ジュール・トムソン効果

恩恵を受けているにも関わらず、誤解は大きい。

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実験の改良

 2 つ前の記事で話した「ゲイリュサック・ジュールの実験」を思い出してもらいたい。熱力学は熱平衡に達した状態での状態量の関係を論じる学問だから、気体が真空中に広がろうとしている途中での状態に対してはあまり確かなことが言えない。内部エネルギーが体積変化に依存しないとは言っても途中ではどうなっているんだと突っ付かれると困ってしまう。しかもこの実験は一瞬で終わってしまうので精密な測定が難しい。

 そこでこの実験を改良して、容器の間を繋いでいたパイプの中に綿を詰めて、気体がゆっくり真空中へもれるようにしたらどうだろうか。熱平衡に近い状態を保ったまま変化し続ける状況が作り出せるだろう。

 この実験で面白いことが起こる。容器\( A \)から容器\( B \)へゆっくりと気体を噴き出させると、容器\( B \)の側の気体の温度が変化するのだ。この現象を「ジュール・トムソン効果」と呼ぶ。なぜこんなことが起こるのだろう?

 それを考える前にこの実験装置の他の改良点についても確認しておこう。

 まず容器\( A \)と容器\( B \)をつなぐ管の中に綿を詰めた。これは気体が一気に流れてしまうのを防ぐためである。両方の容器の中で平衡状態が保てるようにゆっくり流したい。

 しかしこれだけでは不都合がある。容器\( B \)の中に気体が流れ込んでくると容器\( B \)の中の圧力が徐々に高まってゆくだろう。それでは状態が時々刻々と変化してしまう。これを一定に保つために、容器\( B \)にピストンをつけてその上におもりを乗せ、常に一定の圧力が保てるようにしておこう。

 気体を流してやるためには、容器\( A \)の側に容器\( B \)よりも強めの圧力をかけてやる必要がある。そちらの圧力も一定に保てるように、容器\( A \)の側にも同じ仕組みを作る。そして容器\( B \)よりも少し重いおもりを乗せてやる。

 両方の容器には温度計を設置しておく。これで変数を完全にコントロールした状態での実験が出来るわけだ。容器\( A \)の温度を一定に保ち、容器\( B \)での温度を測ることにする。

 前の実験では容器\( B \)の側を真空状態にして始めたが、この実験では予め容器\( B \)にも気体を入れておく。そうしないと平衡状態を作り出せないからだ。

 ここまで変えてしまうと、これはすでに前の実験とは全く性格の異なる実験になってしまっているのではないだろうかと不安になることだろう。その通り、全く違う実験であるから、あまりそこで悩まないで欲しい。


等エンタルピー変化

 容器\( A \)では圧力は\( p_a \)で常に一定、容器\( B \)では圧力は\( p_b \)で常に一定。綿の栓(細孔栓と呼ぶと専門的でかっこいい)を挟んで圧力の異なる気体が接している。

 準静的でありながら不可逆過程。前に「準静的過程は可逆過程だ」と説明したが、それを全く覆すような実験である。このような、系の全体では平衡ではないが部分的に平衡状態が保たれた状況を「広義の準静的過程」だと見なすことがある。「広義の準静的過程」を含める場合、可逆過程だとは限らないということだ。

 これで何が起こるかを分析してみよう。

 容器\( A \)の中の気体の一部分、例えば体積\( V_a \)が容器\( B \)へと流れると、そこでは圧力が違うので体積に変化があるだろう。それで\( V_b \)になったとする。その時にこの「移動した気体」の内部エネルギーにはどれほどの変化があるだろうか。

 この気体は圧力\( p_a \)で押し出されて出て行った。つまり\( p_a V_a \)の仕事をされた。そして圧力\( p_b \)が掛かっているところへ押し入って行った。そのために\( p_b V_b \)の仕事をしたことになる。さて、これは結局エネルギー的に得をしたのか損をしたのか、どちらだろうか。確かに\( p_a > p_b \)だが、それゆえに\( V_a \lt V_b \)であり、これだけではどちらが大きいのか分からない。

 理想気体の場合は\( pV \) = 一定 が言えるので差し引き 0 になるのではないだろうか?しかしそれは温度が一定の場合の話であって、今回、容器\( B \)の側の温度は特に制御しているわけではない。それほど簡単な話ではないだろう。

 いや待てよ。理想気体の場合にはその考えが使えそうだ。仮に容器\( B \)の側の温度が\( A \)よりも高ければ、膨張するために内部エネルギーを余計に消費して温度が下がり、その逆は逆の結果になる。それで結局は容器\( A \)と温度が変わらないところで安定するだろうという予想がつく。そう、それでいい。

 しかし実在気体についてはそう簡単ではない。

 この状況を式で書くと、

\[ \begin{align*} \Delta U\ &=\ U_b - U_a \\ &=\ p_a V_a - p_b V_b \end{align*} \]
ということであり、これを変形すると、
\[ \begin{align*} U_a + p_a V_a\ =\ U_b + p_b V_b \end{align*} \]
となっている。よく見ると移動の前後でエンタルピーを一定に保っているではないか。つまり、気体膨脹のエネルギーを含めた全エネルギーという意味では変化はしていないことになる。

 それを踏まえて考えを整理し直そう。先ほど「押し出されて出て行った」という表現を使ったが、気体を押し出すためのエネルギーを容器\( A \)側が負担したのだろうか。そう見えるかも知れないが、それは出て行った気体の内部エネルギー\( U_a \)とそれ以外の部分\( p_a V_a \)を分けて考えているからであって、それらの全量は元々気体自身がエンタルピーとして持っていたものだと考えた方がよい。容器\( A \)はエネルギーを持った気体が出て行ったことによってのみ、エネルギーを失っただけだと考えるのである。

 容器\( B \)も気体が入ってきてそこで膨張することによって余計にエネルギーを得たように見えるが、流入してきたエネルギーの全量は結局、流入してきた気体が持っていたエンタルピー分でしかないのである。

 容器\( A \)から容器\( B \)へエネルギーが移動したとか、どちらがエネルギー的に得をしただとかいう見方をすると無用な混乱をしてしまうので注意しようということだ。

 結局、気体は自身の内部エネルギーと膨張のエネルギーを交換して自分で出て行ったのである。ややこしいことを考えないで、後は気体自身に任せればいいだけの話だ。移動によって内部エネルギーが増えたのか減ったのかは気体自身がやりくりしていることになる。もし内部エネルギーが増えれば代償として温度が高くなるし、減っていれば温度は低くなるだろう。(温度が内部エネルギーだけで決まるのは理想気体だけの話だが、おおよそそういう傾向があるということは言える。)

 さて、実在気体の場合、温度は上がるのか下がるのか一体どちらになるのだろうか。そしてそれを決めている主原因は何だろうか。


計算で検証

 それを知るためにどれほどの圧力差\( \Delta p \)を与えるとどれほどの温度変化\( \Delta T \)を生じるのかを計算してみればいい。つまり知りたいのは、等エンタルピー変化における\( \Delta T \)\( \Delta p \)の比、\( \thdif{T}{p}{H} \)である。これは「ジュール・トムソン係数」と呼ばれている。

 計算すればいいだけなので詳しい説明は省こう。ずっと前に紹介した「マクスウェルの規則」を使えば、

\[ \begin{align*} \thdif{T}{p}{H} \thdif{p}{H}{T} \thdif{H}{T}{p} = -1 \end{align*} \]
が言える。これを次のように変形する。
\[ \begin{align*} \thdif{T}{p}{H} \ =\ - \frac{ \thdif{H}{p}{T} }{ \thdif{H}{T}{p} } \\ \therefore\ \thdif{T}{p}{H} \ &=\ - \frac{ \thdif{H}{p}{T} }{ n\ C_p } \end{align*} \]
 右辺の\( \thdif{H}{p}{T} \)を分かりやすい形に直したい。\( \diff H = T \diff S + V \diff p \)であることより、
\[ \begin{align*} \thdif{H}{p}{T}\ =\ T \thdif{S}{p}{T} + V \end{align*} \]
であり、さらにここに「マクスウェルの関係式」を使えば、
\[ \begin{align*} &=\ - T \thdif{V}{T}{p} + V \\ &=\ - T V \beta + V \end{align*} \]
となる。この結果を先ほどの式に代入して、
\[ \begin{align*} \thdif{T}{p}{H} \ =\ \frac{V( T \beta - 1 )}{n\ C_p} \end{align*} \]
を得る。これが望んでいた係数だ。

 これには 1 モルあたりの体積、定圧比熱、定圧膨張率などが含まれており、同じ実験をしても物質の種類によって温度の変化の仕方に違いがあることが分かる。また同じ物質であっても温度や圧力によって値が変化するようだ。だから正確な温度変化を求めたければ、

\[ \begin{align*} \Delta T \ =\ \int_{p_a}^{p_b} \thdif{T}{p}{H} \diff p \end{align*} \]
のような積分計算をする必要があるだろう。

 この係数の中でも一番大きな影響がありそうな部分は、分子のカッコの中身であって、\( T\beta \)が 1 より大きいか小さいかによって、この係数全体が正にも負にも 0 にさえなるようである。この係数が正ならばこの実験で(圧力が下がるのに合わせて)温度は下がるし、負ならば逆に温度は上がることになる。

 理想気体の場合は常に\( T\beta = 1 \)であるから、係数全体は 0。よってこの実験で温度変化は起こらない。先ほど考えた通りの結果だ。

 ところが実在気体の場合には、低温の時に膨張率が高いために\( T\beta > 1 \)になり、高温になると膨張の割合が減るので\( T\beta \lt 1 \)になるという傾向がある。つまり低温の気体を使えば温度が下がるが、高温の気体を使えば逆に温度が上がることになるのである。

 どこかに係数がちょうど 0 になるような温度があるはずで、それは「逆転温度」と呼ばれている。しかしその温度も圧力によって変化する。

 物質を温めるのは容易だが、冷やす方法は限られている。この現象を冷却に応用しようと思ったら、逆転温度がなるべく高い物質を使うのが有利になるだろう。少なくとも常温以上でないと空調には使えない。


冷房の仕組み

 これと同じ原理が冷蔵庫やクーラーに応用されている。

 以前は内部の気体として、逆転温度が高く、化学的にも安定していて人体に無害で耐久性があり機械にも優しいフロンガスが使われていたが、オゾン層の破壊という点では無害とは言えなかったため、最近では主に代替フロンが使われている。しかしこれも二酸化炭素の数千倍に相当する温室効果を及ぼすという点で問題があることから、代わりに二酸化炭素やプロパンなどを使った「ノンフロン冷蔵庫」なども登場してきたようだ。冷房に使うこれらの作業気体、作業物質を「冷媒」と呼ぶ。

 時々ブーンという音が聞こえるのはコンプレッサーの動く音だ。これは気体の断熱圧縮をしている。それで熱くなった気体を冷蔵庫の背面にある放熱器やクーラーの室外機へ持って行って外気で冷やしている。

 今回の原理が使われているのはその後だ。クーラーの中からシューという音が聞こえるだろう。最近は静音タイプが流行だから高級なものでは聞こえないかも知れない。細い管を通して、圧縮された気体を圧力の低い側へ噴き出させているのである。噴き出した気体はジュール・トムソン効果で冷える。部屋の中の熱風をファンを使って冷えた気体の入った筒に当てると冷えた風に変わるわけだ。温まった内部の気体は再びコンプレッサーへ送られて、これが繰り返される。構造が簡単で連続的に冷却できるという利点があるのでこの方法が広く使われている。

 以上は基本原理の説明であって、実際は中の冷媒は常に気体であるわけではない。放熱器のところである程度冷えると気体から液体に変わるように調整してあるし、ジュール・トムソン効果を使うところでは、液体のまま圧力の低いところへ噴霧して、室温で一気に気体に変わるようになっている。その方が気化熱や凝固熱を利用できて熱交換の効率がさらにいいのである。気化熱や凝固熱についてはもっと後の方で説明することになると思う。

 ここで気になるのは冷媒を液体のまま低圧下に放り出してもジュール・トムソン効果と呼べるのだろうかということだ。これでは単なる気化熱の応用なのではないだろうか。ジュール・トムソン効果は気体に特有の現象ではないのだろうか。

 ジュール・トムソン効果の本質がどこにあるのか、何を以ってジュール・トムソン効果と呼ぶのかが分かっていないとこのような疑問に悩まされることになる。


本質はどこにある?

 ところでこの現象は前回やった断熱膨張とは何が違うのだろう?違いを挙げろと言われれば色々と挙げることは出来る。

[ 断熱膨張 ]
・等エントロピー変化
・可逆変化
・どんな気体でも起こる。
・温度は必ず下がる。

[ ジュールトムソン効果 ]
・等エンタルピー変化
・不可逆変化
・理想気体では起こらない。
・温度は上がることも下がることもある。

 これを見る限り、全く異なる現象であるように見える。しかしこんな事を列挙されても今ひとつよく分からない。両方とも気体が膨張することで起こるのだ。にも関わらずこの大きな違いを生み出している決定的な差は何なのだろう。

 どちらの現象も膨張する時には仕事をしている。そして熱はどこからも与えられていない。結果として内部エネルギーを失って冷えるはずだ。しかしジュール・トムソン効果の場合では冷えないこともある。それはなぜか。

 上ですでに考えたことなのですぐに分かる。ジュール・トムソン効果には、高圧から低圧へ移るときに「仕事をされる」過程が含まれていることが原因だ。これだけが決定的な差であって、それさえなければジュール・トムソン効果で起きていることは「断熱膨張」と何も変わるところがない。

 いや、まだ何か違うな。なぜ一方は仕事をされて、もう一方はされないのだろう。前回の断熱膨張を実現しようとすると仕事を系の外部へ取り出すことが必要だ。しかしジュール・トムソン過程では仕事を外部へ取り出す部分がない。外部へ出すはずだったエネルギーを内部で溜め込んだままにしてあるのだ。そういう違いは確かにある。

 実際この二つの現象を、「断熱不可逆膨張」「断熱可逆膨張」と呼んで区別することがあるが、これらの現象の本質をよく表している表現だと思う。両方とも「断熱膨張」の一種なのだ。ちなみに前者は「ジュール・トムソン膨張」と呼ばれることもある。

 もしジュール・トムソン膨張において「仕事をされる」度合いが小さければ、内部的には純粋な断熱膨張に近くなる。現実のクーラーの動作で、冷媒を液体のまま低圧に放り出すのはそのためだ。液体になっていれば気体に比べて極めて体積が小さい。その分だけ低圧下に放り出す時の仕事が小さくて済むのである。

 放り出された液体はそこで気体にまでなるほどの急激な断熱膨張をすることで温度が下がる。それを「気化熱を奪う」と表現することがある。つまり、クーラーや冷蔵庫は「断熱膨張」あるいは「気化熱」を利用していると説明してもあながち間違いではない状況ではあるのだ。

 すると冷媒を選ぶ時に、逆転温度なんてものはあまり気にしなくてもいいのだろうか?そうではない。低温で温度変化に比べて膨張率が高いことがジュールトムソン係数が正になる傾向を決めているのであった。液体から気体への膨張はまさにその性質に貢献していると言えるだろう。

 実際、理想気体は分子間力がないと仮定されている存在であって、幾ら低温にしても液体や固体にはなれない。液体や固体に変化するという性質は分子間力を持つ実在気体にのみ許されたものである。いつか気化熱や凝固熱について話す時に、このことも詳しく説明しよう。