やっぱり初めはラグランジアン

こういう話があるだけでかなり違うと思うんだ。

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相対論を満足したい

 我々はこれから特殊相対論の要求を満たすような理論を作りたいと考えている。この世界の根本を記述するような理論は当然の如く、そのような条件を満たしているはずだからだ。それはすなわち、ローレンツ変換しても基礎的な方程式の形が変わらないような理論である。

 理論を作ってしまってから「それはちゃんと相対論の要求を満たしているのか」などと検証するより、あらかじめその辺りを意識して作っていく方が、余計な心配も要らないだろう。それどころか、正しい理論の方向を決める指針にもなるのである。

 いやいや、どうせなら「特殊相対論」なんかよりも「一般相対論」の要求にまで適うようにしておけば、より完璧な理論が出来上がるのではないかと思うかも知れない。まぁ、気持ちは分からなくもない。しかしそこまでやろうとすると理論が複雑になり過ぎるのである。

 すでに学んだように、特殊と一般の違いは重力のあるなしだけである。素粒子の世界では質量が小さいこともあり、重力の働きは他の力に比べてほぼ完全に無いに等しい。そんなもののために理論を複雑化するのははっきり言って無駄というか、割りに合わないのである。だから取り敢えずは特殊相対論だけで満足しようではないか。

 このような目的を実行するためには、ラグランジアン密度を使うことが非常に役に立つ。その理由をこれから説明しよう。


要復習

 解析力学のページで「ひもの運動」を扱った時のことを思い出して欲しい。ひもを無限の数の質点が集まったものだと考えて理論化したので、「無限自由度の系」などとも呼ばれるのだった。無限の自由度があるが故に、ひもの上にできる無限に細かい振動まで表現できるのである。そしてさらに 3 次元の波を表すことさえもできるように理論を拡張したのだった。

 無限自由度の解析力学では「ラグランジアン密度」というものが出てきた。3 次元の波動を記述する場合のラグランジアン密度\( \mathcal{L} \)とラグランジアン\( L \)の関係は

\[ \begin{align*} L \ =\ \tint\sub{V} \mathcal{L} \diff x \diff y \diff z \end{align*} \]
というものだった。「ラグランジアン密度」などと呼ばれているのはこのような形式で表されるからである。「密度」という言葉に敏感に反応して、よし、これの物理的な意味を見出してやろうなどと考え始めると、きっと混乱する。単に数学的な技巧であると割り切った方がいい。

 この理論体系では、ラグランジアン密度の中身によって、波を記述する方程式が定まるのだった。もう少し詳しく言えば、次のようなラグランジュ方程式にラグランジアンを代入したものが、波を記述する方程式になるのである。

\[ \begin{align*} \pdif{}{t} \vardif{L}{ \big( \pdif{\psi}{t} \big) } - \vardif{L}{\psi} = 0 \end{align*} \]
 このラグランジュ方程式は、\( \delta I = 0 \)という変分原理によって導かれたものである。作用\( I \)はラグランジアンを使って、
\[ \begin{align*} I \ =\ \int_\alpha^\beta L \diff t \end{align*} \]
と表される量であったから、ラグランジアン密度を使って表せば次のようになる。
\[ \begin{align*} I \ =\ \int_{\alpha}^{\beta} \!\!\! \tint\sub{V} \mathcal{L} \ \diff x \diff y \diff z \diff t \end{align*} \]
 おお、これは・・・。時間と空間が全く対等な 4 重積分になっている!これは特殊相対論の観点から見ても重要なことではなかろうか。

 さて、この 4 重積分をローレンツ変換したら、どんなことになるだろうか。今は座標\( (x, y, z, t) \)によって表されているが、これを変換後の座標\( (x', y', z', t') \)によって表すことになっても\( I \)を表す式の形に変化がもしもなければ、理論の形にはなんの変化もなくて、自動的に特殊相対性原理を満たしているということになるわけだ。

 積分を変数変換するときには、4 次元微小体積\( \diff x \diff y \diff z \diff t \)と、変換後の微小体積\( \diff x' \diff y' \diff z' \diff t' \)との体積比率を計算しなくてはならないのだった。このとき、各微小量の変換を計算してそれら全部の積を考えるのは間違いである。なぜなら、変換後の座標軸は直交していないので、単純な積では正しい体積を計算した事にならないからだ。それで、ヤコビアンを用いる必要がある。

\[ \begin{align*} \diff x \diff y \diff z \diff t\ &=\ |J|\ \diff x' \diff y' \diff z' \diff t' \\ &=\ \left| \pdif{x^i}{{x'}^j} \right| \ \diff x' \diff y' \diff z' \diff t' \\ \end{align*} \]
 ローレンツ変換の場合には、ヤコビアン\( |J| \)は 1 になる。つまり、4 次元体積の部分は変換後もそのままの形でいいということだ。

 そうとなれば、あとはラグランジアン密度\( \mathcal{L} \)の部分がローレンツ変換によって形が変わらなければいいだけだ。その為にはどんなことに気を付ければいいということだろうか。答えは簡単だ。ラグランジアン密度\( \mathcal{L} \)がテンソルの形式で表されていて、全体としてスカラーになっていることが確認できればいいのである。

 ラグランジアン密度を使うことの第一の利点は、ローレンツ変換に対する対称性が非常に分かり易くなっているということである。


何もかもをラグランジアン密度で表す計画

 ラグランジアン密度を使うことの意味は他にもある。それを説明する為に、次回以降で取り組むことを予告しておこう。とりあえずの目標は、次の式を実現するようなラグランジアン密度を見出すことである。
\[ \begin{align*} \square A^{\mu} - \partial^{\mu} ( \partial_{\nu} A^{\nu} ) \ =\ 0 \end{align*} \]
 この式は電荷の存在しない場合のマクスウェル方程式で、相対論のページの「相対論的なマクスウェル方程式」に出てきた式の右辺を 0 にしたものである。この式は電磁場を表す基礎方程式であるが、同時に波動方程式でもある。

 ところで、ラグランジアン密度という概念は、解析力学の枠組みの中で波動を表現しようという試みの中で生まれたのであった。だからきっと、この方程式もラグランジアン密度によって表すことができるに違いないのだ。それについては次回以降でじっくり試すことにしよう。

 要するに、ラグランジアン密度を使うことの第二の利点は、なぜだかうまい具合に、それが場を表す基礎方程式を表すのに適した形式になっているということである。おお、これは何という出来過ぎた出会いだろうか!

 電磁場についての試みがうまく行くのを見届けた後で、その次には相対論的量子力学に出てきた「クラインゴルドン方程式」についても同じことを試してみよう。それはこんな式だった。

\[ \begin{align*} \left(\Box - \frac{m^2c^2}{\hbar^2}\right) \phi\ =\ 0 \end{align*} \]
 これもやはり波動方程式になっているから、きっとうまく行くだろう。物質場を表す基礎方程式をラグランジアン密度によって表現したことになるはずだ。

 そしてさらには「ディラック方程式」もラグランジアン密度で表現してやる。それはこんな方程式だった。

\[ \begin{align*} i\hbar \pdif{}{t}\phi \ =\ \left\{ -i\hbar c \left( \alpha_x \pdif{}{x} + \alpha_y \pdif{}{y} + \alpha_z \pdif{}{z} \right) + \beta mc^2 \right\} \phi \end{align*} \]
 スピンを持つ粒子を表す物質場として使えるだろう。

 そんなことを続けて行って最後にはどうするかって?それぞれのラグランジアン密度を足し合わせて、一つの式にしてやるのだ。そうして一つとなったラグランジアン密度から、電磁場も、物質場も、それぞれに導かれることになるだろう。

 それだけか?いや、式を一つにまとめただけで満足するのなら確かに意味がない。ただ、そうすることで次へのステップが見つかることが期待される。まぁ、その時のお楽しみ、というやつだ。


ハミルトニアンが使える

 とは言うものの、これからやろうとしていることには、もう少し先が見えている。我々は量子力学でハミルトニアンを扱い、それによって、系が時間の経過とともにどう変化するかを記述したのであった。ハミルトニアンに小さな追加項が加わったときに状態にどんな影響が現れるのかという問題も、摂動論を使って解いたりした。

 ハミルトン形式に移行することによって、色々と役に立つ計算ができる可能性がある。ハミルトン形式は時間を特別扱いするので、時空の対称性は把握しにくくなるという弱点がある。しかしラグランジアン密度から出発している限りは、時空の対称性について心配する必要がないのである。

 ラグランジアン密度を使うことの第三の利点は、ハミルトン形式に移行する方法が確立しているということである。


実際は試行錯誤だった

 ここまでラグランジアン密度を使う利点を幾つか書いてきたが、現実の科学史ではこのような明確な根拠を持って一直線に進展してきたわけではないと思われる。というのも場の理論というのは、割りと長い間に渡って、信憑性のない理論として根拠を疑う学者が多かったのである。まさに試行錯誤の中から、根拠のある部分が生き残って、現在の姿になってきたというわけだ。

 だからこれから話を進めていく中でも、「一体どうしてこんな方法を思い付けたのだろう?」と思うことがあるかも知れないが、必ず根拠があるわけでもないので気にしない方がいい。分かりやすい説明のために、実際の歴史とは順序を変えてみたり、根拠を後付けしたりしているだけなのだ。