現象の進む方向

エントロピー増大はただの標語じゃない。
応用がある。

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孤立系

 前にエントロピー増大の話をしたが、\( \diff S \geqq 0 \)というのは
\[ \begin{align*} \diff S\ \geqq\ \frac{\diff 'Q}{T} \end{align*} \]
という関係に\( \diff 'Q = 0 \)という断熱の条件を代入する事で得られたのであり、断熱系で不可逆過程が起こるときだけに言える話であった。断熱系以外の不可逆過程では必ずしもエントロピーが増大するというわけではない。

 例えば等温変化の場合、圧力や体積が変化しても温度を一定に保つ必要があるために外界との熱のやり取りが行われる。その結果としてエントロピーは上がりもすれば下がりもする。そのような条件の中で不可逆過程が起きる時には、エントロピー増大則の代わりに何か言えることがあるだろうか。

 等温変化、すなわち\( \diff 'Q \neq 0 \)の場合に、不可逆過程が起こった場合と起こらなかった場合とを比べるならば、前者の方がエントロピーの変化が増加気味になるだろう。これは先ほどの式から言える。しかしこれを「不可逆変化が起こるとエントロピーが増大する」と言ってしまうのは正確ではない。「エントロピーは増大する事も減少する事もあるが、不可逆変化が起きる時にはあまり減少しないで済む」と言うにとどめておくべきか。これが言葉を使った表現の面倒なところだ。「エントロピー増大則」ほど歯切れが良くない。

 もっと分かりやすい視点はないものか。そう言えば、等温であるためには必ず外部と熱のやり取りをして調整しているわけで、こちらが熱をもらえばこちらのエントロピーは増大するし、代わりに相手のエントロピーは減少する。同じ温度で接している限り、そのエントロピー変化は符号が違うだけで同じ量になるはずである。

 だから熱をやり取りしている外部の系もひっくるめて全体を考えれば、熱のやり取りによるエントロピー変化の部分は打ち消されて、不可逆過程が起きる時だけエントロピーが増大していると言えるようになる。しかし外部も含めた全体は断熱系だと考えられる状態なので、これは何ら新しい理解に達したわけではない。

 どんな系であってもそれと関連している外部の系の全てを含めて考えれば、それら以外の世界から孤立したものとして扱う事が出来る。それを「孤立系」と呼ぶ。「孤立系」というのは、断熱系をより厳しくした概念であって、外部と熱だけでなく仕事のやり取りさえも行わないような系のことを言う。エントロピー増大則は断熱でありさえすれば成り立つものなので、孤立系でも当然成り立つ法則だ。

 エントロピー増大則が特に大切に扱われるのは、そうやってどんな系でも断熱系、孤立系に拡張して考えてやることができて、そこで広く成り立つ概念だからだ。しかしもうしばらくは断熱ではない系、特に等温変化について考え続けよう。


最大仕事の原理

 上に出てきた関係を
\[ \begin{align*} \diff 'Q\ \leqq\ T\ \diff S \end{align*} \]
と書き直して熱力学の第 1 法則\( \diff U = \diff 'Q + \diff 'W \)に当てはめると、
\[ \begin{align*} \diff U - T\diff S \leqq \diff 'W \end{align*} \]
が言える。ヘルムホルツの自由エネルギー\( F \)の全微分は
\[ \begin{align*} \diff F = \diff U - T\diff S - S\diff T \end{align*} \]
であるが、等温変化\( \diff T = 0 \)という条件の元では、
\[ \begin{align*} \diff F = \diff U - T\diff S \end{align*} \]
であるので、
\[ \begin{align*} \diff F\ \leqq\ \diff 'W \end{align*} \]
という関係が言えることになる。この式の等号が成り立つ場合についてはすでに「熱力学関数(前編)」にて説明した。なぜ\( F \)が「自由エネルギー」と呼ばれるのかもそこで説明した。今回は不等号の意味を考えよう。

 これを解釈するに、「不可逆過程が起こる時には、外部から仕事\( \diff 'W \)をしても、内部に蓄えられる自由エネルギーの増加分\( \diff F \)は少なくなってしまう」ということだろうか。

 これでもいいが、ちょっとイメージをつかみにくい。式の符号を逆にして考えてみよう。

\[ \begin{align*} -\diff F\ \geqq\ -\diff 'W \end{align*} \]
 \( -\diff 'W \)は外部にする仕事。\( -\diff F \)は自由エネルギーの減少量を表す。つまり、等温変化で不可逆変化が起こると、「自由エネルギーの減少量より少ない仕事しか外部に対して行えなくなってしまう」ということだ。このことを「最大仕事の原理」と呼んでいる。

 仕事の変化\( \diff 'W \)と自由エネルギーの変化\( \diff F \)とどちらが大きいことになるのだろうという考え方をすると、表現によってどちらとも言えてしまってよく分からなくなってしまう。しかし同じ式のはずなのに、符号を変えるだけで全く異なる現象のことを言っているようで、不思議な感じがする。要は仕事が途中で熱に化けてしまって効率の悪いことが起きているというだけのことなのだが。

 ところで、仕事のやり取りをするには必ず体積変化が必要だ。もし等温かつ定積変化\( \diff V = 0 \)ならば、外部へ仕事をすることも外部から仕事をされる事もないわけで、

\[ \begin{align*} \diff F\ \leqq\ 0 \end{align*} \]
が成り立つことになる。これは何を意味するだろう。「等温かつ定積」ならば当然圧力も一定で、状態は何も変化しないはずだ。しかしそこで不可逆過程が起こるならば、ヘルムホルツの自由エネルギー\( F \)は減少するというのである。これはエントロピー増大則の代わりに使える!

 ここで言う「不可逆過程」というのは具体的にはどんな状況で生じるだろうか?仕事のやり取りがあるときであれば、シリンダーとピストンの間で摩擦が発生して、それが熱として気体に逃げてしまうという状況が考えられる。\( \diff 'Q \)以外のやり方で熱が気体に入ってくるのは予想外のことであり、それはエントロピーの増大として加算されることになる。しかし等温かつ定積となると、ピストンの動きは無いのでこういう摩擦はない。では、他に何が起こる可能性があるだろう。

 この状況で許されるのは圧力変化だけだ。例えばモル数が変化する場合はどうだ。衝撃的に気体の出入りが行われれば、それが安定するまでに熱の発生を生み、不可逆過程になる可能性がある。考えられるのはそれくらいだろうか。


ギブスの自由エネルギー

 次に「等温かつ等圧」の変化を考えてみよう。温度も圧力も一定なら体積だって一定で何も変化しないはずだ。無意味な話に思える。

 しかしこれはこの後、モル数が変化するような状況に備えての議論なのである。体積の変化は許されているので、外界との仕事のやり取りはある。そこで、

\[ \begin{align*} \diff F\ \leqq\ \diff 'W \end{align*} \]
に対して、\( \diff 'W = - p \diff V \)を代入してやれば、
\[ \begin{align*} \diff F + p\ \diff V \leqq\ 0 \end{align*} \]
となる。ここでギブスの自由エネルギー\( G \)を導入しよう。これの数学的な位置付けはすでに「熱力学関数(後編)」で説明したが、
\[ \begin{align*} G \equiv F + p\ V \end{align*} \]
などと定義されており、その全微分は
\[ \begin{align*} \diff G = \diff F + p\ \diff V + V \diff p \end{align*} \]
である。しかし今は等温かつ定圧\( \diff p = 0 \)の状況を考えているので、
\[ \begin{align*} \diff G = \diff F + p\ \diff V \end{align*} \]
と表現してもよい。つまり「等温かつ定圧」の状況に限っては、
\[ \begin{align*} \diff G \leqq\ 0 \end{align*} \]
が成り立つと言える。もしモル数が変化してそのために体積変化が起こり、外部と仕事のやり取りをする事になっても自由エネルギー\( G \)は変化しない。これはそうなるように調整された人為的な量である。ところがそこで不可逆過程が起こるならば、\( G \)は減少するというのである。これもエントロピー増大則の代わりに使えるではないか!


 今回の話はこれで終わりである。必要なことは話したし、教科書的にはこれで十分であると思う。じっくり考える人はこれだけで全てを理解できるだろう。しかし私は以上の内容を釈然としないまま書き上げた。だから、全ての人がこれだけの内容で納得できるとは思っていない。

 これより下の部分は、私自身の納得の行かなかった部分を晴らすためにあれこれ考えながら続けて書いたものである。

 これを書いた結果すっきりと理解できるようになったのはいいのだが、その視点で読み返してみると、すでに上に書いたのと同じ内容をくどい位に繰り返しただけの内容であるように思えて仕方なくなってしまった。それで、それを削除すべきか、残すべきかを悩んだ結果、こういう形にした。以下の内容は、これだけではどうも釈然としないという人には参考になるかも知れない。余裕のあるときにでも読んで欲しい。


他にはないか

 ここまで「断熱変化」「等温変化」「等温かつ定積変化」「等温かつ定圧変化」について考えてきた。これらの条件下で不可逆過程が起こると、エントロピーが増大したり、ヘルムホルツの自由エネルギーが減少したり、ギブスの自由エネルギーが減少したりするのだった。

 では等温ではない状況、「定圧変化」や「定積変化」の途中で不可逆過程が起こった時には同じように何か特別なことが言えないものだろうか。さらに「定圧かつ定積」変化というのにも興味がある。すべての状況について確かめておかないとどうもすっきりしない。そう言えばエンタルピー\( H \)や内部エネルギー\( U \)がまだ出てきていないが、ひょっとするとこの辺りの量が使えるのではないだろうか?

 しかしこれらについては特に面白い事は何もないのである。例えば、定積変化\( \diff V = 0 \)ならば、すでに何度も出てきている熱力学の第 1 法則の式より、

\[ \begin{align*} \diff U \leqq T\diff S \end{align*} \]
というくらいの関係は導けるだろう。あるいは定圧変化\( \diff p = 0 \)ならば、第 1 法則を
\[ \begin{align*} \diff U + p\ \diff V \leqq T\diff S \end{align*} \]
のように移項するだけで、
\[ \begin{align*} \diff H \leqq T\diff S \end{align*} \]
という関係が導けるだろう。しかし何も面白くない。不可逆変化が起これば\( \diff S \)は可逆変化の時よりは上がり気味になるのでこのような不等号が成り立つのは当たり前だ。

 これら\( U \)\( H \)を含む不等式を見て、価値あるものと勘違いしないように気をつけよう。この不等号の原因になっているのは、ただただ右辺にあるエントロピーが不可逆変化によって増大したことによるものである。不可逆過程によって\( U \)\( H \)が上がったり下がったりすることはない。いや、もちろん\( U \)\( H \)、そしてエントロピーでさえも不可逆過程であるかどうかに関係なく変化しているのだが、ここで言いたいのは不等号の原因となるような数値の変化は右辺のエントロピーのみがもたらしているということだ。不可逆変化は摩擦などで仕事が予期せず熱に変化したりした結果である。どこからともなく熱が湧き出してくるわけではないから、この理由では\( U \)\( H \)は変化しないのだ。エネルギー保存則がそう簡単に覆るはずがないではないか。

 エントロピーや温度は熱\( \diff 'Q \)に関わる量であるが、圧力や体積は仕事\( \diff 'W \)に関わる量である。「断熱条件」や「等温条件」というものは熱のやり取りをかなり制限するが、熱のやり取りは圧力や体積の変化とは関係なしに行われるものである。ピストンをどう動かそうが、熱すれば温まるし、冷やせば冷える。かなり自由だ。極端な例では、断熱過程で仕事をしてもエントロピーの変化は起こらないのだった。それで圧力や体積の変化に制限を加えたところで、不可逆過程については大して有用な関係が導けないのである。


エネルギーとエントロピー

 前に「目標と方針」のところで「エネルギーとエントロピーのせめぎ合いの関係を正しく理解するぞ」と書いた。そろそろそれについて考えられる段階に来たのではないだろうか。もっとずっと先になるだろうと思っていたのだが・・・。

 それでじっくり考えている内に気付き始めたのだが、どうやら元々「せめぎ合いの関係」など無いようなのだ。授業でぼんやりと聞いた事をずっと間違って信じ続けていたに違いない。

 私の受けたある授業では電子が全て最低のエネルギー状態に落ちてしまわない理由について、エントロピーで説明していたように思う。その時に、「お前たち、ヘルムホルツの自由エネルギーを習ってないのか?」と言われた気がする。
エネルギーはなるべく低くなろうとする傾向がある。一方、エントロピーは増大しようとする傾向がある。この二つの傾向は相反する。
自由エネルギー\( F \)についての不等式は系がその二つの性質の妥協点で安定することを示しているのだ、と。

 当時の私は熱力学をほとんど理解しておらず、ただただこの話に感心したものだ。エントロピー増大則のためにエネルギーが最低の状態を取れないなんて、何という神秘的なことが起きているのだろう、と。しかしこの話はいかにもおかしい。

 そもそもエントロピーは放っておけばどこまでも増大を続けるというようなものではない。今の状態よりもエントロピーの高い状態への移行が許されている時に限って、自然にその状態へ移るだけのことである。内部エネルギーの変化との妥協点を探らなくても、自然にどこかに落ち着くはずのものである。

 もし系が本当に自由エネルギー\( F \)の変化を 0 に保とうとして行動しているならば、エントロピーの増加に合わせて内部エネルギーを無理やり増加させればいいだけのことだ。しかしエントロピーにそんな力は無い。むしろ内部エネルギーの増加がエントロピーの増加を決めている。

 そもそも、「内部エネルギーはなるべく低くなろうとする」というのは本当だろうか。これは単なる思い込みなのではないだろうか。ちょっとここで熱力学とは関係ない話をしよう。

 ボールを持って静かに手を放すと、ボールは位置エネルギーの低い方へ移動する。すなわち落下である。このことから、自然はエネルギーが低い状態を好むと言って良いだろうか。このイメージにとらわれ過ぎてはいけない。ボールは決して位置エネルギーの高い方へ移動しないというわけではないのだ。ボールは跳ね返って戻ってくる。運動エネルギーが摩擦などで失われなければこの運動は続くのであって、ボールが位置エネルギーの低い方を特に好んでいるわけではない。ただボール一つだけがエネルギーを独り占めして持っている状態より、空気や地面など他のものにエネルギーを分け与える事の方が起こりやすいので、ボールはやがてエネルギーの低い状態でとどまるだけだ。

 他の例もある。原子内にある電子は今よりエネルギーの低い軌道に空きがあると、そちらへ自然に落ちて余ったエネルギーを光として放つ。だからと言って、自然はなるべくエネルギーの低い方を好んでいるのではない。光がありさえすれば逆のことが起きて、電子はエネルギーの高い軌道へジャンプする。ただ光が手許に来る機会がなかなか訪れないために、「電子が落ちる」反応の方がより自然に頻繁に起こるように思えるだけである。

 自然は根本的な法則においてはエネルギーの高低について選り好みをしているわけではない。現象の進む方向というのは、ただ反応の機会の多少によって決まる違いなのだ。統計力学ではこの考えが中心になる。

 さて、内部エネルギーは外部とのやり取りがない限りはただ保存するのであって、常に安定状態を求めてなるべく低くなろうとしているなどと考えるのは間違いである。「安定」の概念については次回で話そう。


エントロピーはなぜ増えるか

 以前に、エントロピーが増えるのは大した理由ではないと説明した。2 つの温度の違う気体があって、温度の高い方から低い方へ熱が流れる時、エントロピーの定義の分母に温度\( T \)があるためである、と。孤立系に限れば、この説明で十分だった。

 今回、摩擦によって仕事\( \diff 'W \)の一部が損失する場合が出てきたが、その時にエントロピーが増加する理由をはっきりさせておこう。

 基本的にエントロピーの変化\( \diff S \)\( \diff 'Q \)の変化によってもたらされる。しかし、外部と仕事\( \diff 'W \)のやり取りをすることは、エントロピーの変化には一切関係ない。何か対称でない気がして気持ち悪い。

 しかし考えてみれば、不可逆変化というのは\( \diff 'Q \)が増えたから起きるものでもない。もちろん\( \diff 'W \)の増加とも関係ない。よって不可逆過程が起きたところで\( \diff U \)が増えるわけでも減るわけでもない。\( \diff U \)は常に\( \diff 'Q \)\( \diff 'W \)の合計なのだ。

 不可逆過程の一因は、\( \diff 'W \)として入ってきたはずのエネルギー、つまり、エントロピーを変化させないはずのエネルギーが、熱エネルギーに変わることによる。それは\( \diff 'Q \)として計上されることもないが、確かに熱エネルギーに姿を変えて気体に入り込む。熱が増加すればエントロピーは増加するものだ。

 あたかも\( \diff 'Q \)にも\( \diff 'W \)にも無関係にエントロピーだけが増加したように考えなくては辻褄が合わせられないのだ。


概念の整理

 あれこれ書き過ぎたので、もう一度まとめておこう。

 仕事のやり取りがない場合には等温であろうが無かろうが、

\[ \begin{align*} \diff U \leqq T\diff S \end{align*} \]
が常に成り立っているのであって、珍しい関係ではない。内部エネルギーの変化に応じてエントロピーはいくらでも上下することを表している。これを
\[ \begin{align*} \diff U - T\diff S \leqq 0 \end{align*} \]
という差の形で表しておけば左辺が 0 以下になるかどうかで、内部エネルギーの変化を無視したエントロピーのみの勝手な増加があったかどうかが分かり易くなる。

 さて、この左辺の\( \diff U - T\diff S \)は等温である時に限ってはたまたま\( \diff F \)に等しい。よって等温で仕事のやり取りが無い時、つまり等温かつ定積変化の時には

\[ \begin{align*} \diff F\ \leqq\ 0 \end{align*} \]
が使えるという、それだけのことである。このように、神秘的なところは何も無いわけだ。