれているが、これは元の波の速度とは違った速度で移動する。実際、ド・ブロイ波の群速度は物質の速度と同じであることが計算できる。(すでにド・ブロイ氏が初めからそのように発表している。)ということは、物質というのは電磁波の重ねあわせによって出来た「群速度」であって、全ての物質は「光」から出来ているのではなかろうか、と考えたくなる。

 しかし夢をぶち壊すようで悪いが、だからといってこの話をそのまま受け入れてはいけない。懐中電灯を向かい合わせて光同士を重ね合わせても間に物質が生れるわけではない。太陽の光でさえいろんな周波数の光が重ね合わさったものであるが、依然として光である。注意せねばならぬことはド・ブロイ波の群速度は確かに物質の速度に等しいが、これは、ド・ブロイ波同士の重ね合わせによって出来る群速度の話であって、電磁波どうしの重ね合わせがド・ブロイ波になる可能性のことを言っているのではないということだ。このあたりは慎重に考えなくてはならない。

 電磁波とド・ブロイ波を結びつけようとする試みにはまだこの他にも波束の崩れなど色々と問題があって、今まで多くの学者が取り組んできたが満足のいくモデルを作れないで来たようだ。これについて何が問題なのかということや私なりの試みについてはいずれコラム欄を設けて本編とは別に論じることにしよう。