たいやきくんの正体

これを知らないまま大人になった人も、中にはいると思う。


 子門真人の歌う「およげ!たいやきくん」が シングル売り上げの記録を保持していることは良く知られている。

 この曲は子供向けの歌なのだが、 この大ヒットの原因は、大人たちの心を掴んだ為だろうと分析されている。  (国鉄のストが一週間続き、自宅に足止めされていた多くの会社勤めのお父さんたちが この曲を聴くことになったというわけだ。)  まぁ、金を出すのは大人なのだから当たり前と言えば当たり前だが。

 ところが最近の若い者の中には、 この歌詞を文字通りにしか受け止める事が出来ず、 「こんな荒唐無稽な歌詞の歌がなぜ流行ったのか」と笑うものがいるようなのである。  「タイヤキがエビなんか食うのか?(笑」とか、 「塩辛いタイヤキなんて食いたくねーよ(藁」とか、 「ツッコミどころ満載(ギャハ!」などと、 そういう馬鹿なツッコミをして喜んでいるのが良く私の目に留まるのである。

 それで、少々野暮な事にも思えるのだが、ちょっと解説してみたくなった。

 (世間の解説って、最初の一節を取り上げてるだけのものが多いし。)


 まず、たいやきくんは、 毎日、毎日、同じ繰り返しで、身を炙られるような苦しみを感じていたわけだ。  そして、ある朝、上司と喧嘩して、会社を辞めてしまった。

 そこで「初めて泳いで、とても気持ちがいい」と言っているわけだ。  平日の昼間に、仕事に縛られる事無く、自由に町を歩く機会なんてのは、 サラリーマンには滅多に訪れることがない。  しばらくは開放感を楽しんだ事だろう。

 お腹のあんこというのは、多くの中年男性が気になり始めるあれのことだ。

 子供向けの歌ではあるのだが、 「桃色サンゴが手を振って」くるのは、 夜の歓楽街での客引きたちの光景を表しているのだろう。  私も、子供から大人になる過程で、初めてこの部分の意味に気付いたときは、 かなりの驚きだった。  すると、続きの歌詞にも何かあるに違いない。

 そういう目で見ると、子供には気付かない不自然な点があるのだ。

 自由なはずのたいやきくんの住処は「難破船」なのである。  かつては立派な船だったかも知れないが、今は役に立たなくなったボロ船。  今にもつぶれそうな借家やなんかを表しているのだろう。

 そして彼はサメにいじめられる。  依然として社会的に弱い立場なのだ。  おそらくヤクザか、借金取りに追われているのだろう。  そこで彼の取れる行動は「逃げる」ことだけなのである。

 そして彼は空腹に悩まされ始める。  エビというのは寿司のことだろう。  「たまには寿司でも食いたいなぁ」という、庶民の間では良く聞くセリフだ。  ところが彼が口にするものと言ったら、塩辛い、自分の汗ばかりなのだ。

 そして彼はついに罠にかかる。  もがいても逃れられない罠にかかってしまい、 自分のいた自由な世界から無理やり引きずり出されることになる。

 そこで彼は悟るわけだ。  自分は、特別ではない、他の誰とも変わらない、 型にはまった、幾らでもいる存在の一人に過ぎないのだ、と。  しかも焦げがあって、型に綺麗にはまり切れているわけでもない。  完全でさえないのだと。  そして、最後は「貪り食うもの」に完全に食い物にされて終わりというわけだ。


 何という秀逸な歌詞なのだろう。  生易しい救いがない。  サラリーマン哀歌である。

 子供の頃の自分は、何となくこの歌に寂しいものを感じながらも、 「ねずみの嫁入り」なんかの童話と似たような構造のものかと思っていた。  世間を一通り巡ってきた末に、 自分の本来あるべき立場と、その役割に気付いて、めでたしめでたしというわけだ。

 ところが良く考えてみると、この歌はそういうものではない。  たいやきとしての自分の価値、同じ仲間の価値に気付いたというわけでもない。  これが自分にとっての本来の幸せだったんだと気付いて終わるわけでもない。  単なる諦めである。  たいやきであることを卑下したまま去って行ったのである。

 私はこれでは幸せではないと思うのだ。  皆が自分の価値に気付けるような自分の場所を見つけて生きていけるような社会が、 この先、実現しますように。


 これに関連して前々から思うことがあるのだが、 最近の娯楽市場というのは、サラリーマンたちを無視して動いていると思うのだ。  彼らは新聞、雑誌、テレビの宣伝を見るかも知れないが、 それは彼らが本当に欲しいものではないのである。

 紅白歌合戦で流れた曲が突如大ヒットするときなど、 「やっぱり彼らはこの歌、知らないでいたんだねぇ」と思う。  大手メディアは馬鹿な分析しかしないし・・・多分、わざとだろう。  著作権の縛りが強すぎて、町から音楽が消えてしまっているのだ。

 必要な人に必要な事を知らせる、いい方法はないものかねぇ。


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