電磁ポテンシャル

果たしてこれは実在か?

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さらに深く

 ここまでで電場と磁場の性質がマクスウェルの方程式という簡単で美しい形式でひとまとめで表され、電磁場を理解するのに大変役に立つことが分かった。

 しかしこの式に出てくる電束密度\( \Vec{D} \)や磁場の強さ\( \Vec{H} \)は多数の粒子の振る舞いを近似するためのものであり、何が本質なのかを探る場合にはこのような余計な表現に惑わされてはいけないということも見えてきた。

 すなわち、応用を考えないのであれば電場を表す 3 成分\( \Vec{E}(E_x, E_y, E_z) \)と磁場を表す 3 成分\( \Vec{B}(B_x, B_y, B_z) \)、さらにそれらの間の関係を表す以下の 4 つの方程式さえあれば本質は言い表されていることになる。

\[ \begin{align*} \Rot \Vec{E} + \pdif{\Vec{B}}{t} &= 0 \\ \Rot \Vec{B} - \varepsilon\sub{0} \mu\sub{0} \pdif{\Vec{E}}{t} &= \mu\sub{0} \Vec{i} \\ \Div \Vec{E} &= \frac{\rho}{\varepsilon\sub{0}} \\ \Div \Vec{B} &= 0 \end{align*} \]
 この表現はこれ以上簡単にならないだろうか。つまり、電磁気の現象がこのように表せるもっと根本的な理由に近付くことは出来ないのだろうか。

 例えば静電場\( \Vec{E} \)は 3 成分のベクトルであるが、初めの方でやったように静電ポテンシャル\( \phi \)を定義してやれば 1 成分で済む。静電場の 3 成分はこの\( \phi \)をそれぞれ\( x \)\(y\)\(z\)で微分してやることで導くことが出来るのであった。

\[ \begin{align*} \Vec{E} = \left( -\pdif{\phi}{x}\ ,\ -\pdif{\phi}{y}\ ,\ -\pdif{\phi}{z}\ \right) \end{align*} \]
 この\( \phi \)は見ることが出来ず触れることもない抽象的概念ではあるが、そういう意味では電場も磁場も似たようなものである。そこでひょっとしてこの\( \phi \)の方が電場よりももっと低い階層に位置する要素であって、電磁場の本質に近い何かを表しているのではないかと考えることも出来なくはない。ただの抽象的概念かも知れないが、あるいは「実在」かも知れないのだ。


ベクトルポテンシャル

 そこでこのような思想の元に、マクスウェルの方程式をもっと簡単な形にまとめられないかともがいてみる事にしよう。

 以前磁場の説明のところで出てきた「ベクトルポテンシャル\( \Vec{A} \)」を思い出してもらいたい。これはもともと磁場の積分計算を楽にするために発案されたテクニックであった。このベクトルポテンシャル\( \Vec{A} \)と磁場との間に

\[ \begin{align*} \Vec{B} = \Rot \Vec{A} \end{align*} \]
という関係があると仮定することによって、マクスウェルの方程式の一つである\( \Div \Vec{B} = 0 \)は自動的に満たされることになる。\( \Div\ \Rot \Vec{X} \)という形の式は必ず 0 になるからである。

 もし磁場の代わりにこのベクトルポテンシャルを物理的実在として扱ってやることにすれば、\( \Div\ \Vec{B} = 0 \)が成り立つのは当たり前のことであって、わざわざ法則の一つとして並べる意味はない。こうして法則が一つ消せるのである。

 ただ一つの心配は、この\( \Vec{A} \)に物理的な意味があるのかどうかだ。本当にそのような存在があるのか、あるいは単なる数学上のトリックを使って喜んでいるだけなのか。

 もしそれが「在る」とすれば、我々がこれまで「磁場」だと思っていたものはベクトル\( \Vec{A} \)が渦を巻いた状態を間接的に観測していたことになるわけだ。我々はその渦を直接観測は出来ないが、磁場のあるところでは何かが渦を巻いていることになる。

 不安はあるが勇気を持って先へ進もう。


静電ポテンシャルの一般化

 我々は先ほどのベクトルポテンシャルをとりあえず受け入れることにする。そしてマクスウェルの方程式の一つである、
\[ \begin{align*} \Rot \Vec{E} + \pdif{\Vec{B}}{t} = 0 \end{align*} \]
\( \Vec{B} = \Rot \Vec{A} \)の関係を代入してやろう。
\[ \begin{align*} \Rot \Vec{E} + \pdif{ (\Rot \Vec{A}) }{t} = 0 \end{align*} \]
 これはまとめて、
\[ \begin{align*} \Rot \left( \Vec{E} + \pdif{\Vec{A}}{t} \right) = 0 \end{align*} \]
と書ける。ここでまた数学的トリックを使ってやるのだ。もし、このカッコの中を\( - \Grad \phi \)と置いてやれば、上の式は必ず成り立つことになる。なぜなら、\( \Rot\ \Grad \Vec{X} \)の形の式は必ず 0 になるからである。\( \Grad \)の前にマイナスを付けたのは、\( \Vec{E} = - \Grad\ \phi \)の形式を含ませることで、かつて出てきた静電ポテンシャルを一般化したものとしての意味を\( \phi \)に持たせたいからである。

 すなわち、電場を

\[ \begin{align*} \Vec{E} = - \Grad \phi - \pdif{\Vec{A}}{t} \end{align*} \]
と表すことで、さらにもう一つの式も成り立つのが当然だという事になり、わざわざ法則として存在する意味を失ったということである。これで 4 つあったマクスウェルの方程式が 2 つになった。

 本当にこんな「人為的なこと」をしてもいいのだろうか、と不安になるかも知れない。しかしここまでで論理的に間違ったことは何もしていない。この\( \phi \)\( \Vec{A} \)を導入することで論理的な矛盾さえ起こらなければ良いのであり、残った 2 つの式にも上の関係を代入してこれまで通りマクスウェルの方程式が成り立っていさえすれば本当に何も問題はないのである。そのためにこの\( \phi \)\( \Vec{A} \)がどのような条件に縛られなければならないかを求めることにしよう。そしてその条件こそ、\( \phi \)\( \Vec{A} \)で表される「新しいマクスウェルの方程式」になるわけだ。

 何度も「\( \phi \)\( \Vec{A} \)」と繰り返すのは面倒になってきた。この二つをまとめて「電磁ポテンシャル」と呼ぶので今後はこの用語を使うことにする。


新しい方程式

 電磁ポテンシャルで表される新しい方程式がどのような形になるのか大変興味がある。早速それを求めてみることにしよう。生き残った「古い」マクスウェルの方程式は次の 2 つである。
\[ \begin{align*} \Rot \Vec{B} - \mu\sub{0}\varepsilon\sub{0} \pdif{\Vec{E}}{t}\ &=\ \mu\sub{0} \Vec{i} \\ \Div \Vec{E}\ &=\ \frac{\rho}{\varepsilon\sub{0}} \end{align*} \]
 ここに先ほどの条件を代入することで\( \Vec{E} \)\( \Vec{B} \)を消してやればいい。まず上の式から行ってみよう。全く難しいことは必要ないので途中の変形を省略すれば、
\[ \begin{align*} \left( \triangle - \varepsilon\sub{0}\mu\sub{0} \pddif{}{t} \right) \Vec{A} - \Grad \left( \Div \Vec{A} + \varepsilon\sub{0}\mu\sub{0} \pdif{\phi}{t} \right) = - \mu\sub{0} \Vec{i} \end{align*} \]
となる。ここで、\( \Rot\ \Rot \Vec{X} = \Grad\ \Div \Vec{X} - \triangle \Vec{X} \)という公式を使った。この\( \triangle \)ラプラシアンである。そして 2 番目の式も簡単に、
\[ \begin{align*} \triangle \phi\ +\ \Div \pdif{\Vec{A}}{t}\ =\ - \frac{\rho}{\varepsilon\sub{0}} \end{align*} \]
と計算できる。

 さて、確かに式の数は減ったが、こんなごちゃごちゃして意味が分かりにくい式は到底受け入れられないと感じているかも知れない。私もそう思う。こんな面倒な式のままでは解説もしたくない。しかしこの次の話で出てくる「ゲージ変換」をうまく利用することで、この式を劇的に簡単で美しい形に変形できるのである。そうすればこの式の物理的意味がはっきりするであろう。それまでもうしばらく辛抱してもらいたい。


果たして実在か

 電磁ポテンシャルは単なる数学的技巧に過ぎないのか、それとも物理的に意味を持つ存在なのか?これはマクスウェル以降 100 年近くも議論されてきたことである。実はマクスウェルが初めに電磁波についての論文を書いたとき、すでにこの電磁ポテンシャルを使った形式で書かれていたのだ。天才というのはすごいと思う。

 ところが、多くの人はこの意味を理解できなかった。そこでヘルツやヘヴィサイドなどが、「実際に観測可能なものしか認めるわけには行かない」という姿勢を取って、現在よく知られている形のマクスウェル方程式に書き直したのである。そのお陰で電磁気学は大変分かりやすくなった。(ある意味、退歩したのかも・・・)

 さて、1960 年代に入ると、アハラノフとその師ボームが「アハラノフ・ボーム効果(AB効果)」として知られる現象が起こり得ることを理論的に示した。これは量子力学的な現象であって、電子がベクトルポテンシャルの場の中を通過する時には電子の波動としての性質が影響を受けてその位相にズレを生じるであろうというものである。

 この現象は 1980 年代になって日立基礎研究所の外村彰(とのむら・あきら)氏によって実験的に確かめられた。この話が伝わってきたのはちょうど私の学生時代のことであって、かなり盛り上がっていた。講演会にも度々出席した。

 この実験を簡単に説明すると次のようなものである。リング状になった微小な磁性体の周りを超伝導体でコーティングしたものを作り、マイスナー効果によりリング内の磁場が外部に漏れないようにしておく。そしてこのリングの内側と外側の別経路で電子を飛ばしてやる。これらを再び一つに重ね合わせることで干渉縞を作ってやり、両者の位相のズレを見るのである。位相が同じ部分は強め合うし、ずれていれば電子ビームは弱くなる。その結果、リングを抜けてきた電子ビームと外側を通ってきたビームの間に位相のずれが出来ることが分かった。(以下に写真入りで説明されています。)

http://www.ieice.org/jpn/books/kaishikiji/200012/20001201-1.html

 このどちらの経路上の磁場も 0 である。にも関わらず、両者のズレは確かに確認された。2 つの経路で異なるのは、途中のベクトルポテンシャルの状態である。

 すなわち、磁場がなくともそこにベクトルポテンシャルが独立して「存在」することが示されたのである。電子はこの存在を感じているのである。

 この結果により、今や大半の科学者が電磁ポテンシャルは仮想的存在などではなく、物理的に意味のある存在だと考えるようになったようである。本当に、ほんのついこの間まではこのことが謎だったのだ。

 量子電磁力学という電磁気学に量子力学を取り入れた分野では、もはや電場や磁場などを直接扱うことをせず電磁ポテンシャルを基にして議論している。この理論は弱い力を説明するのに大成功を収めているにも関わらず、その基礎とするものが物理的に確かに存在するものかどうかという点で不安があった。このことが分かったことによる精神的な支えは大きい。

 私も安心してこの路線で突き進むことにしよう。