何が難しいかという状況説明
場の理論では次のような形のものがよく出てきて,ローレンツ変換によって形が変わらないというので「不変規格化因子」だとか「共変規格化因子」だとか呼ばれている. 今回の記事ではこれがローレンツ変換で形を変えないという証明だけに集中しよう.
これは本当にローレンツ変換に対して不変なのだろうか?運動量やエネルギーのローレンツ変換は位置や時間の変換と同じ形で表されるのだった.微小量であっても同じである.例えば方向に速度で進む系をとした場合のローレンツ変換によってやを変換してやると次のようになる. にしてあるのでかなりシンプルに見えるが,こんな感じである.これらを単純に (1) 式に代入してやればいいのだろうか? う~ん?全然ダメじゃないか.これ以上まとめようがないし,形が変わりすぎる.
ああ,そうか!これは積分される運命にあるのだから,積分変数の変換をするかのように扱ってやらなくてはならないのだな!?今のローレンツ変換だと方向や方向には影響がなくて関係がなさそうだから省略してやることにして,次のように計算したらどうだろう? やっぱりダメじゃないか.
人の失敗に興味のない人は次の節まで読み飛ばしてくれて構わない.要するに,単純な考えで地道に証明しようという試みは見当外れで,イメージも誤っているということを納得してもらうための話なのである.
方向や方向を省略したのが良くなかったのかも知れない.重積分をする形になっているのだから,やはりヤコビアンを使って変換してやらないといけないのだろうか?しかしローレンツ変換によって軸が互いに直交しなくなるということはなさそうだから,わざわざヤコビアンを使う必要性があるとも思えない.ヤコビアンというのは変換前後の微小体積がひしゃげるのを補正するようなイメージだったはずだ.互いに傾くのは一方の慣性系から見たときの他方の慣性系の時間と空間の軸であるから,空間成分だけの変換ではヤコビアンは関係なさそうだ.
それともやはりヤコビアンは使うべきなのだろうか?ローレンツ変換は 4 次元どうしの時空の変換だからヤコビアンは 4 次の行列の行列式の形を取る.ところが今は積分変数は運動量の 3 成分しかないのだから 3 次の行列でヤコビアンを作ればいいのだろうか?そんなに甘くもなさそうだ.一般のローレンツ変換を考えると,どの運動量成分の軸も時間的成分であるエネルギーを表す軸と混じり合うだろう.3 次元だけで収まる話ではない.しかしどう当てはめていいのかが分からない.
ローレンツ変換のヤコビアンは 1 なのだった.数式に何も変化を与えないということになりそうだ.そんなものを使って何の利点があるというのか.なんだかますます関係ない気がしてくる.
地道な方法で証明する道は全て塞がれてしまったように思える.そもそも (1) 式をローレンツ変換するということのイメージすら分からなくなってしまった.一体どんな考え方をしてやればいいのだろうか?
そんな風に考えるのか!
実は簡単な話なのである.ローレンツ変換は 4 次元の変換なので,4 次元で考えてやればいい.しかしだけで考えようとすると 3 つしかないのでうまく行かない.そこで,も加えて 4 次元の重積分をイメージして,それを座標変換してやるのである.そんなものを勝手に加えれば問題そのものが変わってしまうのではないかと思うかもしれないが,変わらないようにしてやればいい.ちょっとやってみよう.
いや,ちょっと待って.今を加えればいいと書いたが,記号がかぶってしまうのを防ぐためにを使うことにしよう.意味としては同じである.次のようなものが出来た. この右辺ので積分すると,デルタ関数の働きによって左辺に等しくなることが分かるだろう.この式から重要な部分だけを抜き出すと次のようになる. この左辺がローレンツ変換に対して不変であることを示したければ,この右辺がローレンツ変換に対して不変であることを示せば良いことになる.の部分は運動量とエネルギーの 4 次元微小体積を意味しており,普通にヤコビアンを使って変換することが出来て,ローレンツ変換のヤコビアンは 1 であるから,不変であることが分かる.残りの部分がどう変換されるかを考える必要がある.
(3) 式の右辺にというものが残っているのが気になると思う.それはとは別の量として扱われているように見える.ももエネルギーを意味しているので,同じようにローレンツ変換してやればいいのだろうか?
実はこのように記号を分けたのには意図があって,というのは粒子の全エネルギーを意味しているから, を満たすようなの関数であるという見方をしているのである.をローレンツ変換してやればそれに合わせても変化するのであり,全エネルギー範囲を積分する変数であるとは別物である.こうして,我々が考えるべき問題は がローレンツ変換に対して不変であるかどうかという問題に変わった.しかしこのままではそうなっているようには見えない.
ここで,デルタ関数についての次のような有名な公式を思い出そう. これが成り立つ理由については「デルタ関数」という記事で説明している.これを使って今の状況になるべく当てはめようとすると次のような形の式になる. これと (5) 式を見比べてみると,右辺の第 2 項がなければ良かったのに,と思えるし,に付いている絶対値も気になる.どうすれば (5) 式と同じに出来るかと考えてみると,という条件を入れると良さそうである.とは言うものの,(2) 式で行っているの積分範囲は正も負も含んだ全域であるし,今さら前提を変えられない.そこで,が正のときだけ 1 で,それ以外は 0 になるような階段関数を (6) 式の両辺に掛けてやる.すると次の関係が得られる. 実は今気付いたのだが,この関係を得るためにはという条件がないといけないようである.は粒子のエネルギーを表しているし,仮想粒子の計算のところでは負になることもあったが,通常は正の値ということで問題ないだろう.でなおかつなら (6) 式の第 2 項のデルタ関数の中身は常に正であって,デルタ関数は 0 にしかならないから項ごと消えてしまって (7) 式が成り立つというわけだ.
これで,我々が考えるべき問題は がローレンツ変換に対して不変であるかどうかという問題に変わった.(4) 式を使うと となる.最後のというのは 4 次元的内積であるから,ローレンツ変換に対して形も値も変わらない.よって,(8) 式のの部分はローレンツ変換に対して不変であることになる.
さあ,最後に残った問題は階段関数がローレンツ変換に対して不変であるかどうかだけである.
これはがもともと正の値ならばどんな風にローレンツ変換しても正の値のままで,もともと負の値ならばどんな風にローレンツ変換しても負の値のままであるということが示せればいい.のローレンツ変換は時間のローレンツ変換と同じ形であるから,一般には元々の値が正であっても,変換後には正にも負にも成り得る.しかしには今やに等しいという条件が加わっており,は (4) 式の条件に従っているから,のときにであり,のときにはという関係になっている.を時間軸に,を座標軸に例えて考えてみるといいだろう.これはあたかも,光円錐内の時空点をローレンツ変換しても変換後の慣性系の光円錐内にとどまるのと同じ状況であって,正負が逆転することがないと言える.
こうして無事に,(1) 式がローレンツ変換によって値も形も変わらないということを示すことが出来た.
参考文献
(1) 式がローレンツ不変であるという事実を注釈などに書いている教科書は割と見付かるのだが,それを証明する方法を書いてくれている教科書が見付からずに苦労した.この記事の冒頭に書いたような悩みを繰り返したのである.
手掛かりを探しまくった末,次の 2 冊だけにようやく見付けることができ,大変に助かった.
・QUANTUM FIELD THEORY (2nd edition) by Lewis H. Ryder (p.127)
・新版 演習 場の量子論 (柏 太郎 著)(p.10) 例題2.3
しかしどちらもそれほど多くのページを割いてはいない.この 2 冊の内容を組み合わせることで,ようやく意味を解読することに成功した.
普通の方法でも出来るらしい
以上の話を公開したところ,この記事の一番最初に試して失敗したような方法でも示すことが出来るというご指摘を頂いた.
次のような式変形を行う.まず (4) 式の条件を微分することによって,次のような関係式を得る. これを使えば,私が早々と諦めてしまった式変形をさらに先へ進めることができる. この第 2 項は 0 になる.というのも,やという組み合わせでは無限小体積を構成できないからである.
この辺りで私の知識は怪しくなるので,申し訳ないがこの説明に責任が持てない.これまで無限小体積をと書いてきたが,本来はベクトルが張る領域の積として考えなくてはならず,数学的に問題のない形で簡素に表そうとすれば,外積代数というものに出てくるウェッジ積を使って次のような形になる. この形式を使うと という法則が成り立つので上記の第 2 項が 0 になるという式変形が正当化されるらしいが,不勉強のために確信が持てないでいる.(9) 式で得たものは微小量どうしの大きさを表す式であってベクトルではないだろうし,それを代入したことで出てくるやをベクトルとして扱ってやってもいいものかどうか,それはむしろ方向を向いた何かの量を表しているのではないのか,だとか,ローレンツ変換と組み合わせると計算内容の具体的なイメージが頭に描けなくて苦しんでいるところである.
理解に進展があれば書き加える予定でいる.
自力で思い付くのか?