質量は二種類ある

二つの概念の奇妙な一致。

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二通りの質量

 「質量」には二通りの定義が存在する。一つは「慣性質量」、もう一つは「重力質量」と呼ばれている。

 「重力質量」というのは物体が重力によって引かれる力の強さを基にして定義される質量である。簡単に言えば、物を持ち上げるときに感じる「重さ」のことである。しかし物体の重さは他の星へ行くと重力の違いによって変わってしまうので、「重さ」という表現は学問的には問題がある。だから敢えて「質量」と呼ぶのである、ということは中学で習ったはずだ。

 もう一つの「慣性質量」とは、物体を押した時の加速度を基に定義される質量である。質量が大きいほど加速がつきにくい。日常でも車の加速が悪いときなどに「車体が重い」などという表現を使うだろう。

 これらは物理的には全く意味の異なる別々の概念であるが、偶然にも全く同じ値を持っている。いやもっと正確に言うと次のようになる。「どの物体について調べてもこの二つの意味の質量が全く同じ比を持っているので、この比が 1 になるように単位を決めた。」わざわざ人為的にそうしたというよりは、さかのぼって考えるに、ニュートンが運動の法則をまとめた時に知らず知らずのうちにそう決まったと言える。それで中学、高校のレベルではあまり区別しないでひとまとめに「質量」と呼んできたのである。


同時に落ちる理由

 重力によって落下運動する質量\( M \)の物体の運動方程式は次のように書かれる。
\[ \begin{align*} M \ddif{x}{t} = M g \end{align*} \]
 左辺と右辺で同じ記号\( M \)を使っているが、左辺が「慣性質量」を表しており、右辺が「重力質量」を表している。この二つの\( M \)がどんな状況にあろうとも全く同じ値を取るので、この方程式の解はいつだって
\[ \begin{align*} \ddif{x}{t} = g \end{align*} \]
である。真空中でどんな質量の物体を落としても全く同じ加速度で落下するのは、この二つの意味の質量が同じ値を持つからである。慣性質量が大きくて加速しにくいものは強い重力で引かれ、慣性質量が小さく加速しやすいものは弱い重力でしか引かれないので、結局両者は同じ加速度で落下するという理屈になっている。

 厳密に言えば、質量のバカでかい物体を落とせばその分地球も物体に引かれて近付いてくるので、別々に実験すれば質量の大きい物体の方が早く地面に落ちるのではないかという議論もあり、確かにそうなのだが、今回はそういう物理パズルのネタに使われるような話題は関係ない。

 あ、そうそう、パズルと言えば、結構な数の人が誤解しているのだが、空気抵抗のある状況で重い物体と軽い物体を同時に落とすと、たとえ同じ形や大きさをしていたとしても、重い物体の方が先に落ちるので騙されないように注意しよう。下は全く同じ空気摩擦力\( F \)が働く時の重い物体\( M \)と軽い物体\( m \)の運動方程式である。

\[ \begin{align*} M \ddif{x}{t}\ &=\ M g - F \\ m \ddif{x}{t}\ &=\ m g - F \end{align*} \]
 これを解いてやれば、それぞれの解は次のようになる。
\[ \begin{align*} \ddif{x}{t} \ &=\ g - \frac{F}{M} \\ \ddif{x}{t} \ &=\ g - \frac{F}{m} \end{align*} \]
 さあ、どっちの加速度が大きいだろう?


どこまでも同じ値

 話題を元に戻そう。もし、慣性質量と重力質量にずれがあったとしたらどんなことが起きるだろうか?

 秤を多数用意してエレベータに乗る。まずエレベータが止まっている状況で、色々な物質をそれぞれ同じ質量だけ取って秤に載せると皆同じ数値を示す。当たり前だ。これは重力質量が皆同じだという意味である。

 ここでエレベータが上向きに加速を始めると秤の数値は増えるだろう。これは慣性質量に比例して増えるはずなのだ。このことを計算で示してやろう。

 二つの質量を区別するため、慣性質量を\( M\sub{I} \)、重力質量を\( M\sub{G} \)と書く。座標は下向きの方向をプラスに取ることにしよう。エレベータの加速度が上向きに\( a \)であるとすると、外で止まっている人から見た座標\( x \)とエレベータに乗っている人から見た座標\( x' \)との間には次の関係がある。

\[ \begin{align*} x' \ =\ x + \frac{1}{2} a t^2 \end{align*} \]
 外で止まっている人にとっての運動方程式は
\[ \begin{align*} M\sub{I} \ddif{x}{t} \ =\ M\sub{G}\ g \end{align*} \]
と書かれる。これを使って、エレベータに乗っている人にとっての運動方程式を計算してやると、
\[ \begin{align*} M\sub{I} \ddif{x'}{t} \ &=\ M\sub{I} \left( \ddif{x}{t} + a \right) \\ &=\ M\sub{I} \ddif{x}{t}\ +\ M\sub{I} a \\ &=\ M\sub{G}\ g\ +\ M\sub{I}\ a \end{align*} \]
となる。つまり、上向きに加速するエレベータに乗ると、重力による以外の下向きの力が全ての物体にかかっているように観測されるのである。その力は慣性質量と加速度に比例していることが分かる。エレベータが止まっている時には全て同じ値を示していたはずの秤が、エレベータの加速時には物質によって違う値を示すようなことが起これば、それによって慣性質量と重力質量の間の比例関係が物質によって違うということが示せるはずだ。

 ところがあらゆる物質をどこまで精密に測定しても、今までのところ、測定誤差の限界まで二つの質量の間に全くズレが見つからないのである。アインシュタインの時代にはこの比が\( 10^{-9} \)まで一致することが確認されていた。現在では\( 10^{-12} \)まで確認されているという。これでも 20 年前の数字なので、今ではもっと精度が上がっているかも知れない。

 「(重量が)重いものは動かすのも重い。」これはとても当たり前なことのようで、実は全く不思議なことなのだ。重力が強く働く物体は、どうして動かしにくくなければならないのだ。動かしにくさと重力の間に何の関わりがあるというのだ?