電束密度の意味

どうして電場と同じようなものを
もう一つ定義しなくてはならないのだろう。

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本質ではない量

 学生時代にはこの電束密度の意味を正しく理解できていなかった。しかし、今考えて見れば実はとても単純なことだったのである。この「電束密度」という呼び方は歴史的な由来を持つものであって、その本質とはあまり関係ないので気をつけなければならない。これについては後の方で説明しよう。

 この電束密度という量は私が求めている「実在」ではなく、科学の発展の歴史の中で研究者に都合の良いように導入されたものに過ぎない。それでも物性を研究する人にとっては今でも十分利用価値のある便利な量ではある。

 本当はこういう本質的でない話は後回しにして早くマクスウェルの方程式を完成させたいのだが、マクスウェルの方程式を理解するためには結局この「電束密度」を理解することが必要になってくる。それに本質でないものにはさっさとけりをつけて無視できるようにしておいた方が気持ちがいい。少し寄り道に感じるかも知れないが、話の流れ上ここで説明しておくのが一番良いだろうと思う。


空間は電荷だらけ

 我々の周りは電荷で満ち満ちている。いくら真空ポンプで真空を作っても、なおそこには何億、何兆では言い表せないほどの原子が存在する。(でも真空管の程度まで空気を引けば何兆で言い表せる程度にはなるか・・・)その原子の一つ一つが負の電荷を持った電子と、正の電荷を持った原子核から出来ているのだ。普段はそのプラスとマイナスが打ち消しあって表向き0になっているように見えるけれども、電場をかけてやればプラスとマイナスは別方向へ移動するので空間に電荷がひょっこり顔を出すことになる。

 身近な例を挙げてみよう。電気を流さない固体を鉄板で挟んでやり、この両端に電圧をかけてやる。すると固体の中の電子と原子核はズレを生じる。電子はプラス極に引かれ、原子核はマイナス極に引かれる。引かれるけれども原子が分解するほどではない。だから電気は流れていかない。流れてはいかないが、マイナス極側にはプラスの電荷が、プラス極側にはマイナスの電荷が顔を出す。

 このように電圧がかかった時にプラスとマイナスに分かれることを「分極」という。そして分極する物質を「誘電体」という。金属の場合には電圧がかかると自由電子が流れていってしまうのでそのせいで電圧が降下し分極するどころではないが、絶縁体は誘電体として使える。空気だって僅かだが分極する。つまり、空気中で電磁気の実験をする時でさえこのような多数の原子の影響を考慮に入れなくてはならないわけだ。


電束密度の導入理由

 空間にプラスの電荷があったとしよう。そして周囲が誘電体に囲まれている場合を考える。すると、プラスの電荷の周りには特に用意しなくても勝手にマイナスの電荷が姿を現すことであろう。

 ここでガウスの法則を使ってみる。プラスの電荷とその周りに現れたマイナスの電荷をすっぽり覆うような閉曲面を考えよう。この閉曲面での電場はどうなるだろう?プラスとマイナスが中和して、極端な場合にはほとんど 0 になってしまう。プラスの電荷だけを考えて計算しようとするとガウスの法則が成り立たなくなってしまうのだ!!

 いや、心配しなくても大丈夫。ちゃんとプラスの電荷とその周りに勝手に現れたマイナスの電荷をすべて計算に入れればガウスの法則はいつだって問題なく成り立っているのである。

 しかし実験家の立場からすれば、意図的に用意したのはプラスの電荷だけであって、それによる分極でどのくらいの電荷が顔を出したのかについて知るのは困難である。分極によって生じた電荷を気にせずにガウスの法則を使うことができるような物理量があると便利である。それが電束密度\( \Vec{D} \)だというわけだ。つまり、どんな場合にも

\[ \begin{align*} \int \Vec{D} \cdot \Vec{n} \diff S \ =\ q \end{align*} \]
という関係式が使えるような量を定義したわけだ。電場のときと同じ理屈で、
\[ \begin{align*} \mathrm{div} \Vec{D} = \rho \end{align*} \]
という関係が成り立っていることが言える。

 では電束密度と電場の間にはどのような関係があるのだろうか。


定量的な説明

 外部の電場によって誘電体に分極が起こるときに、正電荷がずれて単位面積を通過した量と方向を「分極ベクトル」と呼び、ベクトル\( \Vec{P} \)で表す。多くの物質では\( \Vec{P} = \chi \Vec{E} \)という関係が近似的に成り立つ。いかにもそうなるような気がするだろう。この定数\( \chi \)を電気感受率と呼ぶ。もちろん、この関係が成り立たない物質も存在する。電場の 2 乗に比例する項がついていてこれが無視できないほど大きかったり、結晶の並びの関係で、電場と違う方向へ分極を起こしたりするわけだ。今回はそういう物質については考えない。

 ここで電場と電束密度を比較してやろう。そのために電場についてのガウスの法則を電束密度と同じ形式で書いてやる。

\[ \begin{align*} \int \varepsilon\sub{0} \Vec{E} \cdot \Vec{n} \diff S \ =\ q \end{align*} \]
 誘電体中では真の電荷\( q \)による電場と、それによる分極で生じた逆の符号の電荷が作り出す電場の影響が重なって全体として電場が弱くなっている。よってこの状況を表すために右辺に分極によって現れた電荷を追加してやる必要がある。それが次の式である。
\[ \begin{align*} \int \varepsilon\sub{0} \Vec{E} \cdot \Vec{n} \diff S\ =\ q - \int \Vec{P} \cdot \Vec{n} \diff S \end{align*} \]
 右辺の第 2 項が分極によって生じた逆符号の電荷を表している。なぜ分極電荷が分極ベクトルを面積分した値として表せるかと言えば、もともと分極ベクトルはズレによって単位面積を通過した電荷の量として定義されているからである。閉曲面の中心に向かってずれた電荷は閉曲面の内側のどこかに現れなければならないというわけだ。この式を変形すれば、
\[ \begin{align*} \int ( \varepsilon\sub{0} \Vec{E} + \Vec{P} ) \cdot \Vec{n} \ \diff S\ =\ q \end{align*} \]
となり、これを電束密度の定義と比較してやることで、
\[ \begin{align*} \Vec{D} = \varepsilon\sub{0} \Vec{E} + \Vec{P} \end{align*} \]
という関係になっていることが分かる。ここで近似的に\( \Vec{P} = \chi \Vec{E} \)が成り立っていることを思い出そう。すると、
\[ \begin{align*} \Vec{D} = ( \varepsilon\sub{0} + \chi ) \Vec{E} \end{align*} \]
となり、ここで\( \varepsilon = \varepsilon\sub{0} + \chi \)という量\( \varepsilon \)を物質の「誘電率」と呼ぶことにすれば
\[ \begin{align*} \Vec{D} = \varepsilon \Vec{E} \end{align*} \]
という簡単な形で表すことができる。物質の誘電率をこのように定義しておけばひとまず電束密度を計算しておいて、その物質中で電場がどれだけ弱くなるかを知りたいときには誘電率で割ってやればいいという便利な使い方が出来るわけだ。本来、物質の性質は複雑であり、分極によって現れる電荷量を計算するのは大変だが、誘電率という数値で物質の複雑な性質をならした形で代表させてやることができる。

 もちろんこの\( \Vec{D} = \varepsilon \Vec{E} \)という関係式は実験的な近似値に過ぎない。理論に近似が入ってくると正確でなくなる気がして気持ち悪いが、真空中の場合には\( \chi = 0 \)であって、理論的に厳密に\( \Vec{D} = \varepsilon\sub{0} \Vec{E} \)の関係が言えることになる。よって、この\( \varepsilon\sub{0} \)を「真空の誘電率」と呼ぶようになった。別に真空が分極するというわけではない。これはただの電荷と電荷の間に働く力の比例定数なのだ。「真空の分極」は素粒子論で出てくる別の話である。


本当の意味

 ここまでが教科書的な説明であるが、誤解のないようにもう少し補足しておこうと思う。ここまでの解説ではいかにも電場の概念が先にあって、誘電体中で電場の大きさが小さくなることによる計算上の困難を解消するための手段として、電束密度が導入されたような書き方をしてきた。しかしこれは現代だからできる解釈なのであって歴史的には話が逆なのである。

 ファラデーが考えたもともとのイメージは電荷から電気力線なるものが出ていて、その電気力線の束の密度で電荷同士の間に働く力の強さが決まるというものであった。これが「電束密度」という名前の由来である。ガウスの法則はこのイメージを基に作られた。

 しかし、原子の構造がはっきりしていなかった当時は、この電気力線は物質を貫いて存在すると考えられた。そして電気力線が誘電体の中を通る時には電束密度は変わらないはずなのになぜか電荷の間に働く力が弱くなるわけだが、これは物質の持つ何らかの未知の作用によるのだろう、という考え方をしたわけだ。

 つまり、もとからあったのは電束密度の概念の方であって、現代では物質の構造が分かって来たために電場だけで説明が出来るようになったのだが、計算上便利なので今でもこの考えが残っていて使われているというわけである。

 多くの学生が、式が簡単だというので\( \Vec{D} = \varepsilon\sub{0} \Vec{E} + \Vec{P} \)という関係式をもとにして電束密度の意味を解釈しようとする。するとまるで真の電荷による電場に分極ベクトルが作り出す電場を重ね合わせて補正したものが電束密度であるかのような誤解をしてしまいかねない。私の学生時代の失敗はこれであった。この式は変形の結果に過ぎないのである。それよりは上の式を\( \varepsilon\sub{0} \Vec{E} = \Vec{D} - \Vec{P} \)と考えて、電場が小さくなる理由は電束密度に分極ベクトルによる補正を加えて説明できる、というイメージでとらえておいた方が遥かに良い。

 電束密度は電荷のみによって決まる仮想的な量であって、電場は誘電体の存在によって変化する量であるので、

\[ \begin{align*} \Vec{E} = \frac{1}{\varepsilon} \Vec{D} \end{align*} \]
と書いておいた方が誤解が少なくなるのではないかと思うのだが、この関係式を導いた過程を思い起こすためには少々面倒だという不利益もあるのでどちらがいいとははっきり言えないところである。