断熱過程

断熱関係式を求めたい。

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断熱圧縮

 シリンダーに気体を入れていきなり圧縮すると熱くなる。中学辺りで実験しなかっただろうか?シリンダーに空気と一緒に綿を入れておいて、体重をかけてピストンを一気に押し込むと、綿がチカッと輝きを放ち、一瞬にして燃え尽きてしまう。内部はかなりの高温になっていると思われる。

 ディーゼルエンジンはこの原理を応用している。ガソリンエンジンのような電気発火するための点火プラグは付いていないが、圧縮した時の高熱で燃料を自然発火させるのである。

 ところでなぜ熱くなるのだろう。

 \( pV = nRT \)だけでは答えは出て来ない。圧力をかけてその分、体積が減って・・・減り方が足りないから\( T \)が増えるのか?いや逆か、体積が減る分だけ圧力が増して、増え方が予想外に大きいから・・・?こんなことを考えても温度が変化する理由は見出せない。

 しかし実は簡単なことだ。圧縮する時に\( \diff 'W = - p \diff V \)の仕事を加えているのが原因だ。そしてその熱エネルギーを外部に放出する暇も無いから温度が上がる。断熱材を使って積極的に熱を遮断しているわけではないが、熱を通過させる暇を与えないので実質は断熱変化だと言える。

 カルノーサイクルのところで断熱変化の話を持ち出しておきながら、こんな基本的なところをまだ説明していなかったことに今さら気付いたが、説明の順序を修正するつもりはない。そもそも説明の順序がこうなっているのは、断熱変化について詳しく知らなくてもエントロピーの本質を理解するのに何も不都合がないことを示したいという目的があってのことだ。

 ここに書いたくらいの話は説明しなくとも想像が付くだろう。これは次の話をするためのちょっとした確認に過ぎない。


断熱関係式

 圧力をかけて体積が減って、しかも同時に温度が上がるとなれば、\( p \)\( V \)の関係は単なる反比例ではない複雑なものになりそうだ。しかし複雑とは言っても状態方程式はいつも成り立っているはずで、温度がどう上がるかだけが問題になっているわけだ。

 しかし温度の変化は\( p \)\( V \)の変化によるもので、\( p \)\( V \)はそれぞれ勝手に変化するのではないのだから、何らかの関係として式に表せるはずだ。どうやったらいいだろう。

 加えた仕事によって内部エネルギーが上昇することは知っているが、それが気体の温度の上昇とどういう関係があるのかさえ未だ不明だ。確か、定積比熱は内部エネルギーの変化と温度の変化の比で表すことが出来たのでその関係が使えそうな気もするが、あれは体積が一定だという条件付きで言える話だった。

 ではどうすればいい?何かヒントはないものか。

 内部エネルギーの定義は次のようなものであった。

\[ \begin{align*} \diff U\ &=\ \diff 'Q + \diff 'W \\ &=\ \diff 'Q - p \diff V \end{align*} \]
 今は断熱過程 (\( \diff 'Q = 0 \)) を考えているので、
\[ \begin{align*} \diff U + p \diff V = 0 \tag{1} \end{align*} \]
と書ける。この\( \diff U \)\( \diff p \)でも\( \diff T \)でもいいから別の変数で表すことが出来れば、体積変化\( \diff V \)との間に何らかの関係式を引き出せそうだ。ここで定積比熱\( C_V \)を使えないかと考えてみる。定積比熱の定義は
\[ \begin{align*} C_V\ =\ \frac{1}{n}\thdif{U}{T}{V} \end{align*} \]
であったから、この形式を見ただけで\( U ( T, V ) \)であると考えていると分かる。つまり\( \diff U \)は、
\[ \begin{align*} \diff U \ &=\ \thdif{U}{T}{V} \diff T \ +\ \thdif{U}{V}{T} \diff V \\ &=\ n\ C_V \diff T \ +\ \thdif{U}{V}{T} \diff V \end{align*} \]
と書き直すことが出来る。これを先ほどの (1) 式に代入すれば、
\[ \begin{align*} n\ C_V \diff T + \left[ \thdif{U}{V}{T} + p \right] \diff V = 0 \end{align*} \]
となる。このままではまだ式の中に\( U \)が入っていて気持ち悪い。何とか消去する方法は無いだろうか。確か前に次のような関係式を導いたことがあった。(「エンタルピー」の記事参照。)
\[ \begin{align*} C_p \ =\ C_V + \frac{1}{n} \left[ \thdif{U}{V}{T} + p \right] V \beta \end{align*} \]
 よく見ると、そっくりそのまま使えそうな部分があるではないか。(賢明な読者は騙されてはいけない。この話で使うためにわざわざこの式を作っておいたのだ。)これを使うことで、
\[ \begin{align*} C_V \diff T + \frac{ C_p - C_V }{V \beta} \diff V = 0 \end{align*} \]
という\( \diff T \)\( \diff V \)の間の関係式が導ける。これは「断熱関係式」と呼ばれている。欲しかったものがこれで見付かってしまったのではないだろうか?期待したほど簡単な関係にはならなかったが、知りたかったのは結局はこういう意味の式だったのかも知れない。

 いや、やっぱり違う!こんな微分どうしの関係ではなく、もっとすっきりした式が求まることを期待していたはずだ。実験で決めなくてはならないような定数が含まれているのも期待外れだ。なぜこんな形でしか求まらないのだろう。

 よくよく考えてみれば、初めの方で\( pV = nRT \)という式を頭に置いて議論していたのだった。それで似たような関係式が導けるものだといつの間にか期待してしまっていたのだった。これ以上シンプルな関係式が欲しければ、やはり理想気体に限定して考える必要があるということだ。


理想気体の場合

 ちょっと前に戻って、次のような関係式を導いたところからやり直そう。
\[ \begin{align*} n\ C_V \diff T + \left[ \thdif{U}{V}{T} + p \right] \diff V = 0 \end{align*} \]
 ここからは理想気体についてのみ考えるので、内部エネルギー\( U \)は温度\( T \)のみの関数であると考えればいい。よって、
\[ \begin{align*} n\ C_V \diff T + p \diff V = 0 \end{align*} \]
のような簡単な式になる。さらに\( p = nRT/V \)を代入してやることで\( T \)\( V \)のみの関係式にしてやろう。
\[ \begin{align*} C_V \diff T + \frac{RT}{V} \diff V = 0 \end{align*} \]
 \( C_V \)が残っているのが気になるかも知れないが、前回確認したように理想気体の場合にはこれは\( T \)のみの関数になっているのだった。左辺に\( V \)に関するものを、右辺に\( T \)に関するものを寄せてやれば、
\[ \begin{align*} \frac{1}{V} \diff V = - \frac{C_V}{RT} \diff T \end{align*} \]
となる。前回やったマイヤーの関係式と比熱比の定義を使えば、
\[ \begin{align*} \frac{C_V}{R}\ =\ \frac{C_V}{C_p-C_V}\ =\ \frac{1}{\gamma-1} \end{align*} \]
と書けるので、
\[ \begin{align*} \frac{\diff V}{V} = - \frac{1}{\gamma-1} \frac{\diff T}{T} \end{align*} \]
となる。これを積分してやれば、
\[ \begin{align*} &\log V\ =\ - \frac{1}{\gamma-1} \log T + \text{定数} \\ \therefore \ &\log T + (\gamma-1) \log V \ =\ \text{定数} \\ \therefore \ &TV^{\gamma-1}\ =\ \text{定数} \end{align*} \]
という関係式を得る。\( T = pV/nR \)であることを使うと、
\[ \begin{align*} pV^{\gamma}\ =\ \text{一定} \end{align*} \]
というすっきりした形になる。これを「ポアッソンの式」と呼ぶ。欲しかったのはこういう形だ。

 この式が何の役に立つかといえば、取りあえず、カルノーサイクルの説明のところで本物っぽい断熱曲線を描く時に使っている。他の用途でも使うことがあるだろう。


身近な例

 冒頭でディーゼルエンジンの話をしたが、その他にも色んなところで断熱過程を見ることが出来る。

 身の回りにはスプレー缶が沢山ある。傷口を消毒するためのものや、熱くなった筋肉を冷やすもの、芳香剤、消臭剤、洗剤、殺虫剤、風でほこりを吹き飛ばして精密部品を洗浄するためのものなど。これらを使っていると缶が冷えるのに気付くだろう。カセットコンロのガス缶でこの実験をするのは危ないからやめた方がいいが、普通にコンロにセットして皆ですき焼きなどを食べている時に缶に手を触れると冷たくなっているのが分かるはずだ。これは「断熱膨張」の良い例である。

 気体を断熱圧縮すると熱くなる。すぐに元に戻せば元の温度に戻るわけだが、熱くなった状態でしばらくおいて冷ましてやればそこで熱エネルギーを失うことになる。その後で断熱的に元の体積に戻してやると、以前より冷たくなるという原理だ。工場でスプレー缶にガスを詰めた時には熱くなっていたに違いない。

 「これと同じ原理が家庭用のクーラーや冷蔵庫に使われている」という説明をいろんな所で見かけるのだが、正確には少し違うので注意しておこう。この方式での冷却を実現しようとすると仕組みが複雑になってしまうこともあって、工業用の特殊用途や一部の航空機の空調などに使われている程度でしかない。詳しく知りたい人は工業熱力学の教科書などで、「空気冷凍」「逆ブレイトンサイクル」などを調べるといいだろう。

 家庭用のクーラーや冷蔵庫では、断熱圧縮して発生した熱を捨てるという部分は同じであるが、断熱膨張の部分では「ジュール・トムソン効果」と呼ばれる別の原理が使われている。それについては次回で説明しよう。

 他には低気圧で雲が発生するのも断熱膨張の仕業だ。低気圧に周りから吹き込んだ風は上昇気流を生む。高いところでは気圧が低くなっているから、上昇した空気は周りの空気を押しのけるという仕事をしながら膨張することで温度が一気に下がり、そのために空気中に溶けていた水蒸気が放り出されて霧として姿を現すというわけだ。

 標高が高いところの気温が低くなっている理由の一つはこれである。