相対論はなぜ生れたか?

電磁気学にはすでにヒントが隠されていた。

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アインシュタインが初めじゃない

 相対性理論と聞けば、多くの人がアインシュタインを思い浮かべる。私もそうだ。その理論のほとんどを彼一人で完成させたためである。しかし彼が特別に天才だったからというわけではない。電磁気学の結果を調べていけば、時間はかかるだろうが大抵の人が同じ結論にたどり着く。その証拠に有名なローレンツ変換式にはアインシュタインではなくローレンツの名前がついているではないか。アインシュタインよりも前にその理論の下地はすでに出来ていたのである。

 当時の科学者たちは、ローレンツ変換から導かれる内容をそのまま受け入れることが出来ずに苦し紛れにいろんな小細工を考えた。アインシュタインが天才だと言われる理由はその結果をそのまま受け入れたことによる。その際、何を根拠にそれを受け入れるか、という哲学的な指針を与えた彼の論文は芸術作品のようである。

 アインシュタインの書いた相対性理論の論文の題名は「運動する物体の電気力学」である。なぜ電気と相対論が関係しているのだろうか?相対性理論は、文字通り、電磁気学から生れたのである。


電磁気学の不思議

 電磁気学の諸法則を 4 つの方程式系にまとめ上げた「マクスウェルの方程式」から話を始めよう。これをじっくり観察していると奇妙なことに気付いてくる。

 まず、このマクスウェルの方程式はどの慣性系で成り立つか、ということだ。この方程式を解けば電磁場が波を作ることが分かる。この波の速さはつまり光の速さのことなのだが、一体、光の何に対しての速さかということが問題なのである。

 光を追いかけたらどうなるだろう?光に追いつくことは出来るだろうか?走っている列車の中でも電磁気学の法則はそのまま成り立つのだろうか?これが当時の人の感心事であった。しかし光の速さはとても速いので、列車のスピードくらいの実験では全く違いが分からない。誤差の範囲である。(光の速さを測定するほんの一瞬の間に列車は殆ど移動していないと見なせるからである。)もっと速いものに乗って実験しなければならない。そこで思いついたのが、地球である。地球は太陽の周りを凄まじい速さ(秒速 30 キロメートル = それでも光速の 0.01% )で進んでいるのでこれを乗り物に見立てて実験してみればいい。この話は次のトピックで説明することにしよう。

 この他にもう一つ、これに関連しているのだが、電場や磁場は一体何なのかという問題もある。例えば、コイルに磁石を近づけると発電が出来るという現象がある。この現象を二通りの視点から見てみよう。

 コイルの上に立っている人から見れば、近づいてきたのは磁石の方である。磁石が近づくとコイルの周りの磁場が変化する。するとマクスウェルの方程式にもあるように、磁場が変化するときには電場が生じる。そしてその電場の影響でコイルの中の電子が運動を始め、これが電流となる。

 ところがこれを磁石の上に立っている人の立場で見てみよう。近づいてきたのはコイルの方であって自分は止まっていた。だから磁場は変化していない。コイルの中の電子が磁場の中に入ってきたので運動方向と直角の方向へローレンツ力を受けて移動した。これが電流の原因であると説明するだろう。

 同じ現象であるのに、立場によって説明の仕方が違うのである。一方は「磁場が変化したから電場が生じた」と言い、一方は「磁場は変化しなかったし、電場はなかった」と言う。そこに電場はあったのか、なかったのか?一体、どちらの肩を持ったらいいのだろう?本当に動いていたのはどっちなのか判断できるだろうか?

 これが相対論の始まりなのである。一体、止まっていたとか動いていたというのは、何に対して言えることなのか?光の速さというのは何に対しての速さなのか?どの立場にいる人が最も正しいと主張出来るのだろうか?果たしてそのような立場は存在するのだろうか?

 電磁場の問題の解決については特殊相対論の後の方で説明することにして、次に光の速さの問題についての歴史的な流れを見ていくことにしよう。