命は地球よりも重いか

自衛隊のイラク戦争派遣問題で揺れる最中、
中学生による幼児誘拐事件があった。


 「命は地球よりも重い」  よく説教に使われる台詞である。  これを聞いて何を学べというのだろうか?  命の何と地球の何を比較しているのだろう?  大切さと質量を比較しているとしたら全くの無教養だ。  物理的にそのような比較には意味が無い。

 命は地球よりも大切だといっているのだと好意的に受け止めよう。  すると人が一人死んだら私たちは絶望しなくてはいけないのだろうか。  地球が無くなれば人類全体だけでなく、その他の生命も失われるというのに、 それと一人の命を比較すれば当然一人の方が軽いではないか。  ひょっとして人類全体の数で割っているのか?  60億人が59億9999万9999人になったところで大した変化は無い。

 もちろん私は人の命の大切さについて疑問を持っているのではない。  もし私がこのような命の議論を茶化すような発言をしていることで 責められるのだとしたら、人の命をこのようなはっきりしない、 いい加減な説明で納得させようとすることこそ、責められるべきではないか。

 毎日100人近くの人が自殺で死んでいるこの日本。  この重みは地球何個分に相当するのだ? これだけ耐えられるのならば 地球の重さは本当は軽いんじゃないのか?

 首相は嘆かわしいことだと発言する。  しかしイラク戦争では、数え切れない被害者を出し、 これからも増え続けるであろう行動に巨額の資金を提供したことについては 嘆かわしくないのだろうか。  かの国では何人もの親がその子供たちのために泣いた。  日本で子供一人が死んでこれだけ大騒ぎするくせに。  外国で何人殺そうともなんとも思っちゃいないのだ。  善人ぶってないで、人の命の重さには差があると教えてやれよ。

 学生ももうだめだ。  大人と同じ病に冒されている。  大人の嘘に気付いている。  あまりにも分かりやすい嘘にはもはや逆らう気さえ起きない。

 校長よ、全校集会を開いて生徒の前で命の大切さを説くならば、 その前に政府の代表者を体育館に集めて同じ説教をすべきではないだろうか。  私がもし中学生、高校生で、自己保身を考えなくても良い立場であったなら、 全校の前で「その言葉の意味が分かりません」と発言して反乱を指揮するところだ。
 生徒たちは校長の「政治的に弱い立場」にまで考慮して 分かった振りをして差し上げなくてはいけないのだろうか?

 王様は裸だって言えなくなっているのか。  王様は裸だって言ってしまうことが馬鹿なのか、子供じみているのか。  一体、どっちが馬鹿なんだよ!?

 大人になってしまった自分と、馬鹿な大人の真似をさせられている若者たちが悲しい。


 大人が嘘をつくから、子供はそれに反発して、それが嘘であることを 出来るだけはっきりと示そうとする。  少年犯罪の正体なんてそんなものだ。

 世の中が奇麗事ではなく、戦略と力関係で動いていることを若者に はっきりと教えるべきじゃないだろうか?  そして若者に「戦略」の大切さを教えるべきじゃないだろうか。  世の中にどのような力が存在して、本当は何と戦うべきなのかを教えるべきじゃないだろうか。

 それとも「奴隷の子」にはそんなことを教えない方がいいのだろうか。


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