特異点

もとの話の流れに戻る前に少し準備。

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孤立特異点と集積特異点

 少し前から書こう書こうと思っていたが、話の流れを妨げる気がして先延ばしにしてきたことがある。

 これまで「正則でない点」という表現を何度も何度も使ってきたが、そろそろ面倒になってきた。しかも、これはあまり正確な表現ではないのだ。これからはちゃんとした用語を使いたいと思う。

 物理や数学では「他と同じようなルールを適用することができない点」のことを「特異点」と呼ぶ。そして、複素関数論では「正則でない点」のことを「特異点」と呼ぶのである。

 しかし特異点にも幾つかの種類がある。まず大きく分けると、「孤立特異点」と「集積特異点」だ。孤立特異点というのは「すぐ近くには別の特異点がないような特異点」であり、集積特異点というのは「幾つもの特異点が集まっているような特異点」である。しかしこの説明ではよく分からないだろう。

 「すぐ近くには別の特異点がないような特異点」と言ったが、この表現では、互いにどれくらい離れていれば孤立特異点と呼んで良いのかという基準が曖昧すぎる。実はほんの少しでも離れてさえいれば良いのである。ある一つの特異点の周りの狭い範囲を想像した時に、その範囲内に別の特異点が一つも入ってない状態が考えられるならそれでいい。その狭い範囲というのは幾らでも狭い範囲を考えて構わない。

 何だか良く分からない説明だ。どれだけ狭い範囲を考えてもいいのなら、どんな特異点でも孤立特異点と呼べてしまうような気がする。しかしそうはならない。これは集積特異点と比較すると良く分かるのである。

 集積特異点の詳しい説明はこうである。ある一つの特異点の周りにどんなに狭い範囲を考えても別の特異点が存在してしまうような状態である。つまり、ある一点の周りに、無限個の特異点が集まっているのである。具体例を見た方が早い。

\[ \begin{align*} f(z) \ =\ \frac{1}{\sin(\frac{1}{z-a})} \end{align*} \]
 この関数は\( z = a \)で特異点になっていることが一目で分かるが、\( z \rightarrow a \)に近付く過程で\( \sin \)関数の引数が無限に近付いて、\( \sin \)関数が激しく振動し、分母が何度も何度も 0 になるだろう。\( z = a \)の周辺には、近付けば近付くほどに、どれだけ狭い範囲を考えても無数の特異点が存在しているのである。

 これで孤立特異点との決定的な違いが分かってもらえただろう。

 「集積特異点」は手に余るので、今後の話では主に「孤立特異点」を相手にすることになるだろう。ついつい略して「特異点」とだけ書くことがあるかも知れないが「孤立特異点」のことだと思ってもらって構わない。


孤立特異点の分類

 孤立特異点はさらに三つに分類できる。

 一つは、特異点に近付くほどに関数の値の絶対値が無限大に発散するもので、「(きょく)」と呼ばれる。典型的な例は次のような関数の場合の\( z = a \)の点がそれである。

\[ \begin{align*} f(z) = \frac{1}{z-a} \ \ \ \ \ ,\ \ \ \ \ f(z) = \frac{1}{(z-a)^2} \end{align*} \]
 「極」と呼ばれる理由は、おそらくは「リーマン球面」のイメージから来ている。複素平面上の点を地球のような球面上の点に対応させて議論することがあり、その考えでは原点と無限遠点が南極と北極に対応しているのである。

 二つ目の特異点は、近付く方向によって収束する関数の値が異なるというもので、方向によっては無限大に発散することもある。これを「真性特異点」と呼ぶ。典型的な例は次のようなものである。

\[ \begin{align*} f(z) = e^{1/z} \end{align*} \]
 特異点である\( z = 0 \)に実軸方向から近付く時と、虚軸方向から近付く時とを比べて考えてみるといいだろう。

 残るもう一つは「除去できる特異点」と呼ばれるものである。「removable singularity」を訳したものであるから「可除特異点」「除きうる特異点」「除去可能な特異点」など色んな言葉が使われている。孤立特異点というのはある範囲内の一点だけで関数の値が定義できなくなっている状況であるが、そこに何らかの一つの値を勝手に定義してやりさえすればその範囲内で関数が正則になるような場合をそう呼ぶ。例えば次の例を見ると\( z = 1 \)が特異点になっていそうだ。

\[ \begin{align*} f(z) = \frac{z^2 + z - 2}{z-1} \end{align*} \]
 なるほど確かに、関数がこのように定義されていれば、\( z \)に 1 を代入するわけには行かない。しかしこれは約分してやることができて、実際の振る舞いは\( f(z) = z + 2 \)と変わらない。だから\( f(1) = 3 \)と定義してやれば普通の正則な関数であると言える。

 除去できる特異点の例としてもう一つ、次の例は今みたものほど自明ではないかも知れない。

\[ \begin{align*} f(z) = \frac{\sin z}{z} \end{align*} \]
 この式は\( z = 0 \)の点では定義できないが、\( f(0) = 1 \)と置いてやりさえすれば正則になるのである。これは\( \sin \, z \)のテイラー展開を考えて\( z \)で割ってやれば納得が行くであろう。
\[ \begin{align*} \sin z \ &=\ z \ -\ \frac{1}{3\,!}z^3 \ +\ \frac{1}{5\,!} z^5 \ -\ \frac{1}{7\,!} z^7 \ +\ \cdots \\ \end{align*} \]
 「除去できる特異点」の周辺での関数の振る舞いは、普通の正則な関数とどこも変わらない。だから正則な関数としてコーシーの定理を当てはめることができる。つまり、「除去できる特異点」を含むように一周積分してやっても、結果はちゃんと 0 になるだろう。こういう特異点も今後は特異点だとは考えずに無視することにする。

 というわけで、これからの話で扱う特異点は、「極」と「真性特異点」の 2 種類だけになると思う。ひょっとするとそれ以外の特異点を含む場合について触れたくなることが出てくるかも知れないが、その時はこれまで通り「正則でない点」という表現を使っておけばさらりと聞き流してもらえるだろう。