クライン・ゴルドン方程式

相対論的に拡張したくなるのは当然だ。

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相対論的拡張

 シュレーディンガー方程式はエネルギーと運動量の関係式
\[ \begin{align*} E\ =\ \frac{\Vec{p}^2}{2m} \end{align*} \]
を元にして作られたのだった。しかしこの式は、運動量が極めて小さい時 ( \( mc >\!\!> p \) ) の近似表現に過ぎないことが特殊相対論で明らかになっている。つまり、より正確に成り立つ関係式は
\[ \begin{align*} E^2\ &=\ \Vec{p}^2c^2 \ +\ m^2c^4 \\ &=\ \left( p_x^2 + p_y^2 + p_z^2 \right)\,c^2 \ +\ m^2c^4 \end{align*} \]
であるということだ。(相対性理論のページ参照のこと)

 ではシュレーディンガー方程式を作った時と同じ処方をこの式に当てはめてやれば、宇宙の真理にもっと近付ける新しい方程式が出来上がるのではないだろうか。やり方はとても簡単だった。エネルギー\( E \)\( i\hbar\pdif{}{t} \)で置き換えて、運動量\( p_x \)\( -i\hbar\pdif{}{x} \)で置き換えてやればいいだけだ。ただしこれらは演算子なので、波動関数\( \phi \)に作用する形にしてやる必要がある。

\[ \begin{align*} -\hbar^2 \pddif{}{t} \phi \ &=\ c^2 \left( -\hbar^2 \pddif{}{x} - \hbar^2 \pddif{}{y} - \hbar^2 \pddif{}{z} \right) \phi \ +\ m^2c^4 \phi \\[4pt] &=\ - c^2 \hbar^2 \nabla^2 \phi \ +\ m^2c^4 \phi \end{align*} \]
 ぬぬぬ・・・結構、面倒なことになってしまった。ちょっとまとめてみよう。
\[ \begin{align*} \left(- \frac{1}{c^2} \pddif{}{t} + \nabla^2 \right) \phi\ =\ \frac{m^2c^2}{\hbar^2}\, \phi \end{align*} \]
 なんと、左辺にまとめた部分は相対性理論で出てきた「ダランベルシャン」と同じではないか。そこでさらに次のようにまとめられる。
\[ \begin{align*} \left(\Box - \frac{m^2c^2}{\hbar^2}\right) \phi\ =\ 0 \end{align*} \]
 こうして何だかすごくシンプルな美しい式が出来上がった。この式を「クライン・ゴルドン方程式」と呼ぶ。ローレンツ変換に対して不変であるのが一目瞭然の形式になっている。

 この方程式を発表した論文著者の一人であるオスカー・クラインは、あの「クラインの壺」で有名な数学者フェリックス・クラインとは別人であるので混同してはいけない。オスカーの方が半世紀ほど後に生まれている。スウェーデン出身でドイツで活躍した。相対性理論を 5 次元化して電磁気力も幾何学として表せるようにした「カルツァ・クライン理論」やエックス線のコンプトン散乱についての「クライン・仁科の公式」(日本人なら当然知っているべきだと教わったが、専門家でもなければ目にすることは滅多にないだろう)でも有名である。

 もう一人の著者であるヴァルター・ゴルドンはドイツ人なので、日本では「ゴードン」ではなく「ゴルドン」と呼ぶのが普通である。彼はこの方程式以外ではそれほど目立ってはいないようだ。


場の理論へのヒント

 この方程式は良く見ると「ローレンツゲージにおけるマクスウェル方程式」
\[ \begin{align*} \Box A^{\mu} = - \mu\sub{0} j^{\mu} \end{align*} \]
と非常に似ているのではないだろうか?電流、電荷が存在しない真空中ではこの右辺は 0 になるが、クライン・ゴルドン方程式の中の質量\( m \)が 0 だとしたら全く同じものではないか。もともと、
\[ \begin{align*} E^2\ &=\ \Vec{p}^2c^2 + m^2c^4 \\ \end{align*} \]
の関係式でも質量\( m \)が 0 だとしたら電磁波のエネルギーと運動量の関係式になるのだから、このようなことになるのは当然と言えば当然なのだが、裏に何かつながりがありそうな予感がする。

 ここで電磁気学と量子力学との統一の可能性が見えて来る。波動関数\( \phi \)を 1 粒子の存在確率として見るのではなく、電磁場と同じような「場」として扱ってやれるのではないだろうか?そして電磁場に適用したようなゲージ変換のようなことを粒子の場に対しても適用して色々といじりまわすことが出来るのではないだろうか。

 「量子力学」が「量子場の理論」へと発展して行くのはこのようにごく自然な成り行きなわけだ。しかしそこへ行くためにはもう少し越えなくてはならない問題がある。まずは手許の問題から片付けていくことにしよう。

 いや、このような順序を取るのは説明を分かり易くするためであって、歴史的には量子場の理論はすでにこの辺りから生まれ始めている。


問題点

 シュレーディンガー方程式が導けたのなら、クライン・ゴルドン方程式を思いつくことは容易いのではないだろうか。一体、シュレーディンガーは何をぐずぐずしていたのだろう。

 なんと彼はクラインやゴルドンよりも先にこの式を導いていたらしいのだ。しかしこの式を使って原子の周囲の電子のエネルギー準位を求めたところ、実験値とうまく合わなかったので諦めてしまったのだという。

 具体的にどういう計算をしたのかの資料が手元にないが、彼の計算が間違っていたのではなくて、実際に、この式では電子の振る舞いを正しく導くことは出来ないらしい。なぜ近似表現のシュレーディンガー方程式では良くて、もっと厳密なはずのクライン・ゴルドン方程式ではダメなのだろう。これについては後でちゃんと調べておく必要がありそうだ。

 この式にはこの他にもいくつかの問題がある。この式の元になった相対論の関係式はマイナスのエネルギー解の存在を許している。これは非常にまずい。もしエネルギーが負の状態が許されるのだとしたら、あらゆる粒子は安定な場所を求めて次々とエネルギーの低い状態へと落ちて行ってしまうことになる。

 原子の周りの電子はエネルギー準位の低いところへ落ち込む時に余ったエネルギーを光として放つが、同じように光を放ちながら\( -\infty \)に至るまで際限なく落ちて行くことが許されるだろう。現実にそのようなことがないのは明らかだ。

 それでも何とかしてこの相対論的な関係を矛盾なく量子力学に取り込みたい。この方程式を何とか使えるものにしようと多くの科学者たちが、ああでもない、こうでもないと努力したわけだ。何とかならぬものか。ちょっと式をいじってみよう。


さらなる問題

 以前にシュレーディンガー方程式を使って確率の保存則の式を導き出した。「確率流密度」の説明を思い出してもらいたい。同じことがこの方程式を使って出来るだろうか。同じ確率解釈がちゃんと成り立つのかどうかを調べたいのだ。

 先ほど求めた形式のままではやりにくいので、ダランベルシャンを展開してシュレーディンガー方程式に似た形式に書き表しておく。

\[ \begin{align*} \frac{1}{c^2} \pddif{\phi}{t} \ =\ \nabla^2\phi \ -\ \frac{m^2c^2}{\hbar^2}\, \phi \end{align*} \]
 以前はシュレーディンガー方程式の左辺が時間の 1 階微分だったから、それを直接代入して計算を続けることが出来たのだが、この式の左辺は時間の 2 階微分になっている。どうやって当てはめたらいいのだろう。同じ関係式を導けるかどうかもかなり不安だ。

 方法はある。以前、「無味乾燥なやり方」として紹介した方法を使う。意味など考えずに形式的に実行して、出てきた結果にもし意味が付けられるものなら後から付けてやればいいことだ。どうせうまく行く保証などないのだから。

 まず、二つのクライン・ゴルドン方程式を用意して片方の複素共役を取る。そして両辺に波動関数を掛ける。一方は複素共役を取ってから掛ける。

\[ \begin{align*} \frac{1}{c^2} \phi^\ast\pddif{\phi}{t} \ &=\ \ \phi^\ast\nabla^2\phi\ \ -\ \frac{m^2c^2}{\hbar^2}\ \phi^\ast\phi \\[4pt] \frac{1}{c^2} \pddif{\phi^\ast}{t}\phi \ &=\ \left(\nabla^2\phi^\ast\right)\phi \ -\ \frac{m^2c^2}{\hbar^2}\ \phi^\ast\phi \end{align*} \]
 これらの差を取ってやれば、
\[ \begin{align*} \frac{1}{c^2} \phi^\ast\pddif{\phi}{t} - \frac{1}{c^2} \pddif{\phi^\ast}{t}\phi \ =\ \nabla \cdot \left\{ \phi^\ast\nabla\phi - \ (\nabla\phi^\ast)\phi \right\} \end{align*} \]
のように質量を含む項は消えてしまい、右辺には前にやった時と似た形式が表れてくる。まあ、ほとんど同じ計算なのだから当然だ。

 なるべく前と同じ形式にして比較してみたいので、両辺に\( - \frac{\hbar}{2mi} \)を掛けてやれば、

\[ \begin{align*} - \frac{\hbar}{2mi}\frac{1}{c} \pdif{}{t} \left\{ \phi^\ast\frac{1}{c}\pdif{\phi}{t} - \frac{1}{c} \pdif{\phi^\ast}{t}\phi \right\} \ =\ - \nabla \cdot \Vec{J} \end{align*} \]
と書き直せる。この式を無理やり確率の保存則にしたいのなら、確率密度を
\[ \begin{align*} \rho \ =\ - \frac{1}{c}\frac{\hbar}{2mi} \left\{ \phi^\ast \pdif{\phi}{w} - \pdif{\phi^\ast}{w}\phi \right\} \end{align*} \]
のように定義しなければならない。ここがシュレーディンガー方程式の場合とは大きく違うところで、単なる波動関数の絶対値の 2 乗ではなくなってしまっている。しかしこうなったのは以前の確率流密度の定義を無理やり当てはめようとしたからであって、むしろ、波動関数の 2 乗を確率密度とするという考えを守ったままで、確率流密度の方の定義を変えてやった方が良かったのではないだろうか。いやいや、忘れてはいけない。それが簡単に出来なかったから色々試しているところなのだ。

 この確率密度の定義を良く見ると、確率流密度の定義と非常に良く似た形式になっていることが分かる。\( -1/c \)が掛かっていることだけが余計であるが、確率密度と確率流密度を一緒にして

\[ \begin{align*} \Vec{j}\ =\ (\ \rho c,\ J_x,\ J_y,\ J_z\ ) \end{align*} \]
のような「4 元確率流密度」を作ってやれば次元を合わせられて、その定義は、
\[ \begin{align*} j^\mu\ =\ \frac{\hbar}{2mi} \left( \phi^\ast \partial^\mu \phi - \phi\, \partial^\mu \phi^\ast \right) \end{align*} \]
のように一つの式でまとめて表せる。(微分の記号\( \partial \)の添え字が上にあることに注意。相対論のところで説明したことだが、こう書いた場合は一つだけ符号が違うのだった。)しかもこれで確率の保存則も次のようにローレンツ変換に対して不変な形式で表せることになる。
\[ \begin{align*} \partial_\mu\, j^\mu\ =\ 0 \end{align*} \]
 これはシュレーディンガー方程式の時よりも都合が良さそうではないか。いっそのこと、こちらの確率密度の定義の方を本物として採用してしまおうか?

 そうは行かないのである。波動方程式を作った時のことを思い出してみよう。そこには波動関数が

\[ \begin{align*} \phi\ =\ A\ e^{ \frac{i}{\hbar}(p_x x\ +\ p_y y\ +\ p_z\ -\ Et)} \end{align*} \]
という形の解を持つのだという考えが基本にあったのだった。これを先ほどの式に代入してみると
\[ \begin{align*} j\sup{\,0} \ &=\ \rho c \ =\ \frac{E}{mc}\, |A|^2 \\ j^\mu \ &=\ \frac{p^\mu}{m} \, |A|^2 \end{align*} \]
という結果となり、負のエネルギーを認める限り、存在確率が負の値になってしまうのである。この解釈が科学者たちを悩ませた。

 私なら、これは「負のエネルギー」なんてものを認めるから駄目なのであって、物理的には有り得ない解だから無視すればいいのだ、と軽く考えてしまうところだ。あるいは全く逆に、意味は分からないが負の確率だって受け入れてもいいんじゃないか、と思うかも知れない。しかし偉大な先人たちはそうは考えなかった。

「このままじゃダメだ。もっと数学的にもうまく行く方法があるはずだ。」

 「複素数の訳の分からない波」を受け入れた割にはやたら慎重じゃないか、と思ってしまうのだが、その解釈にしたって大激論の末に他に解釈のしようがないために渋々受け入れたのだった。他に手は無いか、もう少し考えてみてもいいだろう。

 この方程式は負の確率の問題があるためにこのまま捨てられてしまうのだろうか?いや、この式は湯川秀樹が中間子論を作るのに使われたし、仁科芳雄がクライン仁科の公式を作るのにも使われている。ディラックが負の確率の問題を克服しようとして作った「ディラック方程式」もこの方程式が基本になっている。

 さらに後には「場の量子論」のアイデアによって負の確率の問題が解決されることによって見事に復活を遂げることになるのである。