圧力の単位

言い方も違ってる
いい? アットモスフィアよ、あなたのはアトモースフィア

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なぜ単位の話がここに入るのか?

 SI(国際単位系)が標準化されて広く使われるようになってきているが、圧力に関しては物理学の実験であっても様々な単位がいまだに使われている。一体どれがどう定義されているのか分かりにくいのでまとめておくことにしよう。

 実はこの後に出てくる記事で何の説明もなく「1 気圧」や「760 mmHg」などという単位を使うのが嫌だったので、早い段階で説明を入れておこうと思ったのである。前回の大気圧の話も今回のための予備説明だった。というか、今回の話と前回の話は元々は一つの記事にするつもりだったのだが、長くなってしまったので二つに分けたのである。長い寄り道になってしまった。

 物理で出てくるような単位に限っておこうかとも思ったが、流体力学は工学系の学生の必修科目の一つであることが多いし、工業系でよく使う単位の説明も入れておくことにした。あれこれ調べていると面白くなってきてしまったので、圧力の単位をほとんど網羅することになってしまった。


Pa(パスカル)

 由緒正しいSI単位である。1 m2 あたりに掛かる力が 1 N であるような圧力である。

 今でこそ当たり前のように使われているが、1992年の12月にテレビの天気予報の気圧の単位がそれまでの mbar(ミリバール)から一斉に hPa(ヘクトパスカル)に変わるまではほとんど世間に知られていなかった単位である。当時は「えらくマイナーな単位を持ち出してきたもんだな!?」という感想だった。

 それまでは学校でも N/m2 (ニュートン毎平方メートル)という表記を使うように教えられていた。Pa という単位は以前から存在はしていたが、誰も敢えて使おうとはしなかったのである。


atm(アトム)

 地球の大気層の底に住む我々にとっての平均的な大気圧を基準にした単位である。

 atmosphere の略だが単位を表す記号なのでピリオドは付けない。英語圏では略さず atmosphere と読み、日本語では母音を勝手に入れてアトムと読む。さあ、恥ずかしがらずにカタカナ読みしよう。アトム! ちなみに atmosphere を発音するときのアクセントの位置は日本人は間違えて覚えていることが多いので要注意である。な? 素直にカタカナ読みしとけ。

 定義は 1 atm = 101325 Pa である。

 ぴったり正確にこの値だということにしておこうと決めたのである。地球というのはその土地の地形や岩石の密度や緯度などによって重力加速度が違っており、気温も天候も各地で異なるわけで、そのせいで標高 0 m における平均気圧というのもあちこちで違っているものなのだが、国際度量衡総会の開催地パリと同緯度の平均海水面での平均気圧を参考にしてこの値に決めることにしたのである。
 あれ? 英語圏で atmosphere と読むのは正しいのか? それで意味が通じるのか? と不思議に思ったので調べてみた。 「atmosphere」と言えば普通は周辺の空気、心理的に受ける雰囲気、あるいは「the atmosphere」で地球を包む大気そのものを意味する。 単独で気圧を意味することはないのではないだろうか? 大気圧を表すためには「atmospheric pressure」と表現する。 英和辞典で atmosphere を調べると「気圧」と載っていたりするが、それはおそらく気圧の単位としての atm のことだろう。 「1 気圧」と言いたいときに「1 atmosphere」と表記したりすることはある。 「atmosphere」の単独で大気圧を意味するような用例は見当たらなかった。 ああ! ちょっと待って!? 一つ見つけた。 「standard atmosphere」という専門用語があるのだった。 その意味は「標準気圧」であるから atmosphere が気圧を意味しているという特殊な例だ。 この「標準気圧」というのは 1 atm のことである。


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気圧(きあつ)

 定義は 1 気圧 = 101325 Pa である。つまり、まったく正確に 1 気圧 = 1 atm であり、要するに、atm の日本語表記版である。
「1 気圧」「2 気圧」「0.5 気圧」のようにして使う。

 1 気圧のことを「標準気圧」とも呼ぶ。化学や熱力学では「標準状態」という概念が出てくるが、あれは温度と圧力がワンセットになったものだった。一方、この標準気圧というのは全く圧力だけで決まるものであり、温度は関係してこないので安心していい。
 ところで、高校の化学では標準状態を「0 ℃ かつ 1 気圧の状態」であると習うのだった。 ところが、これには幾つかの流儀があって、色んな分野ごとに多少の混乱した状況があるようである。 温度については 0 ℃ とすべきというものと、25 ℃ とすべきという二通りがあり、 圧力については 1 気圧とすべきというものと、1000 hPa ちょうどにすべきという二通りがある。 それぞれの組み合わせで 4 通りの流儀が存在しているようなのである。 どれを採用するかによって 1 モルの理想気体の体積が違ってくることになる。


mmHg (ミリメートル水銀・水銀柱ミリメートル・ミリメートルエイチジーなど)

 元々の意味は水銀気圧計の水銀の高さをミリメートル単位で表したものである。読み方は人によって違っており、色々とありすぎる。わざわざエイチジーだの水銀柱だの言わずに「ミリメートル」とだけ読んで略すことも多い。英語では「millimeters of mercury」と読むらしいし「of mercury」の部分を頻繁に略することも共通している。血圧計などでいまだに使われているし、科学論文でもよく出てくる。

 定義は 1 mmHg = 101325/760 Pa である。

 これが何を意味するかというと、水銀の高さ 760 mm ちょうどで 1013.25 hPa ちょうどだというのである。つまり 1 気圧ちょうどである。あやしい。水銀という現実の物質を使っていながら、端数無しの値になるはずがない。誰かが嘘をついている。

 試しに実際の水銀が 1 気圧でどんな高さになるかを計算してやると……。ああそうか、水銀は温度によって密度が変わるのだから、温度を決めてやらないと正確な値が決まらない。しかも重力加速度の値も地球の各地で微妙に違っているわけだし。それで実際の水銀がどうなるかは無視して、温度に依存しないようなすっきりした定義を作ったというわけか。確かに、そちらに合わせた方が世のため人のためだ。

 まぁ気になるので確かめてみよう。室温付近の水銀の密度である 13.534 g/cm3 という値を使って計算してやると 763.43 mm という値が出る。定義から 3.5 mm 近くもずれていると言えば大きそうに思えるが、763.43/760 = 1.0045 だから約 0.5 % 以内のズレであって、割と小さいとも言える。

 この程度の差はあまり気にしない方がいい。水銀柱の高さなど、その日の気圧に合わせて大きく上下するものなのだ。


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Torr(トル)

 トリチェリの名前にちなんだ単位である。定義は 1 Torr = 101325/760 Pa であるから、実は mmHg と全く同じ意味である。1 気圧 = 760 Torr と書いた方が分かりやすいかもしれない。

 なぜ実質的に同じ単位が二つあるかといえば、歴史的な経緯が色々とあるのだが、水銀柱に依存したイメージが強い mmHg という単位からの脱却を図ったのだろうと思われる。私の学生の頃には mmHg ではなくこちらを使うことが「より科学的だ」などと言って勧められたりもしたが、mmHg から Torr への移行は 1960 年頃から始まった風潮であり、今では定義も色々と変わってきたし、1992 年に改正された新計量法で Pa(パスカル) を使うことが強く勧められているので今後は使われなくなっていくだろう。
 mmHg は血圧のみ、Torr は生体内の圧力にのみ認められることになったらしい。
 しかし物理実験で真空度を表すときに Torr は今でも良く使われているのではないかと思う。真空度計などの工業製品は Pa による表示をしていないと取引できないのではないかと思うのだが、どうやら目盛りに Torr も併記する形で逃れていたりするようである。あるいは単体の真空度計として売るのではなく特殊装置の一部として売るなら法律にも縛られなかったりするだろう。Torr の使用に慣れた人が徐々に減っていく今がようやく移行期という感じかもしれない。
 科学論文は計量法などの法律で縛られていないので、使用する単位系を統一しなければならないというわけではない。 公表する実験データは生の数値に近い方がいいということもあって、実験室で使用されている計器の目盛りが Torr であれば、 わざわざ Pa に換算しないで載せることの方が多いのではないかと思う。 そこは分野によって風潮は違うかもしれない。 どちらにせよ、今後は Pa 表示の装置が増えてくるだろうから Pa を使う論文が増えていくだろう。


b(バリ)

 メートル、kg、秒を基本としたMKS単位系の圧力である Pa(パスカル)に対して、cm、g、秒を基本としたcgs単位系での圧力の単位が b(バリ)である。1 cm2 あたりに 1 dyn(ダイン)の力が働くような圧力を意味しており、1 dyn というのは 1 g の質量の物体を 1 秒で 1 cm/s に加速するような力であるから、1 N = 100000 dyn であって、パスカルと比較すると次の関係にある。
\[ \begin{align*} 1 \ [\rm{Pa}] \ =\ \frac{1 \ [\rm{N}]}{1 \ [\rm{m}^2]}\ =\ \frac{100000 \ [\rm{dyn}]}{100 \times 100 \ [\rm{cm}^2]} \ =\ 10 \ [\rm{b}] \end{align*} \]
 たった 10 倍違うだけだ。今ではMKS単位系が主流であり、cgs単位系の使用は推奨されていないのでほとんど誰も使うことのない単位である。そんなものをなぜ説明しているかというと、次に説明する bar(バール)と関係しているからである。

 バリという読みは barye であって、重さを意味するギリシャ語の baros が由来である。気圧計をバロメーター(barometer)というのはもちろんこのことと関係がある。


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bar(バール)

 20世紀の初めに気圧を表すために作られた単位である。当時はまだcgs単位系が主流であったが、気圧をバリを使って表そうとすると、約100万バリであった。あまりに大きすぎるので、バリを100万倍した新しい単位を作ったのである。

 1 bar = 1000000 b

 こうしておけば 1 bar は約 1 気圧となる。現代の 1 気圧の定義を使えば、1 気圧は正確に 1.01325 bar である。天気予報でいちいち小数点を入れて読み上げるのは面倒なので、値が 1000 倍になるように mbar(ミリバール)という単位が使われることになったのだった。

 バールの語源はバリと同じで、ギリシャ語の baros である。当時、これ以外にも似たような名前の圧力の単位が色々と作られたのだった。
 絶対圧を意味する abusolute の a を付けた bara とか、ゲージ圧を意味する g を付けた barg とか。
 残念ながら bar はcgs単位系でもMKS単位系でもない中途半端な存在なので使われなくなってしまった。以上、実用的にはもはやあまり役に立たない豆知識である。古い文献を読むときに助けになるかもしれない。


kgf/cm2 , kgw/cm2(キログラム重毎平方センチメートル)

 これは工業系、工学系でよく使われる単位である。最近では工業分野でも Pa(パスカル)への移行が進んできているが、まだまだあちこちで目にする。

 工業系では力の単位を N (ニュートン)ではなく kgf という単位で表してきた。これは「キログラム重」あるいは「重量キログラム」というもので、1 kg の物体に掛かる重力を意味している。kgf ではなく kgw という表記もあるがどちらも同じ意味である。f は force の略で、w は weight の略である。

 圧力については「 1 cm2 あたりに何 kg の物体が載っているのと同じ状態だな」といった感じで、日常感覚に近いレベルでイメージできて大変に分かりやすい単位になっている。

 プレス機に付属している圧力計や性能表示のプレートなどで良く見かけるが、これは工場で働いてないとあまり目にしないか……。日常で見る機会があるとすれば、自動車のタイヤの適正圧力の表示とか……と思ったら、手持ちの圧力ゲージの目盛りもいつの間にかみんな 100 kPa 単位になっとるではないか!今まで 2.30 kgf/cm2 などの表示だったのに、今は 230 kPa のような表示なのか。

 重力加速度である 9.8 を掛けるかどうかという違いなので、この値は 10 にとても近くて、Pa(パスカル)への移行によって桁は大きく変わっても、有効数字は 2 % くらいの変化しかないのである。

 定義は 1 kgf/cm2 = 98066.5 Pa である。

 近似値ではなくこのようなぴったりした定義になっているのは、国際度量衡委員会が1901年に採択した「標準重力加速度の値を 9.80665 m/s2 とする」という決まりが工業界では今でも使われているからである。


工学気圧

 1 気圧というのは 1 kgf/cm2 にとても近い。そこで、工業界としては 1 気圧をぴったり 1 kgf/cm2 だということに決めてしまった方が便利ではないか、ということになったのである。それを現代では「工学気圧」と呼び、普通の 1 気圧とは区別する。単位は at である。

 1 工学気圧 = 1 at = 1 kgf/cm2 = 98066.5 Pa

 この at というのは atmosphere の最初の二文字である。歴史的経緯から言えば、由来は英語ではなくドイツ語であるようである。

 1 気圧からどれだけずれているかというのが気になるだろう。上の定義からすぐに分かるように、1 工学気圧 = 980.665 hPa である。台風接近の時にそれくらいにまで落ちるだろうか。普段の気圧よりは結構低めなのである。直接比較すると次のような感じである。

 1 atm = 1.033 at
 1 at = 0.968 atm

 3 % ほどの違いがあることが分かる。

 とにかく、大気圧というのは 1 cm2 あたり 1 kg の物体が載っているのとほとんど同じようなものだ、という肌感覚は覚えておいて損はない。


psi(ピーエスアイ・プサイなど)

 この psi というのは、海外の工学系論文、海外の工業製品のカタログ、外国製の圧力計などでたまに目にする。輸入バイク、ダイビングなどの趣味を持つ人は遭遇率が高いだろう。要するにヤードポンド法による圧力の単位である。科学の敵だ、滅ぶべし。

 psi というのは pound-force per square inch の略である。訳せば「重量ポンド毎平方インチ」ということになる。1 インチ四方に何ポンドの物体が載っているのと同じかという意味である。滅ぶべし。

 参考までに書いておくと、1 atm ≒ 14.7 psi である。使う必要はないだろう。