リッチ・テンソル

定義だけ示せば数行で済む内容だが、
私の性格上、そうは行かなかった。

[
前の記事へ]  [相対性理論の目次へ]  [次の記事へ]


リッチテンソルの対称性

 リーマン・テンソルを次のように縮約してやって成分を減らしたものを、「リッチ・テンソル」と呼ぶ。
\[ \begin{align*} R_{ij}\ =\ R^n_{\ i,nj} \end{align*} \]
 教科書によっては、
\[ \begin{align*} R_{ij}\ =\ R^n_{\ i,jn} \end{align*} \]
と定義するものもあるが、符号は反対になる。

 リッチテンソルの自由度はどれくらいあるのだろう。それには対称性を調べてやらないといけない。

 リッチテンソルの添え字はたったの 2 つである。この添え字にどんな数値を入れようとも大差はない。何か特別な数値を入れたときだけ特別な振る舞いをするということはないようだ。だから対称性を調べるとしたら、2 つの添え字を入れ替えた時に対称関係があるかないかくらいしかないのではなかろうか。

 定義によればリッチテンソルの構造は次のようになっている。

\[ \begin{align*} R_{ij}\ =\ \pdif{\cris{n}{ij}}{x^n} - \pdif{\cris{n}{in}}{x^j} + \cris{m}{ij}\cris{n}{mn} - \cris{m}{in}\cris{n}{mj} \end{align*} \]
 第 1、第 3 項を見ると、それぞれ\( i \)\( j \)を入れ替えても何も変わらないことがすぐに分かる。第 4 項も少し頭をひねれば同じことが言えるだろう。しかし第 2 項についてはそのような対称性が無さそうである。もし第 2 項も\( i \)\( j \)の入れ替えに対して対称ならば、リッチテンソル全体が添え字の入れ替えに対して対称だと結論できるのだが・・・。

 実は良く調べてやると第 2 項にも対称性があるのである。例えば、第 2 項に含まれるクリストッフェル記号は、

\[ \begin{align*} \cris{n}{in}\ =\ \frac{1}{2} g^{nk} \left( \pdif{g_{nk}}{x^i} + \pdif{g_{ki}}{x^n} - \pdif{g_{in}}{x^k} \right) \end{align*} \]
であるが、第 2、第 3 項は同じだから打ち消しあう。左辺に\( n \)があることは気にしないで、右辺だけを見て\( n \)\( k \)の入れ替えを考えればいい。よって、
\[ \begin{align*} \cris{n}{in}\ =\ \frac{1}{2} g^{nk} \pdif{g_{nk}}{x^i} \end{align*} \]
だと言える。これではまだ対称かどうか分からない。これに対して「行列式を微分する時には行列の成分を微分して、それに行列式と逆行列の成分を掛ける」という次のような公式
\[ \begin{align*} \pdif{g}{x^k}\ =\ g\ g^{ij} \pdif{g_{ij}}{x^k} \end{align*} \]
を適用すれば、
\[ \begin{align*} \cris{n}{in}\ =\ \frac{1}{2g} \pdif{g}{x^i} \ =\ \pdif{ (\log \sqrt{-g})}{x^i} \end{align*} \]
と表すことができる。これで対称だと分かるだろう。

 以上のやり方は色んな教科書で紹介されているのでやっておかないとまずいかなーと思って載せただけであって、実はこんなややこしい事をしなくてもリッチテンソルの対称性はすぐに確かめられる。まず、

\[ \begin{align*} R_{ij,kl}\ =\ R_{kl,ij} \end{align*} \]
だったことを思い出そう。この両辺に\( g^{ki} \)を掛けて縮約してやると、
\[ \begin{align*} R^k_{\ j,kl}\ &=\ R^i_{\ l,ij} \\ \therefore \ R_{jl}\ &=\ R_{lj} \end{align*} \]
が得られる。以上だ。


定義の別形式

 4 次元の場合のリッチテンソルは、まるで 4 行 4 列の対称行列のようであり、独立成分は 10 個である。リーマンテンソルの中身がひどくスカスカだったのと比べるとかなり有効に情報が詰まっているようだ。

 リーマン・テンソルの独立成分がたったの 20 個で、リッチ・テンソルはその組み合わせだけで作られているのだから、リッチ・テンソルの成分をすべて展開して少ない項にまとめるのは非常に簡単にできるような気がする。しかし第 4 部でそのような試みがうまく行かないことを見たはずだ。

 前回は 4 階の共変テンソルに揃えたから対称性を分かり易く論じる事が出来ていただけのことである。前回の純粋な 4 階共変テンソルの形式からリッチ・テンソルを作ろうと思ったら、

\[ \begin{align*} R_{ij}\ =\ g^{mn} R_{mi, nj} \end{align*} \]
という式を使わないといけない。別にこの形だけが正しいわけではなくて、前回やった対称性から、
\[ \begin{align*} R_{ij}\ =\ g^{mn} R_{im, jn} \end{align*} \]
としてもいい。他にどんなやり方があるか自分でちゃんと考えてみる事が大事だ。とりあえず上の 2 つは次回の記事で利用するので紹介しておいた。

 リーマンテンソルに含まれる情報の密度は小さかったが、0 になっている成分は 4 割程度でしかない。だから上のような\( g^{ij} \)を混ぜた式で展開した場合にはそんなにきれいにはまとまらないし、まとめるほどの利点もないのである。


リッチ・テンソルの意味

 ところでリッチ・テンソルに何か分かり易い具体的イメージを見出すことは出来るだろうか。また、リーマン・テンソルと比べて自由度の数が半分に減っているわけだが、具体的にはどういう情報が失われたと考えられるのだろうか?

 あれこれ考えてみたが、これを簡単に言い表すのは難しそうだ。添え字が 2 つしかないので「(何らかの)ベクトル\( a_i \)\( b_j \)の関係を表す係数である」という感じに気持ちよく言い表せることを期待したのだが・・・。

 リッチテンソルの意味について数学の教科書から何かヒントを得ようとしたが、まだ抽象的論理によって辛うじて納得しているレベルであり、イメージを描ききれないでいる。

 いずれうまい説明を思いついたらここも書き替えよう。


スカラー曲率

 リッチ・テンソルを次のように計量を使って縮約してやれば、スカラー量\( R \)が出来上がる。
\[ \begin{align*} R\ =\ g^{ij} R_{ij} \end{align*} \]
 これを「リッチ・スカラー」あるいは「スカラー曲率」などと呼ぶ。とうとうただの 1 つだけの数値になってしまったが、これは座標の選び方に関係のない、その空間の曲がり具合を表す純粋で代表的な数値だということだろう。この数値の持つ雰囲気はイメージし易い。

 2 次元曲面に限っての話だが、この値が 0 なら平らな空間であり、数値が大きいほど強い曲がり方をしているという傾向がある。また数値は正負のどちらになることもあり、私の採用した定義の場合には、正なら鞍点のように、負なら球面のように曲がっていることを意味する。しかしこのことは高次元の場合には単純には言えなくなってくるので注意が必要だ。例えばリーマンテンソルに 0 でない成分が含まれているのにスカラー曲率が 0 だということもある。

 この辺りの事は詳しく知らなくても重力場の方程式を導くのに問題はないので、気になる人は自分で数学の教科書を学んでもらったらいいだろう。いや、是非そうするべきだ。勉強し易いようにヒントを幾つか断片的に書いておこう。

 空間の曲がり具合を表すのに、リーマン・テンソルとは全く別の定義から得られる「ガウス曲率」と呼ばれる量がある。これを\( K \)とすると、スカラー曲率\( R \)との間に、たまたま幸運なことに

\[ \begin{align*} R = 2 K \end{align*} \]
という分かりやすい関係が成り立っている。ガウス曲率\( K \)の定義は正式に表現するとなかなか面倒であり、2 次元曲面の場合に限ってやれば簡略化された幾つかの説明方法があるのだが、ここでは数式も図も使わないで説明するやり方にチャレンジしてみよう。

 例えば、自分が「すり鉢の底」のような所にいて、前後左右とも登り坂になっているとする。そこで、前後と左右の坂のカーブの度合いが違うとする。カーブの度合いというのは円の半径で表すことがよくある。詳しい説明は略するが、つまり円の曲がり具合を2次曲線で近似したときに、どのような円が丁度そのカーブにきれいに接するかを表せばいいわけだ。前後のカーブ、左右のカーブの半径の逆数をそれぞれ\( \lambda \)\( \mu \)で表す時、これらを掛け合わせたものがガウス曲率\( K \)である。

 もし自分が半径\( r \)の「球の内側」にいるならば、\( \lambda = \mu = 1/r \)であり、ガウス曲率は\( K = 1/r^2 \)である。もしその裏側の「球の表側」にいるならば前後左右とも下り坂のようになっているだろうから\( \lambda = \mu = - 1/r \)であり、やはり\( K = 1/r^2 \)である。「球面内」で生活している 2 次元人にとっては、球面の裏か表かなんてことは関係ないので、これらの違いが表せなくとも不都合はない。

 では、もし前後と左右でカーブの方向が違えばどうだろうか。つまり前後は両方とも登り坂で、左右が両方とも下り坂ならば、こういう状況は鞍点と呼ばれており、曲率は負となるというわけだ。とても不思議な事に、2 次元人は自分がいるところが鞍点なのかどうかについては\( R \)の値を通して知ることができるのである。

 先ほどは自分がすり鉢の底にいると書いたが、数学的には曲面上に重力があるかどうかは関係ない。いつでも自分のいる点を中心にこのようなことを考える事ができる。

 ここに出てきた\( \lambda \)\( \mu \)の値は「主曲率」と呼ばれる。またこれら二つの値の平均を「平均曲率」と呼ぶ。

 さて、リーマン・テンソルをいくらいじってみてもそこから\( \lambda \)\( \mu \)の値を別々に得る事は出来ない。リーマン・テンソルには成分の数が多いからといって、曲面についてのあらゆる情報を含んでいるわけでもない、ということである。

 例えば前回、円筒表面の曲率は 0 だと話したが、これは 2 つの主曲率\( \lambda \)\( \mu \)のうち、片方だけが 0 であるような状況だと言えるだろう。リーマン曲率ではこういう「曲面を外から見た様子」は表せないわけだ。


念押し

 私が断片的にだけ話すと言った事に注意してもらいたい。また 2 次元曲面に限って説明したことにも気をつけてもらいたい。次元が上がるとまた違った事情が出てくるので、2 次元の話だけから類推した固定したイメージを持たない方がいいと思う。