遅延選択実験

名前はとてもかっこいいのである。

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実験の説明

 遅延選択実験というのは量子力学に関する思考実験である。1978年頃にジョン・ホイーラーによって提案された。その後、技術的な進歩に合わせて徐々にその状況に似せた実験が可能になり、繰り返し行われてもきたが、大方予想されていた通りの結果が得られただけなのであまり注目はされていない。
 思考実験がいつの間にか実験事実のように語られ、 実際に実験が可能になる頃には「当然そういう結果が出るもの」として 広く受け入れられていたりする。 これは量子力学ではよくあることである。
 この実験のセッティングは次の図のようである。

 左上にあるのがレーザー光源。そこから出た光が最初にぶつかるのがハーフミラー。これはビームスプリッターと呼ばれることもある。半分の光が表面で反射されて向きを変え、残りはそのまま透過して直進する。ハーフミラーというのはそんなに珍しいものではない。原理は簡単で、ガラスの表面に薄い反射膜が蒸着されているだけである。日常ではマジックミラーとしての応用が良く知られている。透かしてみると向こう側が薄暗く見え、表面に光沢があるので反射した自分の姿も薄暗く重なって映る。

 ハーフミラーで 2 つに分けられた光はそれぞれの方向に直進し、やがて鏡で反射され、右下で合流する。

 右下にはまたもやハーフミラーが置いてあり、右回りで到達した光の半分は下向きに進み、半分は右へと反射される。左回りで到達した光の半分は右へと直進し、半分は下へと反射される。

 光は波なので波長がある。光の波長というのはすごく短いのではあるが、そのような精度でうまく調整してやると、合流するときの光の波をずらすことができる。それぞれの波の山と谷が打ち消し合うようにすれば光は弱くなるし、綺麗に重ね合わせれば光は強くなる。

 調整次第では、右下の検出器 B の方へ行く光を真っ暗にすることが出来るし、その場合には検出器 A の方へ行く光が明るくなる。光のほぼ全てが検出器 A だけに到達するようにも出来るというわけだ。

 ここまでの話はそれほど驚くには当たらない。これは「マッハ・ツェンダー干渉計」と呼ばれているもので、1891年に発表されて以来、100 年以上ずっと使われている。この思考実験のためにわざわざ考え出されたものではないのだ。この干渉計の使い途というのは、二つの経路上にそれぞれ光を透過する試料を挟んでやって、試料が光の位相に与える影響の差を可視化するのである。もう少し分かりやすく言えば、試料を通過する光の速度の違いを可視化する装置だと言える。検出スクリーンの一方が暗くなれば他方は明るくなることは単色光源を使えばはっきり確認できるだろうが、当時はレーザー光源はもちろん、ナトリウムランプも1932年に発明されたものだから便利な単色光源はまだなかった。それでも様々な使い途がある。光源に含まれる様々な色の成分が打ち消し合ったり明るくなったりするために色付いて観察されるのである。

 さて、ここからが量子的な実験の本番である。先ほど話したように検出器 A だけに光が到達するように調整できたら、レーザー光源の出力を極端に下げてやる。光というのはある一定のエネルギーの粒として検出できるものだから、光のエネルギーを下げてやれば、粒の発射の頻度は下がる。そして一度に一つの粒だけがこの装置の中を走るような状況を作ることが出来るだろう。一つの粒がこの装置を駆け抜け終わる前までは次の粒は発射されない。

 最初のハーフミラーに到達した光の粒は反射されて方向を変えるか、透過して直進するか、それは半々の確率で決まる。それは実験でもはっきり分かっているのである。

 光が粒として進むと考えるなら、最初のハーフミラーでどちらかに進んだ光は、右下のハーフミラーでもどちらかに進み、最終的に検出器 A に到達する確率と検出器 B に到達する確率は半々であろう。ところがそうはならないのである。

 このような状況になっても光の粒は波としての性質を持ち合わせているらしく、必ず検出器 A だけに到達することになる。つまり、右回りの経路を進む光と左回りの経路を進む光が同時に存在して右下で波として干渉を起こしていることになる。


遅延選択の意味

 では次に右下のハーフミラーを取り外したら何が起こるだろうか。2 つの検出器がどちらも同時に反応するようなことは起きない。一度にどちらか一方だけが粒子を検知するのである。波の干渉のようなことが起きないからどちらの検出器も半々の確率で光の粒を検出することになる。

 いかにも光の粒がどちらか一方だけの経路を選んではるばる飛んできたかのような解釈をしたくなるような結果になる。

 要するに、右下のハーフミラーを入れてやれば光は二つの経路を同時に通り、波としての性質が観測されることになるが、ハーフミラーを外してやれば光はどちらか一方の経路だけを通って、粒子としての性質が観測されることになる。

 光は波なのか粒子なのか?!

 それをはっきりさせるべく、少し悪巧みをしてやろう。自然界はこの実験の意図を知った上で結果を変えているのかも知れない。そこで、光が最初のハーフミラーを通過したと思われる時点で、右下のハーフミラーを入れるかどうかをランダムに決めてやるのである。その段階では自然界は、光が粒子としてどちらか一方のコースを通るか、波として両方のコースを通るかを決定しているはずだから突然の仕様変更に対して大慌てになるに違いない。

 このようにハーフミラーを入れるかどうかの選択をわざと遅らせてやる実験なので「遅延選択実験」(delayed choice experiment) と呼ばれているのである。


解釈を楽しんでみよう

 結論を言えば、自然界はこんなことでは少しも慌てふためかなかった。相変わらず、ハーフミラーを入れれば波としての結果が出るし、外せば粒子としての結果が出る。

 神秘主義的な人やスピリチュアル的な思想を持つ人はこの結果を自分の主張する哲学の根拠として利用することがある。などといった具合だ。学者の間で解釈がほんの少しだけ分かれているのは事実だが、おおよそは一致している。この実験結果が意味するのはそれほど大それた話ではない。

 この実験が提案された頃にはまだ量子力学の考え方がはっきり確立しておらず、光は粒子なのか波なのか、一体どちらなんだということを一生懸命に論じている人もまだ多く残っていた。そういった層への問題の投げかけとして提案された実験なのだろう。そもそもこういう実験自体がまだ可能ではなかった。
 単一の光源を使って経路上に一つの光子しかないようにして 二重スリット実験などの干渉実験を行えるようになったのは1982年のことで、 これを行った浜松ホトニクスがまだ「浜松テレビ株式会社」だった頃の話である。
 現代では「量子場の理論」というものが確立していてかなり普及しており、光の粒というのが実際に飛行する粒ではなく、電磁場の量子的な励起状態のことだと解釈されている。光の粒というものが実際に飛んで走っているかのように考える古い素朴な解釈があまり良くないのである。

 電磁波というものが確率の波だと考えてみよう。光が強いときには光の粒が多いことになるが、その分布は電磁波の強さと一致する。電磁波はすなわち光なのだから、電磁波の強いところで光の粒が多く検出されるのは当たり前であろう。光が強ければ電磁波が確率の波などと考える必要はなく、実際にそこに多数の光の粒が検出できるのである。一方、光が極端に弱いときにも電磁波と同じような形の何ものかが存在している可能性がある。光の粒はその波の分布に確率的に従う形でしか検出されない。あまりに弱いので、我々は電磁波としては計測できず、ただ光の粒として観測するのみである。電磁波のような波があるのではないかと理論的に想像するだけだということだ。

 つまり、この実験装置には電磁波とは呼べないような確率の波が、まるで電磁波のように伝わってきていて、検出器ではその波に比例する形で光の粒を検出しているだけなのである。そう考えれば不思議なところはどこにもない。


現在が過去を決めるのか

 「現在の観測が過去を決める」というのは大袈裟な感じがするので今回の説明ではそれを避けるようにしていたが、量子力学ではそのように解釈できるような状況は確かに存在する。

 A という現象がきっかけとなって B という現象と C という現象が起きる確率がどちらもあったとする。話をもう少し複雑そうに見せるために、さらに B という現象からは D という現象が起きて、C という現象からは E という現象が起きるとしよう。そして人間が観測器を構えて D か E のどちらが起きたかを確認するとする。D を観測した瞬間に、過去に B が起きていたという事実が定まるし、E を観測した瞬間に、過去に C が起きていたという事実が定まるだろう。

 しかしこれは人間の選択によって過去が決まったのではなく、人間の側ではどうにも制御しようのない確率によってそう決まったのである。「あなたの今の選択が過去をも変える」などという人を啓発するかのような標語は当てはまらない。

 さらに言えば、これは D と E が干渉を起こすような状況になかった場合にはそのように解釈もできるというだけである。もし D と E が干渉を起こしていたかのような観測結果 F が得られた場合には、我々は過去に B と C のどちらも起きていたのだと結論することになる。

 今回の話よりももう少し複雑な「遅延選択実験」があるので次回はそれを考えてみよう。そこでは二通りの現象が干渉を起こす場合と起こさない場合の話が出てくる。今の話が具体的にどういうことなのかについて参考になるかも知れない。