作り話
教授が学生にシュレーディンガーの猫の実験をやらせる事にした.
「今から正確に一時間後にこの箱を開けてくれ.私はその5分後にこの部屋に戻ってくる.」
一時間後,学生は箱を開けた.死んだ猫が入っていた.(毒ガスが外に漏れないように中はガラス張りになっていたと考えよう.)
教授は5分後に部屋の扉を開けて入ってきた.
「死んでいたのか.しかし,私が部屋の扉を開けて入ってくるまでは,確かに猫が生きている状態と,猫が死んでいる状態の重ね合わせだった.」
「いえ,先生.5分前からずっと,猫が死んだ事は確定していたのです.先生が扉を開けた瞬間に確定したのではありません.」
「そうではない.5分前に生きた猫を発見した君と,5分前に死んだ猫を発見した君が,確かに重なっていたのだよ.私が扉を開ける瞬間までは.」
「だとすると,先生がこの部屋に入る直前まで,私はもう一つの可能性と重なっていて干渉を起こしていた事になります.しかし私はそんな存在は知りません.猫の生死は5分前に確定していたのです.」
「いや,それでいいのだ.君は可能性の一つなのだから他の可能性に気付かなくて当然だ.それに君は原子に比べて遥かに巨大な存在だから,そのような干渉の効果は私にとっても無視できる程度のものだった.」
「マクロな存在どうしは干渉を起こさないと証明されているのですか.」
「いや,複雑すぎて完全な証明はされていない.あ,そうそう,実はこの部屋は二重構造になっていてね,もうそろそろ,もう一人の学生が外の扉を開けて入ってくる事になっている.」
「すると,それまでは我々も可能性の一つに過ぎないということですか?」
「そうだ.」
「もしその人が我々の方を選ばなければ,我々はなかった可能性として消え失せるのでしょうか?」
「はっはっは.そんな事は起こらん.彼は確実に「猫が死んだこちらの世界」に入ってくる.」
「なぜそんな保証があるんです.」
「私に話を合わせなくてもいいよ.常識で考えればいい.私は彼に来るように指示しておいた.来るに決まっている.それに私は毎年,学生をつかまえてはこの実験をやっているが,何度やってもそういう結果だ.私はこれまで消えたことなんか一度も無い.」
「いや,・・・.」
「よし合格.」
ちょっと解説
「ウィグナーの友人」というたとえ話がある.これは「シュレーディンガーの猫」の喩えを発展させたものだ.私が上に書いた話は,それにヒントを得て書いただけであり,オリジナルとは掛け離れている.色んな想像が出来るように色んな解釈を織り交ぜて書いてあるが,解釈なんて人それぞれなので自由に考えてもらえばいい.登場人物もどれかの解釈に固執してはいない.
「ウィグナーの友人」はその話を紹介する人の意図によってさまざまなバリエーションが作られているのでどれがオリジナルなのか分かりにくいのだが,有名な物理学者であるウィグナー先生がその友人に「シュレーディンガーの猫」の実験をさせるところまではどれも共通している.
オリジナル版では,猫の生死の代わりに電灯を使う.これは友人に猫を殺させるようなことをしたくないという心遣いもあるが,もう一つの理由は,この友人が物理学者ではないことである.素人にも実験結果がはっきり分かるように電灯を使う.
なぜ素人の友人を使うのか.それは観測する「意志」とは何か,という問いかけでもある.「シュレーディンガーの猫」では観測者はその実験の意味を知っていた.しかし猫は何も知らなかった.猫は実験装置の一部であった.では,何も知らない「人間」ではどうなのか.猫と何の違いがあるのか.
そこでウィグナー先生は友人を実験装置の一部として使うのである.意志の存在が状態を確定させるのか,そうではないのか.
ウィグナー先生は密閉された部屋の中にいる友人に,電話で結果を尋ねる.
「電灯は点いたかね?」
さて,状態が確定したのはどの時点だろう.友人が電灯を見た時点か,電話を受け取った時点か,先生が結果を知った時点か.
電話の代わりに手紙を使うバージョンもあって,友人は実験結果を遠く離れた先生に書き送る.こちらには密閉された壁は出てこない.さて,状態が確定したのは友人が手紙を書いた時点か,先生が手紙を受け取った時点か,封を開けた時点か,手紙を読んだ時点か?
いや,私は人がどう思うかという憶測にはあまり興味は無いし,どの解釈にもこだわるつもりは無い.ただどの答えが本当なのかを知る方法があるのなら教えてもらいたい.
この記事を読んでどう思ったかという話なら別だ.それは是非聞かせてもらいたい.
目の前の君は唯一の君なのか?