俺のもう一つの名

俺の覚醒が始まる。


 1989年12月7日。

 朝の通学途中に電車の中でうとうとしていたら、 夢の中で女の子の声を聞いた。

「フェミノースにも感じさせてあげたい・・・」

 俺に向かって発せられた言葉だ、と直感した。  フェミノースって、俺のことか?

 その後、駅から学校まで歩く30分の間にこの言葉の意味がなぜか分かった。

 あの声の主は「エウリ」。  サーナと対を成す「サーシェ」の女の子だ。

 俺は水に属する6人と一緒にいたが、私だけは違うものに属していたので 彼らの話に分からない部分があった。  それで駄々をこねて泣いたのだ・・・確か。  あまり思い出したくない思い出だな。

 その時の彼女の言葉だ。  彼女は丁寧な子で、俺のことをそういう呼び方をしていた。

 すると、俺の名は「スキーナ・フェミノース」ってわけか。

 ふ、悪くない響きだ。 (何かっこつけてんだか)


 部室に行くと明石さんがそこにいた。  昨日のことを心配していたが、いつもとあまり変わらない雰囲気だったので安心した。

 「俺、今朝少し夢に見たわ。 エウリのこと。」

 俺が説明すると、彼女が嬉しそうに笑って、

 「そうだ! あったわね! そんなこと。」

 そのあと、いたずらっぽく笑い、

 「あ、私、それで今、もう一つ思い出したよ。」

 「なにさ?」

 「スキーナ、立たされて泣いてんだ。  みんな出来るのに出来ないから立たされて・・・もう私、面倒見切れない!」

 そう言って、彼女は朝の授業のために部室を出て行った。

 「な・・・、見切れないって・・・」

 俺は言い返せなかった。  俺の知らないことを見てきたように語りやがって。

 しかも、俺は落ちこぼれだったというのか・・・。


 放課後の部室。

 俺が前世で泣き虫だったことなどを皆に知られて、 皆がその話で俺をからかった。  俺は全てを知られているようでとても情けない気持ちになった。

 彼らはまだ知らないだろうが、俺は現世でもそういう子供時代を送ったのだ。

 夕方、帰る途中の廊下で、サーナは落ち込んでる俺に

「いいこと教えてあげようか? あなた賢かったんだよ。」

と言ってくれた。

 「あなた、やることはいつも人並み以上で、 ほら、私たちがまだ気弾を曲げられない頃に、曲げたのよ。」

 「そんなこと、初等科で教えてたっけ。」

 「基本的なことはね。 でもレーウがあまり使ってはダメだと言っていたから、 むやみに使っちゃダメなのよね。 きっと。」

 俺はこの話を聞いて、ちょっと自信がわいてきた。  というより、この性格は俺が一番よく把握している。  俺は努力無しでやってしまうところがあるのだ。  その後が問題で、いい気になってその後の努力が足りないのだ。  いつも・・・そうだった。  いざとなったら出来る。・・・なんて根拠のない自信を持っている。





 帰り道で話題がエウリのことになった。

 「それはそうと、エウリのこと、他に思い出さない?」

 「彼女、『ごめんなさい、ごめんなさい、あなたの名誉を傷つけてしまって』 なんて、ひどく泣きながらあなたに謝ったことがあるけど・・・。」

 「そんなことあったっけ? 何したん?」

 うう。 あの夢の中のエウリのイメージとぴったりだ。 ありそうな話だ。

 「あなたは『そんなことないって!』って言ってたけど。」

 これも俺らしいや。  しかし、こんな話は全然まだ思い出してないなぁ。  一体、何があったと言うのか。  どうせ大した話でもないのだろう。  前世の俺も「そんなことない」って言ってるようだし。


 帰りの駅のホームで一人。  ぼーっと線路を眺めていると、ふと、何かを思い出した。  かなり重要なことのように感じるがどうも思い出せない。

 暗い地下の物置のようなところにあった、 二つのフラスコの口を合わせたようなようなもの。  中には機械のようなものがぼーっと青く光っていた。

 それが何かは知らないが、私はそれを見つけたらしい。

 どうやらあの世界には、一応、機械があったようだ。

 バスのような乗り物があったし、私は飛行機を操縦したような覚えもある。  いや、これはかすかだ。

 あと、電車の中で思い出した。  俺たちが「初等科」と呼んでいるものは、実は別の名で呼ばれていたはずだ。  レーウの帳面に書いてあった気がするのだが、思い出せない。

 明日はテストだというのに、思い出してしまうこの記憶の多さ。
 困った。 勉強に集中などしていられない。


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