化学ポテンシャル

思った以上に複雑な概念だ。
今回だけでは無理。

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意味を知りたい

 前回は「1 モルあたりのギブスの自由エネルギー」を「化学ポテンシャル」と呼ぼうというところまで話をした。今回はその具体的な意味は何なのかというところをじっくり考えて行きたい。よくある「1 モルの分子を体系に付け加えるために必要なエネルギー」という説明だけでは私には納得が行かないのだ。

 ついでに今の内に言っておくが、化学ポテンシャルの定義は熱力学と統計力学では少しだけ違っているので注意が必要である。統計力学では「1 モルあたり」ではなく「1 分子あたり」で定義する。つまり熱力学での化学ポテンシャルをアボガドロ数で割ってやれば統計力学での化学ポテンシャルになる。物質の移動は分子ごとに行われるのだから本当はそう定義した方が合理的なのだ。こうすることで、化学ポテンシャルについて「1 分子が移動する時のエネルギー」という見方ができるようになるだろう。他方、熱力学流の定義では、1 モルの物質が移動している間にも化学ポテンシャルの値が変化するかも知れないので、「微小モル数だけの変化をする時の 1 モルあたりに換算したエネルギー」という考え方をしないと誤解が生じるかも知れない。

 最近の「物理系」の熱力学の教科書では「統計力学流の定義」を採用していることが多いのだが、ここでは「化学系」「工学系」の読者にも配慮して伝統的な定義を使い続けよう。

 さて、化学ポテンシャルは本当に「1 モルの移動に伴うエネルギー」ということでいいのだろうか。そのエネルギーの正体は何で、どこにあって、なぜ平衡条件に関わっているのだろうか。


分子の移動が不可逆変化

 温度差があると熱の移動がある。圧力差があると体積の変化がある。同様に、化学ポテンシャルの差があるとモル数の変化、すなわち物質の移動が起こるらしい。

 しかし、物質の移動が起こればそれによって圧力が変化するし、体積だって変化する。体積が変化すれば仕事のやり取りが行われたことになり、内部エネルギーまでもが変化してしまうのではないか。だからまずはそういったややこしい事を考えなくて済むようにしたいのだ。しかし圧力一定、体積も一定、温度も一定のまま、モル数だけを変化させるなんて出来はしない。せめて、圧力一定、温度一定くらいが精一杯だ。前回の最後の例がそうだった。そして一番計算が楽だった。

 ギブスの自由エネルギー\( G \)は、等圧条件での体積変化によるエネルギーの変化\( pV \)や等温条件での熱エネルギーの変化\( ST \)を打ち消すように作られた概念であった。例えば体積変化があれば系は外部に\( p \diff V \)の仕事をすることになって、その分だけ内部エネルギー\( U \)は減少してしまうのだが、それを補うために\( pV \)という項が加えられているのだった。本来、\( pV \)の変化は\( p \diff V + V \diff p \)と表されるものだが、定圧条件である\( \diff p = 0 \)が言える時に限っては、ちょうど\( p \diff V \)となり、この変化を打ち消せるのである。だから体積変化によるエネルギーの変化については、ギブスの自由エネルギーから除外されている。これについては今のところ考えなくて済むようだ。

 さて、圧力が一定で温度も一定なら、状態は何も変化しないはずだ。熱力学には 2 つの自由度しかないという話をずっと前からしてきた。しかしそれはモル数の変化を考えていなかったからであって、モル数が変化すれば状態は変わる。つまり、等温等圧条件でギブスの自由エネルギーに何らかの変化があるとすれば、それはモル数の変化によるエネルギーしか考えられないのである。

 ちょっと待てよ?前回の 2 番目の例は体積一定、温度も一定なのだった。それだって 2 つの自由度が塞がれているのだから、同じ話ができそうではないか。ヘルムホルツのエネルギーにだって同じ役目が果たせそうだ。いやいや、残念ながらそう甘くはない。2 番目の例の場合、確かに全体の体積は一定だが、内部の各相の体積は変化しており、仕事のやり取りがある。そもそもヘルムホルツの自由エネルギーは飽くまでも「温度一定」での熱の流出入を打ち消すためだけに作られた概念であったことを思い出そう。そこに「体積一定」の条件を無理やり課す事で、不可逆過程が起こった時だけ変化する量として使っていただけなのだった。内部での仕事のやり取りまでは打ち消せていない。

 ああ、そう言えば・・・。今、不可逆過程の話が出てきたので思い出した。全体のギブスの自由エネルギーが変化する原因は、モル数の変化以外にもありそうな気がしてきた。不可逆過程が起こる事で内部的に熱の発生があれば、ギブスのエネルギーに影響が出てしまうではないか。ギブスのエネルギーを変化させるこの 2 つの原因を分離して考えないとややこしいことになる。どうやって区別しようか。それとも、粒子が移動して戻ってこない事そのものが「不可逆過程」なのだろうか。ああ・・・。なんと・・・それだ。話の流れに任せてポロリと言ってみただけだったが、それしか考えられない!

 その理由について説明させてもらおう。断熱系で不可逆過程が起こるのは、内部で温度の不均衡があったり、圧力の不均衡があったのが解消する時だった。あるいは等温過程で不可逆過程があるのは、外部からの仕事の一部が熱に化けたりすることで起こるのだった。ところが等温等圧ではどんな不可逆過程が考えられるだろう。内部に予め温度や圧力の不均衡があるとすれば等温等圧という前提に反するし、仕事の一部が熱に変わることは、もしあったとしてもあまり意味が無い。熱は外部と自由にやり取りされているので余分な熱は外へ逃げるだけだ。そもそも等温等圧条件下で自由に仕事を与えることなんて出来ない。

 等温等圧条件下で許されたただ一種類の不可逆過程が、分子の移動によるエネルギーの変化によるものだと考えられる!


平衡になる理由

 では、なぜこれが平衡条件に関わっているのだろう。2 つの相の化学ポテンシャルが一致していると言う事は、分子の移動によってエネルギーの変化がないということを意味する。なぜこの時、分子の移動が止まるのだろう。

 ギブスの自由エネルギーの定義には\( -TS \)という項がある。これが何のために入っていたのか思い出そう。熱の変化は\( \diff 'Q = T \diff S \)と書ける。\( TS \)の微小変化は\( T \diff S + S \diff T \)と表せるが、定温条件に限っては\( \diff T = 0 \)であるので、\( TS \)の変化は熱の変化量に等しいと解釈できるのだった。熱が外部から入ってくるときには内部エネルギー\( U \)が増えるものだが、その影響を打ち消すために\( -TS \)が入っている。つまり、\( G \)は通常の外部との熱のやり取りに対しては変化しないようになっているのである。ところが、それ以外の理由で熱が発生したらどうなるだろうか。元々内部に持っていた化学的な結合エネルギーが放出されて熱的なものに変わる場合である。\( U \)は変化しないが、\( TS \)は増加することになる。自然の法則は、エネルギーがなるべく熱的なものに変わるように進む。ギブスのエネルギーは小さくなるし、そこからは戻ってこないことになる。

 つまり分子は化学ポテンシャルの高い方から低い方へと移動するとき、その差に相当する熱を発生し、全体のギブスのエネルギーはその分だけ小さくなってゆく。全体のギブスのエネルギーが下がるのは、化学ポテンシャルの高い粒子の数が減るからであって、化学ポテンシャルそのものが低くなるわけではないことに注意しておこう。放出したその熱エネルギーは広く拡散してしまい、別の相へ移動した分子が再び元の状態に戻るだけのエネルギーを得る可能性は低くなってしまう。偶然高いエネルギーを得て元に戻れる分子もあるだろうが、その数は少ないだろう。どうせまたすぐにポテンシャルの低い方へ落ちてくる。これが元に戻れない理由、現象が一方通行である理由だ。

 もやもやしていたものがかなり解決した。しかしもう一つ、多分これが最後の疑問だ。均衡点では化学ポテンシャルが等しくなっているという結果を前回得た。つまりこの状態では分子はどちらに変化しようとも新たな熱の発生はないことになる。すると、どちらへ移動するのも自由であろう。これではどこまでも変化するのを許すことになるのではないだろうか。

 分子が集まり過ぎるときには化学ポテンシャルが増大して、それ以上の分子の流入を防ぐ仕組みが無ければ平衡は安定しないはずだ。そこはどうなっているのだろう。もし化学ポテンシャルが変化する仕組みがなければ、最初に少しでも化学ポテンシャルに差があればずっとそのままで、すべての物質が化学ポテンシャルの低い相へと変化してしまうではないか!


平衡が安定する理由

 その疑問を解決するために、数学的な側面を少し見ておこう。ギブスの自由エネルギーは\( p \)\( T \)の関数である。いや、実はそう考えると議論が楽であるというだけのことだ。他の変数の関数とみてもいいのだが、\( G \)\( p \)\( T \)が一定の時に一定になるように作られた量なのだから、そういう変数を採用するのが自然な使い方だろう。もちろん、\( p \)\( T \)が変化すれば\( G \)も変化する。液体と気体とでは\( G ( p, T ) \)は違う変化の仕方をするだろう。

 \( G \)はモル数\( n \)の関数でもある。今まで\( n \)の変化については考えなかったので無視してきたが、実は\( G ( p, T, n ) \)である。\( G \)はモル数に比例するので、

\[ \begin{align*} G ( p, T, n )\ =\ n G ( p, T, 1 ) \end{align*} \]
という関係がある。また、化学ポテンシャルを記号\( \mu \)で表すと、
\[ \begin{align*} \mu \ =\ G ( p, T, 1 ) \end{align*} \]
と表せばよいことになる。さあ、ここが先ほどの疑問の答えだ。  化学ポテンシャルはどう考えてもモル数の変化に関係ない量なのである。

 つまり、もし初めに化学ポテンシャルの差がわずかでもあれば、そこからどれだけ分子の移動が起ころうが化学ポテンシャルの値はいつまでも変化しないわけで、物質はいずれ化学ポテンシャルの低い相に全て変化してしまうということだ。等温等圧条件では確かにそうなるのである。

 しかし他の条件ではそうではない。温度や圧力が変化すれば\( G \)の値は変化するからだ。気相と液相では関数\( G ( p, T ) \)はそれぞれ別の形をしているのだった。前回の 1 番目の例と 2 番目の例では、分子の移動によって\( p \)\( T \)の値を変化させながら、双方の化学ポテンシャルが一致するところをいずれ探し当てることになるだろう。そこが平衡点だ。

 前回の 3 番目の例の図のようなことは、2 つの相の化学ポテンシャルが一致するような\( p \)\( T \)の値をよっぽど慎重に選ばない限りは実現しないことである。3 番目の例の平衡は実は安定ではなかったのだ!


具体例

 上で説明した事を具体例で考えよう。密閉された容器の中に水と水蒸気が入っているとする。断熱はしていない。良くある光景だ。

 例えば私の妻の腕時計は、暖かい湿った日に素人が電池交換をしたらしく、少し気温が下がるとガラス面の内側に細かい水滴が付いてしまって大変見辛くなる。お義姉さんが買ってきたカルフォルニアのみやげの置物はガラス容器の中に水が入っていて、雪だるまのパーツがプカプカと浮かんでいるというジョーク商品だ。これも気温の変化によって中に水滴が付いたり、消えていたりする。

 これらの何気ない日常の風景の中で何が起こっているかを説明してみよう。内部の平衡は保たれている。そこから気温\( T \)が上がると、ギブスの自由エネルギーの定義

\[ \begin{align*} G \equiv U + PV - TS \end{align*} \]
を見ても分かるように、水と水蒸気の化学ポテンシャルはともに減少する傾向がある。しかしどうやら水蒸気の化学ポテンシャルの方が大きく減少するのだろう。水蒸気の方が 1 モルあたりの体積が大きいので、その分、エントロピーが大きいせいだと考えられる。その結果、水の化学ポテンシャルの方が高くなり、水は水蒸気に変化した方が全体のギブスの自由エネルギーを下げることが出来るようになる。

 それで水蒸気が増えてゆくのだが、水が水蒸気になるときには広がろうとするので、どんどん圧力が増してゆくことだろう。圧力が増せば、化学ポテンシャルはともに増加するのだが、今度はどうやら水蒸気の化学ポテンシャルの方が増加傾向が強いようだ。これも水蒸気の 1 モルあたりの体積が大きいことで説明が付く。それである程度分子が移動したところで両者の化学ポテンシャルは再び同じになり、蒸発はそこで収まり、そこが新たな平衡点となる。

 圧力が減るほど水蒸気の化学ポテンシャルの方が大きく減少するということだった。つまり、圧力が下がると水は水蒸気に変わろうとする傾向が強くなるわけだ。真空中で水が沸騰して急激に気体に変わろうとしたり、高い山へ登ったときに、低い温度でも水が沸騰してしまうのはこのようにして説明することが出来る。


蒸気圧と沸点

 こうなると、どの圧力の時、どの温度であったなら両者は平衡であることが出来るのかという関係が知りたくなってくる。そのためには水の化学ポテンシャルを\( \mu ( p, T ) \)、水蒸気の化学ポテンシャルを\( \mu' ( p, T ) \)として、
\[ \begin{align*} \mu ( p, T )\ =\ \mu' ( p, T ) \end{align*} \]
という式を作ればいい。ここから\( p \)\( T \)の関係を表すグラフが作れるが、これを「蒸気圧曲線」と呼ぶ。このグラフによって、ある温度の時、どの圧力になるまで水は蒸発を続けることが出来るかを知ることが出来る。その圧力に達すれば、水と水蒸気は平衡に達する。つまりそれ以上、蒸発は出来ない。その圧力を「飽和蒸気圧」と呼ぶ。

 中学の理科で「飽和水蒸気量」のグラフに散々お世話になったと思うが、つまり空気中に含まれる水蒸気の分圧が「飽和蒸気圧」に達するまでの量のグラフだったわけだ。あのグラフの背景にはこういうちゃんとした理論が存在するのである。

 蒸気圧曲線にはもう一つの使い道がある。つまり、ある圧力の時、どの温度になれば平衡に達するかという見方である。その温度を越えれば、水は水蒸気との平衡を失い、容赦なく蒸気に変化しようとする。つまりその温度とは「沸点」のことである。密閉容器の中であれば、ある程度蒸発すると圧力が高まってしまって蒸発も止まるのだが、空気中ではいくら蒸発しようとも世界が広いのでなかなか気圧は上昇しない。それでとどまることなく全てがこの温度で蒸発してしまうのである。

 ここで混乱が生じるかもしれない。上で説明した通りなら「沸点以下では蒸気でいるより水であった方が安定だ」ということだろうか?しかし沸点以下であっても水が蒸発するのは普通に見かけることではないか。

 沸点で起こる蒸発と、それ以下の温度で起こる蒸発には大きな違いがある。沸点以下での蒸発は、水面からしか起こらない。1 気圧がかかった水と、空気中のわずかな分圧しかかかっていない水蒸気との間の小競り合いだ。水蒸気にはわずかな分圧しかかかっていないので、化学ポテンシャルが低く、温度が低くても水面から水が蒸発することになる。

 一方、水が沸点に達する状態というのは、1 気圧の水と 1 気圧の水蒸気が平衡に達する温度なわけだ。つまり、水の中に生じた 100 % 水蒸気の気泡が、たとえ周りから 1 気圧の水に押さえつけられていても、なお、水蒸気になった方が安定だという温度である。つまり、水全体が内部からも一気に蒸発しようとするのである。この状況を「沸騰」と呼ぶ。あ、知ってるか。


化学ポテンシャルとは何か

 それで結局、化学ポテンシャルの正体は分かっただろうか。化学ポテンシャルの差は、分子が移動する時のエネルギーの差を表しているようだ。それで、恐らく分子の結合エネルギーのようなものを表しているのだろうというニュアンスで説明してきた。しかしこれはいつでも当てはめていいような解釈だろうか?まだ等温等圧条件の時についてしか説明できていないのではないだろうか。

 それに化学ポテンシャルが\( p \)\( T \)の変化と共に変化するのはなぜなのだろう?圧力の上昇と共に増大し、温度の上昇と共に減少する・・・。その理由は?温度や圧力の変化によって、分子間の結合がゆるんだりすることを表していると受け止めていいのだろうか?

 もしそうだとすれば不思議な話だ。ギブスのエネルギーの定義式はかなり単純であって、そんな複雑な概念を取り込めるだけの要素はないように思えるからだ。しかしそれらは、体積\( V \)や エントロピー\( S \)の複雑な実測値としての振る舞いの中に表現されている可能性がある。

 振り返ってみればまだまだ疑問だらけだ。もし教科書で軽く説明してあるように「化学ポテンシャルとは 1 モルの分子を体系に付け加えるために必要なエネルギー」だという解釈が本当だとしよう。すると温度が上がるほど化学ポテンシャルが下がることについてはどう解釈すればいいだろう。温度が高いところに付け加えるのだから、温度を高くして付け加えねばならず、むしろ多くのエネルギーが必要になるのではないだろうか。

 もう少しだけ考える必要がある。化学ポテンシャルはちゃんと言葉で解釈できる概念なのか、それとも辻褄合わせで作られた抽象的概念に過ぎなくて、言葉では表しようがないものなのか。どちらだったとしても納得したいのだ。