読心の意味

意外な衝撃


 体育館へ向かう途中、俺と笹岡はこれからの試合について語り合った。  二人ともこの勝負を楽しみにしていた。
 「絶対に負けん!」
 「お前ぇが俺に勝てるわけねーって。」

 「ところで、何番目に出てくる?」
 「それは心配しなくていい。 お前のチームの順番が決まったら俺がお前の 心を読んでうまく当たるようにする。」
 「じゃあ任せた。」

 この能力もこういうときには役に立つなぁと感心する。  そして、このような能力を身近に使っている仲間に入っていることに優越感を感じるのだ。

 「なぁ、本当に読めるのか?」
 俺は笹岡に再び疑り深く念を押した。 

 確かにやつは俺しか知らないはずの日記の内容を何も見ずに読み上げたし、 俺がマリーに出した手紙の書き出しも読み上げたし、 俺が明石さんを好きだということも言い当てた。  ある意味、俺より俺を知っているのだ。

 しかし、それでも心のどこかで疑ってはいた。  それくらいのことは何かのトリックで出来るのではないだろうか。  俺の行動パターンが単純で分かりやすい、ということもあるだろう。  考えたくないことだが、彼女が彼に私の手紙の内容を話した可能性だって否定は出来ない。

 「簡単だよ。」
 やつは「何を今さら。」といわんばかりにニヤリと即答した。

 「じゃあさ、笹岡が目をつぶって、俺が手で攻撃するから手のひらでよけてみて。」
 「いいよ。」
 「ちょうどいい、この手ぬぐいで目隠ししてみてくれ。」

 (いいぞ。 俺の思うように事が進んでる。 今日はラッキーだ。)

 体育館へ続く出口の直前に保健室があるが、その前でその実験はいきなり始まった。  クラスメートが不思議そうにみながら通り過ぎてゆく。  みんなこの実験の意味するところを知らない。

 しかし、その実験はうまく行かなかった。
 彼は私が突き出す指をうまく避けることが出来なかったのだ。  彼は迷うように右へ左へと手のひらを移動させて私の攻撃をよけようとしたが、 どうしても判断にワンテンポ遅れるようなのだ。  俺は内心、少しがっかりした。

 分かったからもういいよ、 と言おうと思ったが、彼は、変だなというような顔をして いつまでも熱心に続けている。  何か俺の知らない、コツか何かが要るのだろうか?
 上下の動きについては問題なく合わせてついて来れるのに、なぜか・・・!!  次の瞬間、その動きの意味を知って愕然とした。
(左右が逆だ!)
 俺が右へ動かすと、やつは一瞬、向かって左に・・ つまり、やつにとって右へ動かすのだ。
 ほら、やっぱり!

 (俺の視点で見てやがる!)

 つまり、心を読むとはそういうことだったのだ。  俺を端末として、俺の見た映像をそのまま見ているのだ。  私がこのことに気付いた瞬間、彼の口元がかすかに笑った。

 確かに考えてみれば当然のことかも知れない。  しかし俺は心を読むということについてもっと違う概念があった。  つまり、頭の中にある「言葉」というか「考え」そのもの、 つまり、何と言おうか、空間や配置に縛られない全体像をつかめるのだと漠然と思っていた。  アニメなどでは、心を読むような能力を持つ敵は冷静に描かれており、 大抵の場合、主人公は大ピンチに陥るではないか。
 しかし何と言おうか、実際は意外にも、 相手の心の中の像の左右の反転を自分に置き換えて解釈し直さなければならないという 妙に現実的な問題が存在していたのだ。
 俺にとってこの実験結果は衝撃であった。

 その現実感の故になおさら、確かに俺の心は読まれているのだという屈辱を 心の底から認めざるを得なかったのだ。

 私の気持ちを考えた上で、その先を予測できる、というようなものとは全く異なる方法!  経験的に予想がつくというようなものではなく、俺を理解しているというものでもなく。

 すなわち、・・・やつは俺の心を読むが、俺の気持ちなんて読んではいないのだ!!

 この屈辱、この言葉の意味が理解できるか!?


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