予定変更のお知らせ
前回の記事の終わりのところで「次からは 2 次のユニタリ行列について調べて行こう」などと書いていたのだが,その前にもう一つだけ話題を追加しておくことになった.かなり後の方での議論のためにこの段階ではっきりさせておく必要が出てきたからである.今回の話は,前回の話を書いてから何年も後になって追加したものである.
前回は,ユニタリ行列というものは何らかのエルミート行列を使って必ず次のような形で表せるという話をしたのだった. そして最後の方では,との自由度についても調べてみて,どちらも同じになっていることを確認したのだった.
自由度が同じだというので,どちらも同じくらいあるのではないかという気がしてくる.しかしどちらも連続的に無限個あるのだから,数で比べることはできない.
結論から言ってしまえば,これらは一対一対応ではない.(1) 式を使った時,複数のエルミート行列が同一のユニタリ行列を指すような状況になっている.
この事実はちょっと残念だ.ユニタリ行列の具体例を作れと言われたら条件を満たすための成分の調整が色々と大変だが,エルミート行列なら簡単に作ることが出来るわけで,ユニタリ行列についての直接の証明が面倒なときに代わりにエルミート行列を使って何とか状況を把握してやりたくなったりする.そのような考え方に強い制限がかけられることになっているわけだ.
では,そのような状況になっていることはどういうところから分かるだろうか.今回はそれについて説明することにする.
あっという間に振り返る前回の話
とがどんな関係になっているかについては,(1) 式を導くまでの過程を逆からたどって考えると分かりやすい.
まずを何らかのユニタリ行列を使って対角化してやる. この時点でというのは次のような対角行列になっている. 対角化したときに出てくる各成分は固有値を意味しているのだった.はの固有値であり,はエルミート行列なので,は実数であると言える.このそれぞれの成分をそのままという形に書き換えて並べた行列をと名付ける. これを,先ほど対角化に使ったのと同じユニタリ行列を再び使って のように戻すことによって出来るのがである.ざっとこんな感じにまとめ直すことができるだろう.私が前回の話を書いたのはもう何年も前のことだが,このようにまとめてあげていればよかったな.
1対1ではない理由
ここまですっきりまとめればとが一対一対応でない理由がほぼ明らかだろう.
の対角成分であるには周期性があって,の代わりに(ただしは整数)という値を使っていたとしても同じ値になってしまう.つまり,を使って対角化できるようなのうち,対角化された成分の値がだけスライドしているようなものはどれも同一のへと行きつくことになるわけである.
というのはの固有値を意味しているのだった.固有値の値がだけ異なるような様々な姿をした無限の数のエルミート行列が,どれも同一のへと向かっていることになる.
しかしの固有値が同じものが同じになるという理解をしてしまわないように気を付けないといけない.固有値が同じであっても,それを対角化できるユニタリ行列はそれぞれ異なるからである.この状況をもう少し分かりやすく表現できるといいのだが,何かいい方法はないだろうか?
どんなHが同じUになるか
話を逆転させればいいのである.上ではを対角化できるというものを考えていたが,の方から考えていけばいい.最初にあるひとつのを考えて,それを対角化できるを探してやることにする. このの対角成分はとなっているが,その位相部分を取り出して並べたを作る.その際に,という形で,無数に異なるが作れるだろう.
これを,先ほど見つけたによって次のように変換してやる. このようにして作られた無数のがどれも同じになると言えるだろう.
これで全てだと言えるか
さて,すっきりまとまったように見えるが,これでこのにたどり着く全てのを網羅できただろうか.いや,まだ少し足りない気がする.を対角化するユニタリ行列の選び方は一通りには定まらず,対角化されたときの固有値の並び方が変わるというバリエーションがあるからである.
対角化行列を作るときに固有ベクトルを縦に並べて作るわけだが,その並べ方のパターンの分だけ違った行列が出来るわけである.
いやしかしだ.異なるを使った場合にはこれまた異なる形のが出来るとまで言えるのだろうか?ひょっとすると,どんなを使おうとも最終的に得られるの形は同じになることが言えるかもしれないではないか?気になるので確かめてみよう.
(6) 式で使ったとは異なる行列を使って対角化したのだから, のように,とは異なる形の対角行列が出来上がる.とは対角成分の並び順が違うというだけの違いである.これらの関係をどう表したらいいだろうか.
対角行列の成分の並びを変えるだけの働きを持ったユニタリ行列というものを考えることができる.ユニタリ行列を使った相似変換というのは,基底変換という意味があったのだった.行列の縦の一列を単位ベクトルとして見て,それらを並べ替える形で実現できる.例えば次のような見た目になるだろう. このようなものを使って,対角行列の成分を如何様にでも並べ替えることが可能である.それで,とは次のような関係になっていると仮定しよう. このに (8) 式を代入してやれば次のようになる. これは (6) 式と同じ形をしており,比較してやることで,という関係になっていることが分かる.次のように書いてもいい. さて,(8) 式で作ったを使って位相部分だけを並べてを作り,それを (7) 式でやったのと同じように,ここではを使って次のようににするのである. このがを使って作った (7) 式のと同じかどうかを知りたいのであった.この右辺を変形してみよう. この括弧の中にという形が出てくるのだが,というのはと同じ並びで位相部分を並べて作ったものなのだから,(10) 式とまるで同じ次のような関係になっているはずである. この (15) 式を (14) 式に入れてやれば,(7) 式と全く同じ形になるのであって,どんなを使おうとも同じ結果になることが分かる.
つまり,を対角化できるような行列を一つだけ見つけてやりさえすれば,そこへたどり着くを全て把握できることになるだろう.
おまけの話
今回の話はもうこれで終わりにしてもいいのだが,この記事を書いている途中で気になって試してみたことがあるので,それも書き残しておこうと思う.ここまでに書いた話ととても似ている話だ.
(2) 式から (5) 式へ至る話が本当に正しいかどうかが気になってしまったのである.を対角化するときのの選び方には複数あって,それによって対角行列の固有値の並び方が変わってしまう.それなのに,どんな選び方をしても毎回必ず同じにたどり着く保証はあるのだろうか?(1) 式を見る限り,が決まればがただ一つに定まるはずなので,そうなってくれていないとおかしいはずだ.
それについては次のように説明できる.対角行列の成分の並びを変えるだけの働きを持ったユニタリ行列というものを考えることができる.それを使って,対角行列の成分を如何様にでも並べ替えることが可能である.によって対角化されたの成分を並び替えた行列を作るには次のようにすればいい. この右辺をさらに変形してみると次のようになる. このを一つのユニタリ行列であるという見方をすれば,とは別のによってを対角化したという状況になる. 色んな行列で対角化することができると言ったが,そのバリエーションは次の形で表せることになる. (16) 式のを使ってを作った場合には,その後でを使ってを作ることになるのだから, となり,どんなを選ぼうとも結局は同じへとたどり着くというわけである.