プランクの理論

新しい理論が出るとき、全てを正しく理解していたわけではない。

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事実は小説よりも遠回り

 熱放射の強度分布を表す正確な式の形と、そうなる根本の理由が知りたい・・・という話の続き。それも今回で終わる。

 ウィーンの提案した式は、周波数の高い領域では実測と見事に一致したのだが、周波数の低い側ではずれが見つかったのだった。一方、レーリー・ジーンズの理論式は、周波数の低い部分では一致したが、そこ以外では全く役に立たなかったのだった。全域の振る舞いを正しく説明できる理論が待ち望まれていた。そこにプランクが登場し、量子論的なアイデアを導入して見事にこれを解決し、量子論への道を開いたのである。

 ・・・などというドラマチックな展開で語られる解説は世に多いのだが、 史実とは掛け離れている。

 プランクは量子論を先見するようなアイデアを持っていたわけではなかった。伝統的なやり方で試行錯誤しているうちに、偶然、量子論的なものを発見したのである。しかも彼自身でさえその意味を受け入れるのに躊躇していた。何とかして古典的な考えの枠内で解釈できないかと散々に知恵を絞って、結局はうまく行かなかったのだった。

 それに、彼はレイリー・ジーンズの理論を知った上で自分の理論を作ったのでもなかった。彼がこの問題に取り組み始めたのはレイリー卿の論文よりも前のことであり、まったく別のアプローチで研究を開始していた。彼は周波数の低い側での数式がどういう形であるべきかというのを、レーリー卿の論文からではなく、実験結果から知ったのである。

 そもそも、レイリー・ジーンズの理論が最終的な形に落ち着いたのは、プランクの理論の発表から 5 年後 (1905) のことである。ここから面白いことが読み取れるだろう。つまり、プランクの理論はすぐに認められたわけではなく、彼の理論の発表の後でもまだ、あーでもない、こーでもない、と新しい理論への模索がしばらく続いていたことが窺えるのである。

 こういうことを知っていると、なぜプランクはレイリー卿のアイデアを踏み台にせず、遠回りとも思える独自の考え方をしたのか、ということが理解できると思う。当時としてはそれが逆に成功への近道だったかも知れないけれども・・・。

 私は科学史に忠実であることを目的とはしていないので、洗練された現代的な解釈を織り交ぜながら、かなり簡略化して説明しようと思う。これよりさらに洗練された説明の仕方もあるのだが、それはもう少し知識を身に付けてからにしよう。


プランクの内挿公式

 1900 年の 10 月。プランクは低い周波数の側についての精密な実験結果を知らされた。そしてその数日後の学会において飛び入り講演を申し入れ、もし熱放射の分布式が次のような形をしていれば、全周波数領域において実験結果とピッタリと合うことになると発表した。
\[ \begin{align*} R(\nu,T) \ =\ \frac{a \nu^3}{e^{b\nu/T} - 1} \end{align*} \]
 これが「プランクの内挿公式」と呼ばれるものである。内挿というのは interpolation の訳であり、この場合、これはむしろ「補間」と訳した方が意味が分かりやすいんじゃないかと思うのだが、日本ではすでにこの呼び名で定着している。

 なるほど、\( \nu \)が大きければ、分母の 1 は無視できるので、これはウィーンの放射法則と同じものだし、\( \nu \)が小さければ、分母の指数関数の部分は

\[ \begin{align*} e^{b\nu/T} \ \kinji \ 1 \ +\ b \frac{\nu}{T} \ +\ \cdots \end{align*} \]
と近似できるので、
\[ \begin{align*} R(\nu,T) \ \kinji \ \frac{a}{b}\nu^2 T \end{align*} \]
となり、レイリー・ジーンズの式と同じ形になる。前回までに話した二つの法則の「間を補う」形の式となっているわけだ。

 プランクはどうやってこの式にたどり着けたのだろうか。「内挿」と聞くと、何やらそういう、きちんとした数学的な手続きがあるかのように思えたりもするが、そういうわけではない。「内挿公式」という呼び名は後の人が付けた呼び名だ。かと言って、天才の直感的ひらめきといったものでもないようで、どうやら試行錯誤の努力の結果に出てきたものらしい。その導出過程を探るのは科学史的には興味があるかも知れないが、現象を理解する上ではあまり助けになるものではないだろう。

 彼はこれを発表した後で、なぜこの形の式がうまく現実と合うのかを必死で考え抜き、たった 2 ヶ月の後に新しい理論を発表することになったのだった。まさに 20 世紀を迎える直前の出来事である。


プランクの共鳴子

 多くの教科書ではプランクの理論を説明するために、途中までレイリー・ジーンズのやり方を使って説明している。つまり、前回やったのと同じ、空洞内の定在波の数を数える方法を採用しているのである。ちょっとおかしいではないか。これではあたかもプランクがレイリー卿の理論を知った上に自分の理論を築いたかのように見えるのだが、先ほども話したように、プランクは当時レイリー卿の理論を知らなかったはずである。だとしたら、彼自身はその部分をどう考えたのだろうか。

 そういう点に軽い興味を持って幾つかの資料を調べてみたのだが、難しすぎて歯が立たなかった。なるほど、多くの教科書がこの部分を避けている理由が分かった。まともに説明すればかなり長くなりそうだ。それで、ここではかなり大雑把に書いておくことにしよう。分かりにくいかも知れないが、私も分からないで書いているのだから許してもらいたい。

 プランクは「共鳴子(きょうめいし)」という存在を考えた。それはバネの両端に電荷が付いているようなもので、特定の周波数の電磁波だけを受け取ったり放出したりする性質を持つ。これは現代的な解釈をすれば空洞内壁の原子のことを表していると言えるのだが、ひょっとするとプランクはそのようなイメージを持っていたのではなく、空洞内部に充満する「何か」をイメージしていたのかも知れない。とにかく、今から見れば分かりにくく、漠然とした仮定ではあった。

 まぁ、それも仕方がないことだ。当時はまだ「原子」という存在自体が疑われていた時代だったのだから。原子の存在が確かなものとして認められるようになるのは、アインシュタインが 1905 年にブラウン運動についての論文を発表してからのことであるし、原子の内部構造については 1911 年にラザフォードの実験で原子核が発見されて、ようやく明らかになったのである。プランクはわざとイメージをぼかして批判を避けようとしたのかも知れないし、あるいは慎重に、もし原子説が否定されるようなことになっても生き残れるような包括的な理論を目指したのかも知れない。

 彼はにわかにこのアイデアを導入することを思い付いたのではなく、ずっと前からこの線で研究を進めてきており、ウィーンの公式と同じものを共鳴子の考え方で導くことにも成功していたのだった。この後に来る彼の大発見は、その研究の延長線上にあったわけだ。

 共鳴子というのは、電気双極子のようなものであり、その振動によって電磁波が吸収されたり、放出されたりすることは電磁気学を駆使して計算できる。彼は球形の空洞の中央に一個の共鳴子がある場合から始めて、任意個の共鳴子が任意の形の空洞の中にある場合について考察を進めた。

 その結果、初期状態に放射強度の揺らぎがあっても、やがては平均化されて、熱平衡に達することを明らかにした。彼は電磁場の不可逆過程、すなわち、電磁場のエントロピーについて懸命に考えていたのである。そして平衡状態で成り立つ次のような関係を見出して非常に満足した。

\[ \begin{align*} E \ =\ \frac{c^2}{\nu^2} K(\nu, T) \end{align*} \]
 左辺は、共鳴子の平均エネルギー、すなわち、一個あたりのエネルギーであり、それは、放射の強度\( K \)と周波数\( \nu \)にのみ依存するというものである。\( K \)というのは、「ステファン・ボルツマンの法則」の記事に出てきた\( K \)に似ているのだが、わずかに違う。以前の\( K \)は「物体の単位表面積から単位時間あたりに放出されるエネルギー」という意味だったが、ここではさらに、「微小立体角\( \diff \Omega \)に向けて、微小周波数範囲\( \diff \nu \)で」というのを付け加えた意味になっている。微小表面積\( \diff S \)から微小立体角\( \diff \Omega \)に向けて微小時間\( \diff t \)内に放射される微小周波数範囲\( \diff \nu \)のエネルギーは次のように書けるという意味である。
\[ \begin{align*} K(\nu,T) \diff \nu \diff S \diff \Omega \diff t \end{align*} \]
 それで、これを全立体角で積分し(つまり半径 1 の球殻の表面積\( 4\pi \)を掛ければいい)、\( c \diff t \diff S \)という体積で割れば、電磁場のエネルギー密度\( R(\nu, T) \)と同じ意味になる。おっと、\( K \)は直線偏光の場合のエネルギーを表していたのだった。実際には偏光成分が 2 つあるので、2 倍しておかないといけない。
\[ \begin{align*} 2 \times \frac{4\pi}{c} K \diff \nu \ =\ R(\nu,T) \diff \nu \end{align*} \]
 これを先ほどの式に代入すれば、
\[ \begin{align*} R(\nu, T) \ =\ \frac{8 \pi \nu^2}{c^3} E \tag{1} \end{align*} \]
となる。おや?この右辺の係数はどこかで見覚えがある。ここで各共鳴子に割り振られる平均エネルギー\( E \)として\( kT \)を代入してやれば、レイリー・ジーンズの式と全く同じ式が出来上がることになるではないか!

 内挿公式を発表する前の年に、彼はすでにここまでは来ていたのだった。


思想の違い

 このように、全く違う考えをたどったにもかかわらず、同じ式に行き着くことになった。しかしプランクは\( E \)\( kT \)を代入してレイリー卿と同じ結論を導くことはしなかった。ひょっとしてそれくらいのことはすぐに試してみたのかも知れないけれど。そういう考えに向かってもおかしくはないのだ。

 しかしレイリー卿とプランクとでは思想や目的に大きな違いがあった。

 レイリー卿は電磁波のことをメインに考えており、壁のことはあまり意識していなかった。それぞれの定在波は独立して振動してはいるが、お互いにわずかにエネルギーのやり取りをすることで平衡に達しているというイメージである。もちろん、電磁波どうしは直接の相互作用をしないので、エネルギーのやり取りは壁を介して行われていると考えるのが現代の解釈である。こういう後世の言い逃れを追加すれば、この考え方は今でも全く問題ない。

 一方プランクは、共鳴子の正体についてははっきりさせなかったが、電磁波をやりとりする存在があることを強調しており、その性質、特にその集団のエントロピーに目を向けていたのである。だから単純にエネルギー等分配則を当てはめるだけで満足するわけには行かなかったのだろう。もしそのようにしたところでうまく行かないのは明らかだっただろうし。

 それに彼は、空洞内の調和振動の数などという概念なしに先ほどの式を導いたので、エネルギー等分配則を使うことには思い至らなかったのかも知れない。このように、レイリー卿の場合とプランクの場合とで式の形に対応があっても、思想が全く違うのである。


統計力学の出番

 さあ、あとは多数の共鳴子からなる集団が、温度\( T \)で熱平衡にあるときの、一個あたりの平均エネルギー\( E \)を求めてやればいい。

 まず、共鳴子の数を\( N \)だとしよう。そして全エネルギーを\( E_t \)としよう。すると、求めたい平均エネルギーというのは

\[ \begin{align*} E \ =\ E_t/N \tag{2} \end{align*} \]
と表せるわけだ。しかしこれはしばらく置いておこう。

 その前に系のエントロピーを計算して温度と結び付けてみたい。この系の全エネルギー\( E_t \)\( N \)個の共鳴子で分け合う方法は何通りあるだろうか?ははは!それは無限通りだ。エネルギーをどれだけでも細かく分けられると考える限り、何通りでも考えられる。

 この無限の問題を回避するため、便宜的に、全エネルギーを\( P \)個の細かい粒に分けられると考えてみよう。計算結果が出た後で、\( P \)を無限大に近付けてやればうまく行くかも知れない。つまり、今考えるべきことは、区別のない\( P \)個の粒を\( N \)個の箱に入れる組み合わせの数である。こういう問題は高校生の方が得意だろう。まぁ、軽く説明しておくと、\( P \)個の粒と\( N-1 \)個の仕切りを用意して、仕切りと粒を区別しないで並べれば\( (P+N-1)\,! \)通りあり、これでは数え過ぎだから、仕切りだけ、粒だけをそれぞれ入れ替える並べ方の数で割ってやればいい。

\[ \begin{align*} W \ =\ \frac{(P+N-1)\,!}{P\,!\,(N-1)\,!} \end{align*} \]
 これをボルツマンの関係式に代入すれば、エントロピーが求められるはずだ。\( P \)\( N \)もかなり大きな数だという設定なので、それを利用して変形してみよう。
\[ \begin{align*} S \ &=\ k\, \log W \\ &\kinji\ k\,\log \frac{(P+N)\,!}{P\,!\,N\,!} \\ &\kinji\ k \Big[ (P+N) \log (P+N) \ -\ P \log P \ -\ N \log N \Big] \tag{3} \end{align*} \]
 ここで、\( P \)個の粒に分割された微小エネルギーを\( \varepsilon \)と表そう。この方が\( P \)で表すよりも物理的な意味をつかみやすい。つまり、
\[ \begin{align*} \varepsilon \ =\ E_t/P \end{align*} \]
である。この式と先ほどの (2) 式を組み合わせれば、\( P = NE/\varepsilon \)であり、これを (3) 式に代入してしまえば式の中に\( E \)を取り込めるということだ。
\[ \begin{align*} S \ &\kinji\ k \left[ N\left(\frac{E}{\varepsilon} + 1\right) \log N\left(\frac{E}{\varepsilon}+1\right) \ -\ \frac{NE}{\varepsilon} \log \left(\frac{NE}{\varepsilon}\right) \ -\ N \log N \right] \\ &=\ N k \left[ \left(\frac{E}{\varepsilon} + 1\right) \log N\left(\frac{E}{\varepsilon}+1\right) \ -\ \frac{E}{\varepsilon} \log \left(\frac{NE}{\varepsilon}\right) \ -\ \log N \right] \\ &=\ N k \left[ \left(\frac{E}{\varepsilon} + 1\right) \left( \cancel{\log N} + \log \left(\frac{E}{\varepsilon}+1\right) \right) \ -\ \frac{E}{\varepsilon} \left( \cancel{\log N} + \log \frac{E}{\varepsilon} \right) \ -\ \cancel{\log N} \right] \\ &=\ N k \left[ \left(\frac{E}{\varepsilon} + 1\right) \log \left(\frac{E}{\varepsilon}+1\right) \ -\ \frac{E}{\varepsilon} \log \frac{E}{\varepsilon} \right] \tag{4} \end{align*} \]
 この結果を、以前に「小正準集団」の記事のところでもやったように、
\[ \begin{align*} \thdif{S}{U}{V} = \frac{1}{T} \end{align*} \]
という熱力学の関係式に代入して、温度\( T \)との関連を調べてみよう。ところで、この式の\( U \)というのは全エネルギーの変化のことであり、今の話の中ではそれは\( E_t \)すなわち\( NE \)の変化を意味しているのである。\( N \)は定数だから、(4) 式を\( N \)で割って、\( E \)で偏微分してやれば同じだというわけだ。
\[ \begin{align*} \frac{1}{T} \ &=\ \pdif{}{E} \bigg\{ k \left[ \left(\frac{E}{\varepsilon} + 1\right) \log \left(\frac{E}{\varepsilon}+1\right) \ -\ \frac{E}{\varepsilon} \log \frac{E}{\varepsilon} \right] \bigg\} \\ &=\ \frac{k}{\varepsilon} \log \left( 1+ \frac{\varepsilon}{E} \right) \end{align*} \]
 これを\( E \)について解いてやると次のようになる。
\[ \begin{align*} E \ =\ \frac{\varepsilon}{e^{\varepsilon/kT} - 1} \end{align*} \]
 さあ、これが欲しかった式だ。しかしまだ\( \varepsilon \)という中途半端な仮定がそのまま残ってしまっている。これをどう扱ったらいいのだろうか。とりあえず、これを (1) 式に代入してやると
\[ \begin{align*} R(\nu, T) \ =\ \frac{8 \pi \nu^2}{c^3} \frac{\varepsilon}{e^{\varepsilon/kT} - 1} \end{align*} \]
となるわけだが、ウィーンによって示された条件を満たすためには、\( \varepsilon \)\( \nu \)とが比例関係になければならないことが分かる。それで、定数\( h \)を導入して
\[ \begin{align*} \varepsilon \ =\ h \nu \tag{5} \end{align*} \]
と置いてみることにしよう。こうすればこの式は、めでたいことに、彼が 2 ヶ月前に発表したプランクの内挿公式と同じ形になるわけだ。
\[ \begin{align*} R(\nu, T) \ =\ \frac{8 \pi h}{c^3} \frac{\nu^3}{e^{h\nu/kT} - 1} \end{align*} \]
 こうして、熱放射のスペクトルの実験結果と正確に一致する式がついに完成したのである。これを「プランクの放射公式」と呼ぶ。もちろん「プランクの内挿公式」と同じものなので、これもまたそのように呼んでもいい。


エネルギー量子の意味

 さて確かに、欲しかった式を導くことはできた。しかしまた謎も残った。

 微小なエネルギー\( \varepsilon \)というのは、無限大の困難を避けるテクニックとして便宜上導入されたのだった。だからこれは最終的には 0 に近付ける予定だったのである。それを今やってみたらどうなるだろうか。

 ウィーンの示した条件に従うためには\( \varepsilon \)\( \nu \)との比例関係は外せないので、\( h \rightarrow 0 \)とすればいいだろう。しかしそれではレイリー・ジーンズの式と同じ結果を導くだけである。最終的に定数\( h \)を 0 に近付ける必要なんてどこにもなく、この形のままで、もう正解なのだ。

 \( h \)は何らかの意味を持った定数であり、実験結果との比較から、

\[ \begin{align*} h\ =\ 6.626068 \times 10^{-34}\ \text{[Js]} \end{align*} \]
であることも導くことができる。これは「プランク定数」と呼ばれることになった。

 式を素直に解釈するならば、これは、周波数\( \nu \)に共鳴する共鳴子が、(5) 式で表されるような単位でしか、エネルギーを受け取ったり放出したりしないということだ。しかし、共鳴子を古典的な電気双極子として考えて、電磁気学を真面目に当てはめてエネルギーのやり取りをしっかり計算してきたプランクとしては、この結果は簡単に受け入れられるものではなかった。

 電磁波を受けてエネルギーを徐々に蓄えた共鳴子は、あるエネルギー単位に達したところで突然カチッと何かのスイッチが入って、受け取りのハンコを押すことに同意するわけだろうか?もしエネルギーを蓄えている途中で電磁波が途絶えたら、その中途半端なエネルギーはどこへいく?受け取り拒否で返却か?その瞬間の急激な変化を表す方程式はどう表したらいい?そうではなくて徐々に返却されるのか?だとしたら、エネルギー単位を考える意味はなくなるのではないか。

 とにかく、納得の行く理屈、仕組みを考えることは非常に難しかった。

 現代では「輝かしい量子論の幕開け」として語られる彼の理論だが、当時としては怪しげな理論だということでしばらく無視され続けたのであった。