大地の電気抵抗
電子回路で,なぜ地面が電位の基準として使われることがあるのか,と思うかもしれない.実は大地は導体なのである.導体であれば,もし電位の差があれば,すぐさま電荷が移動してその電位差を解消してしまうので,電位はどこでも同じに保たれるはずである.
そんなことを言っても「土や砂や岩には電気は流れないではないか?!」と思うだろう.そのとおりである.実はこれは,もっとはるかにでっかいスケールでの話なのだ.
電気抵抗というのは電線が太いほど小さくなる.大地は無限と思えるほどの厚み,広さがあるので,流れる経路には困らず,巨大なスケールで大きな電流を流した場合には電気抵抗は非常に小さいのである.実は 10 m 四方の太さがあれば十分に抵抗は少ないと言える.そのとき,太さは普通の 1 mm2 程度の導線の 10000 × 10000,すなわち 1 億倍もあるのだ.そもそも,土壌や岩盤には水が含まれていたり,水脈が縦横無尽に走っていることもあって,もともとの抵抗率もそれほど大きくはない.
雷だって地面に向かって流れる.雲に蓄積された電気は,絶縁体である空気の濃淡を切り裂いて幾つもの経路を迷走して稲光を発し,その経路の一つがたまたま地面にたどりついた途端に,その経路を伝って一気に大地に向かって電流が流れこむのである.これが落雷だ.
残念ながら,大地が導体であることを確かめるには,乾電池と豆電球では無理である.そのような小さなスケールでは地面はやはり絶縁体だ.
もっと大きな電圧(数百ボルト)を使って数十メートルの規模で測ると,大地が抵抗値 0 にかなり近い導体であることが分かる.そのとき,数十~数百Ω程度の抵抗値が測定できるが,それは地面に深く差し込んだ金属棒と土壌との間の接触抵抗や,金属棒のごく周辺の狭い場所に電流が集まってくるときに受ける抵抗であって,地面の湿り具合や金属棒の差し込み方によって大きく違いが出る.
さらに長距離になれば,大地を電線の代わりにして,一本の電線だけで電力輸送ができるほどだ.長い電線が一本要らないというのでコストが下がる.「直流送電」「大地帰路」などのキーワードで調べてみよう.
過去にはそういう送電も行われていたが,現在の国内ではそれを採用しているところは少ない.地下に金属パイプが埋まっていればそちらを流れて発熱してしまうし,電気化学的な反応が起きてしまったり,経路のよくわからない電流のせいで磁場が乱れたりと色々と多方面に迷惑がかかるからだ.
アース(接地)の目的
アースには色々と目的がある.家庭の電化製品では洗濯機,冷蔵庫,電子レンジなどからちゃんとアース線が出ていて,接地された線に繋ぐように薦められている.これは感電防止のためである.
何らかの故障や断線で,電流の一部が電化製品のボディに漏れることがあると,それに触れた時に人体を通って床へと流れようとする.ちゃんと接地してあれば,電気は人体を通るよりもよっぽど簡単にアース線から地面へと逃げるので感電しないで済むというわけだ.
日本ではなかなか感電することも少ないが,安全対策が優れているお陰である.コンセントの一方はしっかり接地することが定められている.
仕事で海外に行った時に,その国ではコンセントに 200 V が来ているのが普通であった.そこに日本の AV デッキを持って行って 100 V に変圧して使っていたのだが,しっかり感電した.デッキのボディに触ると,触るたびにしびれるのである.自分の体を伝ってアパートの床へと微量の電気が流れていることが体験できた.致命的な感電ではなかったが,気持ちのよいものではない.
接地は漏電対策にもなる.電流の量が入口と出口で違っていれば,電流の一部がアース線を通って大地へと逃げていることが分かるのである.それを検出して電気を止める「漏電遮断器」(漏電ブレーカー)というものが普通のブレーカーと一緒に付いていたりする.これは,不幸にしてある程度以上の感電をした時にも作動するようになっているが,ちゃんと接地してあれば感電する前に検出できるのである.
電磁シールド
地面から離れた空間には「空中電位」というものがある.地面が導体なのでどこでもだいたい 0 V だとすると,地面から 1 m 離れるごとに 100 V くらいの電位差が生じているのである.これは地形や天候や周囲の建物によって影響を受けているから,一定ではない.
これだけ電位差があっても平気なのは,そもそも流れる電流がないからであるし,電流が流れるように金属の長いポールでも地面に突き刺せば,その金属棒の周辺は高い場所であっても大地と同じ電位になり,0 に近くなる.
感度の良いデジタルテスターの一方を地面に,もう一方を空中にさまよわせれば,正確ではないものの,空中電位の影響を受けて,表示がふらふらすることが分かる.
空中電位の影響の他にも,空間には色々なノイズが飛び交っており,それは微細な信号を増幅する電子回路に拾われて,大きなノイズを生じたり,動作が不安定になることがある.
このようなノイズから回路を保護するためには,回路全体を導体で覆ってやればいい.簡単だ.金属ケースに入れるのである.地面に繋ぐ必要はない.導体ケースの外部に変動する電場があれば,導体中の電子がそれに合わせて移動するので,外来のノイズをかなり打ち消してくれる.逆に,回路から生じたノイズを外に出さないようにもしてくれる.この働きを「電磁遮蔽」あるいは「電磁シールド」と呼ぶ.
完全に塞がれた金属ケースでなくとも,網目状の金属でも十分に効果がある.電子レンジの窓などは,そのような目的で網目状の金属になっている.
静電シールド
これに似た概念として「静電遮蔽」あるいは「静電シールド」と呼ばれるものがある.これと電磁シールドを混同してしまう人が多いので少し注意をしておこう.
導体ケースの内部に静電気を持った物体が存在していると,その電場は外に漏れてしまう.しかし,導体ケースを接地しておけば,その電場は外に漏れない.これが静電シールドである.
逆に,金属ケースの外に静電気があった場合には,接地しなくても,金属ケースの内部の電場は 0 に保たれる.
要するに,回路を電磁波や静電場から守りたければ,金属ケースに入れておけばいいのであって,必ずしもアースは必要ないのである.もし金属ケース自体が帯電していたとしても内部は影響されない.
それでもケースを接地することがあるのは,静電気が溜まりやすい環境での感電防止のためであろう.そうでなければ,誤解から生じたおまじないのようなものである.
磁気シールド
「静電シールド」の話が出たついでに,「磁気シールド」についても書いておこう.
金属ケースに入れることで,内部を電磁波や静電気から守ることは出来ると話した.しかし,残念ながら静磁場を防ぐことは容易ではない.回路に磁石のようなものを近づけられることに対しては弱いのだ.
特に,回路の中にコイルがあると良くない.磁石の接近によって発電してしまい,一時的にではあるが内部の電圧が変化してしまう.これを完全に防ぐことは簡単にはできない.
透磁率の高い物質で取り囲むことで,磁力線がなるべくそちらを通るようにして,内部を通らないようにするくらいである.鉄で囲うことはある程度効果があるが,銅は無意味だ.
コイルは場所を取るし,高いので,近頃はコイルを多用する回路はあまり使わない.回路のごく近くで磁石を素早く動かす人も稀なので,よっぽどの理由がなければ磁気シールドは使われない.
アンテナ感度が上がる?
アース線を付けることでラジオの受信感度が上がるという話がある.これを理解するためにはアンテナ工学の知識が必要なのだが,簡単に説明しておこう.
実は大抵の場合,アース棒に繋がるまでの長い線自体がアンテナの役目を果たしており,そこが電波を拾ってくるのである.感度は上がるがアース自体の効果ではない.アンテナ自体からの受信ではないので,あちこちのノイズも拾ってくる.例えば,家庭用の家電が発するノイズや,家庭用電源の電線がどこからか拾ってきたノイズなどだ.交流の 60 Hz もノイズになりうる.
これはアースとは無関係の現象なので,アンテナをノイズの少ない,目的の電波が届きやすい場所に設置して,ちゃんと調整した方がよっぽどいい.
アンテナの一方を地面に繋ぐことで,まるで自由端の振動のようになってアンテナ内に電流が流れやすくなるという可能性もなくはない.しかしこれも正しくアンテナの調整を行えば必要のないことであるし,ちゃんと調整されたアンテナにアースを追加すれば,余分な電気抵抗が増えるわ,アンテナの長さが変わったのと同じになるわで,むしろ調整を乱す原因にもなり得る.
近頃はフェライトに巻いたコイル自体をアンテナにする「バーアンテナ」やアンテナ線を環状にした「ループアンテナ」が多いので,受信した電波によって生じる電流は一つの輪の中を流れ,ますますアースを付ける理由がない.
アースが本当の意味で理論的に意味を持つのは電線を地面に垂直に立てただけの構造のアンテナくらいである.大地が平らな導体であり,電気的に鏡のように振る舞うことを利用するのである.アンテナは,送受信する電波の波長と同じ程度であると効率が良く,その 1/2 波長くらいでも良い.大地が鏡面になることを使えば,さらに半分の長さ,1/4 波長でも電波がよく飛ぶようになる.波長が何十メートルもあるような電波領域での通信にはこの現象を利用するのは非常に助けになるというわけだ.
このタイプのアンテナは初期の試行錯誤の頃から長く長く使われており,アースの必要性は迷信のようになってきている感じもある.
聞いたことはあっても信じていないだろう?