これまで投げ銭ありがとう


 2007年2月半ばで、 トップページに掲げてあった「投げ銭」へのリンクを外すことにした。  リンクを外すだけであって、実体はそのまま残すつもりである。  引き続き、このページを経由して入れるようにはしておくし、 制度もこのまま続けるつもりである。  しかし恐らく、このまま事実上の自然消滅となるだろうと思う。  この記事はそのことの報告である。


結果報告

 このサイトの投げ銭の仕組みは、 2004年6月から導入され、2007年2月までの2年と9ヶ月の間に、 延べ32人の読者より、合計74,400円を投げて頂いた。  平均して月に一人であり、月に2300円の計算になる。


なぜ始めたか

 すでにその理由は忘れ去られようとしている。  今回の記事の目的の一つは、それを記録しておくことである。

 理由は複数あった。

 個人的なことを言えば、生活に余裕がなかったこと。  深夜残業が続き、書店や図書館に行く時間的余裕はほとんどなく、 教科書の購入はネットでの通販に頼るしかない状況だった。

 今となってはこの点も詳しく説明しておかないと理解されない状況になってしまったが、 当時のネット通販は今ほど便利ではなく、読者の評価欄などはなかった。  それで、ほとんどタイトルのみを頼りに 一か八かで購入するしかなかったのである。  今はそこらの掲示板で交わされた会話の中からでも、 その本の評判を簡単に見付けられるようになったが、当時はそうではなかった。  (とは言ってもまだ数年前の話だ。)

 若かったので金銭的にも余裕がなく、趣味に回せる金額は限られていた。  趣味で生活したいという望みはいつだって持ってはいたが、 そんなものは夢でしかなく、 せめて趣味の独立採算制を実現できないものかと考え続けた。  こういった家族への言い訳になることがあると、 趣味に時間を割くにも心強いものだ。

 もうひとつ、当時のネット上の雰囲気も説明しておこう。  これは1998年〜2002年頃、 大手企業のみがネット上で集金するのに都合のよい制度ばかりが 次々と成立していった時期がある。  当時はそのように見えたが、今から見ればただ模索の時代だったわけだ。

 その一方で優良な個人サイトが次々と消滅して行った。  多くの人がそれを悲しみ惜しむ言葉を口にしていた。  万人がブログをやっていて平均的になってしまった今の状況とは違って、 比較的少数の、誰もが注目する人気サイトというのがあちこちにあったわけだ。  それが、消えて行く。

 ある人々は個人サイトに金が回る仕組みがないためだと考えた。  個人サイトの運営には苦労ばかり多くて、モチベーションを維持する見返りが少ない。  ネットが企業に乗っ取られてしまうような危機感があった。

 個人サイトの生き残りの方法を模索しようという動きが起こった。  Web拍手なんてのもその時に生まれたアイデアの一つだ。  これも一時期は流行った。  それとほぼ同時期に、投げ銭の理念が提案されたのだった。  類似のアイデアは他にもあったが、 特にこれは個人サイトに救いをもたらす可能性がある、という大きな期待があったのだった。

 これについては、私も数年がかりで研究を進めていた。  過去の沢山の議論や失敗例などを読みあさり、法的な問題点がないか、 どんな方法でなら実現可能かなどを調べていた。  今は簡単な事だが、当時は難しかった。  前例が見当たらないのだ。

 私自身が調べるのに苦労したからこそ、 私は出来る限りこの試みを他人に見てもらおうとした。  これから導入を検討しようとしている他のサイトの管理人の役に立つように しようと考えたわけだ。  どの程度の努力で、どの程度の収入が期待できるかというのを示すための、 公開実験的試みという側面があった。

 ここも一時は「投げ銭にチャレンジしている珍しいサイト」として注目されたことがあったのだ。


なぜリンクを外すのか

 さて、現状を見るに、もはやこの試みが役割を終えたことが分かるだろう。  このまま放置しておいても、 「EMANは金儲けのためには何にでも手を出す」という見られ方をするだけであろうから、面白くない。  これからは、古い時代に行われた試みの一つとして、 資料的な価値を持つものとして、ここに置くことにする。

 結局、当時心配したように、個人サイトは廃れただろうか。  いや。  貴重なサイトが消えてしまう前に、 国会図書館は今の内にデータを収集して保存しておくべきだ、 などという議論もかつては多数聞かれたものだが。  今となってはそんな心配をする人も少ない。

 代わりにネットは「日記サイト」で埋まった。  そして、検索エンジンがあれば、多数の日記から必要な情報は引き出せる。  誰かが日記を書くのをやめてしまっても、あまり気にならなくなった。

 ある意味では、廃れたかも知れない。  当時、みんな一緒になって楽しんだような、全体に活気ある雰囲気は消えた。  毎日楽しみにして巡回するようなサイトはなくなり、 今では、必要に応じて検索をかけて、 それに引っ掛かったサイトの中の必要な記事だけを読み、 それでさよならである。

 しかしこれは投げ銭制度の定着に失敗したせいだとかの 問題ではなく、要するに、飽きたのである。  作る方も、読む方も。  情報過多により。


お礼

 さて、上では社会的使命を帯びてやったのだという偉そうなことを書いたが、 私個人としてはこの制度によって非常に救われてきた。  皆様からの心のこもった投資によって、 モチベーションを維持してやってくる事が出来たし、 独立採算制を確立することも出来た。

 そしてこのたびは、とうとう出版の機会まで頂いた。  もはや投げ銭に頼らずとも採算は取れるだろうし、 本を購入して頂くことで、次の出版への投資をすることにもなる。  投げ銭の代わりになるものを手に入れたわけだ。  そのお礼として皆さんの手元に本をお届けすることも出来るようになった。  こんなにありがたい事はない。

 さて、これからも、趣味と教育と実益を兼ねて、 力の限り、頑張らせて頂こうと思う。  え、結局、まだ儲けようってことかい?  その通り。  私の金儲けには目的がある。  自分の贅沢のためではない。  それについてはこの後の記事で話を続けよう。


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