不確定性原理

歴史を振り返らないと見えないものがある。

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私の疑問

 「不確定性原理」という言葉を聞いたことがあると思う。解説はそこら中にあふれている。要はミクロな領域では粒子の位置と運動量は正確には決められず、
\[ \begin{align*} \Delta x \cdot \Delta p \geq \frac{\hbar}{2} \end{align*} \]
という「不確定性関係」が成り立つ、というものだ。一方の測定誤差を極めて小さくすれば他方の誤差が極めて増すことになり、結局誤差の積を一定以下には下げることが出来ない。そこにプランク定数が関係している。・・・という内容である。これがさっぱり分からない。

 いや、理屈が分からないのではない。私の疑問は普通とはちょっと違って、おおよそ次のようなものだ。

 果たしてそんなに有難がるほどの概念だろうか。
歴史上、どんな文脈で出てきたのか。
量子力学にとってどれほどの意味を持つのか。

 偉そうな疑問だ。まぁ一緒に疑ってみようじゃないか。そして不確定性原理が「要る」のか「要らない」のかはっきりさせてやろう。めちゃめちゃ態度でかい気がするが。


本当に原理か?

 「原理」というだけあって、この概念を基にして量子力学の体系が作られているのだろうかと考えてみたが、これだけでは当然無理だ。波長と運動量、周波数とエネルギーの関係も導き出せないし、波動関数やシュレーディンガー方程式が出てくるわけでもない。

 むしろ逆であって、不確定性関係は量子力学の体系から自然に導かれるものであるようだ。ちょっとやってみようか。

 と言ってもいきなりやるのは不親切だ。まず「交換関係」について確認し、次に「誤差の意味」について考え、最後にそれらを使って式変形を行う、という 3 段階に分けて説明するとしよう。


交換関係

 量子力学では物理量は演算子で表される。すると、物理量を掛け合わせる時にどちらが先に来るかによって結果が違ってしまう組み合わせがありうる。座標と運動量が典型的な例である。先に座標を掛けてしまうと、運動量には座標の偏微分が含まれているから、これは座標と波動関数の両方に演算しなければならなくなる。
\[ \begin{align*} \hat{p} \hat{x} \psi \ &=\ -i\hbar\pdif{}{x}(x\psi) \\ &=\ -i\hbar\pdif{x}{x}\psi - i\hbar x \pdif{}{x}\psi \\ &=\ -i\hbar\psi - i\hbar x \pdif{}{x}\psi \end{align*} \]
 一方、その逆の場合にはそんな心配はない。つまり、計算する時に勝手に掛ける順番を交換してはいけないことになる。これを「非可換である」と言う。

 二つの演算子が交換できるかどうかは、実際に交換してみて両者の差を取ってやったものを計算しておけばよく分かる。もしそれが 0 になるならばどちらを先に掛けようが差はないわけで、交換可能だというわけだ。座標と運動量についての「交換関係」がどうなっているかを計算すると次のようになる。

\[ \begin{align*} \hat{x} \hat{p} \psi \ -\ \hat{p} \hat{x} \psi \ =\ i\hbar \psi \end{align*} \]
 \( \psi \)は計算に誤解がないように書いておいただけのもので、省略してやることが多い。
\[ \begin{align*} \hat{x} \hat{p} - \hat{p} \hat{x} = i\hbar \end{align*} \]
 この関係式を「交換子」と呼ばれる記号を使って、次のようにシンプルに表現することもよく行われる。
\[ \begin{align*} [ \hat{x}, \hat{p} ] \ =\ i\hbar \end{align*} \]

 ここで計算した交換関係と不確定性原理との間には深い関わりがあるのだが、それはこの後の式変形を見れば理解できるようになる。途中でこの関係を当てはめて導くことになるのだから。

 その前に量子力学でいう「測定誤差」とは何なのかを確認しておかないといけない。


誤差の意味

 標準偏差という言葉を知っているだろうか。テストの採点結果が全体的にどれだけばらついているかを数値化したい時などに使うものだ。まぁ普通は起こり得ないことではあるが、テストを受けた全員が全員、平均値と全く同じ点数であった場合には標準偏差は 0 だということになる。どういう計算をすればそういう意味の値が導けるだろう?

 まず各人の点数と平均点との差を取る。それを全員分合計してやればそれらしい意味になりそうだが、そのままではプラスとマイナスが入り混じって結局 0 になってしまって意味がない。それを防ぐために 2 乗してから合計するのである。なぜ 2 乗するのだろう?代わりに絶対値を取るのではだめなのだろうか?まぁそれでもバラツキを表すという目的は果たせるのだが、2 乗しておいた方が扱いやすく、統計上面白い応用があるなどと言った利点があるので良く使うだけの話である。

 さて、ばらつきを合計しただけでは受験人数が多くなればなるほど数字が大きくなってしまうので人数で割ってやる。そうして出来た値を「分散」と呼ぶ。このままでもばらつきを表す数字になっているのだが、前に 2 乗した分が気持ち悪いので平方根を取って次元を合わせてやったものが「標準偏差」だというわけである。

 余談だが、大学受験などでよく使われる「偏差値」というのは、自分の点数が平均値と全く同じなら 50、そこから「標準偏差」と同じだけ上にずれると 60、標準偏差の 2 倍ずれると 70 などとなるように(割と人為的な定義で)計算したものだ。例え平均点よりメチャクチャ高い点数を取ったとしても、全体の点数が広い範囲にばらついていればそんなに珍しい成績でもないだろう、という判断ができるわけだ。

 量子力学における「測定誤差」はこの標準偏差と同じ意味である。ただし平均値からの差ではなく、期待値からの差を考えることになる。つまり、ある物理量を測定した時に、どうしても確率的にばらついてしまうわけだが、その測定値が期待値の周辺に集中して見出される傾向があるのか、 それとも広い範囲に散らばって見出される可能性の方が高いのか、ということを表す数字なのである。

 よってよくある勘違いだが、不確定性関係に出てくる「測定誤差が\( \Delta p \)である」という表現は、実測値が期待値から\( \pm \Delta p \)だけずれた範囲内に必ず収まると言う意味ではない。確率は低いがその範囲からひどく外れた値になることだって十分あり得るのだ。

 このばらつきは測定機器の精度や外来ノイズによるものではなくて、量子力学の確率の問題でどうしても生じてしまうものだということに注意しよう。多くの人は、この「原理的なばらつき」の原因が、測定することによる対象への撹乱によるものだと信じ切っているようである。そういう人には意外かも知れないが、ここで言っているのは、測定するために何かをぶつけなくてはいけないから結果が不正確になるということではない。入門書の中にはそういう説明をしているものの方が遥かに多いが、それについては後で話すことにしよう。

 今は取り敢えず先へ進む。量子力学における「誤差」を実際に式でどう表せるのかを計算してみよう。まず、測定値の期待値からの差を計算し、2 乗する。

\[ \begin{align*} (\ \hat{p} - \langle p \rangle\ )^2 \end{align*} \]
 先ほどのテストの点数の例ではこの値を合計して人数で割ったが、同様の意味のことを行うには、どの測定値がどの程度の割合で現れるかという「確率の重み」を考慮に入れて積分することになる。つまり、
\[ \begin{align*} &\int \psi^\ast(\ \hat{p} - \langle p \rangle\ )^2 \psi\ \diff x \\ =\ &\int \psi^\ast(\ \hat{p}^2 -2\langle p \rangle \hat{p} +\langle p \rangle^2\ ) \psi\ \diff x \end{align*} \]
のように計算する。期待値\( \langle p \rangle \)はすでに実数として求められているので積分の外に出してやって構わないから、
\[ \begin{align*} &=\ \int \psi^\ast \hat{p}^2 \psi \diff x \ -\ 2\langle p \rangle \int \psi^\ast \hat{p} \psi \diff x \ +\ \langle p \rangle^2 \int \psi^\ast \psi \diff x \\ &=\ \langle p^2 \rangle - 2\langle p \rangle \langle p \rangle + \langle p \rangle^2 \\ &=\ \langle p^2 \rangle - \langle p \rangle^2 \end{align*} \]
ということになる。つまり、物理量\( p \)の誤差\( \Delta p \)は、
\[ \begin{align*} \Delta p = \sqrt{ \langle p^2 \rangle - \langle p \rangle^2 } \end{align*} \]
のように定義してやることができるのだ。


不確定性原理の導出

 ようやく準備が整った。これで不確定性原理を数学的に導くことが出来る・・・と思ったが、よくよく調べてみると考えていた以上に高度な式変形が要求されるようだ。教科書によっては非常に簡単に見えるやり方を紹介しているものがあるが、その方法にはどうにも不自然な仮定が持ち込まれているようで納得が行かない。私としては少々複雑でも不明な点を何も残さないやり方の方がいいと思うのだ。

 複雑とは言っても、第 2 部で出てくる「複素関数の内積」の概念や、「エルミート演算子」の概念を使えば何とかなる程度ではある。しかし仕方ない。話の流れを邪魔しないために、詳細は補習コーナーで説明することにして、ここでは結果だけを書いておこう。

\[ \begin{align*} \langle (\Delta A)^2 \rangle \cdot \langle (\Delta B)^2 \rangle \ \geq \ \frac{ | \langle [ A, B ] \rangle | ^2 }{4} \end{align*} \]
 「シュワルツの不等式」などの数学的な定理を援用して、このような関係が導かれることになる。この式が厳密な意味での不確定性原理の式である。

 この式の右辺には前に書いた「交換関係」の式が含まれている。A と B の代わりに\( x \)\( p \)を代入してやれば初めに書いた不確定性原理の式になるわけだ。このことから、交換できない 2 つの物理量の間には必ず「不確定性関係」が成り立つということが言えるのである。


鋭い指摘

 こうなると不確定性原理というやつは、単なる量子力学の「注意書き」くらいの存在に思える。これは量子力学の体系から導かれた概念であって、その逆ではないからだ。実際にこの原理が指摘されたのは、現在の量子力学の入門書に載っているほとんどの事柄が議論されてしまった後のことであり、現在の教科書の順とは違って初めから問題になった事ではないし、量子力学の建設の基礎になっていたわけでもない。

 しかし、この辺りの量子力学の発展の歴史は(ほんの 1、2 年の間の出来事ではあるが)なかなか複雑である。ハイゼンベルクは急激な発展を続ける量子力学について、その基礎となるものがあまり議論されていないことに憂いを感じ、土台をどこに置くべきか、量子力学をどこに着地させるべきかを考えていた。

 彼は元々、波動関数などという本当にあるかどうか分からないものに基礎を置くことを嫌い、測定して得られる結果だけに信頼を寄せ、その関係のみに注目した理論である「行列力学」をシュレーディンガーよりも前に作り出して量子力学の基礎を築いた経緯のある人物である。

 こういう話を聞くと、彼が堅物の老人で、シュレーディンガーが向こう見ずな若者であるイメージを描くかも知れない。教科書に出てくる肖像もそういうものが目立つ。しかし実際の年齢は 1927 年当時、ハイゼンベルクが 25 歳の若者で、シュレーディンガーは 39 歳のおじさんであった。

 ハイゼンベルクは位置と運動量の演算子が非可換であることの理由を考え、このことが、これらの物理量を同時には決定し得ないことを意味するのだと見抜いた。そして理論と「現実の測定」との整合性のために思考実験を提案した。

 電子の位置を知るためには、光をぶつけないといけない。しかし強い光をぶつけると電子の運動量が変わってしまう。だからと言って弱い光を使うと、光の波長が長すぎて今度は位置が特定できない。・・・などなど。

 この「事実」は非常に衝撃的であり、ハイゼンベルクがこの「鋭い指摘」をした時に、激しい反発が起こった。それまで量子力学の理論を完成させようとあれこれとひねくり回してはいたが、誰もがこんな基本的なところに受け入れがたい事実があろうとは思わなかったのだ。抽象的な概念としてではなく、誰も反論しようのない現実的な測定の限界が確かにそこにある。

この内容を認めずして量子力学を語るべからず

 歴史的背景をこの辺りまで見てみると、なぜこれが「原理」と呼ばれるのかが見えて来る。「受け入れざるを得ない事実だから」という説明はあまり本質を突いていない。

 ハイゼンベルクの行列力学では位置や運動量が行列で表される。行列というのは掛ける順序によって結果が異なるものだが、それがまさに交換関係を表しているのだ。そしてこの形式と、解析力学に出てくるポアッソン括弧式との間に対応が言えるのではないかと見抜き、ハイゼンベルクはそこから量子力学を生み出したのであった。

 彼の行列力学については第 2 部で説明しよう。今すぐ理解するには少し荷が重い。

 とにかく、不確定性原理だけで量子力学の全てが導けるわけではないが、もしこれによって交換関係と現実の測定との間の対応が付けられるならば、量子力学の重要な原理の一つとしてハイゼンベルク流のやり方を勝利に導くはずのものだったのだ。これで波動関数などというおかしなものを仮定する必要はなくなる!!

 しかし残念ながら、不確定性原理を導くためには粒子性と波動性を仮定する必要があった。つまり、シュレーディンガー流の概念も取り入れなくてはならなかったのである。そういう意味で完全勝利とまでは行かなかったが、ハイゼンベルク流にとっての重要な基礎であることには間違いない。


二つの不確定性

 ハイゼンベルクの提案から間もなく、不確定性原理の式が量子力学の体系から数学的に導かれる事になる。それが初めに説明した、測定誤差を確率の標準偏差として考えるやり方だ。これこそが、量子力学の体系が主張するところの正しい意味での不確定性原理である。ハイゼンベルクもこのような解釈に反発したわけではないようだ。

 すべてが納得いく形で収まったかのように見える。しかし果たしてこれは、ハイゼンベルクの思考実験で示された事実と同一の内容を主張しているのだろうか。いや、どこか違うように見える。

 電子に光をぶつけて電子の位置を測る話は専門の教科書にもよく出てくる例ではあるが、いかにも電子の位置と運動量が予め定まっていて、それがある測定誤差以内で測定できるような書き方になっている。つまり、測定された値から\( \Delta x \)\( \Delta p \)以内のところに必ず真の値が存在するが、我々はその値を正確に測定する事は出来ないのだ、という、「不確定性原理」と言うよりはむしろ「不可知性原理」と呼んだ方が良いような論理になっている。

 実際、これらの「思考実験」は量子力学を正しく理解する上では問題点が多い。これらの例では「位置と運動量が同時に確定している粒子」のイメージを使っているが、波動関数を確率解釈するならば、測定値は測定するまで定まっていないことになっている。

 だからと言って、思考実験のやり方が間違っているとは言い切れない。確かに測定の原理上、このような「不可知性」が存在する。測定するという行為そのものが、対象に知り得ぬ撹乱を与えてしまうのは事実だ。

 一方が、測定装置の精度を上げることである範囲内に必ず収めることの出来る誤差。もう一方が、どんなに努力しようと決して避けることの出来ない、幅を限定する事も出来ない確率的な広がりを持つ意味での誤差。問題は、これら二種類の不確定性が本質的に同じものだと言っていいのか、それとも別々の現象が非常に似た形で同じところに横たわっているだけなのかということなのだが、私には答えは分からない。

 多くの教科書もこれについては答えを曖昧にしている。測定技術の進歩によって、この辺りの限界を身近に議論することになるのはそう遠くないだろう。そういう時代に入ろうとしている。


確率的ばらつきの意味

 「思考実験」の方の誤差ではなく、量子力学に特有の確率的誤差について、もう少しだけ詳しく説明しておこう。

 ある一回きりの位置測定をしたとする。いくら測定装置の仕組みを工夫して精度を上げようとも、その精度は、得た値がどれだけ期待値に近いかという保証を与えるものではない。たまたますごい低い確率を当ててしまって、見当違いの場所に粒子を見出してしまっただけなのかも知れない。実は、測定装置の精度が意味を持つのはむしろ測定後のことなのだ。

 ある精度で測定を行うことにより、「その精度程度のばらつき具合で電子がその辺りに存在する」という特殊な状態が実現する。つまり、直後にもう一度同じ精度での測定をすれば、やはりその近くに電子が見出される可能性が非常に高いのである。前回の測定精度が高いほど次回の測定のばらつきは少なくなる。もちろん、高精度の測定の直後に精度を落として測定するのはあまり意味のない事だ。前回の測定結果の付近に以前よりぼんやりと粒子の位置を見出すことになるだけだろう。その後でもう一度高い精度の測定をすれば、今度は粗い測定精度の程度に広がった範囲のどこかに粒子を見出す事になる。

 この直後に電子の運動量を測定しよう。すると今度は、運動量を測定する装置の測定精度に関わらず、先ほどの位置測定の精度に反比例する形で運動量の測定値がばらつくだろう。なぜこんなことになるのかについてはちゃんと理由があって、説明ができるものなので安心して欲しい。この後でじっくりイメージ作りをしていくことにしよう。

 原子の中にある電子がどの程度の運動量を持つかを見積もるのにこの原理を応用するのは非常に正しい使い方である。なぜなら、原子の中にある電子は、原子程度の大きさの範囲にばらついていることが確定している特別な状態である。その状態で運動量を測定すれば、不確定性原理が求める程度のばらつきで値が得られることになるであろう。