「先生って、人の考えてること分かるでしょ?」 私はそれまでの経験で、 ある程度敏感に人の感情の変化を察知する才能があることを自覚してはいたが それを誇るつもりは無いし、 それで相手のことを完全に理解できているなんて信じてもなかったので、 その後に何を言い出すのだろうと、はぐらかすように黙って聞いていた。 実はいつもの私の作戦でもある。 分かったフリをして相手からさらに聞き出すのである。 聞いて欲しいということくらいは分かってたし。 「黙ってても分かるのよ。私とおんなじね。」 確かにこの子はするどいな、と思う。 彼女がそういう才能をもっていることは気付いていた。 親の機嫌を上目づかいに窺いながら育った子は こういう力を身に付けるのである。 「周りは誰もそんなの分からないのよ。先生も親も友達も。変だよね。」 彼女の部屋の壁には賞状が多数飾られていた。 作文で総理大臣賞ももらっているようだった。 私は小学生の頃から作文は大の苦手で、 読書感想文などの宿題が出ると、人生最大の危機だと感じたものだ。 だから、作文で賞をもらうなんて素晴らしいことだ、と 心から彼女のことを誉めた。 すると、彼女は笑顔も見せずにこう答える。 「あんなの簡単よ。 大人たちがどんな文章を書いて欲しいのか分かるもの。」
総理大臣賞か・・・総理大臣は子供に騙されてるんだ。
・・・馬鹿な賞だ・・・。 ああ、どうして大人はそんな子供の心を見抜けないのだ! 私も彼女も人の心を読むことは出来るけれども、 私と彼女の違いはここにある。 彼女は大人の期待していることが分かるから、そのように文章を書く。 私は大人の期待していることが分かるから、 自分の気持ちを文章にすることが出来なかったのだ。 彼女はこれからも自分の本当の気持ちを隠したまま生き続けるのだろうか? 最近、その子があまり幸せな状態にはなれなかったという話を聞いた。
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