スピノル(イメージ重視)

群論などまだ必要ではないわ!

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別角度から見るスピン

 我々は大事な事を忘れていた。\( x \)\( y \)\( z \)の 3 軸だけに注目していて、その中間の状態を考えて来なかった。どの方向も対等なはずなのだ。全方向に対応できる方法を知っておきたい。でなければ、前回の最後に出てきたような問題に対しては無力だ。

 例えばこんな考え方をしたらうまく行くだろうか・・・。思いつくままにだらだらと書いてみるので、急いでいる人はこの節を飛ばしてもらって構わない。

 これまで 3 軸についてのスピン行列\( \hat{s}_x \)\( \hat{s}_y \)\( \hat{s}_z \)というものを使ってきた。そしてそれぞれの固有状態を導くことで前回のような議論が可能になったわけだ。ということは、測定装置を少し傾けた時にどんな状態になるかを知りたければ、各軸を傾けた状態での\( \hat{s}'_x \)\( \hat{s}'_y \)\( \hat{s}'_z \)という行列の形を何とかして探してやることが必要になるだろう。それが分かれば、それを使って固有値と固有ベクトルが求められる。いや、固有値はきっと計算するまでも無く\( \pm \hbar/2 \)となるに違いない。本当に知りたいのは固有ベクトルの形だ。その固有ベクトルと、例えば「\( x \)軸上向き」状態の固有ベクトルとの内積を求めてやれば、「\( x \)軸上向き」となった後の次の測定でどの程度の割合で「上向き」と「下向き」が実現するかが分かるだろう。

 しかしそのような新しい行列を一体どうやって求めたらいいのかが問題だ。簡単そうでいて、なかなか単純に思いつくようなものではない。

 では少し視点を変えてやったらどうだろう。測定装置だけを傾けるのではなく、自分も装置と一緒に向きを変えるのだ。こうすれば、自分から見て測定の方向は何も変化しないのだから、行列の形は今までと変わりないものを使えばいいことになる。しかし測定結果(すなわちフィルターを抜けてくるビーム強度)は今までとは少し違うものが得られるだろう。何が変わったせいでそうなったと言うべきか。自分にとって見れば、状態の方が変わったのだと考えるしかない。

 自分が向きを変えると状態が変化して見える。当たり前と言えば当たり前だ。ユニタリ変換というのは状態を別の視点から眺めたことに等しいという話をこれまでにもしてきた。しかしユニタリ変換は固有値を変化させない変換だと前に説明したことがある。今の話のように現象が変わってしまうのとは話が何か違うようだ。

 そこで別のケースを考えてみよう。装置を動かさずに自分だけが視点を変えたらどうなるか。状態は変化して見える。そして自分から見れば装置の角度もずれたように見えるから、使うべき行列も変化して見える。しかし自分だけが動いたのだから、得られる測定結果には何の変化も見られないはずだ。こういう時こそユニタリ変換の出番なのだ。元々、

\[ \begin{align*} \hat{s}_i\ \ket{\psi} \ =\ a\ \ket{\psi} \end{align*} \]
という関係があるのなら、
\[ \begin{align*} U\ \hat{s}_i\ U^{-1}\, U\ \ket{\psi} \ =\ a\ U\, \ket{\psi} \end{align*} \]
が成り立っていると言えるから、
\[ \begin{align*} \hat{s}_i' \ =\ U\ \hat{s}_i\ U^{-1}\ \ \ \ ,\ \ \ \ \ket{\psi '} \ =\ U\, \ket{\psi} \end{align*} \]
という変換を考えれば、
\[ \begin{align*} \hat{s}_i'\ \ket{\psi '} \ =\ a\ \ket{\psi '} \end{align*} \]
が成り立ち、視点を変えても元の関係を崩す事がない。

 要するに、状態がある固有状態にあるときに、自分が視点を回転させると、状態も変わるし使うべき行列も変わる。自分が\( -\theta \)だけ回転すれば、装置を\( \theta \)だけ回転させたのに等しい。その時に行列\( \hat{s}_i' \)としてどんなものを使えばいいのだろうかなどとわざわざ具体的に求める必要はない。欲しいのは固有ベクトルだ。行列を求めなくてもその場合の固有ベクトルは簡単に得られる。\( \ket{\psi'} = U\, \ket{\psi} \)のようなユニタリ変換をしたものが、すでにその行列の固有ベクトルになっているからだ。

 どのようなユニタリ変換を使えば状態の見え方の変化が表せるか、ということさえ分かればすべて解決だというわけで、考え方自体は複雑ではなさそうだ。


スピノルという概念

 スピンというのは 2 成分の複素行列で表され、それがスピン状態を表す全てなのだった。我々がこれからやろうとしているのは、3 次元での回転によって、2 成分の行列がどのような変化を受けるのかを調べることである。

 3 次元での回転によって 3 成分のものがどう変化するかというのであれば、それはお馴染みの「ベクトル解析」と呼ばれるものであり、これまでもよく議論してきた。また\( 3^n \)個の成分が座標の変化と共にある変換規則に従うものは\( n \)階のテンソルと呼ばれ、それを論じる分野は「テンソル解析」と呼ばれている。ベクトルは 1 階のテンソルだと考えることが出来、テンソル解析はベクトル解析の拡張になっていたのだった。

 ところが今、この範疇に入らないもの・・・ベクトルでもテンソルでもない新たな変換規則に従うものを議論する必要に迫られているのである。スピンに関連して現れたこの新たな概念をベクトル (vector) やテンソル (tensor) の命名に倣って「スピノル (spinor)」と名付けよう。新たな数学の誕生である!

 ちなみに英語圏ではこれらを「ベクター」「テンサー」「スピナー」のように発音する。


座標変換の確認

 しかし 3 次元での回転に対して、一体どのようなユニタリ変換を対応させたら良いのかは依然として不明である。ここは一旦スピンにこだわるのはやめて、普通の波動関数の場合にどのようなルールがあるのかを調べて、それをスピンに当てはめる事ができないか、という流れで考えてみよう。

 まずは自分が\( -\theta \)だけ回転した時、つまりその時、相対的に波動関数全体が\( \theta \)だけ回転したように見えるのだが、その関数が自分にとってどう見えるか、つまり、どう表されるべきかということから考えよう。

 こういうことを考え始めると私はいつも頭がこんがらかるのだ。こういうことで悩んだ経験のない賢い人たちはちょっと黙っていて欲しい。

 まずは非常に簡単な例で確認しておこう。\( f(x) = 3x \)という関数を考える。原点に立っていた自分が\( x \)方向に\( -2 \)だけ移動したとしよう。これで、\( x=-2 \)の地点が自分にとっての新しい原点\( x' = 0 \)となった。自分がこの関数を眺めると、\( x'=2 \)のところでこの関数の値が 0 になっている。つまり、この関数は自分にとっては\( f(x) = 3x - 6 \)という形に変わって見えるわけだ。異なる形の関数を前と同じ記号\( f(x) \)で表すのは混乱を招くので、\( f'(x') = 3x' - 6 \)と表しておく方がいいだろう。今は関数の形がどうなるかということだけに関心があるので、あまりこだわらずに\( f'(x) = 3x - 6 \)と書くだけでもいいとは思うが。

 座標を\( x \rightarrow x' \)に変更したときに\( f(x) \rightarrow f'(x') \)を導くための処方箋をはっきりさせておきたい。まず、

\[ \begin{align*} x' = x + 2 \end{align*} \]
という関係が成り立っている。これは\( x \)系での原点が\( x' \)系では\( x' = 2 \)に相当することを示している。これを使えば、
\[ \begin{align*} f(x)\ &=\ 3x \\ &=\ 3(x'-2) \\ &=\ 3x' - 6 \\ &=\ f'(x') \end{align*} \]
と計算できて、\( f'(x') = 3x' - 6 \)が導かれる。

 一体この話のどこで混乱するんだと思うくらい簡単な話だ。その通り。混乱しないように簡単な話をしたのである。これを忠実になぞる形で次の話をする。この基本の話を忘れるから、おかしな道に迷い込むのだ。


座標の回転

 3 次元での回転による座標変換は 3 行 3 列の行列で表す事が出来る。例えば、\( xy \)平面で(つまり\( z \)軸を中心に)\( \theta_z \)だけ回転させる場合には次のような形になるのだった。
\[ \begin{align*} \Vec{R}_z\ =\ \left( \begin{array}{ccc} \cos\theta & \sin\theta & 0 \\[4pt] \!\!\!-\sin\theta & \cos\theta & 0 \\[4pt] 0 & 0 & 1 \end{array} \right) \end{align*} \]
 新しい座標系\( \Vec{r}'( x', y', z' ) \)と古い座標系\( \Vec{r}( x, y, z ) \)との間に、\( \Vec{r}' = \Vec{R}\,\Vec{r} \)という関係がある。ところで、教科書によっては
\[ \begin{align*} \Vec{R}_z\ =\ \left( \begin{array}{ccc} \cos\theta & \!\!\!-\sin\theta & 0 \\[4pt] \sin\theta & \cos\theta & 0 \\[4pt] 0 & \ 0 & 1 \end{array} \right) \end{align*} \]
という別の形の変換行列が載っている事がある。これが混乱の元だ。これは\( ( x, y, z ) \)で表されているベクトルを\( \theta \)だけ回転させたらどちらを向くか・・・その回転後のベクトル\( ( x', y', z' ) \)はどう表されるべきかを計算するための行列であって、やはり\( \Vec{r}' = \Vec{R}\,\Vec{r} \)の関係がある。

 これを先ほどの「非常に簡単な例」になぞらえれば、初め自分は\( x \)にいて、\( -2 \)だけ移動したのだから、移動後の自分はどこへ行くか・・・その座標\( x' \)はどこか?を計算していることに相当する。もちろん答えは\( x' = x - 2 \)である。前に使ったのとは逆の変換になっている。

 私がこれから使うのは前者の回転行列だ。


無限小回転

 どうせやるなら\( z \)軸周りだけでなくて、もっと一般にどの方向へも回転できる行列を考えたい。そのためには、3 軸それぞれの変換行列を用意して積を取る事になる。

 しかしそうすると非常に複雑な行列が出来上がってしまうし、積の順序によって結果が変わってきてしまうという大問題もある。\( x \)軸の周りに回転させてから\( y \)軸の周りに回転するのと、その逆の手順で回転させるのでは結果が違うのである。

 その問題を回避するためには、ひとまず無限小の回転\( \diff \theta \)を考える事にすればいいのである。\( \sin \)\( \cos \)はテイラー展開して 1 次の項まで取ればいい。そうすると先ほどの行列は次のようになる。

\[ \begin{align*} \Vec{R}_z\ =\ \left( \!\!\begin{array}{ccc} 1 & \diff \theta_z & 0 \\[4pt] \!\!\!-\diff \theta_z & 1 & 0 \\[4pt] 0 & 0 & 1 \end{array} \right) \end{align*} \]
 \( x \)軸や\( y \)軸周りの回転行列も似たような形になる。ついでだから書いておこう。
\[ \begin{align*} \Vec{R}_x\ &=\ \left( \begin{array}{ccc} 1 & \,0 & 0 \\[4pt] 0 & \,1 & \diff \theta_x \\[4pt] 0 & \!\!-\diff \theta_x & 1 \end{array} \! \right) \\[6pt] \Vec{R}_y\ &=\ \left( \!\!\begin{array}{ccc} 1 & 0 & \!\!-\diff \theta_y \\[4pt] 0 & 1 & \,0 \\[4pt] \diff \theta_y & 0 & \,1 \end{array} \!\right) \end{align*} \]
 そしてこれら 3 つの回転行列の積を取ってやろう。途中で現れる\( \diff \theta \)の 2 次以上の項は無視してやることにすると次のような行列が出来上がることになる。
\[ \begin{align*} \Vec{R} \ =\ \left( \begin{array}{ccc} \,1 & \, \diff \theta_z & \!\!\!-\diff \theta_y \\[4pt] \!\!\!-\diff \theta_z & \,1 & \,\diff \theta_x \\[4pt] \,\diff \theta_y & \!\!\!-\diff \theta_x & \,1 \end{array} \right) \end{align*} \]
 なんと!これは回転の順序によらずに同じ結果が得られるのである。余計な心配が要らなくなるのは大変ありがたいことだ。

 座標ベクトル\( \Vec{r} = ( x, y, z ) \)を無限小回転させた座標変換は、上で考えた行列\( \Vec{R} \)を使って\( \Vec{r}' = \Vec{R}\, \Vec{r} \)という計算をするわけだが、これは 3 つの軸のそれぞれの無限小回転を

\[ \begin{align*} \diff \Vec{\theta}\ =\ (\ \diff \theta_x,\ \diff \theta_y,\ \diff \theta_z\ ) \end{align*} \]
のようにして、あたかもベクトルであるかのようにまとめて表記してやることにすれば、
\[ \begin{align*} \Vec{r}' \ =\ \Vec{r}\ +\ \Vec{r} \times \diff \Vec{\theta} \end{align*} \]
という外積の計算をした事に等しい。このことをヒントにしばらく考えをめぐらすと、\( x \)\( y \)\( z \)の各軸の周りに続けて微小回転を与えた結果は、先ほどの\( \diff \Vec{\theta} \)というベクトルの方向を軸にして、角度\( |\diff \Vec{\theta}| \)だけ回した事に等しいということに気付くだろう。つまり、どんな方向を向いた軸についても、その周りの微小回転を考える事が出来るのだ。ただしこれは無限小回転に限って言えることなので注意しよう。

 また、\( \Vec{r}' = \Vec{R}\,\Vec{r} \)を逆に解いてやると、\( \Vec{r} = \Vec{R}^{-1} \Vec{r}' \)となるが、\( \Vec{R}^{-1} \)の意味は\( -\diff \theta \)の回転であるから、

\[ \begin{align*} \Vec{r} \ =\ \Vec{r}'\ -\ \Vec{r}' \times \diff \Vec{\theta} \end{align*} \]
という計算をするのと同じであることが言える。


座標の回転

 長くなったが、やっとここからが本番だ。

 元々の波動関数\( \psi(\Vec{r}) \)が、自分が使うことになる新しい座標\( \Vec{r}' \)を使ってどう表せるか。先ほどの処方箋の通りに行えば次のようになる。

\[ \begin{align*} \psi(\Vec{r}) \ &=\ \psi(R^{-1} \Vec{r}') \\ &=\ \psi( \Vec{r}'\ -\ \Vec{r}' \times \diff \Vec{\theta} ) \\ &\kinji\ \psi( \Vec{r}') - ( \Vec{r}' \times \diff \Vec{\theta} ) \cdot \nabla \psi(\Vec{r}') \\ &=\ \psi( \Vec{r}') + ( \diff \Vec{\theta} \times \Vec{r}' ) \cdot \nabla \psi(\Vec{r}') \\ &=\ \psi( \Vec{r}') + ( \diff \Vec{\theta} \times \Vec{r}' ) \cdot \frac{i}{\hbar} \hat{\Vec{p}} \, \psi(\Vec{r}') \\ &=\ \psi( \Vec{r}') + \frac{i}{\hbar} \diff \Vec{\theta} \cdot ( \Vec{r}' \times \hat{\Vec{p}} )\, \psi(\Vec{r}') \\ &=\ \left\{ 1 + \frac{i}{\hbar} \diff \Vec{\theta} \cdot \hat{\Vec{L}} \right\} \psi(\Vec{r}') \end{align*} \]
 この計算には幾つかテクニック的なところがあるが、何をしたか理解してもらえるだろうか。2 行目から 3 行目に至る変形が最初の難関だ。関数\( \psi(\Vec{r}) \)はベクトル\( \Vec{r} \)の関数だが、今、このベクトルが微小量\( -\Vec{r}' \times \diff \Vec{\theta} \)だけ変位したらどうなるかを考える。関数の変化率をベクトル表記したものは\( \nabla \psi(\Vec{r}') \)だから、それに変位を掛けてやれば、関数の変位が求まる、という理屈だ。3 行目から 4 行目は外積の順序を入れ替えて符号が変わっただけ。その次は、\( \nabla \)を運動量の演算子で書き換えただけ。次はベクトル解析の公式を使って、\( r \)\( \hat{\Vec{p}} \)を出会わせて、それが何と、角運動量の演算子としてまとめられてしまう、というわけだ。

 結局、変換前と同じ形の関数に、左から\( \{ 1 + (i/\hbar)(\hat{\Vec{L}}\cdot \diff \Vec{\theta} \} \)を作用させることで、求めたかった関数の形が得られるというわけだ。

 ところで我々は自分が\( -\theta \)だけ移動した時に関数がどう見えるかという変換\( U(\theta) \)を求めようとしていたのだから、\( \diff \theta \)\( -\diff \theta \)を代入したものを考えて、

\[ \begin{align*} U(\diff \Vec{\theta})\ =\ 1 - \frac{i}{\hbar} \diff \Vec{\theta}・\hat{\Vec{L}} \end{align*} \]
と表しておくべきであろう。これが無限小回転を表すユニタリ変換である。


有限角度の回転

 ああ・・・、しかし我々はこんなものが欲しかったのだろうか。無限小なんかではなく、もっと普通に回転させた時の変換\( U(\theta) \)が知りたかったはずだ。心配は要らない。それはここまで来ればもう簡単に得る事が出来る。

 例えば\( z \)軸回りに普通に回転をした後で、続けて\( z \)軸周りで無限小回転をした時の変換の合わせ技は、次のように表せることだろう。

\[ \begin{align*} U( \theta_z + \diff \theta_z)\ =\ U(\diff \theta_z)\ U(\theta_z) \end{align*} \]
 これを少し変形してやろう。
\[ \begin{align*} U( \theta_z + \diff \theta_z)\ &=\ \left\{ 1 - \frac{i}{\hbar} \diff \theta_z \hat{L}_z \right\} \ U(\theta_z) \\ &=\ U(\theta_z) - \frac{i}{\hbar} \diff \theta_z \hat{L}_z \ U(\theta_z) \\[4pt] \therefore\ U( \theta_z + \diff \theta_z) - U(\theta_z)\ &=\ - \frac{i}{\hbar} \diff \theta_z \hat{L}_z \ U(\theta_z) \\[4pt] \therefore\ \frac{ U( \theta_z + \diff \theta_z) - U(\theta_z) }{\diff \theta_z} \ &=\ - \frac{i}{\hbar} \hat{L}_z \ U(\theta_z) \end{align*} \]
 気付いているだろうか。この左辺はまさに微分の定義式の形になっている!そこでこれを
\[ \begin{align*} \dif{U( \theta_z)}{\theta_z} \ =\ - \frac{i}{\hbar} \hat{L}_z \ U(\theta_z) \end{align*} \]
と書き直してやれば、この式は何と微分方程式になっている。後はこれを解いてやればいい。ただし\( \theta = 0 \)の時は変換しないことを意味するのだから、\( U(0) = 1 \)という条件を付けておこう。結果は次のようになる。
\[ \begin{align*} U(\theta_z) \ =\ \exp \left( - \frac{i}{\hbar} \theta_z \hat{L}_z \right) \end{align*} \]
 どの軸周りの回転も平等であろうから、一般的な形式としては
\[ \begin{align*} U(\Vec{\theta}) \ =\ \exp \left( - \frac{i}{\hbar} \Vec{\theta} \cdot \hat{\Vec{L}} \right) \end{align*} \]
と表すことができるだろう。ただし、ここでの一般的な回転というのは、ベクトル\( \Vec{\theta} = ( \theta_x, \theta_y, \theta_z ) \)の方向を軸として角度\( |\Vec{\theta}| \)だけ回転させるという意味であって、 \( x \)\( y \)\( z \)軸の周りに順に回転させるという意味ではない。有限の回転は回す順序によって結果が異なるから気をつける必要がある。


スピノルの変換規則

 いよいよ最後の仕上げだ。これをスピンに当てはめてみよう。面倒なので\( z \)軸まわりの回転についてだけやる。今後の議論では他の軸の回転については多分それほど必要としないからだ。気になる人は自分で色々試してみればいい。ここまでの思想さえ理解できれば、応用はできるだろう。

 さて、スピンに拡張する話は簡単で、\( \hat{L}_z \)の代わりにスピン行列\( \hat{s}_z \)を使ってやればいい。

\[ \begin{align*} U(\theta_z) \ &=\ \exp \left( - \frac{i}{\hbar} \theta_z \hat{s}_z \right) \\ &=\ \exp \left( - \frac{i}{2} \theta_z \hat{\sigma}_z \right) \end{align*} \]
 指数関数の肩に行列を載せようだなんて無茶なことだと思うかも知れない。慣れないと非常に奇妙に思えることだがちゃんとこの続きも計算できる。指数関数は次のようにテイラー展開できることを思い出そう。
\[ \begin{align*} e^x \ =\ 1 \ +\ x \ +\ \frac{1}{2} x^2 \ +\ \cdots \ +\ \frac{1}{n!} x^n \ +\ \cdots \end{align*} \]
 この\( x \)の代わりに行列を代入してやれば、後の計算はごく自然にできる。記号がややこしくなりそうなので、\( k = -(i/2)\theta \)と置いて計算することにしよう。
\[ \begin{align*} U(\theta_z) \ &=\ e^{k\hat{\sigma}_z} \\ &=\ 1 \ +\ k\hat{\sigma}_z \ +\ \frac{1}{2} k^2 \hat{\sigma}_z^2 \ +\ \frac{1}{3!} k^3 \hat{\sigma}_z^3 \ +\ \cdots \\[3pt] &=\ 1 \ +\ k\hat{\sigma}_z \ +\ \frac{1}{2} k^2 + \frac{1}{3!} k^3 \hat{\sigma}_z \ +\ \cdots \\[4pt] &=\ \left( \begin{array}{cc} 1 & 0 \\[4pt] 0 & 1 \end{array} \right)( 1 \ +\ \frac{1}{2}k^2 \ +\ \frac{1}{4!}k^4 \ +\ \cdots) \\ & \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ +\ \left( \begin{array}{cc} 1 & 0 \\[4pt] 0 &-1 \end{array} \right)( k + \frac{1}{3!}k^3 + \frac{1}{5!}k^5 + \cdots) \\[4pt] &=\ \left( \begin{array}{cc} e^k & 0 \\[4pt] 0 & e^{-k} \end{array} \right) \end{align*} \]
\[ \begin{align*} \therefore\ U(\theta_z) \ =\ \left( \begin{array}{cc} e^{-i\frac{\theta}{2}} & 0 \\[4pt] 0 & e^{i\frac{\theta}{2}} \end{array} \right) \end{align*} \]
 これこそが本当に欲しかったもの、スピノルが従う変換規則だ。なるほど確かにこれはユニタリ行列の条件を満たしている。


2 価の関数

 ところでこの変換式に\( \theta_z = 2\pi \)を代入したらどうなるだろう。そう、\( 2\pi \)と言えば一回転だ。しかしこの結果を見て欲しい。
\[ \begin{align*} U(2\pi)\ &=\ \left( \begin{array}{cc} e^{-i\frac{2\pi}{2}} & 0 \\[4pt] 0 & e^{i\frac{2\pi}{2}} \end{array} \right) \\[3pt] &=\ \left( \begin{array}{cc} e^{-i\pi} & 0 \\[4pt] 0 & e^{i\pi} \end{array} \right) \\[3pt] &=\ \left( \begin{array}{cc} -1 & 0 \\[4pt] 0 & -1 \end{array} \right) \end{align*} \]
 これを作用させるとスピノルの符号が逆転してしまうのは明らかだ。つまり一回転しても元に戻らないのだ。元に戻るためにはもう一回転する必要がある。何とも物理的解釈の難しい話だ。・・・しかし2周しないと元に戻らないという話は前から出てきているので、今さら驚くことでもないだろう。いかにもスピンを表すのに相応しい変換則だ。

 それに 2 回転しないと元に戻らないというものは世の中にないわけではない。試しに手のひらに小さな皿を載せて水平を保ったまま一回転させてみよう。このとき、手のひらとお皿を離してはいけない。腕がねじれるだろう。でも手前から外へ向けて腕の下を通せば何とかなる。しかし不自然な体勢だ。これをこのままもう一回転させてみよう。ねじれが解消して元に戻った!

 他にも面白い例(椅子と紐を使うものがあったはず)がいくつかあるようだが、こんなものは所詮お遊びに過ぎないのかも知れない。電子が誰かの手に握られてその腕と一緒に回っているだなんてことがあるだろうか?しかし一回転しただけの電子は何かが違ってしまうようなのだ。

 「メビウスの輪」を思い浮かべるのはどうだろう。紙の帯を一回ねじって輪にするやつだ。帯の表面をたどって一周すると、出発地点のちょうど裏側に出る。そこからもう一周しないと本当のスタート地点には戻れない。電子の波動関数も同じようなもので、ちょうど表と裏が一体となって両方同時に表れているような存在ではないのか。期待させてしまっていたら申し訳ないが、これはちょっと言ってみただけで、この話から理論を発展させるようなアイデアは私にはない。

 自分のすぐ隣に友人がいて、一緒に同じ電子を見ているとき、友人がこの電子の周りを一周歩いて戻ってくると、もはや友人と自分とは、この電子の位相について意見が食い違っているのだ。こんな奇妙な事を許していいのだろうか。別に許してもいいと思う。そもそも我々が電子を見るとき、位相なんか見ちゃいないのだから。

 位相が逆転したところで確率には影響を及ぼさないので、実際の現象には何の変化もない。それほど気にするような話ではないのかも知れない。

 電子を実体を持つ文字通りの粒だと考える事には無理があるし、波だと考えるイメージでさえ怪しくなってきた。どこをどう回っているかさえ良く分からないのである。我々に数学という手段があって良かったと思う。お陰で理解を諦めないで済む。


問題の答え

 これで前回の問題に答えを出すことが出来る。\( \ket{x\!↑\!} \)\( \ket{x\!↓\!} \)に対して\( U(\theta) \)を作用させると、
\[ \begin{align*} \ket{x'\!↑\!} \ &=\ U(\theta_z) \ket{x'\!↑\!} \\[4pt] &=\ \left( \begin{array}{cc} e^{-i\frac{\theta}{2}} & 0 \\[4pt] 0 & e^{i\frac{\theta}{2}} \end{array} \right) \frac{\sqrt{2}}{2} \left( \begin{array}{c} 1 \\[4pt] 1 \end{array} \right) \\[4pt] &=\ \frac{\sqrt{2}}{2} \left( \begin{array}{c} e^{-i\frac{\theta}{2}} \\[4pt] e^{i\frac{\theta}{2}} \end{array} \right) \end{align*} \]
\[ \begin{align*} \ket{x'\!↓\!} \ &=\ U(\theta_z) \ket{x'\!↓\!} \\[4pt] &=\ \left( \begin{array}{cc} e^{-i\frac{\theta}{2}} & 0 \\[4pt] 0 & e^{i\frac{\theta}{2}} \end{array} \right) \frac{\sqrt{2}}{2} \left( \begin{array}{c} 1 \\[4pt] -1 \end{array} \right) \\[4pt] &=\ \frac{\sqrt{2}}{2} \left( \begin{array}{c} e^{-i\frac{\theta}{2}} \\[4pt] -e^{i\frac{\theta}{2}} \end{array} \right) \end{align*} \]
であるから、
\[ \begin{align*} \ket{x\!↑\!} \ &=\ \langle x'\!↑\!|x\!↑\! \rangle \ \ket{x'\!↑\!} \ +\ \langle x'\!↓\!|x\!↑\! \rangle \ \ket{x'\!↓\!} \\[4pt] &=\ \frac{e^{i\frac{\theta}{2}} + e^{-i\frac{\theta}{2}}}{2} \ket{x'\!↑\!} \ +\ \frac{e^{i\frac{\theta}{2}} - e^{-i\frac{\theta}{2}}}{2} \ket{x'\!↓\!} \\[4pt] &=\ \cos\frac{\theta}{2} \ket{x'\!↑\!} \ +\ i\ \sin\frac{\theta}{2} \ket{x'\!↓\!} \end{align*} \]
 つまり、同じ向きだった 2 つのフィルターを\( \theta \)だけずらした時に、2 番目のフィルターを粒子が抜けてくる確率は\( \cos^2(\theta/2) \)だと言う事だ。90°ずらせば 1/2 になるし、180°ずらせば 0 になる。なるほど、前回の話とも辻褄が合うし、これで問題なさそうだ。