エントロピーの正体

量子力学との絡みがもう出てきてしまった。

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簡単なたとえ

 エントロピーの正体を理解するために、次のような小道具を用意して考えよう。次の図のように容器の内部を 6 つの領域に分けて番号を付ける。特に仕切りを作る必要はない。

 ここでサイコロを一回振って、出た目と同じ番号の場所に玉を一つ置く。これを 100 回も繰り返せば、100 個の玉は 6 つの領域にほぼ均等に置かれることになるだろう。経験上そうなることを知ってはいるが、なぜそうなるのだろうか。

 逆に質問をこう変えると分かりやすい。全ての玉が左端に集まったりしないのはなぜだろうか。それは確率の問題である。左端に集まるためのサイコロの目の組み合わせは、100 回とも 1 の目が出るという一通りしかないからだ。

 玉が全体にほぼ均等に散らばるのは、それを実現するようなサイコロの目の出方が、他と比べて圧倒的に多くあるからだと言える。

自由研究: 玉が 1 だけに集まる組み合わせは一通りしかないが、1 と 2 にだけ集まる組み合わせはもっとずっとあるだろう。1 と 2 と 3 では?1 と 2 と 3 と 4 では?6 に一つも入らない組み合わせともなればかなり大きいはずだが、それは全体からみてどれくらいだろう?サイコロを振る回数が増えるほど、その開きはどんどん大きくなる。サイコロの目の数を増やしたらどうなるだろう?


エントロピー増大の理由

 容器の中の気体分子についても同じような考え方ができる。気体が容器一杯に、ほぼ均等に散らばろうとするのは、その状態が起こりやすいからに他ならない。大部分の分子がたまたま容器の片隅に集まることは、完全に無いとは言えないが、その確率は非常に小さいから実現しないだけなのだ。・・・と考えてはどうだろう。

 真空容器に仕切りを設けて、一方だけに気体を入れる。この仕切りを外せば、気体は一気に全体に広がる。これは不可逆過程であり、エントロピーは増大し、元には戻らない。

 全ての分子が狭い範囲内にとどまって運動しているパターンより、全体に広がって運動する方が、分子が取りうるパターンの数が圧倒的に多いためにそうなるだけなのだ。この、分子が取り得る運動パターンの数のことを、専門書では「微視的状態の数」と表現している。

 我々はエントロピーという用語を使って、これが増大することが自然の法則として定められているのだと表現しているけれども、その本質はそんなに難しいものではない。珍しい状態にとどめてあった仕切りや制限が外されて、もっと沢山のパターンを取ることが許されて、その中でも最も珍しくない状態が実現しているだけなのである。

 すると、エントロピーの値の大小というのは、許された微視的状態の数の大小と関係があるということになる。


エントロピーと微視的状態の数の関係

 気体の入った容器 A、B があるとする。それぞれのエントロピーが、\( S\sub{A} \)\( S\sub{B} \)だとすると、合計のエントロピーは\( S\sub{A} + S\sub{B} \)と表されるのであった。熱力学ではそのように計算していた。

 一方、それぞれの容器の中で気体分子が取り得る微視的状態の数を\( W\sub{A} \)\( W\sub{B} \)と表すとしよう。両方の容器をまとめて見たとき、考えられる微視的状態の数の合計は、それぞれのパターンを組み合わせた分だけあるのだから、\( W\sub{A} \times W\sub{B} \)という積で表されることになるだろう。

 二つのものを合わせて見たとき、片や、和で表され、片や、積で表される。そのような量が関連し合っているというのである。積を和で表すと言えば、対数を思い浮かべるだろう。すると、エントロピー\(S\)と微視的状態の数\(W\)の間には次のような関係があるのではないだろうか。

\[ \begin{align*} S = k \log_e W \end{align*} \]
 これを「ボルツマンの関係式」と呼ぶ。\( k \)は熱力学で定義されたエントロピーに合うように、単位の次元と大きさの辻褄を合わせる為に入れた定数で、「ボルツマン定数」と呼ばれる。ちょっと待てよ・・・。ボルツマン定数ってのは、すでに以前の話でも出てきているな・・・。実はそれと全く同じもの、同じ値であることを後で示すことにしよう。

 とにかくこのように考えれば、

\[ \begin{align*} S\sub{A}\ &=\ k \log_e W\sub{A} \\ S\sub{B}\ &=\ k \log_e W\sub{B} \\[12pt] \therefore\ S\sub{A} + S\sub{B} \ &=\ k \log_e (W\sub{A} \times W\sub{B} ) \end{align*} \]
となって、話が合うではないか。


微視的状態の数の数え方

 ここまで曖昧にしてきたが、微視的状態の数とは何のことで、どのように数えたら良いのだろうか。

 第 1 部の「リウビユの定理」の中で話したことを思い出してもらいたい。そこでは、多粒子のあらゆる状態を表す「Γ (ガンマ)空間」というものを考えた。その中で一点を指定すれば、全粒子の運動状態が完全に定まるのである。

 ではその点の数は幾つだと言えるだろう?無理だ。数えることはできない。状態はこの空間の中で連続的に変化することが許されているので、状態の数は無限にあることになる。

 では仕方が無いので、その空間の中で移動を許された範囲の広さを、微視的状態の数と似た概念だとして代用するしかないだろうか。

 それにもまた問題があるのである。ガンマ空間というのは\( N \)個の粒子の、3 次元位置と 3 次元運動量の積である。位置と運動量の積は角運動量の次元に等しいから、ガンマ空間の体積は、角運動量の\( 3N \)乗次元の量だということだ。そんなものをそのままボルツマンの関係式に代入してしまっては、右辺と左辺とで次元が釣り合わないことになってしまう。

 この困難を避けるため、角運動量の次元を持った定数\( h \)を導入し、ガンマ空間の体積を\( h^{3N} \)で割ってやることにする。実はこの定数\( h \)こそ、量子力学で出てくる「プランク定数」なのである。このようにして対数の中身を無次元に整えてやり、エントロピーと同じ次元の定数であるボルツマン定数を付ける事で辻褄を合わすわけだ。

 いや、もうごまかし切れないからここで今のうちに話しておいた方が良いだろう。実のところ、自然はニュートン力学が考えるような連続的なものではなく、ガンマ空間のごく狭い一定範囲内にある二点を別の状態だと区別できないのである。それで位置と運動量の不確定性関係に出てくるプランク定数がここで登場するというわけだ。つまり微視的状態の数は、実際は数えられるのである。

 このように、こんな段階で量子力学との絡みが出て来てしまうとは、統計力学というものが量子力学と相性の良い理論だという事が予感できるだろう。しかし本格的に量子力学を取り入れるのはまだ大変なので、今しばらくはなるべく古典力学にしがみついたまま、どうしても仕方ないときにだけ量子力学の論理を借りてきて、それに頼るようにしよう。