昔書いた記事

ここで供養させてほしい。チーン!

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注意書き

 この記事は「目標と方針」に出てくる「2006年頃に急いで用意した記事」である。「今さら蒸し返す必要もあるまい」と書いたものの、当時の思いがあふれてしまって、隠したままにしておくことができなくなってしまった。

 実はこの記事は中途半端なのである。当初はベルヌーイの定理などにも触れる予定だったが、完成させることなくお蔵入りになってしまった。

 面白いことも書かれていると思うので、参考にはなると思う。ここに書かれている怒り含みの文章が、10年以上の時を経て、この後どのような文章で説明し直されることになるのか、楽しみにして欲しい。


正しくても不適切な説明

 「車はなぜ走るのか」と問われて、「ガソリンが入っているからだ」と答える。これは適切だろうか?

 間違ってはいない。

 ガソリンが減る代わりに車からは音や振動や電磁波や排気ガスや熱が出る。これらが持つエネルギーを合計したものと、ガソリンが元々持っていたエネルギーとを比較すると、なぜか少し足りない。その差は運動エネルギーに変わったはずである。だから次のように説明しよう。「エネルギー保存則により、車は進むのである」と。

 これは正しいが適切ではない。これくらいなら「まぁ面白い説明だな、そんなのもありか」ということで済むのだが、「車はエネルギー保存則を応用した装置である」とまで言われると、「おい、ちょっと言いすぎだぞ!」と口を挟まないではいられない。

 では、飛行機が飛ぶ原理として「ベルヌーイの定理によって揚力が得られるからだ」と説明するのはどうであろうか? 上の例と同じような回りくどいことにはなっていないだろうか? というのが今回のテーマである。


ごく単純なモデル

 まず基本として、次のように斜めに配置した平らな板を考えよう。これを飛行機の翼だと考えることにする。

 ジャンボジェット機の巡航速度が約250m/sであるが、その場合、空気がそのような速度で前から進んでくるという見方ができる。

 空気は分子という極微の粒でできており、その多数の粒がこの板にぶつかるという考え方をする。粒は斜めの板にぶつかって進行方向を下向きに変えるだろう。翼はこの時の反作用によって、上向きの力を受けることになる。

 これが飛行機が飛ぶ基本原理である。

 この説明をすると非常に怒る人が多数いるわけだが、理由は色々ある。それについてちゃんと説明するのが、この記事の目的である。怒るのは話を最後まで聞いてからにしてほしい。

 そもそも、この説明が素人のたわ言かトンデモ理論だと勘違いしている人が多いのが非常に嘆かわしい。専門分野が細分化されてしまったことで、いきなり高度な理論から教えられるせいもあるのだろう。その高度な理論の基礎に何があるのかまで理解できていない人がなぜかとても多いのだ。

 水の中で物体が受ける浮力も、気体の圧力も、飛行機の揚力も、全ては分子の運動量のやり取りで説明できるのである。出来ないという人は、運動量保存を満たさないような力を信じているのだろうか。そんな力が一体どこから沸いて来ると思っているのだろうか。ニュートン力学以外の何かを信じているに違いない。


解説の途中ですが広告です


遠心力説

 さて、上の説明には反発するくせに、次のような説明をされると妙に信じてしまう人も多くいる。

 空気は翼の曲がりに沿って、翼の下面を流れる。この時の遠心力が翼を上向きに押すのだ、と。

 実はこの説明は最初の説明と何ら変わるところがない。遠心力というのは回転する立場から見たときの見掛けの力である。空気の進路をせき止めて直進できないようにした時の反作用を、空気に掛かる遠心力という名で表現し直しているだけのことである。

 この空気分子による説明は、原理的には完璧なのだが、実用上は幾つかの弱点を持っている。一つは、空気分子は上の説明図のイメージほど希薄ではないということだ。一度衝突した分子はすぐ近くにある別の空気分子に跳ね返ってすぐに戻ってきてしまう。そうして何度も何度も翼と衝突するのである。こんな複雑な衝突は人間に計算できる限界をはるかに超えている。

 それでも全体の運動量は保存するので、翼が下方に押しやった空気の総量を考えれば翼の揚力は計算できるだろう。


実用上の弱点

 では、強い揚力を得るためには出来るだけ多くの空気を勢い良く下方に押しやる構造を考えてやりさえすればいいのだろうか。そうは行かないのである。

 初めの説明図のイメージをそのまま受け入れると翼の上面には真空ができることになりそうだが、現実にはそうはならない。空気分子の熱運動というのは恐ろしい速度を持っており、常温であっても 1000m/s を越える分子の割合は多い。そのため、たとえ翼がかなりの勢いで前へ進んでいたとしても空気分子というのは苦も無くあらゆる方向からこの領域に飛び込んできて、翼の上面に真空ができる隙を与えないのである。つまり空気分子は翼の上面をも絶えず激しく叩き付けていることになる。

 その時に生じる流れの挙動は複雑であり、原理的には分子の衝突で説明が出来ることが分かっていても、とても人間の手に負える量の計算では済まない。


流体力学の意義

 そこで、とことん無駄を省いた理論が必要になる。分子の衝突で生じる単位面積あたりの運動量の変化を「圧力」という用語で平均化して論じる事の出来る理論。

 多数の分子が揃って動く大域的な流れが、やがて乱れて熱運動へと変化する様子を「摩擦」と呼んで、それが起こる度合いを「粘性」という用語で表現できるような理論。

 それこそが「流体力学」である。

 もちろん、流体力学は飛行機を飛ばすために生まれたのではない。流体力学は飛行機が発明されるずっと前からあった。飛行機を作ろうと努力していた初期の頃には、まだ流体力学が進歩していなかったために、「飛行機などというものは決して作れない」という結論を導き出していたこともあった。だが、それは克服した。今や水道管や原子炉の配管の設計、高速輸送システムの設計、プラズマの制御、天気予報、地球深部のマントルの流れ、恒星内部の理論など、あらゆる方面へと応用が広がっている。

 さて、翼の原理を気体の分子運動で説明しようとすると怒り出す人は、一体何を怒っているのであろうか。「作用反作用ごときで説明できる程度のものなら、俺たちはこんなに苦労してはいない」という専門家たちの自負であろう。

 また、飛行機のパイロットは流体力学(航空力学)を学ぶが、彼らは専門の研究者ではない。彼らが作用反作用の説明の方が簡単だからと言って鵜呑みにすると、失速の時に揚力を得るために操縦桿を手前に引くという恐ろしい失敗をしてしまう危険もある。だからあまり広めたくないという事情もある。

 もうお分かりだろうが、私は流体力学の重要性を疑ってはいない。作用反作用のやり方では乗り越えられない人間の情報処理の限界を、巧妙なやり方で克服する理論なのである。

 だから、作用反作用で考えているからといって、私をトンデモであると見なして目の敵にするのはもうやめて頂きたいと願うのである。


14年後の追記

 このままこの話を終えるのはいかにも中途半端なので、結論を付け足しておくことにしよう。

 運動量保存則は流体の動きに対しても常に成り立っているが、流体の動きを予測したり翼の形を設計したりするにはほとんど役に立たない。

 ベルヌーイの定理というのは、翼の上面の空気の流れの方が速いから圧力が下がっており、下面の空気の圧力の方が強いから翼を上に押し上げる効果があるという形で揚力を説明するのに使われる。しかしこれも、車が動く理由を説明するのにエネルギー保存則を使うのに似ている。起きている状況に対して当てはめれば成り立っているとは言えるが、そのように空気が流れる理由を説明する能力はないので、設計のための理論的道具としては弱い。そもそも、きれいな流れが出来ていないと当てはめるのが難しいという限界もある。

 これらの他に循環という概念によって揚力が真に説明できるのだという話もある。渦の概念も含むので確かにベルヌーイの定理より深いところまで語ることができる。目指すべき翼の形についてのヒントをも提供してくれるので、道具としてはより強力である。しかし先の 2 つの法則を酷評したので同じ基準で評価するならば、設計のためにはもちろんこれだけで足りるものではないのである。

 どれも道具の一つであり、どれも揚力の説明くらいは出来る。一番うまく計算できる便利なものが循環である、という感じにまとめておこう。

 実際の流れを計算するにはナヴィエ・ストークス方程式を解く、あるいはそれを使ったシミュレーションを行う必要がある。しかし揚力の説明のためにはそこまでしなくてもいいのである。