波動関数の規格化

世にある解説本は量子力学を神秘的にとらえ過ぎだな。

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確率解釈を取る理由

 前回、波動関数の絶対値の 2 乗が粒子の存在確率を表すと解釈されていることを話したが、これは根拠のないことではない。

 もともと波動関数は電磁波からの類推で導かれた概念であった。電磁波の振幅は電場や磁場の強さを表しているが、これらを 2 乗した量はエネルギーを意味している。電磁波に限らず、多くの場合、波の振幅の 2 乗は波のエネルギーを表すと考えられる状況になっているものだ。なぜなら正弦波が生じるためには変位に比例した復元力が働いているはずであり、その復元力を振幅の変位分だけ積分すればエネルギーを表すことになるが、この計算が振幅の 2 乗に比例するという結果となるからである。相対論によればエネルギーはすなわち質量であり、振幅の 2 乗が物体の存在する量を表すと考えるのはごく自然な発想なわけだ。

 しかし物質が波のようにあらゆる場所に広がって存在していると考えるのには不都合がある。電子を標的にぶつける実験では、ぶつかった一点のみが光る。ぶつかるまでは多分どこかにあるはずだが、どこで見つかるかは分からない。そして、必ずある一点で見つかるのであり、波のようにぼんやりと全体的に反応するわけではない。

 そこでこの「波動関数の絶対値の 2 乗」は「粒子をそこに見出す確率を表すのだ」ということで落ち着いた。

 しかし私としてはそんな主流の解釈に反して、物質は「波として」「本当に」「全体的に」存在しているのだと考えたい気持ちがある。そして他の物質と反応する時にはその拡がった波が一瞬にして消え失せる、というイメージで捉えたいわけだ。正確に言えば波動関数は消えてしまうのではなく、一瞬にしてデルタ関数に変化するということだが。このイメージは「波束の収縮」と呼ばれており、その変化の過程を説明することができないという大問題があることから疑問視されている。位置を観測されるまでの間に拡がりに拡がった粒子が、観測の瞬間、光の速さを越えて一点に集中するなんてことがあるだろうか?世捨て人になりたいのでなければ私を見習わない方がいい。

 しかし確率解釈にしてもこの同じ問題を背負っているのであり、「物理量は観測する前は不定だが、観測した以後はその観測値に確定する」という何とも不安な言い換えをしているに過ぎない。よってこれも「波束の収縮」問題と呼ばれている。同じ穴のムジナだ。まぁ、実体が消えるよりは確率の波が消えると表現しておいた方が確かに無難だ。この話はまた後でたびたび論じることにしよう。


存在確率の計算

 複素数の絶対値の 2 乗を求めるためには、元の複素数と、その複素共役を取ったものとの積を計算すればいい。複素数で表された波動関数\( \psi(x,t) \)の絶対値の 2 乗\( |\psi(x,t)|^2 \)は、
\[ \begin{align*} |\psi(x,t)|^2 \ =\ \psi^{\ast}(x,t)\,\psi(x,t) \end{align*} \]
と表現すればいいわけだ。変数\( (x,t) \)を毎回書くのは面倒なので、今後はよっぽど必要でない限り省くことにしよう。すると、位置\( x \)の近辺のごく狭い範囲\( \diff x \)に粒子が見出される確率というのは
\[ \begin{align*} \psi^{\ast} \psi \diff x \end{align*} \]
と表せばいいことになる。ここで\( \diff x \)を付けておくことは極めて大切である。幅を広げれば確率は高くなるし、狭めれば 0 になってしまう。粒子が厳密に座標\( x \)の一点に存在するなんてことは決してないのだからこういう書き方をしなくてはならないのだ。

 このことをもう少し詳しく話しておこう。例えばあるクラスに身長 160 cm の人間が存在する確率だってほぼ 0 に等しいと言える。身長が 160.000000 cm の位まで厳密に一致するやつなど決していやしないのだから。こういうことはちゃんと幅を考慮しないといけない。それで上の式の\( \diff x \)を除いた部分を「確率密度」と呼ぶ。

 そしてもっと広い範囲、例えば粒子が\( A \leqq x \leqq B \)の範囲に見出される確率を計算したければ、位置によって確率密度が違うのだから、次のように連続的な和をとってやることが必要になる。

\[ \begin{align*} \int_A^B \psi^{\ast} \psi \diff x \end{align*} \]
 「連続的な和」というのは、まぁつまり積分のことなのだが、高校の形式的な教え方のせいか積分記号の意味を理解してない人があまりに多いのでちょっと注意を引く言い方をしてみたくなっただけだ。

 この積分範囲を無限から無限にわたって計算すれば、それは全宇宙にこの粒子が存在する確率を表していることになるので、1 にならなければおかしい。宇宙のどこかには絶対あるはずだからだ。

\[ \begin{align*} \int_{-\infty}^{\infty} \psi^{\ast} \psi \diff x \ =\ 1 \end{align*} \]
 もしこの答えが 1 にならないような場合には、1 になるように波動関数の係数を調整しておく必要がある。この小細工を「波動関数の規格化」と呼ぶ。それほど大したことじゃないのに名前だけはかっこいいな。

 別に宇宙全体に渡って積分しなくても、なんらかのポテンシャルエネルギーの壁によって粒子がある範囲から決して出て行くことがないとみなせる状況であれば、その範囲だけの積分の結果が 1 になればいいとして計算できる。


周期的境界条件

 ところが規格化がどうにもうまく行かない場合もある。例えば自由粒子の波動関数だ。何にも縛られない存在であるために、どこまで行っても一定の周期のままの波が同じように続く。無限の範囲のどこへ行っても見出される確率が同じ。つまり、ほとんどどこにも見出せないに等しいわけで、波動関数の係数は 0 の極限になるわけだが、これでは計算が出来ない。

 別に抽象的な話をしているのではない。具体的に示そう。自由粒子の波動関数は

\[ \begin{align*} \psi(x,t) \ =\ A\, e^{\frac{i}{\hbar}(px - Et)} \end{align*} \]
と表される。なぜこの式が自由粒子を表すのかという疑問は誰もが持つところだが、シュレーディンガー方程式を求めるところで見たように、これは運動量\( p \)が変化することなく一定周期でどこまでも続く波を表しており、しかも絶対値の 2 乗が常に一定という、この状況を表すのに大変都合のいい性質をも持っている。複素数の波が具体的に何を表しているのかなんて部分には目をつぶった方がいい。これは波動関数であってその本質的な意味はまだ誰も説明できていないのだ。これを使って確率密度を計算してやると、
\[ \begin{align*} \psi^{\ast}\psi \ =\ (A^{\ast}e^{-\frac{i}{\hbar}(px-Et)})(A\,e^{\frac{i}{\hbar}(px-Et)}) \ =\ |A|^2 \end{align*} \]
となって、これを無限の範囲で積分すると発散してしまうことになる。かと言って、\( A = 0 \)とすれば解決するわけでもない。無限遠で 0 になるような関数だったならほとんどこういう問題は起きないのだが・・・。困った。

 このような困難が生じるのは自由粒子の場合だけに限らない。どこまでも同じ状況が続くためにまともに計算すると積分値が一定値に収まらないという状況は他にいくらでもある。どうしてもこういう状況を扱いたい時には仕方ないので「周期的境界条件」というテクニックを使うことになる。

 金属の塊や結晶などは原子にとってみれば無限の広がりに似たものだ。しかし原子 1 個あたりに必ず電子 1 個があるだろうから、その幅の範囲での積分が 1 になりさえすればいいと考えるわけだ。これなら存在確率が無限にならないで済む。結晶の中ではほぼ無限に同じ状況が繰り返し並んでいるわけで、その狭い幅の中で起こった状況は全体でも同じように起こっているだろうと仮定して理論を進めるわけだ。隣の領域との境界で波動関数が滑らかに繋がっているだろうという条件を加えて解くのでこの名前が付いている。こうすることで、許される波動関数の形はかなり限定されることになる。これが結構、現実をうまく表しているのだ。


波動関数の応用

 波動関数が決まれば、そこからエネルギーを計算するのは簡単である。思い出すといい。エネルギーは波動関数を時間\( t \)で偏微分して\( i\hbar \)を掛けてやれば飛び出して来るのであった。あるいは波動関数を座標\( x \)で偏微分して\( -i\hbar \)を掛けてやれば運動量\( p \)が飛び出してくるので、この値を使って\( \frac{p^2}{2 m} + V \)を計算してやればエネルギーが計算できるのである。

 そんな単純な方法でいいものか、と疑う人がきっといることだろう。かつての私がそうだった。本質に気付いていないのだ。確かに原理的にはこの方法でいいはずだ。しかし実際はそれほど甘くはなくて、問題を解くために高度な手法を工夫しなければならないことが多いため、このような関係を実感する機会はかなり少なくなっている。

 例えば、初歩的なテクニックではあるが「変数分離法」という方法を良く使う。式に時間が含まれたまま計算するのは面倒だというので、エネルギーは時間的に変化しないと仮定した上で定数\( E \)と置いて計算する。しかし大学の教育ではほとんど説明のないままいきなりこの方法を使われることが多いものだから、計算は出来ても意味を理解していないという状況に陥りやすい。技に溺れてはいけない。これについては少し後の方で説明することになるだろうから、細かい注意などはそこで話そう。

 とにかく、波動関数が決まってしまえば、結晶中で許される電子のエネルギーの値が決定できるので、半導体素子のエネルギーバンド、エネルギーギャップが結晶の構造の違いでどのように変化するかなどの問題が計算できてしまうわけだ。量子力学が半導体工学に応用されているというのはこういうことである。波動関数というのは粒子の存在確率を求めるだけで終わりというものではないことが分かってもらえただろうか。

 しかし単純な使い道だけでもまだまだ他に「トンネル効果」「衝突の理論」「状態の遷移確率」などがある。そういう色々な応用を集めたものが量子力学だ。これらについてもそのうち話さなくてはならない。今回はこれくらいで休憩しよう。