完全流体の基礎方程式

第 1 部で上がりまくった難易度をリセットだ!

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基礎方程式は2つだけ

 これから始まる第 2 部では、非圧縮かつ完全な流体に限った話をしていく予定である。

 幾つかの教科書では「完全流体」と題した章の中で「圧縮性流体」と「非圧縮性流体」の話が両方出てきたりする。その方が説明に都合がいい場面もあるのだろうが、私は敢えて細分化してみることにする。

 非圧縮というのは圧力を加えても密度が変化しないということであり、密度\( \rho \)は定数となり、もはや未知関数ではない。完全というのは粘性係数\( \mu \)が 0 であるということを意味する。これらの仮定を取り入れると、考えるべき方程式はとても簡単な形になる。どうなるかを見てみよう。

 前にも何度か言っているが、\( \rho \)が定数の場合には連続の方程式は次のようなとても簡単な形になる。
\[ \begin{align*} \Div \, \Vec{v} \ =\ 0 \tag{1} \end{align*} \]
 ナヴィエ・ストークス方程式の中には\( \Div \, \Vec{v} \)を含む項がある。(1) 式が成り立つということはその項が第二粘性率\( \lambda \)と一緒に丸ごと消えてしまうということである。粘性率\( \mu \)も第二粘性率\( \lambda \)も今後の議論に関係してこなくなるということだ。結局ナヴィエ・ストークス方程式も次のようなとても簡単な形になる。
\[ \begin{align*} \rho \, \left( \pdif{v_i}{t} \ +\ v_j \, \pdif{v_i}{x_j} \right) \ =\ -\ \pdif{p}{x_i} \ +\ f_i \tag{2} \end{align*} \]
 この (2) 式を「流体力学のオイラー方程式」と呼ぶ。オイラーの時代にはまだナヴィエ・ストークス方程式は作られていなかったが、この形の方程式はそれよりずっと前に導かれていて研究されていたのである。
 ちなみに論文の出た年代順に並べると次のようである。
オイラー(1757)、ナヴィエ(1823)、ストークス(1845)

 単に「オイラー方程式」と呼んでもいいのだが、 ご存じのようにオイラーは多方面で活躍していて、 剛体力学に出てくるオイラー方程式なのか、 微分方程式論に出てくるオイラーの微分方程式なのか、それ以外の分野に出てくる式なのか区別が付かないことがある。 混乱させないように「流体力学の」と付けて呼ぶのがいいかもしれない。 実際に混乱している人を何度か見たことがある。 これらは名前は同じだが互いにまったく関係のない方程式である。
 そういえば連続の方程式も「オイラーの連続の式」と呼ばれていたりするよなぁ。
 これら二つ以外の式は必要ない。未知関数は\( v_x, v_y, v_z, p \)の 4 つであり、方程式も 4 つ揃っているからである。(2) 式は一つの式にまとめて表現されているが 3 成分ある。

 これから始まる第 2 部はこの (1) 式と (2) 式だけを前提に進めて行くことになる。


式の見た目の調整

 (2) 式の見た目の重さを改善するために両辺を密度\( \rho \)で割ってみよう。
\[ \begin{align*} \pdif{v_i}{t} \ +\ v_j \, \pdif{v_i}{x_j} \ =\ - \frac{1}{\rho}\,\pdif{p}{x_i} \ +\ \frac{f_i}{\rho} \tag{3} \end{align*} \]
 少しすっきりした。しかしまだ行ける。\( f_i \)というのは流体の単位体積あたりに働く外力(の\( i \)方向成分)を表しているのだった。それを\( \rho \)で割ると、「流体の単位質量あたりに働く外力」へと意味が変わる。初等力学でよく使う\( \Vec{F} = m \, \Vec{g} \)という式を思い出してもらいたい。「流体の単位質量あたりに働く外力」というのは、例えば重力加速度\( \Vec{g} \)のことである。それで、(3) 式は次のように書き直せる。
\[ \begin{align*} \pdif{v_i}{t} \ +\ v_j \, \pdif{v_i}{x_j} \ =\ - \frac{1}{\rho}\,\pdif{p}{x_i} \ +\ g_i \tag{4} \end{align*} \]
 左辺をラグランジュ微分の記号で書き表せばもっとシンプルに書けるし、シンプルさを追求したければベクトルを太字で表すのもいいだろう。
\[ \begin{align*} \frac{\mathrm{D} \Vec{v}}{\mathrm{D} t} \ =\ - \frac{1}{\rho}\,\nabla p \ +\ \Vec{g} \tag{5} \end{align*} \]
 鉛直上向きを\( z \)軸の正の方向に選んだ場合には、下向きに働く重力を\( \Vec{g}=(0,0,-g) \)と表して代入すればいい。


解説の途中ですが広告です


オイラー方程式も超難問

 使う方程式が単純な形をしているのでそこから導かれる結果も単純であろうと期待したくなるかもしれない。しかしそれは大間違いだ。(4) 式の左辺第 2 項を見てほしい。未知関数が 2 つある。このような項を含む方程式を非線形方程式と呼ぶ。ごく単純な非線形方程式であっても、その解は予測不可能なものとなることが多い。
 初学者にとっては非線形方程式の定義が分かりにくいかもしれない。 それぞれの項に最大 1 つの「未知関数あるいは未知関数の微分」しか含まない微分方程式が「線形」微分方程式であり、 それ以外の形をしているのが「非線形」微分方程式である。 略して非線形方程式とも呼ばれる。
 ナヴィエ・ストークス方程式の解の性質を解き明かすことはミレニアム懸賞問題の一つに挙げられていることもあって、数学上の難問としてよく知られている。ところがあまり話題に上ることはないのだが、「流体力学のオイラー方程式」の解の性質を調べるのはそれよりもさらに難しくて、 手のつけようがない問題らしいのである。

 ナヴィエ・ストークス方程式の何が問題だったかというと、現実的な初期条件を与えたときに、その後の流体の振る舞いを表す解がいつまでも発散しないかどうかの完全な証明が未だに得られていないということだった。しかし部分的には証明が行われていて、2次元の場合には発散しない解が存在することが分かっているし、3 次元でも初期速度が十分に小さければ解が存在することが分かっている。初期速度が大きい場合であっても、どれくらいの時間内なら確実に解が存在するかという見積もりは出来ている。その時間を超えた後にどうなるかが未だ不明なのである。

 一方、オイラー方程式の方であるが、こちらには粘性を表す項が含まれていない。流体に減速が掛かりにくいことを意味する。そのせいで、どれくらいの時間までは発散しないでいられるかという見積もりが難しくなっているのである。非圧縮の場合だけを考えているのだから簡単なのではないかと思うかもしれないが、ナヴィエ・ストークス方程式の懸賞問題も非圧縮に限った話なのだった。
 このあたりの研究の現状がどうなっているのか調べようと思ったのだが、論文が専門的すぎて歯が立たなかった。 2次元の場合に必ず解が存在することは証明されているのだが、 どうやら3次元の場合には解が有限時間内に発散してしまう例も見つかっているらしい。
 参考にしたのは次のようなものである。
 ・Wikipedia「オイラー方程式_(流体力学)」英語版(厳密解の項)
 ・「非圧縮性粘性流体と完全流体の非定常問題(1982)」(PDF)(J-STAGE内)
 ・「3次元オイラー方程式の解の発散について(1998)」(PDF)
     (京都大学数理解析研究所 講究録 内の公開資料)
 そういう状況なので、オイラー方程式の性質について一般的な話をすることは相当に困難である。幾つかの定理を紹介して、そのあとは、知られている限りの面白い現象が起きる条件を次々と紹介していくという形になるだろう。

 これはこのサイトだけに限った話ではなくて他の流体力学の教科書もみんなだいたいそうである。流体力学の教科書がやたら分厚いのは紹介している事例が多いせいであるし、どこまで読み進んでも、これで全部分かったと安心できるような着地点がない。知力の限界を試すかのような、より高度な数学を必要とする事例が次々と出てくることになる。

 こう書いてしまうと、どの学問も同じようなものだという気もしてくる。では「流体力学はめちゃくちゃ難しい」という学生の声が多く聞かれるのはなぜだろうか? 物理学の他の分野の場合、基礎方程式を揃えた時点で一息ついて、あとは各自で応用に取り組んでくれたまえ、という形で入門編を終えることが多い。しかし流体力学は応用をやらないで終わるわけにはいかない。応用に入ってからがようやく本番だという雰囲気があるし、いきなり事例の紹介から始まってそれが延々と続く形の教科書もある。

 方程式は単純でも、それによって起こされる現象は状況設定によってさまざまである。基礎方程式よりもむしろ状況設定の方が主役になるとでも言おうか。多くの現象を知ることを通して方程式の性質を少しずつ知っていくことになる。逆は無理なのだ。残念ながら「流体力学を勉強したから流体の動きは全てわかる」というわけにはいかない。