シュバルツシルト解を考える

これで初心者の疑問がかなり解決すると思うのだけど。

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誰を基準にしているか

 シュバルツシルト解を求めるときには球対称だというので極座標を採用したのだった。前回の話で強調したことを考えてみよう。つまり、これは一体、誰の立場での座標なのだろうか。

 星が静止しているように見える立場?そう、それは確かに正しいのだが、それだけでいいだろうか。つまり、どの位置にいる人にとっても共通して使える座標だと言えるだろうか?

 例えばこんなことを考えてみる。太陽くらいの質量の星のシュバルツシルト半径は約 3 km だ。もし太陽がこれ以下のサイズにまで縮んだらブラックホールとなるのだが、それよりも少しばかり大きめのサイズにまで縮んだと考えてみよう。この星の表面で感じる重力は極めて強力だが、仮にそこに立っている人がいるとしたら、この人は星に対して静止している立場にあると言える。この人にとっての座標と、星から無限遠の位置にある人の座標の解釈は同じになるだろうか。

 この後の計算のために、シュバルツシルト解をここに書いておこう。微小線素は次のように表されるのだった。

\[ \begin{align*} \diff s^2 \ =\ - \left( 1 - \frac{a}{r} \right) \diff w^2 \ +\ \left( \frac{1}{ 1 - \frac{a}{r} } \right) \diff r^2 \ +\ r^2 \diff \theta^2 \ +\ r^2 \sin^2 \theta \diff \phi^2 \tag{1} \end{align*} \]
 ここで\( a \)はシュバルツシルト半径で\( a\ =\ 2GM/c^2 \)である。星から無限遠ではこの式の第 1 項と第 2 項の係数はそれぞれ -1 と 1 になるのであり、平坦な時空、つまりミンコフスキー時空と同じものである。そうなるように条件を設定して解いたのだから当然ではある。

 この段階ではシュバルツシルト時空の具体的な形というものはイメージしにくいかも知れないが、とにもかくにも、今は\( (w, r, \theta, \phi ) \)という座標を使って全時空に線が引かれているのである。そしてそれらの 4 つの座標変数というのは、無限遠の位置にある人にとっては、私たちが通常使っている意味での時間、距離、角度となるようなスケールに調整されているということだ。

 これで最初の問いかけに一部だけ答えることが出来そうだ。この座標系は、無限遠に静止している人の肩を持つように作られている。だからと言って星の表面に静止している人には使い物にならないというほどのものでもない。これからその辺りも見ていくとしよう。


時間の短縮

 さて、星の表面にいる人、すなわち半径\( r \)の点にいて静止している人が、座標\( w \)で計って\( \diff w \)だけ時空の中を移動したとしよう。これは普通の言葉で言えば\( \diff w \)だけ時間が経過したということなのだが、実は星の表面にいる人が感じている時間のことではない。そこに\( w \)の座標線が引かれているので、仕方なくそれを使って表現してみたまでのことである。それはあたかも、「地球儀上で経度 \( \diff \phi \)だけ移動した」と言っても、場所によって移動距離が異なるのと同じことだ。

 では実際には、半径\( r \)の位置における時間方向への距離\( \diff w \)というのはそこにいる人にとってどれくらいの長さに相当するのだろう。ここで微小線素\( \diff s \)が活躍する。これは場所が変わっても本当の長さ(4 次元距離)を示してくれる量なのだった。この人は空間に対しては運動していないので\( \diff r = \diff \theta = \diff \phi = 0 \)である。よって、こうなる。

\[ \begin{align*} &\diff s^2 \ =\ - \left( 1 - \frac{a}{r} \right) \diff w^2 \\ \therefore\ &|\diff s| \ =\ \sqrt{ 1 - \frac{a}{r} } \diff w \end{align*} \]
 4 次元距離の自乗はこんな風に負になることもあるので気になるかも知れないが、今はその大きさだけに注目したい。\( \diff w \)というのは無限遠の地点ではちょうどそこでの時間と同じ意味である。それと比べて、半径\( r \)がシュバルツシルト半径に近づくほど、\( |\diff s| \)が小さくなることが分かる。つまり半径\( r \)の地点では時間軸の間隔が狭く集まるような形になっていて、その地点では\( \diff w \)と言っても、それほど長い時間ではないのである。

 それでも無限遠にいる人は、時空全体に引かれているこの時間軸の間隔を信用しているので・・・、ちょっと表現が悪いかな・・・信用というか、この同一時間軸上にある出来事のすべてを同時に起きた出来事だと解釈することになると言った方がいい。それで、自分のところで\( \diff w \)だけ経過した後には、別の地点でも\( \diff w \)だけ経過したところが自分と同時なのである。しかし今説明したように、別の地点での\( \diff w \)というのは、実は大した時間が経っていない。

 要するに、無限遠にいる人は、「シュバルツシルト半径に近いところにいる人ほど自分のところより時間がゆっくり流れているのではないか」という感想を持つことになるわけだ。


同時の解釈は共通か

 では星の表面に踏ん張っている人にとって、無限遠にいる人の時間の流れはどう見えるだろう。今、全時空に引かれている座標を受け入れるならば、自分にとっての\( \diff w \)は無限遠にいる人のところでは間隔が広くなっており、そこでは時間の流れが早いのだと解釈することになるだろう。

 しかし今の座標は無限遠にいる人に合わせて引かれたものである。星の表面にいる人がこの同じ線を受け入れる理由があるだろうか。

 特殊相対論ではそんなことは成り立っていないのだった。\( ( w , x ) \)にいる人が、別の人にとっての\( ( w', x' ) \)と同時だと主張するとき、\( ( w', x' ) \)にいる人にとっては\( ( w , x ) \)は同時ではなかったのであった。だからこそ色々と奇妙で面白い現象が出てきたのである。

 一般相対論の場合には同時刻の線は共通として良いのだ、なんて勝手に早合点してしまってはいけない。ちゃんと考えて根拠を探さないと。では「今回の話では互いに相対速度を持ってないから両者は共通の系にいると言えるのだ」なんて説明ではどうか?納得できるだろうか。それもどこか怪しい。

 まぁ、これはそんなに難しいことではないのである。。ここまで考えてきた座標は無限遠にいる人に合わせて解かれたものであった。そのときの「無限遠で時空が平坦になる」という条件は人為的に入れたものなので、その条件を少し変えてやって、「半径\( r \)の地点で平坦になる」という条件で解いてやればいいのだ。もちろん、ここで言う平坦というのは完全な平坦ではなく、その一点だけで平坦なのである。そういう座標系を取れるというのが一般相対論の主張でもあった。正確には今の場合、一点だけで平坦というのではなくて、半径\( r \)の球面上だけで平坦だと言っておくべきか。

 ちょっと記号の使い方を変えておいた方が良さそうだ。星の表面の位置を定数にしておきたい。これを半径\( r_s \)としておこう。添え字の\( s \)は surface の頭文字のつもりだ。とにかく、半径\( r \)\( r_s \)を代入したときにミンコフスキー計量が実現するような解を求めればいいのである。以前にシュバルツシルト解を求めた手順を見直せば割と簡単に導かれる。

\[ \begin{align*} \diff s^2 \ =\ - \frac{ 1 - \frac{a}{r}}{ 1 - \frac{a}{r_s}} \diff w^2 \ +\ \frac{1 - \frac{a}{r_s}}{ 1 - \frac{a}{r} } \diff r^2 \ +\ r^2 \diff \theta^2 \ +\ r^2 \sin^2 \theta \diff \phi^2 \tag{2} \end{align*} \]
 第 1 項の分母は定数であるし、第 2 項の分子も定数である。要するに、\( w \)\( r \)のスケールが定数倍だけ違うだけで (1) 式と同じ形をしている。というわけで、別の立場による座標を引き直してみても、同時刻線は前と変わらず共通だと言えるのである。これでまた一つ疑問が解決だ。

 ここで少し補足しておいた方がいいかも知れない。たった今、\( r_s \)の一点だけでミンコフスキー計量が実現するような座標を導いた。この点で誤解をしている人がいる可能性がありそうに思えるのだ。これはその地点で重力を感じなくなるような座標に乗り移ったという意味だとは限らないので注意が必要だ。以前にニュートン近似のところで\( g\sub{00} \kinji -1-\frac{2}{c^2} \phi \)という関係があることを説明した。\( g\sub{00} \)の値の -1 からのずれが重力の存在を表しているとも言った。これによると確かに\( r_s \)の地点での重力ポテンシャル\( \phi \)は 0 となるようだが、重力の強さはこの\( \phi \)の微分で決まるのであるから、その一点で\( g\sub{00} \)が -1 だからといって重力を感じないわけではないのである。もし自分が移動していった先々で常にミンコフスキー計量が実現しているような座標を選ぶなら、それは自由落下する人を基準にした座標を意味するわけで、確かに重力を感じないことになるのだが、今回はそうではない。その辺にはちゃんと気をつけるようにしよう。

 話を戻そう。とにかくこうして、無限遠にいる人と、星の表面にいる人の間に時間の流れの差があることがはっきりした。具体的な話があるといいかも知れない。例えば星の表面の時間の流れが半分になるのはどんな場合だろうか。

\[ \begin{align*} \sqrt{1-\frac{a}{r}} \ &=\ \frac{1}{2} \\ \therefore\ r \ &= \frac{4}{3} a \end{align*} \]
 つまりシュバルツシルト半径の 4/3 倍の地点だということになる。シュバルツシルト半径の何倍の地点かということだけで決まるというシンプルさがありがたい。

 無限遠との比較にこだわる必要もない。任意の 2 点、\( r_s \)\( r_t \)での時間の流れの比を求めることが出来る。(2) 式の第 1 項の平方根を取ることで、\( r_s \)を基準にした\( r_t \)での時間の流れは

\[ \begin{align*} \sqrt{ \frac{ 1 - \frac{a}{r_t}}{ 1 - \frac{a}{r_s}} } \ \ 倍 \end{align*} \]
になっていると表せるわけだ。わざわざ (2) 式を持ち出してこれを求めなくても、各地点で同時刻線は共通しているのだから、一旦無限遠との比較を挟んで考えても同じことだ。どの地点から見ても「あそこはあそこの何倍で時間が流れている」という共通認識が成り立っているということになる。そして、どこを基準にして見た場合にもシュバルツシルト半径のところでは時間が止まって見えるということか。この不思議な点で何が起こっているのかはまた別の機会に考えることにしよう。


距離の短縮?

 空間の長さについてもこれと似たような議論が出来る。話を簡単にするために、再び無限遠の地点と地表にいる人との比較に戻ることにする。

 棒の長さを測るとき、同時刻における棒の両端の座標の差を見るのである。棒を星の表面に垂直に立てた場合、この棒の両端の時空の距離はどう表されるだろうか。棒の両端の時刻差は 0 なので、\( \diff w = 0 \)であろう。また\( \diff \theta = \diff \phi = 0 \)でもあるから、これらを (1) 式に代入してやる。

\[ \begin{align*} &\diff s^2 \ =\ \left( \frac{1}{ 1 - \frac{a}{r_s} } \right) \diff r^2 \\ \therefore \ &\diff s \ =\ \frac{1}{ \sqrt{ 1 - \frac{a}{r_s} } } \diff r \end{align*} \]
 この式の意味を解釈してやろう。つまり、星の表面、つまり半径\( r_s \)の地点にいる人が長さ\( \diff r \)だと主張している棒があったとする。その\( \diff r \)というのは無限遠の人の肩を持つように引かれた座標でわざわざ測ってくれた数値である。だからと言って無限遠にいる人はその主張をそのまま受け入れてはいけない。座標の線は途中で曲がっているかも知れないのでその目盛り間隔については信頼が置けない。本当の長さは\( \diff s \)が表しているのである。上の結果を見れば、それは報告された値\( \diff r \)より大きくなってるってことになる。しかしこれでは情報が足りない。星の表面にいる人は、現場ではその棒の長さを本当はどれくらいだと考えているのだろうか。その値との関係はどうなっているのだろう。

 ややこしくなってきた。申し訳ないがやり直そう。仮に、座標軸には\( \diff r \)という間隔で目盛りが刻まれていて、無限遠にいる人の手元ではその間隔は 1 m だったとしよう。この目盛りは星の表面に至るまでずーっと座標軸に刻まれているが、星の表面まで行く頃には、現地の人がその間隔を測ると例えば 2 m になっているというようなものだ。つまり、それはこういうことだろうか?

 無限遠にいる人が「俺のところでは目盛りは 1 m 間隔なんだが、そっちではどうなってる?」と聞いて、地表の人がそれに対して「いや、2 m 間隔になってますよ?」と答える。「なんじゃそりゃ?お前の使ってる 1 m モノサシが縮んでんじゃねーの?」「いや、縮んでなんかいませんよ」「そうなのか・・・?あ!そうか、そっちの空間自体が縮んでるからお前にはそれが分からないんだよ」

 いや、この話は違うかも知れない。今の会話では無限遠にいる人が、目盛りはずっと 1 m 間隔なのだと信じてしまっている。果たしてそれでいいのか?\( \diff s \)というのは現場での本当の長さを表しているので、実際にも目盛り間隔の方が伸びてしまっていると考えた方がいいのではないか。

 いや、現場にいる人にとって目盛り間隔が広くなっているかどうかはこの際、関係ないかも知れない。大事なのは無限遠にいる人にとって、この座標の目盛りの長さをどう考えるかということだ。あくまで目盛りが示す長さが正しいと信じるのか、はたまた現場の言い分を重んじるのか。

 どちらの解釈が妥当なのか。時間の場合には座標が示す通りの同時刻線というものを信じたのだが、距離についても同じ態度を取っていいだろうか。それがはっきりするまでは距離が本当に縮んでいるかどうかの議論は後回しにしておこう。


半径の意味

 それにしても、半径を表す座標の目盛りが信頼できないとは何という事態だろう。半径の小さい方へ進むほど目盛り間隔はどんどん広がってゆくので、例えば地表までのワイヤーを用意して、実際にワイヤーに定規を当てて降下距離を測りながら地表へと降りてゆくと、その長さは出発地点と到達地点のそれぞれの座標値の差を計算したよりも長くなるのだ。

 極端な話、もしシュバルツシルト半径まで降下しようとしたのなら無限の距離を降りて行くことになったりはしないだろうか。いや、こういうのはちゃんと計算して確かめておいた方がいいだろうな。しかし無限遠の地点から地表面\( r_s \)までの距離というのを考えてみてもこれは当然ながら無限になるのだから話にならない。だから半径\( r_t \)の地点から\( r_s \)の地点まで降下したとして計算してみよう。

\[ \begin{align*} l \ &=\ \int_{r_s}^{r_t} \diff s \ =\ \int_{r_s}^{r_t} \frac{1}{ \sqrt{ 1 - \frac{a}{r} } } \diff r \\ &=\ \left[ r \sqrt{1-\frac{a}{r}} \ +\ \frac{1}{2} a \log_e\left\{2 r \left(\sqrt{1-\frac{a}{r}} + 1 \right) - a \right\} \right]_{r_s}^{r_t} \end{align*} \]
 これは私が自力で解いたのではなくコンピュータ(Wolfram Alpha) に計算してもらったのであるが、検算はしてみたので信頼して良い。どうやら無限の距離にはならないで済みそうだ。安心した。もしそうならシュバルツシルト半径の手前には無限に広い空間が存在していることになってしまって解釈に困るところだった。

 この式は分かりにくいので、半径が\( a \)より遥かに大きい場合を仮定して近似してやると、

\[ \begin{align*} l \ \kinji \ \ r_t - r_s \ +\ \frac{a}{2} \log_e \frac{r_t}{r_s} \end{align*} \]
となる。確かに 2 点の座標の読みの差\( r_t - r_s \)よりも長い距離になっているようだ。

 さて、困った。我々はここまでシュバルツシルト半径が幾つだとか、半径\( r_s \)の地点だとか気楽に言ってきたではないか。しかしこの半径というのは実際の距離を意味していないのだという。座標\( r \)が天体の中心までの直線距離を表すのではないとしたら、これらの半径は一体、何を基準にしたどこからの距離だというのだろう。

 ちょっともがいてみようか。天体から十分に離れたところでは次のようなことが考えられる。\( xy \)平面だけで考えよう。今、天体の中心がこの平面の原点にあるとして、自分は\( ( x, 0 ) \)のところにいるとする。上の話に拠ればここから\( x \)軸のマイナス方向へ\( x \)だけ進んでも原点にはたどり着けないらしい。実はこの面は平面ではなく、原点付近で時空が縮むかどうかしているのである。しかし自分のいるところはそこから離れていて、とりあえずかなり平らだと考えられる。そこで、ひとまずそのまま\( y \)軸の方向へかなり進んで\( ( x, y ) \)の地点に行き、そこから\( x \)軸のマイナス方向へ\( x \)だけ進めば\( ( 0, y ) \)に着くだろう。そこから\( y \)軸のマイナス方向をまっすぐ見たときにそこに天体が見えるならば、自分のいた元の位置は\( x \)だったと考えて良さそうだ。

 今まで何の気なしに使っていた座標\( r \)というのはこんな面倒な意味で定義されているとでも言うのだろうか?いや、今の話は天体から無限遠の距離にあって時空が平らだと考えられるからこそ出来たのである。天体に近いところでの半径\( r \)についてはどんな定義があると言うのだろうか。

 例えばこんなのはどうだろうか、と考えてみる。時間軸は無視して、とにかく空間を 2 次元の曲面に喩えてやる。この原点には天体があり、その付近ではまるでアリジゴクの巣・・・いやもっと深くて急な漏斗のように沈み込んでいて、この曲面上を長い距離進んでもなかなか原点には辿り着けないとか、そんな感じになっているのだろうか。ここで半径\( r \)を定義するための補助として、その穴を隠すようにその上に別の曲がっていない平面をかぶせてみてはどうだろう。その平面には同心円が描いてあって、原点からの距離を表示している。真上から見たときに、曲面上の\( r \)座標と平面上の原点からの距離が一致するように定義できないか。

 残念ながらこういう考え方は相対論にふさわしくない。曲がった時空上で起こることが世界の全てなのだ。そこに別の平面を重ね合わせて次元を増やして考えるなんてことは思想に反するし、そんなことをしなくても理解できる方法がきっとあるに違いない。


円周方向の長さはどうなっているか

 あまり解決することがないまま、考えることばかりが増えていく。座標\( r \)の本当の意味は何なのか?果たして距離は縮むのか。これは正確には「半径方向の距離は縮むのか」と表現した方がいい。まだこの後で「果たして円周方向には距離は縮むのかどうか」なんてことも考える予定でいるのだ。それなのになかなか先へ進めないでいる。

 ん、円周か?円周は縮むかな?

 え、わざとらしい展開だって?いや、実際に私はこの辺りの考えを何度も往復して悩み込んだのである。それを一筆書きのように並べ替えて、読者を無駄な往復に巻き込まないで済むように説明しているのでこういう感じの話の持って行き方になるのである。

 円周方向の微小距離がその場所場所によってどう表されるのかを調べるにはこうすればいい。まず、\( xy \)平面で考えることにするので\( \theta = \pi/2 \)だと固定しておこう。円周方向の移動を表すにはどうしたらいいだろう。全宇宙に引かれている「無限遠の地点を基準にした座標」を使って表現する限りは、\( \phi \)の変化量\( \diff \phi \)で表すしかないわけだ。そして\( \diff w = \diff r = \diff \theta = 0 \)であるので、これらを (1) 式に代入すれば

\[ \begin{align*} &\diff s^2 \ =\ r^2 \diff \phi^2 \\ \therefore\ &\diff s \ =\ r \diff \phi \end{align*} \]
となる。円周方向の移動距離をわざわざ\( \diff \phi \)を使って表してもらっても、その地点の位置\( r \)によって真の移動距離\( \diff s \)はそれぞれに異なるという意味である。まぁ、当然のことではある。円周全体の長さを計算したければ、これをぐるっと一周分だけ積分すればよい。
\[ \begin{align*} l \ =\ \oint \diff s \ =\ \int_0^{2\pi} r \diff \phi \ =\ 2\pi r \end{align*} \]
 うーん、何だか良く知っている形の式になってしまったな。\( l = 2\pi r \)だなんて、平面上で円周を求める公式と同じじゃないか。

 ちょっと待てよ?これは重要なことを意味しているのではあるまいか。星の上に立っている人は自分がいる空間が縮んでいるなんて感じてはいない。自分のいる星の表面を一回りしながら一周分の距離を測ってやって、それを\( 2\pi \)で割れば、自分のいる場所の位置を表す半径\( r_s \)が求まる。これはごく当たり前のことだというわけだ。このような\( r \)の定義方法は(もし足場があればだが)どの地点にいる人も共通して使うことが出来る。

 位置座標\( r \)の目盛りはこの定義に合うように刻まれていたというわけか!半径方向について考えた時には、座標に頼った目盛り間隔と現場で測った目盛り間隔とに差があった。しかし円周方向については現場での測定値と、座標に頼った計算が一致するのである。それは、この\( r \)座標の定義を受け入れる限りという条件付きだが、円周方向には距離の縮みは全くないということでもある。

 座標\( r \)は円周を基準にして定義されていた?少なくとも天体の中心からの距離を意味するのではないということだ。前に考えた「アリジゴクの巣と平面を組み合わせたやり方」による半径\( r \)の定義は思想的には非常にまずかったわけだが、結果的には正しい考え方と一致することになる。だからイメージの助けにはなるかも知れない。

 どの地点にいる人も自分の位置を座標\( r \)を使って表すことが出来、その値は誰にとっても共通の意味を持つ。座標\( r \)を使う正当性が強まってきた。するとそれに対して縮んでいるのは、やはり半径方向の距離の方だということか。


これでいいのか

 無限遠から見た場合、星の表面にいる人の空間は重力方向には縮んでいるように観察され、その一方、円周方向には全く縮んでいない、ということになる。

 座標\( r \)の目盛りの意味ははっきりしたが、果たしてこれこそが信頼に足る「本当の長さ」だとして認めてしまっていいものだろうか。重力方向に距離が縮むと言っても、それはこの半径\( r \)の方を基準として認めた場合の話だ。しかし現実的には、これ以外に位置の基準として頼れそうなものはなさそうだ。

 結局、距離が縮むとか時間が縮むとかいうのは、解釈の問題でしかないのではないか。そう解釈すればうまく行くようにこの世界が出来ている。本当に距離が縮んでいるかどうかなんてことを確認する方法が別にあるだろうか。

 無限遠から見たときに、ここに住んでいる人たちが確かに横長になって生活しているのが肉眼で見えるとか、すぐ隣に並んでみて直接比較できるというのなら分かりやすいが、直接そういう姿を観察することはないだろうと思う。

 いや、この辺りの事についてはまだはっきり結論付けるべきでないかも知れない。一般相対論では光速度が一定ではないという話があるのだった。伸び縮みした時空での光の進路について考えればもう少し理解が深まるかもしれない。次回はその辺りのことを調べてみよう。