血染めの手紙

俺の知らないところで、何が起こってる?


 1989年12月6日。

 朝、いつものように部室にいると、 やがて明石さんが入ってきた。
 明石さんの元気がなかった。

 と言うより、どうしたの?その顔?
 彼女は久しぶりに眼鏡をかけてきていたが、 真っ赤に腫れた目を隠すためらしい。

 「ん、一晩中泣いてたの」

 「なんで・・・?」

と俺はつぶやくように聞いたが、 それ以上は何もいえなかった。  ただ、突然の展開に驚いて彼女を見ていた。

 宮内さんと何か相談をしているようだ。

 しばらくすると、彼女は「何でもないよ」と作り笑いをして部室を出て行った。




   笹岡が宮内さんから聞いてきたのだろう。  俺に一言。

 「サーナの前の彼氏がサタンの手に堕ちた。」

 俺は意味が分からなかった。  ただ、昨晩の夢はこのことと関係があるかも知れない、と思った。

 笹岡がさらに続ける。

「だから俺はあの時反対したんだ。 こうなることは分かってた。」

 俺はあの日の議論を思い出してあの日何があったのだろうかと推測した。


 放課後、俺たちは部室に集まった。  やがてサーナ、いや明石さんもやってきた。

 彼女は真っ白な長い布に包んだものを鞄から丁寧に取り出して、 その布をほどいていった。

 「どうしていいか分からなかったの」

  さらにその中には白い和紙で包まれたものが入っており、 こういう方法をどこで覚えてくるのか、 不思議な折り方で中のものを封じてあった。

 俺はこの事件の真相も全体像も知らされぬまま、 緊張の中で行われるこの儀式を後ろの方で見ていた。  何も知らない俺が口を挟める雰囲気ではなかった。

 そして、明石さんは宮内さんに目で合図して、 宮内さんがそれに答えてうなづくと 最後の封印を解いて中身を取り出し、それを宮内さんに 静かに手渡した。

 宮内さんはそれを開いて静かに目を通した。  深刻な面持ちだ。

 それは白いノートの切れ端に書かれた手紙のようだった。  やけに茶色く汚れているのが見えた。

 彼女は

 「絶対に見せちゃだめだよ」

といいながらその紙を慎重に扱いながら笹岡に渡した。

 笹岡はそれを見て静かに喉の奥から息を逃がしながらうなづいた。  確かに俺には見せられん、という意味らしい。

 「何それ?」

 俺は立ち上がってその正体を確かめようとした。

 「だめ!」

 慌てて隠す彼ら。

 「見た?!」

 「一瞬で分かるわけないじゃん」

 しかし、これが明石さんの前の彼氏の事件と関係してるのは確かだ。  そして俺にも関係しているらしい。

 俺は三人の内の誰かの許可があれば読みたいと思ってはいたが、 サーナが突然強い調子で俺に向かって

「読んじゃだめだよ!!」

というのでこれ以上詮索しないことにした。

 他の二人はだめでも彼女は許可してくれるだろうという望みを 持っていたにも関わらず、彼女本人から否定されたからだ。

 会話の内容から察するに、どうやら、 彼が正気を保っていた最期の瞬間に書き綴ったものらしい。

 そして俺は実はさっき見えたのだ。  「KILL」と大きく書いた血文字を。  それ以外にも狂ったようにあらゆる方向からびっしり何か書いてあったが 一瞬で読み取れなかった。  どうやって書いたのだろう。  果たして人はこんな風にかけるものだろうか。
 壮絶な状態だったに違いない。

 俺は前夜の襲撃については黙っていることにした。

 サーナは英語で書かれた部分の意味が分からなくて、 それの意味を二人から聞いていたようだ。  笹岡は「彼女が英語分からなくて良かったよ。」と小さな声で俺に言った。

 しばらくはその手紙をどう始末したらいいのかを話し合ったが、 結局、宮内さんが預かって適切な方法で処理することになった。  とりあえず、元のように和紙と布で慎重に封印して彼女の手に渡った。
 彼女はそんなことも出来るのか・・・。  いや、彼女なら出来るだろう。

 やっぱり俺はその内容を読みたくて、何とか機会はないものかと伺ったが、 その気持ちを抑えるのが大変だった。  結局、知りたいという思いは自分から出る興味本位のものじゃないか。  彼女が見せたくないものは見ないでいいのだ、と。



 その日も俺は明石さんと一緒に帰ったが、 人前では決して涙を見せない彼女は強い子、やっぱりサーナだな、 と感心した。

 最近、昔見た夢の忘れていた部分をふと思い出すことが多くなった。  思い出しかけて消えるものもあれば、何となく分かるものもある。


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