3 次元の波動

普通と違う説明をするのは非常に不安ではある。

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3 次元に拡張

 ここまでは余計なことで頭を悩ませなくても済むように\( x \)座標のみを考えた「1 次元のシュレーディンガー方程式」を使ってきた。しかし現実には 3 次元を考えないといけない。

 もちろん電子の運動が実質、直線上や平面内に制限されたと見なせるような状態も存在して、そういう場合には 1 次元や 2 次元の式を当てはめることになるのだが、それは特殊な場合だ。

 1 次元を 3 次元に拡張するくらい大したことないと思うかも知れない。確かに数式の上では項の数が増えるだけだ。しかしイメージにはちょっとした飛躍があり、それを見落とすと誤解をしたままになる可能性がある。


平面波

 3 次元空間中を一定方向に伝わる波を考える。それは例えば
\[ \begin{align*} \psi \ =\ A \cos 2\pi \left( \frac{x}{\lambda_x}+\frac{y}{\lambda_y}+\frac{z}{\lambda_z}-\nu t \right) \end{align*} \]
という形で表される。\( x \)座標が変化することで振幅が変化しつつ、\( y \)座標が変化することでも振幅が変化するわけだから・・・などと考えて台所用スポンジにあるようなデコボコの形の波を思い浮かべてはいけない。そのイメージは\( x \)方向へ伝わる波と\( y \)方向へ伝わる別々の波を掛け合わせたものであってこの式が表すものではない。

 正しくは、自転車置き場の屋根などに使われている波打ったスレートのようなものを思い浮かべるのが良い。ある方向に向かって横並び一斉に伝わる波である。しかしこのイメージは 2 次元の波でしかない。

 3 次元中を伝わる波のイメージは図で表すのが難しいが、どうやったら正しく伝えられるだろうか?無理やり別のもので例えてみよう。

 まず無限に広がる平らで巨大な板を想像して欲しい。この板の面をある方向に向けて、板全体をその方向に前後に一定の周期で揺らすと空気の振動が生じるだろう。この場合は板が波源となって波が前後へ伝わっていくわけだが、その内の一方向へ進む波だけを考えたものが、先ほどの式が表す状況である。

 この振動は無限の後方から無限の前方まで続いているとする。つまり本当は波源などはなくて、ある一定方向に伝わる波で全空間が満たされている状況なわけだ。面に沿って横並び一斉に伝わるので「平面波」と呼ばれている。もう少し学問的な表現をすれば、位相が等しい点を集めると多数の平面が一定間隔で平行に並ぶ状況になっているということだ。

 このイメージで説明すると、空気の振動が縦波だというので、この式が縦波を表しているかのような誤解が生じてしまうのではないかと心配している。縦波か横波かは媒質がどちらへ振動するかで決まるものであって、式の形とは関係ない。これから話したいのはド・ブロイ波についてであるが、ド・ブロイ波の振幅には方向がない。何が振動しているのかも定かではない。つまり、こういう場合には縦波だとか横波だとかは言えないのである。


ド・ブロイ波

 波長と運動量の関係、振動数とエネルギーの関係を使えば、運動量\( \Vec{p} \)、エネルギー\( E \)を持つ粒子のド・ブロイ波は、
\[ \begin{align*} \psi \ =\ A \cos\ \left( \frac{p_x}{\hbar}x + \frac{p_y}{\hbar}y + \frac{p_z}{\hbar}z - \frac{E}{\hbar}t \right) \end{align*} \]
と書くことが出来る。しかしこれは「一個の粒子」のイメージとは程遠いのではないだろうか。粒子はある直線に沿って一直線に進むものだというイメージがある。ところが先ほど考えたように、この波は無限の広がりを持って進むのである。このギャップをどう埋めたらいいのだろう。それは後で説明することにしよう。とにかく量子力学的には一直線に進む粒子のイメージよりも、この波のイメージの方が正しいのである。

 運動量が確定している以上、粒子の位置については何も言えない。強いて言うならば、粒子は全宇宙に均等に存在しているのだ。これが不確定性原理の意味するものである。確かに言えるのは、粒子がある方向へ一定の運動量で運動しているという事だけなのだ。

 しかし波の表現がこのままではまずい。この関数の絶対値の 2 乗を計算すると、確率密度の大きいところと小さいところが現れてしまう。これでは粒子の位置についてわずかではあるが情報が得られることになり、不確定性原理と辻褄が合わない。

 代わりに次のような指数関数を使えばその辺りの問題は解決する。三角関数を指数関数で代用することは以前にもやった。

\[ \begin{align*} \psi \ &=\ A \exp \frac{i}{\hbar}( p_x x + p_y y + p_z z - E t ) \\ &= A \exp \frac{i}{\hbar}( \Vec{p}\cdot\Vec{x} - E t ) \end{align*} \]
 この式の絶対値の 2 乗を取れば、\( |A|^2 \)となり、宇宙の至る所で一定値になる。よってこれこそが運動量一定で進む一粒子を表す式としてふさわしい。やはり確率を表す波は基本的に複素数でなければうまく行かないことが分かる。


演算子

 この波から運動量を取り出すには以前やったように微分をしてやればいい。微分をしてやっても関数の形が変わらないという指数関数の性質は大変都合がいい。\( x \)で微分してやれば\( p_x \)が、\( y \)で微分してやれば\( p_y \)が、\( z \)で微分してやれば\( p_z \)が得られる。
\[ \begin{align*} -i\hbar\pdif{}{x}\psi \ &=\ p_x \psi \\[8pt] -i\hbar\pdif{}{y}\psi \ &=\ p_y \psi \\[8pt] -i\hbar\pdif{}{z}\psi \ &=\ p_z \psi \\[8pt] i\hbar\pdif{}{t}\psi \ &=\ E \psi \end{align*} \]
 このことを利用してやれば、エネルギーと運動量の古典力学の関係式、
\[ \begin{align*} E \ &=\ \frac{\Vec{p}^2}{2m} + V \\ &=\ \frac{1}{2m}( p_x^2 + p_y^2 + p_z^2 ) + V \end{align*} \]
を使って次のような式が出来上がる。
\[ \begin{align*} i\hbar\pdif{}{t}\psi \ =\ -\frac{\hbar^2}{2m} \left( \pddif{}{x} + \pddif{}{y} + \pddif{}{z} \right) \psi + V \psi \end{align*} \]
 これが「3 次元のシュレーディンガー方程式」である。電磁気学で出てきた記号「\( \nabla \)(ナブラ)」を使ってやれば、次のように略してかっこよく表すことも出来る。
\[ \begin{align*} i\hbar\pdif{}{t}\psi \ =\ -\frac{\hbar^2}{2m} \nabla^2 \psi + V \psi \end{align*} \]
 古典的な関係式の中にあるエネルギー\( E \)や運動量ベクトル\( \Vec{p} \)の代わりに
\[ \begin{align*} E \ &\rightarrow \ i\hbar\pdif{}{t} \\[8pt] \Vec{p} \ &\rightarrow \ -i\hbar\nabla \end{align*} \]
のような置き換えをしてやることで量子力学的な方程式が出来上がるというわけだ。


粒子を作る

 上では指数関数こそが一粒子の存在を表す解であるかのような書き方をして来た。しかし許される指数関数は一つきりではない。様々な運動量を表すものが解として存在し、そういった複数の解を足し合わせたものもまた解となるのである。これを「重ね合わせの原理」と呼ぶ。原理と呼ばれてはいるが別に誰かが決まりとして定めたのではなく、シュレーディンガー方程式を見れば一目瞭然の事実である。

 さて、波長の異なる基本的な波を重ね合わせることでどんな形の波でも作り出せると言う数学的な事実がある。先ほど考えた波は波長が一定で全宇宙に均等に存在する波であったが、この性質を使えば粒子の位置が一箇所に集中するような波、すなわち一点だけにピークを持つような形の波を作ることも出来るのではないだろうか。こうして作った波の塊を「波束」と呼ぶ。

 デルタ関数的な波束を作ろうと思ったらあらゆる波長の平面波を同じ割合で重ねることが必要だ。その時、粒子の位置は一点に確定するだろうが、運動量についての情報は一切失われることになる。あらゆる運動量の可能性が重なって存在しているので、どの運動量が本物だとは言えなくなってしまうのである。

 ここまで来ると、一つの面白い可能性について考えてみたくなる。ひょっとすると、我々が粒子だと思って見ているものは実は多数の波が重なり合わさって狭い範囲に集中している状態なのではないだろうか?

 これまでに「物質は波であり粒子でもある」などという訳の分からない説明を聞いて、ごまかされた気分になったことがあるかも知れない。もし「波動関数は物質そのものであって、粒子の存在はそこから導かれる結果だ」と言うことが出来たならどんなにすっきりすることだろう。

 果たしてそのようなモデルはうまく作れるものだろうか?


波束の崩れ

 上の話のように、あらゆる形の波が解として許されてしまうならば方程式が存在する理由がないではないか、と思うかも知れない。しかし方程式はちゃんと意味を持っている。エネルギーを表す部分、すなわち振動数の値がそれぞれの平面波で異なるように制限を加えているのである。このことのもたらす意味が分かるだろうか。

 波の速度は波長と振動数の積で決まるのであった。つまり、それぞれの波の速度(これを「位相速度」と呼ぶ)は異なっていることになる。当たり前と言えば当たり前だ。あらゆる運動量を考えているのだから、エネルギーの高い状態も低い状態も重なった状態だ。色んな速度があって当然だろう。

 しかしその結果、平面波の重ね合わせで作ったせっかくの粒子像はこの速度差のためにだんだんとばらけてしまって、崩れていってしまうのだ。波束はいつまでも同じ形を保ったまま移動できるわけではない。これでは現実の粒子の振る舞いを説明することができない。粒子が空間に溶け込むようにすうーっと消えてしまうなんてことはそう度々あっては困るのだ。うまくはいかないものだ。

 教科書や大学の演習などでは時間に依存しない「定常解」について考えさせられることが多いのでこういう状況については余り意識することがないかも知れない。波動関数が制限を受けて特定の形として定まるのは「エネルギー一定」の条件で解いているからであることを忘れてはいけない。